表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/78

投資効果(ROI)視察その3 〜大酒場の軍神と、拡張された重力〜

静寂に包まれた中庭の竹林を後にし、カガリは新本部の西翼へと足を進めていた。




白亜の大理石で設えられた長く広い廊下を歩くにつれ、地響きのような野太い怒声と、金属が激しくぶつかり合う轟音がカガリの鼓膜を叩き始める。




「……どうやら、こちらの『資産』もフル稼働しているようだな」




カガリが防音用の分厚いオーク材の扉を押し開けると、そこには、デダロスの狂気的な空間設計が遺憾なく発揮された巨大な複合施設が広がっていた。




手前には、何百人もの人間が一度に宴を開けるほどの広大な『大酒場ラウンジ』。磨き上げられた長いカウンターと無数の円卓が並び、壁一面には温度管理された酒樽がずらりと収まっている。




そして、その酒場からシームレスに繋がる奥の空間には、見上げるほどの天井高を誇る『室内闘技場』が併設されていた。




「――動きが遅い! 魔物の牙も、他ギルドの凶刃も、音より早くお前らの首を刎ねにくるぞ!」




闘技場の中央で、巨大な魔導ランス『カラドボルグ』を肩に担ぎ、雷鳴のような怒号を飛ばしている男がいた。




元・王国騎士団長、レオンハルト・フォン・グローリアスである。




彼の周囲には、完全出来高制と退職年金という「圧倒的待遇」に惹かれて集まった元・チンピラ冒険者たちや、鉄血騎士団から引き抜かれた騎士たち、さらには九条の里から派遣された若き武士たちが、数百人規模で整然と陣形を組み、汗と泥にまみれながら激しい模擬戦を繰り広げていた。




「第二小隊、右翼の展開が甘い! 重力を三倍にするぞ、歯を食いしばれッ!」




レオンハルトがランスの石突きで、闘技場の中央に刻まれた紋章――闘技場の『コア』――を強く叩く。




瞬間、バルカスが床下に幾重にも張り巡らせた「魔力増幅回路ブースター」と、デダロスの「空間伝播結界」が青白く発光した。


本来ならば数メートルの範囲にしか及ばないレオンハルトの局地的な重力魔法が、闘技場全体へと爆発的に拡張される。




闘技場内の空間が歪み、訓練生たちの動きが泥沼に沈んだように鈍った。




苦痛の呻きが漏れる中、レオンハルトはただ厳しく罰するだけでなく、自らの内に眠る覇気を解放した。




「立て! 俺たちのファミリーは、すでに大陸第四の『皇帝』と呼ばれている!


既存のルールをぶち壊す組織の兵隊が、この程度の重圧プレッシャーで膝をつくな!」




【固有スキル作動:獅子の鼓舞】




カガリの網膜に、訓練生たちのステータスが爆発的に跳ね上がる青い光が投影された。


レオンハルトの咆哮を受けた兵士たちの瞳から「恐怖」と「疲労」という名のデバフが完全に消失し、限界を超えた身体能力が引き出されていく。




「おおおおおおッ!!」




数百人の兵士が、三倍の重力を跳ね除けて一斉に剣を振り上げる。


烏合の衆であったならず者たちが、わずか数週間で「一国の正規軍」すら凌駕する統率と狂暴性を持った軍隊へと変貌していた。




「……素晴らしい。これが『王国の太陽』と呼ばれた男のマネジメント力か」




カガリは、闘技場と酒場を仕切る手すりに寄りかかり、満足げに手帳へチェックを入れた。




【人的資産の稼働状況:300%《極めて優良》】


【組織防衛力:大陸最高水準を達成】




「全体、訓練終了! 負傷者は医療班へ回れ! それ以外は自由解散だ!」




レオンハルトの号令と共に、闘技場の魔力増幅陣が明滅を止め、重力が解除されると、兵士たちがその場に崩れ落ちた。




訓練の終了を見計らい、カガリは酒場のカウンターへと歩を進めた。


それに気づいたレオンハルトも、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、大きな足音を立ててカガリの隣に腰を下ろした。




