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第2話 アセット・アロケーション(適正配置)

「……帳簿を預かる?正気なの? 今日の夕方には、借金取りのザロフが来るのよ? 帳簿を眺めてるだけでお金が湧いてくるわけないじゃない…!」

アリサの悲鳴に近い訴えを、カガリは指先一つで制した。

彼はギルドのカウンターに陣取り、羽ペンを驚異的な速度で走らせている。視界には、ギルド内の備品一つひとつに浮かぶ「資産価値」と「維持コスト」の数字が、滝のように流れ続けていた。

「お嬢さん、騒ぐのはエネルギーの無駄だ。カロリー消費もコストだと自覚したまえ」

カガリの瞳は、目の前の「帳面」ではなく、その背後にある「構造」を見ていた。




数分後、彼が導き出した結論は、あまりに冷酷だった。

「このギルドが潰れかけている最大の原因は、借金ではない。……『死蔵資産デッド・ストック』の維持費だ」

「死蔵資産……? うちにそんな高価なものなんて……」

「あそこに転がっている、あの男だよ」

カガリが顎で示した先には、昼間から安酒の瓶を抱えていびきをかいている巨漢、バルカスがいた。




カガリは迷いのない足取りでバルカスに近づくと、その頭に容赦なくバケツの水をぶちまけた。

「ぶはっ!? な、なんだ、敵襲か!?」

「おはよう、粗大ゴミ。……いや、今はまだ『負債』と呼ぶべきかな」

カガリの冷徹な視線に、バルカスは一瞬で酔いが冷めた。この男が放つ威圧感は、かつて戦場で対峙した上位魔物よりも鋭く、逃げ場のない「処刑人」のそれだった。

「……なんだ、その目は。俺はもう戦えねえんだよ。剣を握っても、狙った場所の半分も斬れねえ……。俺は無能な戦士なんだ」

バルカスが吐き捨てるように言う。だが、カガリのスキル【ファミリー・レジャー】は、別の真実を算出していた。


【鑑定:バルカス】

・職業:戦士(不適合:動体視力の欠陥により命中率 15%)

・隠れた資質:精密魔導工作(適性ランク S)

・魔力制御:極小単位での出力維持(誤差 0.01%以内)


「戦士としての君は、確かに『価値ゼロ』だ。即刻、損切りすべき不良債権だな」

カガリの言葉に、バルカスが顔を歪める。だが、カガリは続けた。

「だが、君のその太い指先。……それは敵の首を撥ねるためではなく、1ミリ以下の魔導回路を編むために設計されている。……バルカス、そこに転がっている壊れた魔導ランプを直せ」

「あ? こんなもん、直せるわけ――」

「やれ。命令は一度しか言わない。……失敗したら、君を肉屋に売ってギルドの負債を補填する。これは脅しではなく、合理的な判断だ」




カガリが放つ、冗談を一切感じさせない「殺意」に押され、バルカスは震える手でランプを手に取った。

アリサが息を呑む。

バルカスの大きな手が、ランプの基部に触れた瞬間。

彼の指先から、驚くほど繊細で安定した魔力が流れ出した。戦士特有の「重い魔力」ではない。それは、極細の糸を紡ぐような、究極の安定度を誇る「職人の波動」だった。

「……あ、あれ?」

バルカス自身が驚きに目を見開く。

これまで剣を振るたびに暴走していた魔力が、ランプの修理という精密作業においては、吸い付くように回路へ収まっていく。

わずか数分後。

カビ臭いギルドの広間を照らしたのは、新品を遥かに凌駕する、白銀の魔導光だった。

「直っちまった……。嘘だろ、王都の技師でも半日はかかるって言われてたのに……」

「これが『アセット・アロケーション(適正配置)』だ。お嬢さん、このランプの市場価格は?」

「……え、ええ!? こんな純度の高い光、王族の寝室用よ! 少なくとも金貨10枚はするわ!」

「なるほど」

カガリは手帳に数字を書き込む。

「年収数百枚を稼ぎ出す一級職人を、食いつぶしの無能戦士として放置していた。……経営者ギルドマスターが算数もできないと、こうなるという見本だな」




その時、ギルドの腐った扉が轟音を立てて蹴り破られた。

「おい、アリサちゃん! 期限だぜぇ。金が用意できてねえなら、約束通りそのツラを……」

入ってきたのは、派手な毛皮を羽織った男と、十数人の武装した取り立て屋たち。高利貸しのザロフだ。

彼は、ギルドの中央に座る「見慣れないスーツの男」を見て、鼻で笑った。

「なんだぁ? どこの貴族様だ、ここはもう俺様のモンなんだよ。どきな」

カガリは視線すら上げず、万年筆を静かに置いた。

「ザロフ氏。君の来訪を待っていた。……ちょうど今、君への『返済計画書』が完成したところだ」

「ああん? 返済? 金なんてねえだろ!」

「金はない。だが、『価値』はある」

カガリはゆっくりと立ち上がった。その仕草は、教会のミサのように静謐で、処刑宣告のように冷たかった。

「……交渉コンシリエを始めよう。暴力という非効率な手段を、私は最も嫌う」




ザロフがカガリの言葉を無視し、下品な笑いを浮かべ、アリサの肩に手をかけようとしたその時。

カガリは手元に広げていた「別の帳簿」を、指先でピシャリと叩いた。

「……ザロフ氏。君の背後にある『アイアン・キャピタル』。表向きは真っ当な金融業だが、実際は領主への脱税を隠蔽するための洗浄機関ランドリーだ。……違うか?」

「……あ? 何を言ってやがる……」

ザロフの顔から余裕が消える。カガリのスキル【不渡り検知レッド・インジケーター】は、ザロフが隠し持っている「裏帳簿の存在」と、その「隠し場所」までを赤字のデータとして暴いていた。

「君が今日、力ずくでこのギルドを奪えば、私は明日、その裏帳簿の存在を領主と教会に報告する。君の組織は解体され、君自身も絞首台行きだ。……これが、君が選ぼうとしている『暴力コスト』の結末だ」

カガリは淡々と、まるで明日の天気予報を告げるようなトーンで続ける。

「逆に、私と『提携』すればどうなるか。……バルカス、先ほどのランプを」

バルカスが直した驚異的な輝きのランプ。その「圧倒的な商品価値」を見せつけられたザロフは絶句した。

「……この技術による独占販売権。その利益の一部を、君の借金への『利息返済』として充当してやろう。君は死なずに済み、将来的に今の数倍の利益を手にできる。……さて、ザロフ氏。『確実な死』か、『不確実だが莫大な利益』か。 算数ができるなら、答えは決まっているはずだ」

ザロフは、目の前の「死神のようなスーツの男」が、自分を脅しているのではなく、「自分を自分の欲望で支配しようとしている」ことに気づき、戦慄した。

「……てめえ……何者だ……」

「ただの相談役コンシリエーレだ。不渡り(死)を回避する手伝いが必要なら、いつでも相談に乗るよ」

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