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コンシリエーレの流儀 〜ボスの涙と、完璧な監査(オーディット)〜

独立歓楽都市『ゴールド・ミラージュ』の最深部。

街の富を吸い上げる巨大カジノ『グランド・パレス』の地下には、豪華絢爛な表舞台とは無縁の、冷たい石造りの管理室が存在していた。


「……ふん。今月もあの小娘は、よく働いてくれているな」


シンジケートの幹部である派手なスーツの男が、葉巻を燻らせながら魔導スクリーンの数字を見て下劣な笑みを浮かべていた。


「治安維持の魔力消費税、武器の損耗費、結界システムの維持費……適当な名目で『負債』を加算し続けるだけで、あの一騎当千の化け物をタダ同然で飼い殺しにできる。魔法契約スマートコントラクトとは、実に素晴らしい発明だ」


男がワイングラスを傾けようとした、その時だった。


「――同感だ。だが、君たちの契約書コードは、いささかスパゲッティ化していて美しくない」


静寂なはずの管理室に、部外者の冷徹な声が響いた。


「なっ……貴様、何者だ! 警備兵は何をしている!?」


男が慌てて立ち上がるが、扉の外からは何の応答もない。

静かに開かれた扉から姿を現したのは、一切の足音を立てずに歩み入る、仕立ての良いスリーピース・スーツを着た男――カガリだった。


彼の背後には、顔の上半分を漆黒の仮面で覆った長身の銀髪の吸血鬼ヴァンパイア、ヴィクトルが付き従っている。ヴィクトルの手には、気絶した屈強な警備兵たちがゴミ屑のように引きずられていた。


「警備の者たちには、少々『眠りの負債』を抱えさせました。ご安心を、命は取っておりません」


ヴィクトルがうやうやしく一礼し、警備兵たちを床に放り投げる。


「き、貴様ら……ここをどこだと思っている! 我々シンジケートの背後には、皇帝同盟がついているんだぞ!」


「知っている。だからこそ、直接出向いた」


カガリは一切の動揺を見せず、部屋の中央にあるメインコンソールへと歩み寄った。


「私は『アルカディア』のコンシリエーレだ。本日は、君たちが当ファミリーの『予定資産』に対して行っている、不当な搾取契約の監査に参った」


「アルカディアだと……!? 第四の皇帝が、なぜこんな真夜中に! 予定資産とは何の話だ!」


「セレーネ・アステリアのことだよ」


カガリは懐から銀の端末を取り出し、コンソールに接続した。


「彼女の持つ『孤児院の結界維持』を担保とした防衛契約。……手柄を立てて魔力を消費するほど負債が膨らむという、意図的なバグを仕込んだ無限ループ。三流の詐欺師としてはよく出来た仕組みだ」


「……はっ! 詐欺だろうが何だろうが、魔法契約は絶対だ! 契約者本人の同意と、システムによる魔力供給が続く限り、あの小娘は一生我々の奴隷だ!」


幹部が勝ち誇ったように叫ぶ。


『――システムへの不正アクセスを確認。管理者権限を上書オーバーライドします』


無機質な電子音と共に、管理室の魔導スクリーンが次々と赤から『青』へと書き換わっていった。


「な、なんだと!? システムが……ハッキングされている!?」


「簡単なことだ。彼女の契約の前提となっている『街の結界インフラ』の管理者権限ごと、私が買い取ったのさ」


『これでこの街の結界の範囲とその付随契約はこちらの思い通りにコントロールできますな』


カガリの耳に装着された小型通信機から、バルカスの野太い笑い声が漏れ聞こえる。エルセの精霊網を利用した遠隔解析は、カジノの魔力炉の防壁など、数分で丸裸にしていた。


だが、幹部は青ざめながらも、醜く顔を歪めて狂ったように笑い出した。


「馬鹿め! 貴様らがシステムを書き換え、契約を強制解除すればどうなるか分かっているのか!? セレーネの孤児院を守っている『魔物除けの結界』も同時に消滅するんだぞ! 今頃あのガキどもは、夜の魔物たちの餌食だ!!」


