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血の盟約と、空海の包囲網

アルカディア新本部、最上階のコンシリエーレ・ルーム。


窓の外には、西の果てに沈みゆく夕陽が、要塞の黒曜石を血のような赤に染め上げていた。

最高級の革張りソファに深く腰を下ろしているのは、カガリと、彼に莫大な融資を行っている『真紅の天秤』の頭取――ルシウスである。


テーブルを挟んだ二人の間には、芳醇な香りを放つ葉巻の煙と、クリスタルグラスに注がれた「特製の赤ワイン」が置かれていた。


「……見事な手際でしたね。まさかバビロンの絶対防壁を、あのような力技とハッキングの合わせ技で内側からこじ開けるとは」


ルシウスはグラスを傾け、ルビー色の液体――極上の魔獣の血がブレンドされたそれ――を優雅に喉に流し込んだ。

彼の赤い瞳が、夕陽の光を受けて妖しく輝く。


「私が出資した金貨百万枚以上のリターンは、十二分に回収できそうです。あなたという男に投資した私の眼に狂いはありませんでした」


「称賛には感謝するよ、ルシウス。だが、喜ぶのはまだ早い」


カガリは葉巻の灰を落とし、自身の網膜に展開されている【ファミリー・レジャー】の赤い警告アラートを睨んだ。


「エルセの精霊網が、厄介な情報を拾ってきた。残る二つの皇帝ギルド……『蒼海の三叉槍トライデント』と『日輪のソーラー・イーグル』が、歴史上初の軍事・経済同盟を結んだらしい」


「……ほう。あのプライドの高い連中が、ついに手を結びましたか」


ルシウスがグラスを置き、面白そうに目を細めた。


「あなたがたがバビロンを落とし、大陸の『陸の物流』を握ったからです。彼らもこれ以上、新興企業アルカディア・グループの台頭を見過ごせなくなったというわけでしょう」


「戦力差は歴然だ」


カガリは机上の羊皮紙に万年筆で線を引いた。


「『蒼海の三叉槍』は大陸の港湾都市を牛耳り、数万規模の海兵と傭兵を抱えている。彼らに海路を封鎖されれば、我々の商会は他国との貿易を完全に絶たれる。

そして『日輪の鷲』。彼らの飛空艇と飛竜部隊による上空からの奇襲を防ぎ切るには、我々の戦力はあまりにも『立体的』ではない」


カガリの冷徹な分析に、ルシウスは深く頷いた。


「いかにあなたの配下に神速の侍や重力の軍神がいようと、彼らは一人です。数万の物量で海から兵糧攻めにされ、空から拠点を絨毯爆撃されれば、アルカディアは数ヶ月で干上がるでしょうね」


「その通りだ。マフィアにとって、兵站ロジスティクスの断絶は死を意味する」


カガリは葉巻を咥え、静かにルシウスを見据えた。




「……さて。私のファミリーがここで不渡りを出せば、一番困るのは最大の債権者である君のはずだが?」


カガリの挑発的な視線を受け、ルシウスは喉の奥で低く笑った。


「ふふ……相変わらず、隙のないお方だ。その通り。私としても、せっかく見つけた最高の投資先オモチャを、あの旧態依然とした連中に壊されるのは腹立たしいのですよ」


ルシウスは立ち上がり、窓から広大なアルカディアの領地を見下ろした。


「カガリ殿。あなたのファミリーに、強力な『外部委託先パートナー』を紹介しましょう。……私の同胞たちの協力を得る気はありませんか?」


「……ヴァンパイアの軍勢、か」


カガリが確認するように問うと、ルシウスは振り返り、その赤い瞳を細めた。


「世間一般では、我々ヴァンパイアは『血に飢えた不死の怪物』として恐れられています。……だが、あなたのような賢明な男なら、すでに違和感に気づいているのではありませんか? なぜ、そのような化け物が、大陸最大の『金融機関』を牛耳っているのかを」


「ああ。君たちの『血』に対する執着は、食欲のような下等なものではないと思っていた。……ビジネスの匂いがするからな」


「ご名答です」


ルシウスは胸に手を当て、芝居がかった一礼をした。


「我々ヴァンパイアは、はるか古代、神々と一つの『盟約』を交わした一族です。永遠の命と圧倒的な魔力を得る対価として、この世界の歴史と因果――すなわち、誰が誰に何を負い、何を奪ったかという『世界の帳簿』を記憶し、管理する役割を担ったのです」


ルシウスの指先から、赤い魔力の糸が紡ぎ出され、空中に複雑な魔法陣を描き出す。


「我々にとって、他者の『血』を吸う行為は、捕食ではありません。その者の記憶、魔力、そして『負債』を直接読み取り、徴収とりたてするための神聖な儀式なのです。……我々は太古から続く、この世界の絶対的な『監査機関』なのですよ」


カガリの口角が、僅かに上がった。


「なるほど。文字通りの『血の掟』で縛られた、究極の金融一族というわけか。……私の前世のシチリアにも、君たちのような厳格なファミリーがいたよ」


「それは光栄です。……私の故郷、『常夜とこよの聖域・ノスフェラトゥ』は、ここから遠く北の深淵峡谷にあります。太陽の光を忌み嫌う我々が、結界によって外界から隔絶して作り上げた静謐せいひつな夜の街です」


ルシウスはカガリの前に歩み寄り、手を差し出した。


「我が同胞たちは、長きにわたり世界の争いには不干渉を貫いてきました。だが、私が頭取として『アルカディアの帳簿には、我々の血を懸けるだけの価値がある』と保証すれば、彼らは動く。不死の肉体と、闇に溶ける隠密性、そして蝙蝠や霧と化して空を駆ける我々の軍勢が加われば、『海』と『空』の包囲網にも対抗できるはずです」


カガリは差し出されたルシウスの手を見つめ、静かに立ち上がった。


「悪くない提案だ。だが、マフィアの交渉にタダはない。……君の同胞のリソースを借りるための『担保』は、一体何を要求する気だ?」


「簡単なことです。この戦争が終わった後……」


ルシウスの赤い瞳が、捕食者のように鋭く細められた。


「残り二つの皇帝ギルドの『全資産』と『魔力利権』の四割を、我が真紅の天秤が手数料としていただく。……いかがです?」


「六割はアルカディアの取り分、というわけか」


カガリは、自らの右手をルシウスの冷たい手へと伸ばした。


「妥当な数字だ。……交渉成立コンシリエといこう」


二人の男――冷徹なコンシリエーレと、血の監査機関たる吸血鬼の頭取の手が、固く握られる。





バビロンの陥落によって火蓋が切られた大陸の覇権争い。

空と海から迫る10万の包囲網に対し、アルカディアは常夜の闇から最も恐ろしい『同盟軍』を引き入れようとしていた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

ノスフェラトゥはヴァンパイア映画のタイトルからもらいました。作者は今のところヴァンパイア映画のマイベストはやっぱり『ブレイド』シリーズですかね。あれはホラーというよりアクションですが……


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