第4話 マフィア流・買収工作。街の権力構造を丸ごと飲み込む「再建プラン」
ギルド『アルカディア』の前には、朝から異様な行列ができていた。
並んでいるのは、ボロボロの装備をした若手冒険者や、熟練ながらも怪我で引退を余儀なくされていた者たちだ。
「……あ、あの! 本当にここに入れば、怪我の治療費をギルドが持ってくれるんですか!?」
「ああ、本当だ。ついでに、バルカスさんが調整した魔導具の貸与も受けられるみたいだぜ」
受付でアリサが戸惑いながらも対応している。彼女の後ろでは、カガリが冷徹な手つきで「履歴書」という名の羊皮紙を仕分けしていた。
「カガリさん、大変よ! 街の最大手『鉄血騎士団』から移籍したいって子が続出してるわ。あっちの団長が黙ってないわよ!」
カガリはペンを置かずに答えた。
「沈黙は金だが、無能な経営者の沈黙はただの『機会損失』だ。……お嬢さん、これは移籍ではない。不当に安く買い叩かれていた人材を、私が『適正価格で回収』しているだけだよ」
その日の午後。
ギルドの扉が、かつてのザロフの時以上に重々しく開かれた。
入ってきたのは、全身を最高級のミスリル鎧で固めた男――街最強のギルド『鉄血騎士団』の副団長、ヴァイザーだ。
「……おい。ここで『帳簿』を付けているという余所者はどいつだ」
ヴァイザーが放つ威圧感に、ギルド内の空気が凍りつく。しかし、カガリは椅子から立ち上がりもせず、手帳から目を離さない。
「私に用があるなら、まず事前予約を取れ。……君の時給は、私の時間を奪うほど高価なものか?」
「貴様……! うちの若い連中をデタラメな甘言で引き抜いているそうだな。ギルド間の協定違反だ。即刻、引き抜いた連中を返してもらおう。さもなくば――」
ヴァイザーが腰の剣に手をかけた。
しかし、カガリはそこで初めて顔を上げ、氷のような微笑を浮かべた。
「協定? ……ああ、あの『加盟ギルド間での報酬上限設定』のことか。独占禁止法のないこの世界では、それを『協定』と呼ぶのか」
カガリは懐から一通の封筒を取り出し、テーブルの上へ滑らせた。
「それを開けてみろ。君たちのギルドが、この街の領主に収めている『営業報告書』と、私が独自に算出した『実数値』の乖離データだ」
ヴァイザーが不審げに中身を確認した瞬間、その顔から血の気が引いた。そこには、鉄血騎士団が冒険者から徴収した会費を隠蔽し、裏で魔石の不正輸出を行っている証拠が、数字の羅列として完璧に整理されていた。
「……な、ぜ、これを……」
「君たちの組織は、あまりに『不透明』すぎた。……ヴァイザー氏。今ここで私に剣を抜けば、このデータは即座に領主と教会に届く。そうなれば、君たちのギルドは『強制解散』だ」
カガリのスキル【不渡り検知】は、ザロフを傘下に入れたことで得た流通網の情報と組み合わせることで、既に街の権力構造そのものを「解析可能なデータ」へと変えていた。
「暴力で支配したいなら、私ではなく『法律』と戦うことだ。……さて、和解案を提示しよう。鉄血騎士団が独占している『北の鉱山』の採掘権。その30%を、我がアルカディアへ無償譲渡しろ。そうすれば、この書類はただの紙屑になる」
「……っ、ふざけるな! そんな条件、団長が飲むはずが……!」
「飲むさ。……私が、彼に直接『メリット』を説くからね。君はただ、この請求書を持って帰るだけでいい」
ヴァイザーは、カガリの底知れない眼光に圧倒され、震える手で封筒を掴むと、逃げるようにギルドを去っていった。
それを見送ったカガリは、再びペンを取り、平然と帳簿の続きを書き始めた。
「カガリ……あなた、もうこの街を丸ごと飲み込もうとしてるわね……」
「失礼な。私はただ、市場の歪みを是正しているだけだ。……お嬢さん、バルカスに伝えろ。北の鉱山から届く魔鉱石の精錬ラインを、今すぐ確保しろとな」
カガリの瞳の中で、アルカディアの資産価値を示すグラフが、垂直に近い角度で上昇を始めていた。




