投資効果(ROI)視察その2 〜静謐なる竹林と神速の刃〜
カガリの足音が向かったのは、本部の中心に位置する広大な中庭区画だった。
通路を抜け、分厚い木戸を開けた瞬間。
そこは、石造りの城砦の中であることを完全に忘れさせる、別世界へと変貌していた。
「ほう。これは……」
カガリのブラウンの瞳が、僅かに細められる。
そこに広がっていたのは、深い静寂に包まれた『竹林』だった。
黒鉄連峰の特殊な土壌を移植し、デダロスの空間拡張設計によって、外側から見るよりも数倍の広さを持つ空間が形成されている。
風が吹き抜けるたびに、青々とした竹の葉が擦れ合い、心を鎮めるような静謐な音を奏でていた。
そして、その竹林の中央に設えられた、巨大な白木造りの道場。
「――シッ!」
鋭く、短い呼気。
次の瞬間、空間そのものが一瞬「ズレた」かのような錯覚を覚えた。
直後。道場の周囲に生えていた十数本の硬質な『黒曜竹』が、全く同時に斜めに両断され、音もなく滑り落ちる。
「……」
竹が地面に落ちるよりも早く、刃を鞘に収め、残心をとる一人の男の姿があった。
黒の装束に身を包んだ、九条マサムネである。
「見事な太刀筋だ、マサムネ。設備投資の回収としては、十分すぎるほどの仕上がりだな」
カガリが拍手をしながら竹林に足を踏み入れると、マサムネは鋭い気配をスッと消し、陽気な笑みを浮かべて振り返った。
「おお、カガリ殿! ……お恥ずかしいところをお見せした。しかし、この道場、まことに素晴らしい」
マサムネは、斬り落とした黒曜竹の断面を撫でながら、感嘆の息を漏らした。
「デダロス殿の腕には恐れ入るばかりでござる。この黒曜竹、並の鋼より硬いと聞くが……刃の通りを試すには最高の素材だ。
それに、この空間の広さ。いくら本気で刀を振り抜こうとも、壁や天井を気にする必要が一切ない」
「それは重畳。君の神速を狭い部屋で腐らせるのは、市場における完全な機会損失だからね。……それにしても、見事な空間設計だ」
カガリの視界に、固有スキル【ファミリー・レジャー】のデータが浮かび上がる。
【設備鑑定:東方風修養道場(マサムネ専用区画)】
・投資額:金貨一万二千枚
・耐久度:S(特殊魔導結界による衝撃吸収機能付き)
・付加価値:精神の安定化、マサムネの戦闘パフォーマンス 120%向上
「君が『朝の鍛錬のために、静かな竹林と広い道場が欲しい』と言った結果がこれだ。
デダロスの奴、採算を無視して空間拡張の魔術まで組み込んだな」
「ははは! おかげで、九条の里にいた頃よりも腕が冴え渡る思いでござる。……カガリ殿。
これほどまでの環境を整えていただいたこと、一人の武人として、深く感謝申し上げる」
マサムネは居住まいを正し、カガリに向かって深々と、そして美しい所作で頭を下げた。
「礼には及ばんよ、マサムネ。これは君の忠誠と暴力に対する、正当な『福利厚生』だ。
君には、これから始まる『買収劇』において、我がファミリーの最大の矛として働いてもらう必要があるからな」
カガリはスーツのポケットから葉巻……のようなものを取り出し、火を点けた。
紫煙が、清浄な竹林の空気にゆっくりと混じっていく。
「第一フェーズは終わった。
既存の高利貸しへの負債を整理し、金貨百万枚という莫大な資本と、金貨五十万枚の設備投資でこの基盤を築き上げた。
……だが、大陸を牛耳る『三大皇帝ギルド』からすれば、我々はまだ目障りな新興企業に過ぎない」
「……左様でござるな。これほど目立つ城を建て、国営銀行と手を組んだとなれば、既存の権力者どもが黙ってはおりますまい」
マサムネの瞳に、武人としての鋭い光が宿る。
「向こうから仕掛けてくるのを待つのは、三流のやり方だ。マフィアは、常に自分から盤面をコントロールする。
……我々はここから、既存のルールそのものを解体し、彼らのシマ(領域)を直接奪いにいく」
カガリは冷徹な微笑を浮かべ、マサムネを見据えた。
「君のその刀が、さらに多くの血を吸うことになる。……錆びつかせるなよ、マサムネ」
「御意。……拙者の剣は、すでに貴殿の帳簿の中にござる。いかなる理不尽な壁であろうと、カガリ殿の命とあらば、全て一刀の元に切り捨ててご覧に入れよう」
マサムネの頼もしい返答に満足の頷きを返し、カガリは踵を返した。
「引き続き鍛錬に励みたまえ。
……さて、次は他の連中の査定だ。暴走していなければいいが」
静寂の竹林を後にしたカガリは、次なる『投資対象』の視察へと歩を進めた。
マサムネみたいな親友がほしい。
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