第5話 「君の村の不渡り、私が買い取ってやる」
鉄血騎士団の本部へと続く竹林。
馬車の屋根を叩く風の音が、一瞬、不自然に途絶えた。
「……お嬢さん、伏せていろ。この殺気……『職人』の仕事だ」
カガリが告げると同時に、馬車の正面に音もなく一人の男が舞い降りた。
安物の漆黒の装束だが、その立ち振る舞いには隠しきれない高潔な「武士」の香りが漂っている。腰には一振りの反った刀。
「……九条マサムネ。ある御方より、貴殿の命を絶つよう委託を受けた」
マサムネが抜いた刀の軌跡は、この世界の魔法すら切り裂くような鋭さを放っていた。だが、カガリは動じない。彼は馬車を降り、マサムネの瞳を射抜くように見つめた。
「九条か。……君から漂うその香りは、私の故郷……極東の島国によく似ている」
カガリの言葉に、マサムネの切っ先がわずかに震えた。カガリのスキル【ファミリー・レジャー】が、マサムネの背後に横たわる「巨大な負債」を暴き出す。
【鑑定:九条マサムネ】
・職業: 剣客(東方諸国・九条家の末裔)
・現状: 故郷「九条の里」が数年にわたる飢饉により壊滅的状況。
・負債: 村人全員の命という名の「未払債務」。
・経済状態: 過去の暗殺報酬の全額を村の食糧費へ送金済み。手持ち資産、ゼロ。
「……マサムネ。隙のない素晴らしい構えだが、君の剣には『迷い』という名の致命的なコストが混じっている。……君は一時の利益のために、誇りなき暗殺に手を染めている。……違うか?」
マサムネの頬が、わずかに震えた。
「貴様に、何がわかる……!」
「わかるさ。……私も、かつて君の故郷に似た極東の島国で、義理と人情、そしてその裏にある冷徹な『掟』に生きた男だ」
カガリは、マサムネの持つ刀の「切っ先」ではなく、その「魂の疲弊」を射抜くように言葉を重ねる。
「君の今の行いへの理解はする。だが、その手法は極めて効率が悪い。……マサムネ。君の剣を私に預けろ。君の主君が払うはした金ではなく、永続的に利用可能な『資本』を私が用意しよう」
マサムネは刀を構えたまま、数秒間、彫像のように動かなかった。
カガリから漂う、かつてこの世界の東を一世風靡した名将をも彷彿とさせる圧倒的な「器」の大きさ。そして、自分たちの窮状を正確に言い当てた「眼」に、彼は自身の敗北を認めた。だが、刀を鞘に収めた彼は首を横に振った。
「……忝い申し出だが、貴殿に同行することはできぬ。……故郷の村は、もう限界なのだ。私が戻り、先日の報酬で買ったわずかな麦を届けねば、明日にも死人が出る」
「報酬? ……数枚の金貨くらいのものだろう?……マサムネ、君も算数ができていないな」
カガリの冷徹な一言が、マサムネを打つ。
「金貨数枚で届く食糧など、今の村の人口比を考えれば、一週間持てば奇跡だ。……それは『救済』ではなく、ただの『延命措置』、あるいは『埋没費用の追加投入』に過ぎない」
「……っ、ならばどうしろと言うのだ!」
カガリは御者台のアリサに向き直った。
「お嬢さん。進路を変更しろ。鉄血騎士団の本部は後回しだ。……まずは九条の村へ向かう」
「えぇっ!? 騎士団長との約束はどうするのよ!」
「予定変更だ。……鉄血騎士団を飲み込む前に、彼らが捨て置いた『優秀な人的資源の産地』を私が独占する。……マサムネ、案内しろ。君の村の不渡りを、私が買い取ってやる」
カガリはマサムネに、ザロフから徴収した「緊急予備費」の袋を投げ渡した。
「これは前払いだ。……君の村が飢えているのは、天災のせいだけではない。領主による不当な徴収、あるいは流通の詰まり……必ず『人為的な赤字』がある。……それを私が、根本から再構築してやる」
マサムネは、受け取った袋の重みに、そしてカガリの迷いのない言葉に、言葉を失った。
「……恩に着る。……カガリ殿」
「礼は、村を黒字化(再生)させてから聞こう」
馬車は、騎士団本部とは逆の方角へ、深い森の奥へと走り出した。
単なる用心棒の確保ではない。カガリは今、一国の基盤を揺るがす「領地経営」という新たな事業ポートフォリオに、その冷徹な手を伸ばそうとしていた。