「……よう、オーナー。視察か? デダロスとバルカスの野郎が組んだこの闘技場の増幅陣ブースター、恐ろしい精度だぜ。


俺の魔力が寸分の狂いもなく数百人に乗しかかる。最高の『職場』だ」




レオンハルトは豪快に笑い、カウンターの内側に備え付けられた冷水樽から、自らの手でエールを注いで一気に飲み干した。




「金貨五十万枚の追加融資を惜しみなく投下したからな。それだけの投資効果《ROI》を出してもらわなければ困る。……だが、君の指揮能力は私の想定以上だ。


あれだけの寄せ集めを、見事な『資産』に育て上げている」




カガリが称賛すると、レオンハルトは空になったジョッキを置き、ふと自嘲気味に肩をすくめた。




「俺はただ、生き残るための術を叩き込んでいるだけさ。……だがな、カガリ。この広くて最高のアジトには、一つだけ『重大な欠陥』があるぞ」




「欠陥だと? 導線に問題があるのか、それとも兵站の不足か?」




カガリが冷徹な目で聞き返すと、レオンハルトは呆れたように笑い、カウンターを指の腹でトントンと叩いた。




「色気が足りねぇんだよ。こんな立派な酒場を作っておきながら、カウンター越しに美味い酒を注いでくれる『美女』が一人もいねぇじゃないか」




「……色気、だと?」




「そうだ。考えてもみろ。うちの女幹部ときたら、数字を見ると白目を剥く天然マスターに、人のプライバシーを暴きまくる引きこもりの精霊娘、挙句の果てには物理法則を無視して毒スープを煮込む女騎士だぞ? ……ロマンスの欠片もねぇ。戦士の癒やしってやつが致命的に欠落してる」




レオンハルトが冗談めかして大仰に嘆く。


カガリは一瞬だけ表情をなくし、それから優雅に葉巻に火を点けた。




「……くだらん。ロマンスなど金貨一枚の利益プロフィットも生まない。色気が欲しければ、私が君に払っている莫大なボーナスを使って、歓楽街で好きなだけ買いたまえ。


私は不当な労働環境を強いているつもりはないぞ」




「ははっ、違いねぇ! 相変わらず血も涙もねぇ合理主義者だ」




レオンハルトは腹を抱えて笑い、もう一杯エールを注いだ。


だが、そのジョッキを見つめる彼のくすんだブルーの瞳から、次第に笑い声が消え、かつての「騎士団長」としての鋭く、静かな光が宿っていった。




「……カガリ。俺はかつて、王国という腐った泥水の中で、『正義』という言葉の無意味さに絶望して酒に逃げた」




レオンハルトは、傍らに立てかけた愛槍・カラドボルグの冷たい金属の表面を、太い指でゆっくりと撫でた。




「だが、あんたが作るこの『帳簿』は違う。血も涙もない冷酷な数字の羅列だが……そこには嘘がない。努力し、血を流した者が正当に報われ、無能な搾取者が切り捨てられる。……俺がかつて守りたかった『当たり前の正義』が、あんたのその冷たい計算式の中には確実に存在しているんだ」




レオンハルトは、真剣な眼差しでカガリを真っ直ぐに見据えた。




「俺たちは今や『第四の皇帝』だ。ここから先は、既存の皇帝どもとの血で血を洗う戦争シノギになるんだろう?」




「ああ。市場における停滞は死を意味する。……次の四半期までに、我々は彼らのルールそのものを買収テイクオーバーする」




カガリが揺るぎない声で答えると、レオンハルトはニヤリと不敵に口角を上げた。




「上等だ。……俺はもう、二度と安い酒で自分を誤魔化すつもりはない。カガリ、あんたが描く新しい世界の秩序の中で、俺のこの槍をもう一度、全力で振るわせてもらうぜ。


……あんたの敵は、俺が全て真正面から叩き潰してやる」




それは、かつて理想に敗れた男が、冷徹なコンシリエーレの背中に見出した「新たな主君」への、絶対の忠誠の誓いであった。




「……良い目だ、レオンハルト。だが、マフィアの組織に騎士の誓いは不要だ。


私が必要とするのは、ただ最高の結果すうちだけだ」




「ははっ、分かってるよ、ボス。期待以上の数字を出してやるさ」




カガリは満足げに頷き、葉巻の煙を長く吐き出した。


武力、統率力、そして揺るぎない忠誠心。




これほどの圧倒的な武力資産が手元にある以上、既存の皇帝ギルドなど恐れるに足らない。




「さて。君の部隊の仕上がりは完璧だった。……次は、一歩間違えればファミリー全体を吹き飛ばしかねない『危険因子』の査定に向かうとするか」








カガリは立ち上がり、酒場を出て、カトレイアが待ち構える「隔離棟」へと静かに歩を進めた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!


作者的にはレオンハルトめちゃくちゃかっこいいと思ってるんですが、どうですかね?!

超頼りになるTheお兄さん!という感じですね。


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!

合わせて【ブックマークに追加】もぜひよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