尖塔の支配者たち 〜消えた防衛部隊と、魔法都市の綻び〜
―――魔法都市バビロンの中心にそびえ立つ、白銀の尖塔。
その最上階にある『叡智の冠』のギルドマスター執務室は、魔導ランプの冷たい青色に照らされた、無機質で広大な空間だった。
壁という壁には、都市の魔力供給量や物流の推移を示す魔導スクリーンが浮かび上がり、目まぐるしく数字の羅列を更新し続けている。
「……マスター・ゼノ。地下水路の第四区画へ調査に向かったバグスの部隊から、定時連絡が途絶えました」
静寂の中、豪奢な赤いローブを纏った妖艶な女魔術師――幹部の一人であるカーミラが、手元の水晶板から目を離さずに報告した。
「バグスの魔力反応は、三十分前に完全にロスト。……どうやら、ただのネズミの駆除に失敗し、システムから『退場』したようですわ」
「バグスがやられただと……? 馬鹿な」
部屋の隅で、巨大な炎の球を手遊びのように弄んでいた赤髪の男――幹部・イグニスが、鼻で笑った。
「あいつの肉体強化魔法は、そこらの魔獣より硬いぜ。スラムのゴロツキどもが束になったところで、傷一つつけられるはずがねえ」
「事実として、反応が消えているのです。物理的な打撃か、あるいは未知の魔法か……いずれにせよ、地下の結界基部に何者かが侵入したことは間違いありませんわ」
「……騒ぐな」
執務机の奥から、低く、感情の一切こもらない声が響いた。
『叡智の冠』ギルドマスター、ゼノ・メビウス。
青白い肌をした彼は、空中に展開された無数の魔導数式を、瞬きすら忘れたかのように見つめ続けていた。彼の瞳孔には常に魔力の光が走り、人間というよりも、冷酷な演算装置そのもののような気配を放っている。
「バグスという『個の歯車』が一つ欠けたところで、この都市の絶対的なシステムは揺るがない。スラムのゴミ共が地下で暴れたところで、中枢のファイアウォールは突破できん」
「しかし、マスター。……もう一つ、不可解なエラーが発生しています」
カーミラが水晶板をスワイプし、空中に新たなデータを投影した。
「バグスの反応が消えたのとほぼ同時刻……正門の魔導査定機が、異常な魔力値を検知。システムが強制的に『VIP特権』を発行し、ある商館の人間を通しました」
「異常な魔力値だと?」
イグニスが眉をひそめる。
「ああ。記録によれば、その魔力総量は、我々三大皇帝ギルドの予備魔力プールを上回る規模。……しかも、入城した名義は、多額の負債で本日付で潰れるはずだった『アルジェント商会』の代表です」
「……あり得ねえ。あの商会はもうすっからかんのはずだ。偽造に決まってる」
「ですが、システムはそれを『合法な資産』として承認しましたわ。……地下のトラブルと、この正門の異常。偶然にしては出来すぎていると思いませんか?」
カーミラとイグニスの会話を遮るように、窓際で腕を組んでいた男が静かに口を開いた。
「……偽造ではないだろう」
男の名はユリウス。
『叡智の冠』筆頭幹部であり、都市防衛の要。ゆったりとしたローブを着る他の魔術師たちとは異なり、彼は軍服のようなタイトな装束を身に纏い、腰には魔力を帯びた細身の直刀を佩いていた。
「正門の査定機は、魔力の『質』と『量』を正確に計測する。それがエラーではなく承認を通したということは、その『アルジェント商会』の新代表とやらは、間違いなくそれだけの資産を背景に持っているということだ」
ユリウスの切れ長で冷たい眼差しが、都市の全景を見下ろす。
「地下のネズミがシステムの監視の目を逸らし、その隙に、正門から巨大な資本を持った本命が堂々と入り込んだ……。そう考えるのが自然だ」
「……だとしたら、そいつの目的は何だ?」
イグニスの問いに、ゼノがゆっくりと椅子から立ち上がった。
彼が指を鳴らすと、空中に浮かんでいた無数のスクリーンが一つに統合され、バビロンの都市全体を覆う「巨大なドーム状の結界」の立体映像が浮かび上がった。
「目的など考える必要はない。いかなる思惑があろうと、この都市に入った時点で、奴らは我々の『システム』の支配下にある」
ゼノは、立体映像の結界を指先でなぞった。
「この結界がある限り、外部からの武力侵攻は不可能。そして内部に入った者は、呼吸をするのと同じように、この都市のインフラに依存し、我々に魔力と富を吸い上げられる運命にある。……莫大な資産を持ち込んだというのなら、好都合だ。泳がせておけ。奴らの持つ資産がバビロンの市場に投下された瞬間に、法とルールの名の下に、すべて我々の胃袋へ強制的に収用してやる」
ゼノの口角が、冷酷に歪む。
「カーミラ。イグニス。地下のネズミは、お前たちの部隊で処理させろ。……ユリウスは、引き続き正門と中枢の防衛ラインを固めろ。……我々の築き上げた『独占市場』に挑む愚か者に、システムの絶対性を教えてやれ」
「「御意」」
幹部たちが一斉に頭を下げる中、ユリウスだけは、窓の外――都市の下層に広がる商業区をじっと見つめていた。
(……莫大な魔力を持ち込みながら、一切の気配を悟らせずに入城した男、か。……久々に、私の『空間』を斬り裂くほどの退屈しのぎになればいいが)
魔法都市の絶対的なシステムを過信し、システムで対応できると信じて疑わないゼノたち。
彼らはまだ気づいていなかった。
入り込んだ「異物」が、システムに迎合する気など毛頭ない、既存のルールそのものを内側から食い破る冷徹なマフィアのコンシリエーレであることに。
そして、彼らが絶対と信じる魔法のドームが、巨大なファミリーの暴力の前に、もはや風前の灯火となっていることに。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
ゼノがただのシステム大好きおじさんになっちゃった…
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