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芸術と狂気の工房 〜黒字倒産のカラクリ〜

アルカディア・トライアングルの西に位置する、煙と騒音に包まれた新興の工業地帯。


そこに向かう馬車の中で、カガリは優雅に足を組み、真新しい手帳に目を通していた。


向かいの席では、レオンハルトが窓の外の煤けた景色を渋い顔で眺め、マサムネは刀の柄を静かに指で叩いている。


「……カガリ殿。我々がこれから向かうのは『建設ギルド』と聞いたが、なぜ拙者やレオン殿のような武の者が同行する必要があるのだ?

交渉ならば、貴殿のその舌一つで事足りるだろう」


マサムネの素朴な疑問に、カガリは視線を落としたまま答えた。


「資金繰り(キャッシュフロー)がショートしかけている組織には、必ず『ハイエナ』が群がっているものだ。

……取り立て屋、高利貸し、あるいはその技術をタダ同然で奪おうとする悪徳ギルド。

そうした『ノイズ』を物理的に遮断するためのセキュリティが、君たちというわけだ」


「なるほど。盾役カトレイアを置いてきたのは、あいつの極限栄養スープが馬車の中でこぼれるリスクを考慮してのことか」


レオンハルトの冗談めかした言葉に、カガリは口角を僅かに上げた。


「それもあるが、今回の交渉において『過剰な防壁』は相手を萎縮させる。

私が今から行うのは強盗ではない。……あくまで、友好的なコンサルティングだ」


馬車が停まった。


降り立った三人の目の前には、周囲の煤けた工場群とは明らかに異質な、芸術品のように洗練された巨大な工房がそびえ立っていた。


白亜の石材と黒鉄の柱が見事に調和し、一目見ただけでその建築技術の異常な高さが伺える。


しかし、その美しい工房の入り口には「督促状」と書かれた赤い札が何枚も貼り付けられ、数人の柄の悪い男たちが入り口を塞ぐようにたむろしていた。


「……なるほど。エルセの情報通り、見事な『黒字倒産』の匂いがする」


カガリが冷徹な瞳で工房を見据え、一歩を踏み出した。


「おい、アンタら! ここは今、俺たち『ガルフ金融』が差し押さえの手続き中だ。部外者は引っ込んで――」


チンピラの一人がカガリの胸倉を掴もうと手を伸ばした瞬間。


銀光が閃き、男のベルトのバックルだけが音もなく両断されてズボンがずり落ちた。


「――拙者の主のスーツは、シチリアとやらで仕立てた最高級品だそうなのでな。気安く触れぬことだ」


マサムネが、抜刀の動作すら見せずに冷たく言い放つ。

同時に、レオンハルトの巨大なランス『カラドボルグ』が地面を叩き割り、圧倒的な重力波がチンピラたちの膝を強制的に地につかせた。


「ひ、ひぃっ……!」


「……ご苦労。君たちの債権は後で私が買い取ってやるから、今は大人しく順番を待っていたまえ」


カガリは震える男たちを一瞥することなく、優雅な足取りで工房の扉を開いた。


「だーっ! だから言ったじゃないですかマスター! 長期の現場を回すのに、短期の超高金利で融資を受けるなんてバカのやることだって!

おまけに大理石なんか前払いで山ほど買い込むから、今月分の利息すら払えないんですよぉ!」


工房の中では、小さなハーフ・ノームの女性が、自分の背丈ほどもある請求書の束を抱えながら泣き叫んでいた。


その前で、ボサボサの髪に丸眼鏡をかけたヒューマンの青年――ギルドマスターのデダロスが、図面から目を離さずに上の空で答える。


「何を言うんだミッカ。あそこの領主の館は、南からの太陽光を計算し尽くしているんだ。安っぽい木材を使えば、光の反射角が3度ズレる。

それに、現場を見ていたらもっと良い構造デザインを思いついたんだ。設計のやり直しで工期が三ヶ月延びたのは、完璧な芸術のための必要な犠牲だ」


「その『犠牲』のせいで、現場の職人たちが過労でバタバタ倒れてるじゃないですか! 上の熱量に一般の職人がついていけてないんですよ!」


「まぁ待てミッカ嬢。俺たちドワーフの筋肉なら、あと三日は寝ずにハンマーを振るえる。三日あれば、あの東塔の彫刻は仕上がるぞ! 気合いの足りねぇ若い衆の分まで、俺がカバーしてやる!」


