表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/78

盤上の暴雨 〜一万の絶望と、軍神の引力〜

砕け散った結界の破片が、泥雨と共にバビロンの街に降り注いでいる。


アルジェント商会の最上階。薄暗い執務室の窓辺から、カガリはその混沌に沈む巨大都市を静かに見下ろしていた。


彼の瞳の奥で、固有スキル【ファミリー・レジャー】が青白く脈動する。


市場の資金網を掌握し、都市の中枢システムをハッキングした今、バビロン全土を覆う魔力の流れは、カガリの網膜にまるで「立体的なチェス盤」のように投影されていた。


盤面スクリーンには、無数の赤い光点――『叡智の冠』の防衛魔術師たちが、蟻の群れのように大城門へと殺到していく様が映し出されている。

その数、およそ一万。

対する青い光点――レオンハルト率いるアルカディアの兵士は、わずか三百に満たない。


「……一万対三百、か。三十倍以上の戦力差。三流の経営者なら、即座に白旗を上げる絶望的なバランスシートだな」


カガリは、紫煙を細く吐き出しながら、チェス盤の駒を眺めるように目を細めた。


「だが、兵力リソースはただ数を揃えればいいというものではない。一万の烏合の衆による飽和攻撃など、練り上げられた局地的な『質量』の前には、ただの非効率な無駄遣いに過ぎない」


カガリの冷徹な声が響く中、盤上の青い光点――『軍神』の駒が、圧倒的な赤い波に向かって、静かに、だが確実に前進を始めた。









バビロンの大城門前。

冷たい泥雨が、両軍の鎧とローブを容赦なく叩きつけていた。


アルカディア軍の先頭に立つレオンハルトは、肩に担いだ魔導ランス『カラドボルグ』についた泥を乱暴に振り払った。


彼の見据える先――開け放たれた大城門を抜け、バビロンの広大な防衛広場を埋め尽くしていたのは、文字通りの『絶望』だった。


「防衛ライン、展開! 結界の修復は後回しだ、まずはあの薄汚れた侵入者どもを塵一つ残さず焼き尽くせ!」


赤髪の幹部・イグニスの怒号が広場に響き渡る。


城壁の上、建物の屋上、そして広場の平地。

視界を埋め尽くすほどのローブ姿の魔術師たちが、一斉に杖を掲げた。

一万の杖の先から生み出された炎、氷、雷の魔力が、厚い雨雲を真昼のように照らし出し、空気をチリチリと焦がしていく。


「ふふっ……無謀なゴロツキども。恐怖で足がすくんで、逃げることも忘れたのかしら?」


空中に浮遊する豪奢ごうしゃ神輿みこしの上から、カーミラが妖艶な笑みを浮かべて見下ろしている。

彼女の精神支配魔法が雨に乗って広がり、アルカディアの兵士たちの心に直接「死の恐怖」を植え付けようと這い寄る。


一万の魔術師が放つ、致死の魔法陣による完全包囲。

誰もが、次の瞬間にレオンハルトの軍勢が跡形もなく消し飛ぶと確信した、その時だった。



「……笑わせるな」



レオンハルトの低く、地鳴りのような声が、雨音を切り裂いた。


「俺たちが今まで、どんな地獄シノギを越えてきたと思ってる。たかだか一万の魔法の火遊びで、俺たちの『ボス』が作ったこの最高の職場タマを潰せると思うなよッ!」



ドンッ!!



