断絶の刃と神速の侍 〜拮抗する死闘、そして盤上の軍神〜
バビロン本部タワーの最上階へ続く静寂の回廊。
外で繰り広げられている一万の魔術師とアルカディア軍の死闘が嘘のように、そこには張り詰めた、冷たい空気が満ちていた。
「……貴殿が、この階層の守護者と見受けする」
九条マサムネは、腰を深く落とし、鯉口を切った状態で静かに告げた。
「いかにも。私は『叡智の冠』筆頭幹部、ユリウス。……まさか、魔力も持たぬ野蛮な剣士がここまで上がってくるとはな」
ユリウスは軍服のようなタイトな装束のまま、腰に佩いた細身の直刀をゆっくりと引き抜いた。
その所作には、魔術師特有の詠唱の隙も、剣士特有の力みも一切ない。ただ冷徹な「作業」をこなすような、無機質な美しさがあった。
「いくぞ」
ユリウスが短く呟いた瞬間。
「――シッ!」
マサムネが、瞬きすら置き去りにする神速の踏み込みでユリウスの懐へと飛び込んだ。
必殺の距離。一刀のもとに首を刎ねる、完璧な間合い。
だが。
『ガキィィィンッ!!』
マサムネの刀は、ユリウスの首に触れる数センチ手前で、見えない「硬質な壁」に弾き返された。
「……ぬぅッ!?」
マサムネは即座に後方へ跳躍し、着地と共に自らの刀身を確認した。
刀は刃こぼれ一つしていない。だが、間違いなく何かに「遮られた」感触があった。
「お前の動きは速い。人間の動体視力では到底捉えきれない次元だ。……だが、どれほど速かろうと『距離』が存在する以上、私には届かない」
ユリウスが直刀を軽く振るう。
「『空間断絶』。……私の剣は、対象との間にある空間そのものを切り離し、絶対的な断層を生み出す」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ユリウスの姿がブレた。
いや、違う。彼が一歩踏み出した瞬間、マサムネとユリウスの間にあった十メートルの空間が「消失」し、次の瞬間にはマサムネの真横にユリウスが立っていたのだ。
「……ッ!!」
マサムネの超人的な気配察知が、脳に致命的な警告を鳴らす。
咄嗟に身体を捻ったマサムネの頬を、目に見えない「空間の断層」が掠めた。
『ピシュッ!』
鮮血が舞い、マサムネの漆黒の装束が肩口から綺麗に裂けた。
「ほう。今の『短縮』を躱すか。……だが、防戦一方では死を待つのみだぞ」
ユリウスが冷徹に直刀を連続で振るう。
そのたびに、マサムネの周囲の空間がランダムに切り取られ、見えない刃となって全方位から襲い掛かった。
「くっ……!」
マサムネは神速の足さばきで回廊を駆け回りながら、迫り来る見えない断層を、長年の勘と極限まで研ぎ澄まされた動体視力だけで弾き落としていく。
しかし、空間そのものを歪める攻撃に対し、物理的な速度だけで対応しきれるはずもない。
腕、太腿、脇腹。
マサムネの身体に、次々と浅からぬ斬り傷が刻まれていく。
(……なんと恐るべき術か。間合いという概念そのものを破壊してくるとは。……だが!)
マサムネは荒い息を吐きながらも、その黒い瞳の奥に燃え盛る闘志を失ってはいなかった。
血を流し、痛みに耐える中で、彼の武人としての本能が、ユリウスの『空間断絶』のわずかな法則性を読み取り始めていた。
(いかに空間を断とうと、奴が刀を振るうという『起点』は変わらぬ。ならば、その起点の瞬間に、奴の認識を超える速度を叩き込めば……!)
「そろそろ終わりだ。野蛮な剣客よ。システムの絶対性に散れ」
ユリウスが、これまでにない膨大な魔力を直刀に込めた。
回廊の空間そのものがグニャリと歪み、ユリウスの周囲に漆黒の亀裂が幾重にも走る。
「『空間断絶・虚空刃』」
それは、回避不能の全方位空間切断。
直撃すれば、マサムネの身体は無数のサイコロ状に分断される、絶対必殺の魔法だった。
「……カガリ殿がくれたこの命。こんな所で散らすわけにはゆかぬッ!!」
マサムネは刀を鞘に収め、極限まで姿勢を低くした。
全身の筋肉が軋みを上げ、毛細血管が張り裂けんばかりに膨張する。己の生命力すらも推進力へと変換する、九条家最強の抜刀術。
「『九条流奥義・刹那無影剣』!!」
二つの「絶対」が激突した。
空間を切り刻む漆黒の刃と、空間の歪みすらも置き去りにする極限の神速。
『ゴガアァァァァァァッ!!!』
回廊を吹き飛ばすほどの凄まじい衝撃波が爆発した。
大理石の床が粉々に砕け散り、魔導ランプが次々と破裂して火花を散らす。
「……ぐはッ!」
「……ッ!!」
土煙が晴れた後。
そこには、全身から血を流し、刀を杖代わりに膝をつくマサムネと、同じく軍服をボロボロに引き裂かれ、肩で息をするユリウスの姿があった。
互いの必殺の一撃は、完全に相殺されたのだ。
「……見事だ。私の虚空刃を、純粋な物理速度だけで相殺するとは……」
ユリウスが、初めてその冷徹な顔に驚愕と称賛の色を浮かべた。
「……貴殿もな。まさか、拙者の奥義を防ぎ切る者がいようとは……」
マサムネが苦痛に顔を歪めながらも、不敵な笑みを返す。
二人の戦いは、互いの底力を出し尽くした極限の拮抗状態に陥っていた。
◆
同時刻。バビロンの大城門前。
白銀の尖塔の上層部で起きた凄まじい爆発の振動は、地鳴りとなって広場にも伝わっていた。
「……やってるようだな、あの堅物侍め」
レオンハルトは、上空で微かに揺れたタワーを見上げ、獰猛な笑みを浮かべた。
「レオンハルト殿、よそ見をしている暇はないぞ! 敵が態勢を立て直してくる!」
背後で大盾を構えるカトレイアが鋭く声を張る。
彼女の展開した『絶対防壁・慈母の愛』の外側では、先ほどの『星墜』の直撃を免れた数千の魔術師たちが、幹部のイグニスとカーミラの怒号の下、再び陣形を組み直していた。
「ひるむな! たかが三百の歩兵だ! 我々の圧倒的な手数で、あの防壁ごと焼き尽くせ!」
イグニスが炎の槍を天に掲げ、魔術師たちを鼓舞する。
「ええ、そうですわ! 私たちの魔力プールはまだ尽きていません! 恐怖を忘れなさい、奴らを血祭りにあげるのです!」
カーミラの精神支配魔法が再び広場を覆い尽くそうとする。
だが、レオンハルトは全く動じることなく、肩に担いだカラドボルグをゆっくりと前方へ突き出した。
「一万だろうが十万だろうが関係ねえ。……俺たちは、あの冷徹な『コンシリエーレ』の期待に応えるための、最強の執行部隊だ」
レオンハルトの瞳に、圧倒的な戦場の支配者としての光が宿る。
「休んでる暇はねぇぞ、お前ら! 皇帝の首を取るまで、俺の『重力』からは逃れられねえ!」
アルカディア軍の三百の兵士たちが、レオンハルトの覇気に呼応して一斉に武器を振り上げる。
最強の絶対防壁と、重力支配。
大軍勢同士の蹂躙戦は、いよいよその激しさを増していった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
イグニスちょっとアレなんですけど……魔法の属性選べるなら作者は炎がいいですね。
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