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投資効果(ROI)視察その1 〜狂気の防爆工房と、至宝の指先〜

ミッカの悲鳴にも似た「胃薬の追加発注」の要望を背に受けながら、カガリは重厚な鋼鉄の扉を閉めた。


シュー、という密閉音が地下空間に響き渡る。


「……ふむ。金庫番としては、少々神経質すぎるくらいが丁度いい。

あの扉の厚さなら、物理的な資産流出の心配は皆無だ」


ルシウスから引き出した金貨五十万枚(約五十億円)という莫大な追加融資。


それを惜しみなく投下して完成したこの巨大要塞は、もはや一国家の王城すら凌駕する威容を誇っていた。



防衛機能、居住区、そして物流倉庫。



すべてがデダロスの狂気的なまでの計算と、ドワーフたちの技術によって完璧に配置されている。


だが、どれほど強固な「ハコ」を作ろうとも、それを動かすのは「中身タレント」である。




カガリは優雅にスーツの袖口を整え、魔導昇降機エレベーターに乗り込んだ。


向かう先は、一つ上の階層――地下二階である。


そこは、アルカディア新本部の中でも、ミッカの経理室とは全く別の意味で「最も危険な区画」として設計されていた。


昇降機を降りたカガリの眼前に現れたのは、建物の基礎構造から物理的に切り離された、異様なまでの分厚さを持つ隔離壁だった。


デダロスの手によるその壁には、対物理・対魔法の衝撃を極限まで減衰させるミスリル鉱が惜しげもなく練り込まれており、万が一内部で大規模な爆発が起きても、地上や他の階層には一切の被害が及ばない「完全防爆区画」として機能している。


「……セキュリティのコストとしては莫大だが、中の『資産』の価値を考えれば安い保険だ」


カガリが認証キーである魔導具をかざすと、要塞の城門のような分厚い扉が、重々しい地響きと共に左右に開いた。


内部は、外の物々しさとは裏腹に、水を打ったような静寂に包まれていた。


広く清潔な工房。壁際には徹夜用の質素な簡易ベッドが置かれ、無数の工具と未加工の高純度魔石が、狂気的なまでの規則性をもって整然と並べられている。


そして、その空間の中央。


特注の巨大な作業台に向かい、背中を丸めて極小の部品と向き合っている巨漢のドワーフがいた。


「……」



バルカス・ロッソ。



かつて、弱小ギルドの片隅で安酒に溺れ、「剣の腕が鈍い無能な戦士」として死蔵されていた不良債権。

カガリがその本質(適正配置)を見抜き、再起動させた男である。


彼の太く無骨な指先から、目に見えないほど極細の魔力の糸が紡ぎ出され、卓上の複雑な魔導回路へと吸い込まれていく。

その極小単位での出力維持(誤差0.01%以内)という神業は、もはや一つの芸術アートであった。


「……素晴らしい集中力だ。シチリアの熟練の時計職人でも、君のその緻密さには遠く及ばないだろう」


カガリが静かに声をかけると、バルカスはビクッと肩を揺らし、糸を断ち切るように魔力を収めた。


振り返ったドワーフの顔には、徹夜明け特有の深い疲労が刻まれていたが、その緑色の瞳は、かつての腐った泥水のような色ではなく、燃え盛る炉の炎のように爛々と輝いていた。


「おお、カガリ様! いつの間にお戻りで! ……申し訳ありませぬ、少々作業に没頭しておりまして、足音に気づきませんでした」


バルカスは慌てて立ち上がり、作業台の横で深く頭を下げた。


「構わん。職人の時間は、そのまま我がファミリーの利益プロフィットに直結する。無駄な挨拶で君の集中を削ぐのは本意ではない」


カガリは歩み寄り、バルカスが先程まで手掛けていた複雑な装置を覗き込んだ。

網膜に、青い光を伴ってデータが浮かび上がる。


【設備鑑定:バルカスの防爆工房ラボ

・投資額:金貨三万枚

・稼働率:98%(オーバーワーク気味)

・付加価値:新兵器・新魔導具の開発による利益率 500%向上


「……デダロスに作らせたこの環境、不満はないか?」


「不満など、とんでもない!」


バルカスは、少し陽気な武士のような口調で、豪快に笑った。


「カガリ様が私を酒浸りのゴミ山から拾い上げ、このような途方もない工房まで与えてくださった。

防爆の壁も、この精密作業用の魔導照明も、すべてが私の『造る喜び』を満たすために完璧に計算されております。

……職人として、これ以上の悦びはありませぬ!」


「それは重畳。君の技術は、我がアルカディア・トライアングルを回すための重要な『心臓』だからな。……それで、例の案件の進捗はどうだ?」


カガリの問いに、バルカスの顔がスッと真剣なものに変わった。


彼は作業台の奥から、無数の管と魔法陣が刻まれた、奇妙な形状のフィルター装置を取り出してきた。


「カトレイア殿の『極限栄養スープ』から、毒素のみを完全に分離する『専用魔導濾過器』……その試作第一号でございます」


バルカスは、装置を愛おしそうに撫でた。


「正直に申し上げますと、難航を極めました。あのスープ……カトレイア殿の『愛』とやらは、複雑な魔力干渉によって未知の化学変化を起こしており、もはや単なる劇物ではなく『概念的な兵器』に近い代物でした。

並のフィルターでは、触れた瞬間に濾過器そのものが融解してしまいます」


「なるほど。で、君の導き出した解決策ソリューションは?」


「はい。フィルターの素材に、黒鉄連峰の最深部で採掘された『対魔性・竜殻石』を使用しました。

さらに、私の極小魔力操作によって、スープの成分を分子レベルで識別し、『人体に有益な成分』と『胃壁を溶かす致死成分』を瞬時に選別・隔離する回路を編み込んであります」


バルカスは胸を張り、力強く頷いた。


「これを通せば、あの地獄の釜の底のような液体も、無味無臭、かつ完璧な安全性を誇る『毒物耐性獲得の丸薬サプリメント』として精製することが可能です!」


カガリは装置を手に取り、その精緻な仕上がりに感嘆の息を漏らした。


「完璧だ。君の指先は、我がファミリーを内部崩壊バイオハザードから救った。

この濾過器の完成により、カトレイアの『最強の盾』という資産を、ノーリスクで運用することが可能になる」


「もったいないお言葉。……すべては、私に『適正配置』という名の光を与えてくださった、カガリ様のためでございます」


バルカスは再び、深々と頭を下げた。


「引き続き、黒鉄連峰の採掘用重機の改良も頼む。市場の支配には、圧倒的な物量による供給網の制圧が必要不可欠だからな。

……ただし、倒れない程度に休息メンテナンスは取れ。優秀な資産を過労で壊すのは、三流の経営者のやることだ」


「ははっ、御意に!」


カガリは、工房の隅に置かれた簡易ベッドを一瞥し、静かに踵を返した。



(……技術部門ハードウェアは完璧に機能している。投資効果は絶大だ)



分厚い防爆扉を抜け、魔導昇降機へと戻るカガリの足取りは軽い。


「さて。次は地上階だ。……我がファミリーの最大の武力資産セキュリティたちが、新しい『シマ』でどう機能しているか、確認といこう」


カガリを乗せた昇降機は、静かな駆動音を立てて、地上の光が差し込む一階――中庭の方向へと上昇を始めた。

バルカスみたいな部下がほしい。


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