筋骨隆々のドワーフ――副マスターのブロックが、豪快に笑いながら筋肉を見せつけている。


「カバーしきれてないから工期が遅れて、人件費だけが無駄に膨れ上がってるんでしょうがぁぁっ! もう終わりです、借金取りに内臓を売るしか……!」


経理の悲鳴、芸術家の狂気、そして現場の暴走。


【鑑定:建設ギルド『アイアン・メイソン』】

・技術水準:SS(大陸最高峰の空間設計および施工技術)

・受注残高:金貨50,000枚(超優良)

・手元資金:銅貨2枚(今日明日の食費もない)

・経営状態:致命的なキャッシュフローの欠如によるデフォルト寸前


カガリのスキル【ファミリー・レジャー】が弾き出したその極端な数字に、彼は思わず喉の奥で笑声を漏らした。


「……素晴らしい。芸術と技術は一級品だが、経営マネジメントという概念が塵ほども存在していない」


カガリの静かな、だが通る声に、三人が一斉に振り返った。


「誰だ、アンタたちは? 見ない顔だが……まさか、新しい借金取りか!?」


ミッカが顔を青ざめさせて後ずさる。カガリは懐から名刺代わりの羊皮紙を取り出し、卓上へ滑らせた。


「私はカガリ。ギルド『アルカディア』から派遣されたコンサルタントだ。

……事前にアポイントメントは取っているはずだが?」


「コ、コンサルタント……! は、はい! 私がお呼びしました!

どうか、どうかこのバカ二人をどうにかしてください!」


ミッカが縋り付くようにカガリの足元へ駆け寄る。だが、デダロスは怪訝そうに眼鏡を押し上げた。


「アルカディア……ああ、最近北の鉱山を丸呑みしたっていう新興勢力か。

悪いが、俺は『金儲け』の話には興味がないんだ。最高の建築が――」


「『最高の建築』が、明日には借金取りの手で解体され、資材として売り払われる。……君は、それでも自分の美学を貫くと言うのか?」


カガリの氷のような一言が、デダロスの言葉を遮った。


「……なっ」


「君たちは勘違いしている。仕事(売上)があることと、手元に現金キャッシュがあることは全く別の問題だ。

君の完璧な設計も、ドワーフの不眠不休の技術も、資金繰りという血液が止まれば、ただの巨大な墓標に変わる」


カガリは手近な椅子に腰掛け、デダロスとブロックの瞳を射抜いた。


「君たちの病名は『黒字倒産』だ。原因は明確。第一に、長期案件に対して短期融資で資金を回すという、資金調達ファイナンスの最適化不足。

第二に、オーバースペックな資材の無計画な先買い。

そして第三に――トップの熱量と現場のスキルの乖離による、工期の無駄な長期化と人件費の高騰だ」


「うぐっ……!」


図星を突かれたデダロスが言葉に詰まり、ブロックもばつが悪そうに視線を逸らした。


「だが安心しろ。私がその病魔を、今日この場で切除オペしてやる。

……私と、交渉コンシリエを始めようじゃないか」

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!


登場したノームという種族は、所謂「小人」のようなイメージです。白雪姫の隣にたくさんいる、あの人達を想像してください。

A4くらいの請求書と同じくらいの身の丈の経理って、かわいすぎませんか……?

内蔵を売ると言ってますが、そんな小さな内蔵ニーズあるんですかね。


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