レオンハルトが、カラドボルグの石突きを泥濘の地面に激しく叩きつけた。


【固有スキル作動:獅子の鼓舞】


瞬間、黄金の覇気がレオンハルトの全身から爆発的に放射され、背後のアルカディア兵士たちを包み込んだ。

カーミラの放っていた陰湿な精神デバフが、太陽の光に灼かれた霧のように一瞬で蒸発する。


恐怖は消え去り、兵士たちの瞳に、獣のような凶暴な光が宿った。


「おおおおおおッ!!!!」


たった三百の軍勢が上げた咆哮が、一万の魔術師の詠唱を掻き消すほどの音圧となって大気を震わせた。


「なっ……!? あの男の咆哮一つで、私の精神支配が……!」


カーミラが神輿の上で驚愕に顔を歪める。


「ええい、怯むな! 数の暴力で押し潰せ! 全軍、一斉掃射ファイアッ!!」


イグニスの絶叫と共に、一万の魔術師から放たれた魔法が、巨大な光の津波となってレオンハルトたちへと殺到した。

空が燃え、大地が凍り、雷が泥雨を貫く。

それは、いかなる軍隊も一瞬で消滅させる、絶対的な飽和攻撃だった。


だが。


「……カトレイア!!」


「任せよ、軍神殿! 私の『愛』は、いかなる暴力からも部下を守り抜く!」


レオンハルトの背後から躍り出た赤髪の女騎士・カトレイアが、巨大な大盾を天高く掲げた。


「絶対防壁・慈母のイージス・オブ・アガペー


カトレイアの魔力属性『静止ディレイ』が解放される。

彼女の大盾を中心に、真珠色に輝く淡く美しい膜が広がり、アルカディア軍の頭上をすっぽりと覆う巨大なドームを描き出した。


凄まじい轟音と共に、一万の魔法の津波がその美しい膜に激突した。

しかし、炎も、氷も、雷撃も、カトレイアの展開した『慈母の愛』に触れた瞬間、まるでビデオの映像が一時停止したかのように、空中でピタリとその動きを止めた。


「な、なんだあれは……!? 魔法が、空中で固まっているだと!?」


イグニスが信じられない光景に目をひ剥く。


「……今だ、レオンハルト殿! 質量おもさの何たるかを、彼らに教えてやれ!」


カトレイアの叫びに応え、レオンハルトが大きく跳躍した。


「重力魔法・最大出力――『星墜メテオ・フォール』ッ!!」


レオンハルトのカラドボルグから、漆黒の重力波が放たれた。

それは、空中で静止していた一万の魔法のエネルギーそのものを「重力」で絡め取り、凄まじい引力で一つに圧縮していく。


「莫迦な! 我々の魔法が、一つに束ねられて……!」


「――まとめて、地に伏せろォォッ!!」


レオンハルトが槍を振り下ろした瞬間。


一万の魔法の残骸を吸い込み、超高密度の質量の塊となった重力球が、敵の魔術師たちの陣形のド真ん中へと、隕石のように墜落した。




ズドォォォォォンッ!!!




凄まじい衝撃波がバビロンの広場を叩き割り、何千もの魔術師たちが、悲鳴を上げる間もなく重力の暴力によって地面に縫い付けられ、吹き飛ばされた。


かつて、レオンハルトの重力魔法は自身を中心とした数メートルの範囲にしか及ばなかった。

だが、アルカディア本部に設置されたバルカスとデダロスの手による『最高の闘技場しょくば』での過酷な鍛錬は、彼の魔力回路を根底から作り変え、その限界を大きく押し広げていたのだ。

今や彼の重力支配は、広大な広場全体を覆い尽くすまでに昇華されている。


「……これが、アルカディアの力……!」


砂埃と泥が舞う中、悠然と着地したレオンハルトの姿に、イグニスとカーミラは初めて「死の恐怖」を味わっていた。









「……完璧な投資効果《ROI》だ」


アルジェント商会の執務室。

カガリは、盤上の赤い光点が一瞬にして数千個消滅したのを確認し、満足げに微笑んだ。


だが、彼の視線はすぐに、城塞の奥――白銀の尖塔の最上階へと向けられた。


「さて。表の軍神の働きは申し分ない。……あとは、裏の『神速』が、敵の頭脳トップへと続く道をどう切り開くか、だな」


カガリの呟きと同時刻―――。

戦場の喧騒から完全に切り離された、バビロン本部タワーの静寂の回廊。





黒装束の侍・九条マサムネは、細身の直刀をいた『叡智の冠』筆頭幹部・ユリウスと、静かに向かい合っていた

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!

チェス出来たらかっこいいよなぁと思って何度か覚えようとしたんですが、挫折しました。


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!

合わせて【ブックマークに追加】もぜひよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