地下の魔獣 〜物理演算(フィジカル)が魔法を凌駕する夜〜
―――カガリとマサムネがVIPとして正門を通る、その数刻前。
バビロンの地下水路は、都市の豪華絢爛な地上とは対照的に、淀んだ魔力と汚泥が支配する暗闇の世界だった。
クロウは、壁面に埋め込まれた太い魔導ケーブルを辿り、都市の中枢へと繋がる『バックドア』を目指して音もなく跳躍していた。
彼の動きは、魔法というルールに縛られたこの都市において、異質なほどに「物理的」だった。
「……着いたぞ。あれが中枢へ繋がる変換ターミナルか」
クロウが足を止めたのは、地下深くにある巨大な魔導導管が集中する広間だった。だが、そこは無人ではなかった。
「おい、スラムの害獣がなぜここにいる!?」
警備のために巡回していたのは、都市の治安維持を担う『叡智の冠』の魔術師たち、四人一組の小隊だった。即座に杖を掲げ、紫電の魔法を放つ。
クロウは表情を変えず、右足の先で水面の汚泥を蹴り上げた。
泥水が銃弾のような速度で弾け飛び、魔術師の視界を塞ぐ。
「……遅い」
クロウは姿を消した。
瞬時に距離を詰めると、魔術師の懐へ滑り込む。装備したナックルダスターが鈍い金属音を立て、男の鳩尾へ深く吸い込まれた。
「がっ……!?」
魔術師は反撃の呪文を唱える暇もなく、くの字に折れ曲がって吹き飛ぶ。
クロウは止まらない。空中で反転し、続く二人目の魔術師の側頭部へ、しなやかで鋭いハイキックを叩き込む。骨が軋む音とともに、男は壁に激突して崩れ落ちた。
残る二人が放った炎弾を、魔力相殺の鉱石が埋め込まれたナックルで乱暴に殴り散らし、低い姿勢からの足払いで体勢を崩させ、トドメの踵落としを脳天に振り下ろす。
わずか数秒の、一方的な蹂躙。
クロウは意識を失った魔術師たちを一瞥し、奥にあるメインパネルへと向かおうとした。
「――そこまでだ、ネズミめ!」
通路の奥から、新たな怒号が響き渡った。
足音とともに現れたのは、増援の魔術師六人。彼らはすでにフォーメーションを組み、それぞれの杖先に高密度の魔力を練り上げていた。
「一斉射撃!」
六方向から同時に放たれる、炎の槍、氷の散弾、そして見えない真空の刃。
地下の閉鎖空間において、それは逃げ場のない死の網だった。
「チッ……数だけは揃えやがって」
クロウは壁を蹴り上がり、天井に這う太いパイプを掴んで宙を舞う。
足元を炎と氷の爆発が舐め、爆風が彼の漆黒のコートを大きく煽った。空中に逃れたクロウを追うように、下から真空の刃が襲い掛かる。
空中で身をよじって致命傷を避けたものの、鋭い風の刃がコートの袖を裂き、クロウの頬に一筋の赤い線を描いた。
「……捕まえたぞ!」
着地の隙を狙い、三人の魔術師が氷の檻でクロウの退路を塞ぎ、残る三人が巨大な炎球を放つ。
「ナメるな……!」
クロウの三白眼に、獣の凶暴な光が灯った。
彼は逃げるのではなく、自ら炎球に向かって踏み込んだ。魔力を散らす両の拳を交差させ、炎の中心を真っ向から殴り裂く。
爆炎を突き抜け、焦げた匂いを纏いながらクロウが魔術師たちの懐に飛び込んだ。
「なっ……!?」
驚愕する魔術師の顎を、クロウの強烈なアッパーカットが打ち抜く。
身体が宙に浮いた男の腹部に、さらに回転を加えた重い回し蹴りを叩き込み、砲弾のように他の魔術師たちへと激突させた。
陣形が崩れた瞬間、クロウの独壇場だった。
倒れ込む敵の背中を踏み台にして跳躍し、後列で詠唱を急ぐ魔術師の首筋に、上空からの強烈な踵落としを叩き込む。そのままの勢いで身を沈め、旋風脚で周囲の敵の足を刈り取り、がら空きになった顔面へ容赦のないナックルの連打を浴びせた。
魔力も呪文も不要。
極限まで研ぎ澄まされた肉体と格闘術が、魔法というルールを力でねじ伏せていく。
最後の一人が壁際で震えながら杖を構えたが、クロウは踏み込みと同時に放った鋭い前蹴りで、杖ごと男の腕を粉砕した。
「……ハァ……ハァ……」
六人の魔術師が完全に沈黙した地下水路に、クロウの荒い息遣いだけが響く。
頬の血を乱暴に拭い、彼は広間の中央にあるメインパネルへと歩み寄った。
カガリから預かった『魔力中継端末』を取り出し、強引にコネクタへ突き刺す。
端末が青白く発光し、パネルに表示された膨大な数式が瞬時に書き換えられていくのが見えた。
「……これで、あの胡散臭いコンサルタントのIDが『VIP』として登録されたはずだ。……金のためとはいえ、割に合わねぇぜ」
クロウは鼻を鳴らし、端末を回収して踵を返そうとした。
その時だった。
「……き、緊急事態……! 地下第四区画……侵入者……直ちに、殲滅部隊を……ッ!」
先ほど倒した最初の小隊の一人が、血の泡を吹きながら、手元の通信用魔導具に叫んでいたのだ。
「チッ……!」
クロウがトドメを刺そうと踏み出した瞬間。
地下水路のさらに奥、暗闇の底から、空気が重くなるような異様な魔力が膨れ上がった。
ズン……、ズン……。
響いてくるのは、魔術師らしからぬ「重い足音」だった。
現れたのは、ゆったりとしたローブではなく、はち切れんばかりの筋肉を包むタイトな装束を着た大柄な男。その両拳には、高密度の魔力がバチバチと火花を散らしながら付与されている。
それは、遠距離から魔法を放つだけの軟弱な術者ではない。己の肉体を魔力で強化し、物理的な破壊力へと昇華させた「武闘派」の魔術師。
クロウは立ち止まり、その圧倒的なプレッシャーを感じながら、ナックルを構え直した。
彼の口角が、好戦的に吊り上がる。
「……少しは骨のありそうなやつが出てきたな」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
クロウの格闘は武術とは若干違うんですが、ジャッキーチェンとかジェットリーとかイメージして書いてます。『ラッシュ・アワー』とか最高ですよね。
少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!
合わせて【ブックマークに追加】もぜひよろしくお願いいたします!




