表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/78

帳簿の再編と新たな牙 〜交差する剣と、皇帝同盟の凶報〜

バビロンの空を覆っていた『偽りの青空』が砕け散ってから、数日が経過していた。


長きにわたり都市を支配していた『叡智の冠』の崩壊は、大陸全土に激震を走らせた。

魔力を吸い上げる結界が消滅したことで、スラム街を覆っていた泥雨は上がり、都市には本来の自然な陽光が差し込み始めている。


アルジェント商会、改め『アルカディア・バビロン支部』の最上階。

カガリは、都市の全機能が統合された新たな魔導取引板を前に、優雅に万年筆を走らせていた。


「……ゼノが独占していた空間魔法の物流網インフラは、すべて我がアルカディアの管理下へ移行完了した。関所による不当な搾取税を撤廃し、黒鉄連峰と九条の里をダイレクトに繋ぐ」


カガリの瞳の奥で、【ファミリー・レジャー】の青白い光が莫大な利益プロフィットを弾き出している。

特権階級だけが富を独占する歪な砂上の楼閣は解体された。スラム街の住民たちには、都市の復興工事という形で正当な賃金と労働が与えられ、バビロンは真の意味での『繁栄の循環』を始めている。


「……素晴らしい数字だ。これにて、我がアルカディア・トライアングルは、大陸全土を飲み込む巨大な『大動脈』へと進化したわけだ」


カガリが満足げに手帳を閉じたその時、執務室の重厚な扉がノックされた。




「……入りたまえ」


現れたのは、カガリが支給したばかりの漆黒のスリーピース・スーツを、ネクタイも締めずに無造作に着崩したクロウと、その後方で静かに控えるマサムネだった。

さらにマサムネの傍らには、包帯を巻き、痛々しい姿ながらも背筋を伸ばして立つ男――元『叡智の冠』筆頭幹部、ユリウスの姿があった。


「……ほう。裏の『案内人』と、都市の『元・守護者』が揃って私のオフィスへ何の用かな?」


カガリが面白そうに目を細めると、マサムネが一歩前に出て、深く頭を下げた。


「カガリ殿。こたびの戦いで刃を交えたユリウス殿だが……彼の剣技と空間を断つ術理、あれをこのまま野に放つ、あるいは朽ちさせるのは、あまりに惜しい」


マサムネは、かつての死闘の相手を真っ直ぐに見つめた。


「拙者から彼に、我がアルカディアへ武を預けぬかと声をかけさせてもらった。……カガリ殿の『帳簿』の片隅に、彼の居場所を作っていただけないだろうか」


ユリウスは、複雑な表情を浮かべながらも、静かにカガリに向かって膝をついた。


「……私は、システムの絶対性を過信し、己の力に溺れていた。だが、貴様らの圧倒的な合理性と、この男の神速の前に、その狭い世界は打ち砕かれた」


ユリウスは、腰に佩いた直刀を床に置き、深く頭を垂れる。


「私の命と剣、これからは貴様……いや、ボスのために振るわせていただきたい。この広大な新たな世界で、己の剣がどこまで通用するのか、試してみたいのだ」


カガリは葉巻の煙をゆっくりと吐き出し、ユリウスを【ファミリー・レジャー】で査定した。

忠誠心、そして武力としての資産価値。どちらも極めて高い。


「……構わないよ。ただし、我がファミリーでは完全歩合制フルコミッションだ。かつてのような特権階級の甘い蜜はない。結果すうちで示してもらうぞ、ユリウス」


「……御意に」




ユリウスが静かに頷くと、カガリは次に、窮屈そうにスーツの襟元をいじっているクロウへと視線を移した。


「さて、次は君の番だ、クロウ。約束の報酬ギャラはすでに君の口座に振り込んであるはずだが?」


「ああ、確認した。……だがな、コンサルタント。あんた、スラムの連中に妙に気前よく仕事を回してるらしいな。俺の寝床まで騒がしくなって敵わねぇ」


クロウは鋭い三白眼でカガリを睨みつける。

だが、その瞳に以前のような極度の人間不信の冷たさは薄れていた。


「私はただ、放置されていた労働力リソースを適正価格で買い取っただけだ。……クロウ。君のその『物理演算フィジカル』も、もうこんな裏路地で燻らせておくには惜しい資産だ」


カガリは引き出しから一枚の羊皮紙を取り出し、デスクの上に滑らせた。

『アルカディア専属・遊撃部隊隊長』と記された、破格の報酬額が提示された雇用契約書だった。


「どうだ? 我がファミリーに入らないか。福利厚生として、三食の温かい飯と、頑丈な寝床は保証しよう。……それと、君のその野良犬のような身なりを整えるための、最高級のテーラーもね」


クロウは鼻を鳴らし、契約書を乱暴に手に取った。


「……誰かの駒になるのは反吐が出るほど嫌いだって言ったはずだぜ」


そう毒づきながらも、クロウは備え付けのペンを手に取り、迷いのない流れるような動作で契約書にサインを書き殴った。


「だが……あの薄気味悪い女騎士が作ってた『サプリメント』とやらがあれば、熱いシチューで舌を火傷する心配もなさそうだからな。それに、この窮屈なスーツも悪くねぇ。……乗ってやるよ、ボス」


