第3話 冒険者の使い捨ては非効率の極み…完全歩合制と退職年金の導入?!
翌朝。ギルド『アルカディア』の前に、一台の荷馬車が止まった。
降りてきたのは、昨夜の傲慢さが嘘のように消え失せ、目の下に深い隈を作ったザロフだった。
「……カガリさん。言われた通り、債権書類の書き換えと、バルカスが作ったランプの『販売ルート案』を持ってきました」
アリサは、昨日の敵が揉み手でカガリに平伏す光景を、信じられない思いで見ていた。カガリはコーヒー(に似た異世界の泥臭い飲料)を一口啜り、差し出された書類に冷徹な視線を走らせる。
「……32ページ、4行目。卸値の取り分を0.5%上乗せしているな。……ザロフ氏。私の前で『端数』を誤魔化すのは、自ら墓穴を掘る行為だと忠告したはずだが?」
「ひ、ひぃっ! す、すぐに直させます!」
「いい。その0.5%は、君の『誠実さの欠如に対するペナルティ』として、今日から一週間、君の部下をギルドの清掃員として派遣することで相殺しよう」
カガリは淀みなくペンを走らせ、サインを終えた。これで、高利貸しの組織は事実上、カガリの「物流・情報収集部門」として組み込まれた。
「さて、お嬢さん。ゴミ掃除が終わったところで、次は内部の『膿』を出す」
カガリがギルドの広間に向かうと、そこには数人の冒険者たちが、やる気なさげにたむろしていた。彼らは昨夜のバルカスの覚醒を知らず、新参のカガリを鼻で笑っている。
「おいおい、なんだそのスカした格好は。ギルドマスターが変わったのか?」
カガリは彼らを一瞥し、脳内の【ファミリー・レジャー】を起動した。
【鑑定:ギルド員たち】
・稼働率:12%(ほとんどが酒場での油売り)
・貢献度:赤字(依頼失敗による賠償金が会費を上回っている)
・評価:組織にとっての「死に筋在庫」
「今日からこのギルドは、完全出来高制および評価連動型報酬制度を導入する」
カガリの宣言に、広間が凍りついた。
「なんだそれは! 俺たちは命を懸けて魔物と戦ってるんだ、給料は一律で払え!」
「命の価値など、市場が決めるものだ。……だが」
カガリは、壁に一枚の羊皮紙を貼り出した。
「これまでの『定額払い』を廃止する代わりに、『社会保険(負傷時の治療費全額負担)』、『退職年金積立』、および『ランクアップ時のストックオプション』を新設する。また、ギルド専用の寮を改装し、食事の質を300%改善する。……これらはすべて、結果を出す『資産』にのみ提供される特権だ」
「退職金……? 治療費……?」
冒険者たちがざわつく。この世界において、冒険者は「使い捨ての消耗品」だ。怪我をすれば見捨てられ、老いれば路頭に迷う。それが常識だった。
「そんなの、どこにそんなお金があるのよ…」
アリサが耳打ちするが、カガリは動じない。
「バルカス。試作品を」
奥から、バルカスが照れくさそうに一つの腕輪を持ってきた。
金属の加工精度は、もはや芸術の域に達している。
【魔導端末:レジャー・ブレス Ver.1.0】
・機能:装着者の魔力残量、心拍数、現在地をギルド本部へ送信。
・付加価値:収集した「魔場データ」の販売が可能。
「これは、君たちの安全を守るためのデバイスではない。君たちがどこで、どんな魔物と戦い、どれだけ効率的に素材を回収したかを『可視化』するための計測器だ。……これを着けて成果を上げた者には、ザロフの店で使える特別優待券を発行しよう」
冒険者たちは、その「至れり尽くせり」な条件に、毒気を抜かれた。
今までの「根性論」ではなく、「頑張れば、安全と老後が保証される」という具体的な数字を突きつけられたのだ。
「……面白ぇ。やってやろうじゃねえか」
一人のベテランが、腕輪を手に取った。
カガリは、活気づき始めた広間を冷たく見つめていた。
彼の目的は、弱小ギルドの救済ではない。この地を拠点に、世界を揺るがす「経済圏」を構築することを考えていた。
「カガリさん。あなた……本当に何者なの? 魔法も剣も使わないのに、みんながあなたの思う通りに動いていく……」
アリサの問いに、カガリは窓の外――ザロフが支配していた街の裏通りを見つめながら答えた。
「私はただ、正しい場所に、正しい数字を置いただけだ。……だが、市場が拡大すれば、必ず『既存の利権』が牙を剥く」
カガリの視界の端、街の有力ギルドたちが集まる北の方角に、巨大な「不渡り(敵意)」の警告ランプが点滅し始めていた。
「……次の四半期までに、武装部門の再編が必要だな」




