地下の魔獣 〜質量の暴力と漆黒の逆月〜
地下水路の広間に、重低音のような足音が響き渡る。
現れた巨漢の魔術師は、両拳にバチバチと紫電を伴う高密度の魔力を纏わせていた。魔力による肉体強化――通常の魔術師が遠距離からの火力に頼るのに対し、己の身体そのものを物理的な破壊兵器へと変える戦闘スタイルだ。
「俺は『叡智の冠』防衛特務隊、バグス。ネズミ一匹に随分と手間取ったようだが……貴様、魔力を持たぬ獣人のようだな」
バグスは、首をゴキリと鳴らしながらクロウを見下ろした。
「魔術師殺しの鉱石を仕込んだナックルか。姑息な真似を。……だが、絶対的な『質量』の前には無意味だということを教えてやろう」
「……御託はいい。さっさと来いよ、デカブツ」
クロウは口の中の血を吐き捨て、前傾姿勢で身を構える。
次の瞬間、巨漢の姿がブレた。
「なっ……!」
重装備の巨体からは想像もつかない速度。魔力による瞬間的な脚力強化だ。
バグスの巨大な拳が、空気を切り裂きながらクロウの顔面へと迫る。
クロウは咄嗟に両腕を交差させ、魔力相殺のナックルでその拳を受け止めた。
ドゴォォォォンッ!
「……っ、がぁッ!」
鉱石が魔力を散らしたにもかかわらず、その裏にある圧倒的な物理的質量と衝撃波までは殺しきれなかった。クロウの身体は後方へと吹き飛ばされ、地下水路の湿ったレンガ壁に激しく叩きつけられた。
肺から空気が搾り出され、視界が一瞬白く明滅する。
「ほう、今のを受けてまだ意識があるか。流石は獣人、頑丈さだけは取り柄のようだな」
バグスが冷酷な笑みを浮かべ、再び間合いを詰めてくる。
クロウは崩れ落ちそうになる身体を壁で支え、無理やり立ち上がった。
(……冗談じゃねぇ。ただの物理攻撃ならいざ知らず、魔力の推進力が乗ったパンチだ。ガードしても中まで響きやがる)
肋骨が数本軋んでいるのがわかる。だが、クロウの三白眼に宿る闘志は、微塵も衰えてはいなかった。むしろ、獣人としての本能が、強敵を前にして歓喜の雄叫びを上げている。
「……上等だ。その自慢の筋肉、木っ端微塵にしてやるよ」
クロウが地を蹴った。
壁を利用した三角跳びでバグスの頭上を取り、死角からの踵落としを放つ。
しかし、バグスは頭上を見上げることなく、魔力を纏った剛腕を振り上げた。
「無駄だ!」
クロウの踵とバグスの腕が激突し、凄まじい衝撃波が水路の泥水を吹き飛ばす。
そのままバグスはクロウの足を掴もうとしたが、クロウは空中で身体を捻り、もう片方の足でバグスの顔面を蹴りつけ、拘束から逃れた。
「チッ、すばしっこいハエめ!」
着地と同時に、クロウは連続でナックルを打ち込む。
バグスのボディ、脇腹、そして顔面。魔力相殺の鉱石がバグスの強化魔力を削っていくが、バグスの分厚い筋肉はその連撃を耐え忍んでみせた。
「効かんと言っているだろうがッ!」
バグスの大振りの裏拳が、クロウの脇腹を捉える。
「がはッ……!」
鈍い音が響き、クロウは再び宙を舞って水面に叩きつけられた。
口から大量の鮮血が溢れる。漆黒のコートはボロボロに引き裂かれ、呼吸をするだけで肺に鋭い痛みが走る。
「……ハァ……ハァ……」
「終わりか? 魔力を持たぬ劣等種が、我ら『叡智の冠』に歯向かった代償だ。死をもって償え」
バグスが両手を高く掲げ、その両拳に限界まで魔力を圧縮していく。
それは、直撃すればクロウの肉体を文字通り粉砕する、必殺の一撃だった。
クロウは泥水に塗れながら、ゆっくりと立ち上がった。
ダメージは限界に近い。脚は震え、視界はぼやけている。
だが、彼の脳内は極限までクリアだった。
(……大振りだ。あれだけの魔力を込めれば、必ず一瞬の『タメ』ができる)
クロウは構えを解き、だらりと両腕を下げた。
それは諦めではない。全神経を、次の一瞬のみに集中させるための姿勢だ。
「消し飛べ、害獣ッ!!」
バグスが咆哮とともに、紫電を纏った巨大な両拳を振り下ろす。
その一撃がクロウの頭上を捉える、ほんのコンマ一秒前。
クロウは動いた。
逃げるのではなく、巨漢の懐へ、自ら飛び込むように前へ踏み出した。
振り下ろされる剛腕がクロウのコートの背中を掠め、凄まじい風圧で彼の背の皮膚を裂く。だが、致命傷には至らない。
バグスの両腕が完全に振り下ろされたことで、彼の巨大な顎下が、完全に無防備な状態となってクロウの眼前に晒された。
「……貰ったぜ」
クロウの低い声が、バグスの耳に届く。
その瞬間、クロウは残された全脚力をバネにし、大地を爆発させるように蹴り上げた。
強靭な黒豹の脚力と、遠心力を乗せた、後方宙返り蹴り。
「『絶技・黒豹の逆月』……ッ!!」
クロウの足先が、漆黒の三日月を描く。
魔力相殺の鉱石を仕込んだ靴底が、バグスの強化魔力を紙切れのように貫き、その巨大な顎を正確にカチ上げた。
「が、ぼァッ……!?」
ゴシャァァァッ! という生々しい骨の砕ける音が響き渡る。
脳を直接揺らされたバグスの巨体が、白目を剥きながら空中に浮き上がり、そのまま後ろへどうと倒れ込んだ。
ズドォォン!
水柱が上がり、バグスは二度と動かなくなった。
着地したクロウは、よろめきながら片膝をついた。
「……ハァ、ハァ……。クソが、骨が何本かイカれちまったじゃねぇか……」
クロウは口端の血を手の甲で拭い、薄暗い地下水路の天井を見上げた。
「……おい、コンサルタント。裏口は、確実に開けてやったぞ。……あとは、約束通りきっちり『仕事』を終わらせろよ」
満身創痍の獣は、不敵な笑みを浮かべながら、泥水に染まった地下の闇の中で静かに目を閉じた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
後方宙返り蹴りが顎に。クッソ痛そう……。FF7のティファのリミット技「サマーソルト」からもらいました。リメイク3作目はいつ出るんですかね。
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