カガリは、まんざらでもない様子でサインを終えたクロウを見て、僅かに口角を上げた。

神速の侍、重力の軍神、絶対の盾。そこに、空間の支配者と、魔法を物理で砕く獣が加わった。

アルカディアの武力は、今や一国の正規軍すら容易に蹂躙する次元へと到達していた。




◆ ◆ ◆




数日後。アルカディア新本部。


「あ、カガリさん! マサムネさんたちも! おかえりなさい!!」


ギルドの「顔」であるギルドマスターのアリサが、満面の笑みで駆け寄ってくる。


「……ただいま戻った、お嬢さん。留守中の数字のズレはないか?」


「ズレどころじゃないですよ! バビロンからの直通物流ラインが開通したおかげで、地下の巨大物流倉庫群の荷物がとんでもないことになってます!」


アリサの背後から、顔をススだらけにした巨漢のドワーフ、バルカスが図面を振り回しながら走り込んできた。


「おお、カガリ様! バビロンの空間魔法技術、さっそく解析させていただきましたぞ! これと我々の防爆工房を組み合わせれば、大陸中を一瞬で移動できる『転送ゲート』の構築も夢ではありません!」


バルカスが興奮気味に叫ぶ中、アルカディアはかつてない活気に満ち溢れていた。



◆ ◆ ◆



中央中庭。空間拡張魔術によって広大な面積を確保された、静謐なる竹林。


『キィィィィンッ!』


竹の葉が擦れ合う音に混じり、鋭い鋼の激突音が響き渡る。


「――甘いぞ、ユリウス殿。空間を断つ前に、太刀筋に迷いが生じている」


「……っ、相変わらず出鱈目な速度だ。だが、私の『断層』は一度見た軌道には二度と抜かれん!」


神速の剣を振るうマサムネと、軍服姿で空間の刃を操るユリウスが、激しい打ち合いを行っていた。

かつては血で血を洗う死闘を繰り広げた二人だが、今や互いの高みを目指す無二の鍛錬相手となっている。


「……ふう。それにしても、ここは良い場所だ。どれほど本気で刃を振るおうとも、壁や天井を気にする必要が一切ない」


ユリウスが直刀を収め、額の汗を拭いながら周囲の竹林を見渡した。


「左様。デダロス殿の腕には恐れ入るばかりでござる。……さあ、息を整えたらもう一本いこうか」


二人の武人は、泥雨のバビロンではなく、清浄な空気に満ちたアルカディアの庭で、再び静かに刃を交えた。



◆ ◆ ◆



最上階(中央)。カガリの執務室コンシリエーレ・ルーム


大陸全土の『帳簿』を俯瞰する最高責任者室の扉を開けたカガリは、ふと足を止めた。

彼が金貨数千枚をかけて用意させた、最高級の来客用ソファ。そこに、仕立ての良い漆黒のスーツを着たままの男が、長々と寝そべっていたからだ。


「……クロウ。君には西翼の居住区に立派な個室を与えたはずだが? それに、支給したばかりのスーツをシワだらけにする気か」


「あっちの西翼は大酒場や闘技場が近くて、やかましくて寝られやしねぇんだよ。……それに、あんたの部屋が一番静かで、ソファの質もマシなんでね」


神出鬼没なハーフ・ビーストは、欠伸をしながら怠惰に寝返りを打った。極度の人間不信だった男が、無防備な姿を晒している。


「……まあいい。だが、せめて靴の泥くらいは拭いてから上がれ。クリーニング代は君の給与から天引きしておくぞ」


カガリが呆れたようにため息をつきながら自らのデスクに腰掛けた、その時だった。


「――コンシリエーレさん。少し、厄介なことになりました」


執務室と隣接する東翼から、銀髪の聖女・エルセが姿を現した。


「精霊さんたちが、かつてないほど騒いでいます。……私たちがバビロンを陥落させたことで、ついに『彼ら』が動きました」


エルセの澄んだ瞳が、冷ややかに、だが微かな緊張を孕んでカガリを見つめた。


「残り二つの『皇帝ギルド』……これまで互いに牽制し合っていた彼らが、アルカディアを共通の脅威とみなし、歴史上初の『軍事・経済同盟』を締結しました」


その言葉に、ソファに寝そべっていたクロウがピクリと反応し、鋭い三白眼を開いた。


「……脅威、か」


カガリは懐中時計を取り出し、静かに蓋を開けた。

秒針の音が、新たな時代の、そして新たな戦争の鼓動のように規則正しく時を刻んでいる。


「彼らがどう動こうと関係ない。我々はただ、市場を拡大し、利益プロフィットを追求するのみだ」


カガリのブラウンの瞳が、冷徹な光を放つ。


「さあ、次の四半期の準備シノギを始めようか。……ファミリーの諸君」





かつての弱小ギルドは、今や大陸全土の経済と武力を握る巨大なファミリーとして、さらに巨大な理不尽へとその歩みを進めていくのであった。



挿絵(By みてみん)

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

これにて、第二章「皇帝ギルド蹂躙編」は完結となります。

財務諸表とM&A(買収)で敵の資金源を干上がらせる「資本の暴力」はもちろんですが、今回はカガリの『適正配置』によって覚醒した配下たちによる、激しいバトルにもかなり熱を入れて執筆いたしました!

カガリのえげつない知略と、配下たちの圧倒的な蹂躙劇……お楽しみいただけましたでしょうか?


もし本編を読んで「ビジネスロジックでのざまぁが最高!」「戦闘シーンが熱かった!」「第三章も読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部より【ブックマークに追加】と、【★★★★★の評価】をお願いいたします!

皆様からの評価ポイントとご感想が、この作品がランキングを勝ち上がり、新たな読者様を「アルカディア・ファミリー」へ引き込む最大のしほんとなります!


【最新マップ公開のお知らせ】

最後の挿絵は第二章完結時のワールドマップになります!

作者はイラストが不出来なのでAI生成ですが……めちゃくちゃ拘りを持って指示出プロンプトしました笑


次回からはいよいよ、最大の決戦となる第三章『覇権を賭けた大決算グランド・クロージング』が開幕します。


二大皇帝ギルドの同盟という巨大カルテルを、カガリがどう解体・買収していくのか。引き続きお楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