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次なる標的(ターゲット)は魔法都市?! 〜聖女の神託と、計算された魔法(ルール)〜

新本部の最上階、東翼。


分厚い防音扉を開けたカガリを出迎えたのは、下層の喧騒や狂気とは無縁の、極めて静謐で神聖な空間だった。


壁一面を埋め尽くすほどの膨大な蔵書。

そして、部屋の構造そのものが音を反響させる楽器のように設計された「音響空間アコースティック・ルーム」。

部屋の奥には、デダロスとバルカスが涙を流しながら完成させたという、二十四時間体制で温湿度を完璧に管理する『お菓子専用の魔導保管庫』が鎮座している。


その保管庫の前にある豪奢なソファで、一人の少女が優雅にくつろいでいた。


「……あら。コンシリエーレさん」


銀髪の聖女、エルセ・リュミエール。


彼女は、カガリが与えた『騎士と姫の純愛物語』のページから目を離さず、手元のフォークで琥珀色に輝くタルトを切り分けて口に運んだ。


「この第六巻、素晴らしい展開ですね。まさか王子様が記憶喪失になるなんて。

……でも、少し展開を引き伸ばしすぎじゃないですか? 精霊さんたちも『早くくっつけばいいのに』って文句を言っていますよ」


「それは『商業的引き伸ばし(マネタイズ)』という手法だ。読者の飢餓感を煽ることで、次巻への期待値と売上を最大化する。……それより、頼んでいた仕事の進捗はどうだ?」


カガリはエルセの対面に腰を下ろし、優雅に脚を組んだ。


エルセは本に栞を挟み、パタンと閉じると、聖女のような慈愛に満ちた微笑みをカガリに向けた。


「ええ、もちろん。お菓子の投資分は、きっちりとお返ししますよ。

……あなたたちがゴトゴトとこの巨大な要塞を建てている三ヶ月の間、私は世界中の精霊さんたちから『三大皇帝ギルド』の内部事情をたっぷりと聞かせてもらいましたから」


エルセの瞳に、冷ややかな、すべてを見透かすような知性の光が宿る。


「カガリさんが次に狙うべきは、大陸の中央に位置する巨大物流・商業都市『バビロン』。……そして、そこを牛耳る皇帝ギルド『叡智のクラウン・オブ・ウィズダム』です」


「……『叡智の冠』。魔法特化のギルドだったな」


「はい。彼らは、魔法という『力』を完全にビジネスに転用しています。天候操作の魔法で自組織の交易船だけを安全に航行させ、空間魔法で物資を転送する。……つまり、魔法による絶対的な『物流の独占モノポリー』を行っているんです」


カガリの脳内の【ファミリー・レジャー】が新たな数値を弾き出す。


現在、アルカディアは『黒鉄連峰』の資源と『九条の里』の労働力を手に入れた。

だが、それを莫大な富に変えるためには、大陸全土へ商品を売り捌く「巨大な市場マーケット」と「流通網インフラ」が必要不可欠である。


「なるほど。我々が大陸の経済を掌握するためには、避けては通れない『関所』というわけか。……魔法による独占市場。市場原理を歪める不純物は、私が適正な形に『解体』してやらねばなるまい」


「ふふっ、相変わらず息を吐くように恐ろしいことを言いますね。でも、気をつけてください。彼らのギルドマスターは、数百人の魔術師の魔力をリンクさせ、都市全体に『認識阻害』や『広域攻撃』を展開できる化け物です。

……マサムネさんやレオンハルトさんの物理的な武力だけでは、近づくことすら難しいかもしれませんよ?」


エルセの忠告に、カガリは顎に手を当てて沈黙した。




……魔法、か。





この異世界に来てから、カガリは常に己の知略と「適正配置」で組織を動かしてきた。マフィアのコンシリエーレとしての交渉術と計算能力は、いかなる魔法をも凌駕する力を持っていたからだ。


しかし、シチリアの裏社会で常に懐に忍ばせていた「愛銃ベレッタ」は、この世界には存在しない。

盤面をひっくり返す最後の一手としての「自分自身の牙」が欠如していることは、カガリにとっても唯一の懸念リスクであった。


「……エルセ。一つ聞きたい」


カガリは、鋭い視線をエルセに向けた。


「この世界の『魔法』とは、突き詰めれば何だ?」


「……え?」


「詠唱や血筋、精霊との契約……表面的なインターフェースの話ではない。魔法が発動する根源的な『仕組み』だ。……それは論理的に説明可能なものか?」


エルセは目を丸くした後、少しだけ楽しそうに微笑んだ。


「……あなたみたいな人が魔法に興味を持つなんて、意外ですね。魔法の根源は『演算』と『イメージ』です。自身の体内にある魔力を、世界の法則ルールに干渉させるための数式として編み上げ、それを明確な結果として世界に上書きする。……つまり、緻密な計算力と、世界を騙すための強い意志エゴが必要なんです」