「……ふむ」


カガリは、哀れむような目で幹部を見下ろし、銀の懐中時計をパチンと開いた。


「有能なコンシリエーレが、担保インフラの代替手段を用意せずに契約を解除するとでも思ったか? ……バルカス、視覚情報をリンクさせろ」


カガリが命じると、空中に一枚の光のスクリーンが展開された。

そこに映し出されたのは、セレーネの育った孤児院の『現在』の姿だった。


「な、なんだこれは……ッ!?」


幹部が目を見開く。

孤児院の周囲を囲んでいたはずの薄っぺらい魔法の結界は、すでに消失していた。

だが、その代わりに――孤児院の周囲には、黒曜石と白亜の大理石で構成された、城塞都市と見紛うほどの『巨大な物理防壁』が一夜にしてそびえ立っていたのである。


『おう、カガリ! 見てるか! 突貫工事だったが、最高の城壁マスターピースが組めたぜ!』


スクリーン越しに、天才建築家デダロスが狂気に満ちた笑い声を上げている。

さらに、その防壁の外側では、魔物の群れが押し寄せては『蹂躙』されていた。


『……チッ、こんな雑魚どもばかりじゃ準備運動にもならねぇ。おい侍、そっち何匹だ?』


『数える暇があるなら手を動かせ、クロウ殿。……シッ!』


『お前たち、あまり前に出すぎるな! 私の空間断絶の射線に入るぞ!』


漆黒のスーツと圧倒的な格闘術で魔物を物理粉砕するハーフ・ビーストのクロウ。

神速の抜刀術で魔物の群れを瞬時に凪ぎ払うマサムネ。

そして、空間そのものを切り裂き、魔物の進軍を完全に遮断するユリウス。


アルカディアが誇る最強の戦闘幹部陣が、孤児院の護衛として完全に布陣していた。


「な……ば、馬鹿な……。たかが小娘一人の孤児院のために、ギルドの建築部門とこれだけの戦力を投入したというのか!? 割に合わないにも程がある!!」


幹部が絶望に顔を歪めて叫ぶ。


「割に合わない、か」


カガリの冷たい視線が、幹部を射抜いた。

そのブラウンの瞳の奥には、氷のような合理性と、それに相反するドス黒い炎が揺らめいていた。


「……我々マフィアにとって、ボスへの忠誠は絶対だ。ボスの心を乱し、その意思決定に悪影響を与えるような懸念リスクは、組織の運営において直ちに排除されねばならない」


カガリはスーツのポケットに手を入れ、ゆっくりと歩み寄る。


「……それに、だ」


カガリの声が、一段と低く、凄みを増した。


「いくら理屈をこねようと、私は、私の身内ファミリーを理不尽な契約で泣かせるような三流の輩が……虫酸が走るほど嫌いでね」


その言葉に含まれた純粋な『怒り』の圧倒的なオーラに、幹部は恐怖で尻餅をついた。

この男は、単なる利益のためだけに来たのではない。ファミリーの情を蹂躙した者に対する、絶対的な『報復』のためにここに来たのだ。


「ひ、ひぃっ……! や、やれ! こいつらを殺せェッ!!」


幹部が絶叫すると、部屋の奥の隠し扉から、皇帝同盟が派遣していた数名の暗殺魔術師たちが飛び出してきた。


「ボス。……お下がりください」


カガリが動くより早く、ヴィクトルが一歩前へ出た。

彼の仮面の奥で、赤い瞳が残酷な弧を描く。


「『血影魔法ブラッド・コントラクト』」


ヴィクトルの指先から、彼自身の血液が赤い霧となって噴出した。

それは瞬時に鋭利な無数の『鋼の針』へと硬質化し、暗殺者たちの足元に伸びる影を直接縫い止めた。


「がっ……!? 影が、動けな――」


「滞納された利息は、命で決済していただきましょう」


ヴィクトルが指を鳴らすと、影を縫い止めていた血の針が、暗殺者たちの体内へと一気に侵入し、彼らを内側から串刺しにして絶命させた。

悲鳴を上げる間すらない、完璧な処刑とりたてだった。


「ひっ、あ、あああ……っ!」


腰を抜かした幹部を見下ろし、カガリは冷徹に告げた。


「君のインフラは完全に無価値となった。……君の負債は命で支払うほどの価値もない。この街から消えろ。二度と我がファミリーのシマに足を踏み入れるな」




◆ ◆ ◆




翌朝。

カガリからの招集を受け、リゾートの裏手にある大衆食堂に、再びアリサ、レオンハルト、カトレイア、そしてセレーネが集まっていた。


「……え? 契約が、消えた……?」


セレーネは、自身の右腕に刻まれていたはずの禍々しい魔法陣が、跡形もなく消え去っているのを見て、呆然と呟いた。


「ああ。君の抱えていた負債は、我がアルカディアがカジノのインフラごと一括で買い取らせてもらった」


食堂の入り口から、朝日を背にして歩み入ってきたのはカガリだった。

彼は驚くセレーネの前に、一枚の契約書を差し出した。


「今日から君の大剣は、我がファミリーの資産だ。……孤児院の防衛と支援は、アルカディアの福利厚生として永続的に保証しよう。すでに、完璧な城壁と護衛を用意してある。これで、君を縛るものは何もない」


「カガリさん……!」


アリサが感極まって立ち上がり、カガリに駆け寄ろうとする。

しかし、カガリはスッと片手を上げてその動きを制し、淡々と告げた。


「勘違いするな、アリサ。私はただ、ボスの意思決定オーダーに従い、ファミリーにとって有益な資産を回収したに過ぎない。……それに、組織の急務であった戦力の増強もこれで果たせた」


あくまで冷徹な実務家としての言葉……。しかし、その裏にある確かな不器用さを、アリサたちはもう十分に理解していた。


「……あんたが、アリサの言ってた相談役コンシリエーレ……」


セレーネは、差し出された契約書と、何もなくなった綺麗な手首を交互に見つめ、やがて大粒の涙をこぼした。


それは、ずっと背負い続けてきた重圧と、終わらない絶望から解放された、少女の本当の涙だった。


「……っ、ぐす……あんた、ちょっとやり方が強引すぎるわよ……!」


セレーネは涙を拭いながら、それでもいつもの茶目っ気のある笑顔を作って、カガリを睨み上げた。


「でも……ありがと。これでやっと、私もアリサと一緒に……自由に戦える」


「歓迎するぞ、セレーネ! さあ、遠慮はいらん、飯を食おう!」


レオンハルトが豪快に笑い、カトレイアが「だから毒見をだな……」と真面目な顔でサプリメントを取り出そうとする。


「いやだから! そこは私を信用しなさいって言ってるでしょ!」


セレーネがいつもの調子でカトレイアの腕をピシャリとはたく。

その騒がしくも温かい光景を見つめながら、カガリは懐中時計の秒針の音に耳を傾けた。


「……さあ、有給休暇バカンスは終わりだ。ここから先は、皇帝同盟との本格的な『市場競争シノギ』になるぞ」


星降る大剣の少女という新たな資産をポートフォリオに組み込み、第四の皇帝ギルド『アルカディア』は、いよいよ大陸の覇権を懸けた総力戦へと突き進んでいく。


ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

モンハンで大剣使っている人って、なんか頼りになるよね。


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