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欲望のオアシスと、星降る剣の幼馴染

『常夜の聖域・ノスフェラトゥ』の玉座の間。

円卓の端で白目を剥いて倒れ伏す同盟軍の使者を一瞥し、吸血鬼の長老は低く、地鳴りのような笑い声を漏らした。


「……見事な手回しと、一切の淀みがない暴力だ。よかろう、人間マフィアの王よ。我々ノスフェラトゥは、貴様の提示した『帳簿』に我々の血を投資しよう」


長老が指を鳴らすと、玉座の背後の深い闇から、一人の男が音もなく進み出た。

銀色の髪を撫でつけ、仕立ての良い漆黒のスリーピース・スーツを完璧に着こなした長身の男。


その顔の上半分は、『対紫外線用の漆黒の仮面』で覆われている。


「……ご紹介しましょう。私の右腕であり、我が『真紅の天秤』における債権回収部門のトップ。ヴィクトル・ローランです」


ルシウスが優雅に紹介すると、ヴィクトルは胸に手を当て、カガリに向かって深く、そして美しく一礼した。


「お見知りおきを、カガリ殿。以後、アルカディアにおける『滞納された負債の強制執行』は、このヴィクトルにお任せを」


その丁寧な敬語とは裏腹に、彼から立ち上る血の気配は、マサムネの神速すらも警戒させるほどに濃密で冷酷だった。


「頼もしい執行官エグゼクティブだ。……よろしく頼むよ、ヴィクトル」




◆ ◆ ◆



──────同刻。


アルカディア本部の南方に位置する、独立歓楽都市『ゴールド・ミラージュ』。


どこまでも続く青い海と、白砂のビーチに面したその都市は、大陸中から莫大な富と欲望が集まる巨大なリゾート地であった。

街の通りには魔導ネオンが昼夜を問わず眩く輝き、巨大なカジノホテルや高級娼館が立ち並んでいる。


この都市は、特定の国家や皇帝ギルドに属さない「独自の経済圏」を形成していた。


カジノの胴元たちが集まるシンジケートによって管理されるこの街には、毎秒のように天文学的な金貨が流れ込み、そして消えていく。いかに冷徹な計算と圧倒的な資本を持つカガリであっても、「帳簿の実態」が巨大な欲望の渦に隠蔽されているこの街を、外側から力技で買収することは不可能だった。


───だからこそ、アルカディアの「顔」であるギルドマスターのアリサが、市場調査という名目でこの街に派遣されていたのである。


「うわぁ……! すごい活気ですね! 建物が全部キラキラしてます!」


アリサは、目を輝かせながら巨大な噴水広場を見上げていた。

彼女の服装はいつもの受付嬢の制服ではなく、南国のリゾートに合わせた涼しげな白いワンピースだ。


「……おい、お嬢ちゃん。はしゃぐのは勝手だが、ここは王都のスラムよりタチが悪いぜ。スリや詐欺師どころか、笑顔で全財産と臓器を巻き上げるようなプロの悪党ディーラーがうようよしてるんだからな」


アリサの背後で、大きなため息をつきながら歩いているのは、元・王国騎士団長のレオンハルトだった。


普段の無骨な軍装とは違い、今日はカガリの指示で仕立ての良い黒のシャツとスラックスを身に纏っているが、その隠しきれない覇気と鋭い眼光のせいで、リゾート客というよりは「大物マフィアの用心棒」にしか見えない。


「もー、レオンハルトさんは心配性ですね! カガリさんから『この街の資金の流れを調査してこい』って頼まれたんですから、しっかり観光……じゃなくて、視察しないと!」


「あのボスのことだ、どうせ『合法的に街ごと買い叩くためのふさいを見つけてこい』って腹積もりだろうよ。……それにしても、なんで俺がギルドマスターの護衛兼、子守りをやらなきゃならねぇんだ」


レオンハルトがぼやきながら、通り沿いの華やかなオープンカフェに視線を向ける。


「せっかくの色街リゾートだってのに、これじゃあ美味い酒も美人のねーちゃんも楽しめやしねぇ」


「……軍神殿。不純な思考はそこまでにしておけ。貴公のその緩みきった精神こそが、我がファミリーの最大のリスクだ」


レオンハルトの愚痴を冷たく斬り捨てたのは、アリサの隣にピタリと寄り添う赤髪の女騎士・カトレイアだった。


彼女はリゾート地であろうと一切の妥協を許さず、軽装とはいえしっかりと急所を守る防具を身につけ、背には愛用の大盾を背負っている。その黄金の瞳は、すれ違う観光客全員を「潜在的テロリスト」として睨みつけていた。


「おいおい、カトレイア。お前、その格好でカジノに入る気か? 完全に浮いてるぞ」


「当然だ。ここは欲望にまみれた魔窟。いつ何時、ギルドマスターに凶刃が迫るかわからん。それに、あのカフェで提供されている極彩色ごくさいしょくの飲み物を見てみろ」


カトレイアは、観光客が楽しそうに飲んでいるトロピカルカクテルを指差した。


「あのような不自然な色の液体……猛毒が混入されているに違いない! アリサ、決して口にしてはならないぞ。喉が渇いたのなら、私が今朝、バルカス殿の濾過器を通して安全にした『特製・極限栄養サプリメント』を――」


