魔法都市の関所と、資本の借入(レバレッジ)
カガリの手の中で、銀の懐中時計がカチリと音を立てた。
「さあ、行くぞマサムネ。我々は表玄関から、堂々とVIPとして入場させてもらう」
カガリは、泥濘にまみれた数万の一般商人たちの列を完全に無視し、豪奢な金装飾が施された『特権商人専用ゲート』へと迷いなく歩を進めた。
「止まれ! 何の真似だ、貴様ら」
特権ゲートを守護する『叡智の冠』の高位魔術師が、威圧的な態度で杖を突きつけた。
ゲートの脇には、対象の魔力量と資産価値を測る巨大なクリスタル――『魔導査定機』が設置され、獲物を狙う獣のように唸りを上げている。
「ここは『特権ライセンス』を持つ選ばれた名門商会のみが通る門だ。魔力もろくに持たぬ薄汚れた一般商人は、あちらの列の最後尾へ並び直せ」
魔術師は、カガリの身なりがどれほど上等であろうと、彼から感じられる魔力が「一般人レベルの微弱なもの」に過ぎないことを冷笑していた。この魔法都市において、魔力総量の低さはすなわち「資産がない(貧民である)」ことと同義だからだ。
「勘違いしないでいただきたい。我々はこの都市に莫大な投資をしに来た特権商人だ」
カガリは表情一つ変えず、優雅にスーツのポケットから一つの魔導具を取り出した。
それは、銀色のカード型をした特殊端末。地下工房のバルカスに徹夜で組み上げさせた『魔力中継端末』である。
「笑わせるな! どのような偽造品を持っていようと、この査定機は誤魔化せん! 貴様の魔力と資産の底をすべて暴き出してくれるわ!」
魔術師が嘲笑を浮かべ、カードの読み取りを促す。
「どうぞ、お好きなだけ査定してくれたまえ」
カガリがその銀の端末をクリスタルへとスッと近づけた。
瞬間だった。
『――ピ、ピーーーーーッ!!』
巨大なクリスタルが、かつてない激しい警告音を鳴らし、目も眩むような純白の光を放ち始めた。
「な、なんだ!? エラーか! 偽造魔力がシステムの限界を超えたのか!?」
周囲の警備魔術師たちが一斉に臨戦態勢をとる。
だが、クリスタルを管理する術式の表示板を見た門番の顔色は、瞬時に泥のように青ざめた。
「ち、違う! エラーじゃない……査定値が、桁を、桁を超過オーバーフローしている……ッ!?」
「その通りだ。査定機システムは正常に動いている」
カガリは、暴走寸前まで光り輝くクリスタルの前で、静かに葉巻のようなものを取り出し、火を点けた。
「この都市の結界システムは、対象の『魔力の総量』を『個人の信用と資産』として査定しているのだろう? 非常に合理的で、魔法をビジネスに昇華した素晴らしいシステムだ」
「何を言っている……! 微弱な魔力しか持たない貴様から、なぜこれほどの……バビロンの長老たちすら凌駕する魔力値が弾き出されているんだ!」
「金融の基本だよ。……『資産』は、必ずしも自己所有である必要はない」
カガリは、手にした銀の端末を軽く指先で叩いた。
「この端末は、遥か西に築かれた我々の要塞……『アルカディア本部』の中枢魔力炉と直結している。今この瞬間、西にいる最強の盾カトレイアと、最強の軍神レオンハルトが持つ規格外の魔力が、一時的にこの端末の『口座』へと転送リースされているのさ」
「ま、魔力を……他者から借り入れている《レバレッジ》だと……!?」
魔術師が絶句する。
「ああ。自己資本が少なくても、莫大な資本を借り入れて提示すれば、市場はそれを『絶大な信用』として認識する」
「ふ、ふざけるな! そんなやり方が認められてたまるか!」
門番の魔術師が激昂し、杖に魔力を込めた。
「よしんば莫大な魔力を提示しようと、貴様のライセンスはこの都市のデータベースに登録されていない! システムが貴様を特権商人として通すはずが――」
『――ピロリィン。』
魔術師の怒号を遮るように、システムから涼やかな電子音が鳴り響いた。
真っ赤に明滅していたクリスタルが、極めて滑らかに、純度の高い黄金色の光へと変わる。
『――対象の魔力担保、規定値を大幅にクリア。……データベース内、新規最上位特権《VIP》の登録を確認。カガリ代表、バビロンへようこそ』
「……な、なんだと!?」
魔術師が顔面を蒼白にさせ、持っていた杖を落としそうになった。
システムは、門番の感情や論理を完全に無視し、カガリを「正規のVIP」として迎入する処理を完了させていた。
「ば、馬鹿な……。外部の魔力を持ち込んだ上、なぜデータベースの登録まで……!?」
ズズズズ……ッ!
警備魔術師たちが呆然と立ち尽くす中、大城門の分厚い扉が、システムからの最優先命令に従い、恭しく左右へと開かれていく。
カガリの口角が、冷酷に吊り上がった。
「……どうやら、雇った『専門家』が、時間通りに仕事をこなしてくれたようだ」
「……お見事な手腕でござるな。城壁を壊さずして、向こうから扉を開けさせるとは」
背後で静かに控えていたマサムネが、低く笑いながら呟いた。
「ルールを書き換える資本力があれば、城壁などただの飾りに過ぎないさ」
カガリはスーツの埃を払い、絶句する門番たちを一瞥もせずに、魔法都市バビロンの内部へと足を踏み入れた。
魔法都市の強固なシステムを内側から食い破る一匹の獣の暗躍によって、第四の皇帝ギルドの侵略は、すでに始まっていたのである。
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