「……計算力と、ルールの書き換え、か」


カガリは低く笑った。


「なんだ。まるで私の仕事そのものじゃないか」


「……え?」






カガリは右手を前に突き出した。


ただ、親指を立て、人差し指を真っ直ぐに伸ばし、中指、薬指、小指の三本を固く握りしめる。

彼の世界で、彼が最も信頼していた凶器――「ピストル」の形。


「私はこれまで、他者の魔力や資産を帳簿として視覚化してきた。だが、自分自身の『資産』を運用したことはなかった。……エルセ、精霊の力で、この空間の『魔力の流れ』を可視化してみてくれないか」


エルセが困惑しながらも指を鳴らすと、図書室の空中に淡い光の粒子――魔力が漂い始めた。


カガリは自身の固有スキル【ファミリー・レジャー】の焦点を、外界ではなく、自分自身の内側へと向けた。


魔力という名の『資本』。

それを消費し、世界という『市場』に介入する。

詠唱などという非効率なプロセスは省く。必要なのは、結果を出力するための『完璧なコード』だ。


そして何より、魔法を形にするのは「イメージ」だという。


カガリのブラウンの瞳の奥で、無数に展開される数字の羅列が凄まじい速度で流れる。


カガリの伸ばした人差し指の先端に、図書室中の魔力が吸い寄せられるように集約されていった。

本来、初心者が集めた魔力は霧散するものだが、カガリの魔力は極限まで計算され、圧縮されていく。





それは、彼の指先で、おぞましいほどの密度を持った一発の「漆黒の弾丸」へと成形されていった。



挿絵(By みてみん)



「……っ!?」


エルセが息を呑み、ソファから立ち上がった。


カガリの手の形。そしてその人差し指の先から生み出された、殺意の塊のような小さな弾丸。


(……あれは、一体何の形をイメージしているのでしょうか……?)


世界中のあらゆる密談や知識を盗み聴いてきた情報の支配者たるエルセでさえ、その構えの意味を理解できなかった。

この世界には「ピストル」という概念が存在しない。すべて魔法で事足りるからだ。

だからこそ、カガリが脳内から直接出力したその異質なデザインと、指先の弾丸が放つ「バグ」のような高密度なエネルギーに、エルセは本能的な疑問と戦慄を覚え、ただただその手を凝視していた。


「……ほう。なるほど。火薬と鉛が無くとも、ルールの帳尻さえ合わせれば『弾丸』は創れるというわけか。……悪くない投資だ」


カガリは銃の形に結んだ手の力を抜き、指先の魔弾をフッと空気中に霧散させると、再び優雅に立ち上がった。


「ありがとう、エルセ。君の情報のおかげで、私の『ポートフォリオ』の最後の欠陥が埋まった。

……これなら、商業都市での『交渉』もスムーズに進むだろう」


「……コンシリエーレさん。あなた、本当に人間ですか……?」


「ただの合理主義者だよ。……さて、お茶の時間は終わりだ」


カガリはスーツのボタンを留め、図書室の扉へと歩き出す。


「引き続き、三大皇帝ギルドの動向を注視してくれたまえ。……私は、次の四半期の準備に移る」


「……ええ。お菓子の続刊が届く限りは、完璧に」


エルセの引き留めるような視線を背に受けながら、カガリは最上階の図書室を後にした。


魔導昇降機へ乗り込み、向かうのは地上一階。


そこには、これほどまでに膨れ上がった巨大組織『アルカディア』の象徴であり、過酷な前線から帰還した社員たちが最初に目にするギルドの「顔」――アリサの待つ、温かみのある正面エントランスがあった。


冷徹な計算と新境地の魔法を携えたコンシリエーレの足音は、次なる経済戦争の幕開けを告げるかのように、静かに、だが確実に城塞の階下へと響き渡っていった。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!


カガリの魔法ベレッタめちゃくちゃかっこよくないですか……?!

このキャラをファンタジー世界に降り立たせようと思い立った時からやりたかったシーンです。


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