「い、いらないです! 大丈夫ですカトレイアさん、あれはフルーツのシロップですから! 毒じゃありませんから!」


アリサは慌ててカトレイアの腕を止め、カプセル型の劇物を鞄に戻させた。


「やれやれ……。お前ら二人といると、どんな危険な戦場より気疲れするぜ」


レオンハルトが頭を掻きながら、呆れたように笑う。


「で、お嬢ちゃん。ただの視察ってわけじゃねぇんだろ? この街の『警備隊長』にツテがあるって言ってたな。こんな魔窟の治安を仕切ってる奴だ、よほどイカれた化物なんだろうが」


「化物なんて失礼ですよ! 私の、昔からの大切なお友達なんです」


アリサは少しだけむっとしたように頬を膨らませた。


「昔、私が借金取りに追われて大変だった頃、いつも私を助けてくれたんです。……でも、ある日突然、彼女は姿を消して……風の噂で、このゴールド・ミラージュで用心棒をしてるって聞いて」


「なるほどな。その幼馴染のコネを使って、街の裏帳簿データにアクセスしようってのが、あの悪魔みたいなコンシリエーレの描いた絵図か」


レオンハルトが、カガリの底知れない知略に苦笑する。


「さ、着きましたよ! ここがこの街の中心……『グランド・パレス・カジノ』です!」


アリサが立ち止まった先には、黄金に輝く巨大な宮殿のような建造物がそびえ立っていた。

入り口には、全身に魔力を帯びた重武装の警備兵たちが数十人も立ち並び、一般の客とVIPを厳格に選別している。


「止まれ。ここはVIP専用エントランスだ。観光客はあっちの一般口に並びな」


アリサたちが近づくと、体格の良い警備兵が冷たく槍を交差させて立ち塞がった。


「あの、観光じゃなくて、ここの警備隊長さんに会いに来たんです! アリサが来たって伝えてもらえませんか?」


アリサが笑顔で頼み込むが、警備兵たちは鼻で笑った。


「はっ! 隊長に面会だと? ふざけるな小娘。我々『星降る剣』の隊長は、街の長老たちの護衛で忙しいんだ。お前みたいな田舎娘の知り合いなわけが――」


警備兵がアリサを小突こうと手を伸ばした、その瞬間だった。


『――ドンッ!!』


レオンハルトの大きな手と、カトレイアの長剣の鞘が、同時に警備兵の腕を両側から挟み込むように押さえつけていた。


「……おいおい、口の利き方に気をつけな。うちの『マスター』の柔肌に、その汚ぇ手を触れるんじゃねぇぞ」


「……このまま腕の運動エネルギーを永遠に『静止』させて、二度と槍を持てないようにしてやろうか?」


レオンハルトの黄金の覇気と、カトレイアの底知れない殺気が同時に膨れ上がる。

一国の軍隊すら蹂躙する二人の将軍から放たれる圧倒的なプレッシャーに、数十人の警備兵たちが一斉に顔面を蒼白にさせ、後ずさった。


「な、なんだこいつら……!? た、隊長を呼べッ! 襲撃だ!!」


警備兵たちが恐慌状態に陥り、武器を構えようとした、その時。


「――剣を下ろしなさい。その人たちは、私の客よ」


カジノの奥から、鈴の転がるような、しかし絶対的な威厳を持った凛とした声が響き渡った。


「た、隊長……!!」


警備兵たちが一斉に道を開け、深々と頭を下げる。

奥からゆっくりと歩み出てきたのは、一人の少女だった。

桜色ピンクの髪を揺らし、華奢きゃしゃで美しい顔立ちをしたその少女は、どこか年相応のあどけなさを残している。

しかし、彼女の背中には、その身長を優に超える巨大な『黒鋼の大剣』が背負われていた。恐るべき質量の武器だが、まるで羽のように軽々と背負っている。


「……セレーネ!!」


アリサが顔を輝かせ、警備兵たちをすり抜けて少女のもとへ駆け寄った。


「アリサ……本当に、アリサなのね」


セレーネと呼ばれた少女――セレーネ・アステリアは、部下たちに見せていた冷徹な警備隊長の表情を一瞬で崩し、泣きそうなほど優しい、子供のような笑顔を見せた。


「無事だったのね……借金取りから逃げられたって噂は聞いていたけれど。まさか、こんなところにまで会いに来てくれるなんて」


セレーネがアリサの手をきつく握りしめる。


「……おいおい、あんな細っこいお嬢ちゃんが、この魔窟の警備隊長だってのか?」


レオンハルトが、背中の大剣を値踏みするように目を細める。


「……油断するな、軍神殿。あの巨大な剣を背負ってなお、足音に一切の『重心のブレ』がない。……あれは、間違いなく一騎当千の化け物だ」


カトレイアが、同じ戦士としての本能か……彼女の底知れぬ強さを察知し、冷や汗を流しながら呟いた。


「ごめんなさい、セレーネちゃん。お仕事中だったよね。……でも、どうしても会いたくて」


アリサの言葉に、セレーネは優しく首を横に振った。


「いいの。アリサのためなら、いつだって時間は作るわ。……さあ、中に入って。外の奴らには聞かせられない話もあるだろうから」


セレーネは、鋭い視線でレオンハルトとカトレイアを一度だけ牽制するように睨みつけると、アリサの手を引いて、欲望の渦巻くカジノの奥深くへと案内し始めた。


莫大な資本と欲望が交差するオアシス。



アルカディアのギルドマスターと、星降る大剣の少女の再会は、新たな時代の『帳簿』が書き換わる大きな波乱の幕開けであった。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

『ゴールド・ミラージュ』

最近リメイクされたファンタジーRPGのような既視感があると……?

それはきっと気のせいですよ……よくある話です。


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