初の幹部会議(コミッション)と、黒字倒産の甘い匂い
ギルド『アルカディア』の古びた扉が、ギシギシと悲鳴を上げて開かれた。
その日、街の片隅にある弱小ギルドの広間は、かつてないほどの異様な「密度」に包まれていた。
「……な、ななな……」
カウンターの奥で、帳簿の山に埋もれていたアリサが、引きつった声で後ずさる。
彼女の視線の先には、見慣れたカガリ、マサムネ、レオンハルトの三人に加え、身の丈ほどもある巨大な大盾を背負った、燃えるような赤髪の女騎士が立っていた。
「お初にお目にかかる、マスター・アリサ。
元・王国重装甲騎兵団長、カトレイア・ヴォル・バレンシュタインだ。今日からこの『ファミリー』の盾として配属された。以後、よしなに頼む」
凛とした声と、洗練された騎士の礼。その威風堂々たる姿に、アリサはパニックを起こしてカウンターから身を乗り出した。
「か、かつて『不落の聖域』って呼ばれた伝説の騎士様じゃないですか!?
カガリさん、ちょっと目を離した隙に、またとんでもない人を連れてこないでくださいよぉ!」
「お嬢さん、声が大きい。彼女は私が正当な契約で獲得した、我がファミリーの最高級のセキュリティだ。
……もっとも、少々『扱い』には注意が必要だがね」
カガリは優雅にスーツの埃を払いながら、定位置であるギルドの奥のテーブルへと向かった。
そこでは、バルカスが精密な魔導具の図面を広げ、その向かいの長椅子では、エルセがカガリから支給された定期便のシフォンケーキを優雅に口に運んでいる。
「……あら。おかえりなさい、カガリ様。精霊さんたちが『歩く劇物がやってきた』って騒いでいたのは、彼女のことだったんですね」
エルセが、聖女のような微笑みを浮かべたまま、初対面のカトレイアに向かって平然と毒を吐く。
「げ、劇物だと? 貴様、初対面で失礼な……。だが、皆の顔に疲労の色が見えるな。よし、新しい職場での親睦も兼ねて、私が腕によりをかけて極限栄養スープを――」
「「絶対にやめろ(でござる)!!」」
カガリ、レオンハルト、マサムネ、三人の声が、寸分違わず重なった。
訳が分からず目を白黒させるアリサとバルカスをよそに、カガリは冷徹な視線でカトレイアを射抜いた。
「カトレイア。契約第3項、第2号を復唱しろ」
「む……。『いかなる理由があろうとも、ギルド内の調理場への立ち入り、および食材・鍋・お玉等の調理器具への接触を禁ずる。
違反した場合は即刻解雇とする』……だ。分かっている、冗談だ」
カトレイアは不満げに唇を尖らせ、背負っていた大盾を床に置いた。ズシン、という重低音が響き、ギルドの床板が悲鳴を上げる。
カガリは全員の顔を見渡し、静かに手を叩いた。
「さて。無駄話はここまでだ。……これより、アルカディア・ファミリー初の『幹部会議』を始める」
その一言で、ギルド内の空気が一変した。
剣客、元・聖騎士団長、不落の盾、神業のドワーフ、精霊の盗聴者。そして、それらを束ねるギルドマスターと、元マフィアの相談役。
世界を揺るがすには十分すぎる「怪物」たちが、狭いテーブルを囲む。
「……全員が揃って改めて実感したが。このギルド(ハコ)は、我々の規模に対してあまりに狭すぎる」
カガリは、カビの生えた壁や、カトレイアの大盾で窮屈になった通路を顎でしゃくった。
「アルカディア・トライアングルが稼働し、莫大な資金と物資がここに集まりつつある。
だが、肝心の本部がこの有様では、物理的なキャパシティが限界だ。……急ぎ、ギルドの増築、あるいは新たな本部の建設が必要だ」
「カガリ様の仰る通りですな」
バルカスが図面から顔を上げ、太い腕を組んだ。
「私も工房を拡張したいのですが、いかんせん、私の技術は『極小の魔導回路』を編むためのもの。建物の基礎工事や大規模な土木作業となると、専門外でして……。バルカス特製の掘削機を使えば山を削ることはできますが、家を建てるとなると、やはり『大工』や『建築家』が必要です」
「マサムネ、レオンハルト。君たちのツテで、優秀な建築ギルドに心当たりはないか?」
カガリの問いに、二人の武人は顔を見合わせて首を振った。
「……すまぬ、カガリ殿。拙者、斬ることはできても、建てることはからきしでござる」
「俺もだ。王都の城壁の修繕なら軍の工兵にやらせていたが、この辺りの業者は全く分からん」
戦闘力と破壊力は大陸最高峰でも、創造と建設のノウハウが全くない。
典型的な「武闘派組織」の弱点が浮き彫りになった瞬間だった。
「……ふふっ。皆さん、筋肉と才能の使い所が極端すぎて、救いようがないですね」
フォークを置き、紅茶を啜りながら、エルセがクスクスと笑った。
「……エルセ。精霊の耳は、何か面白い情報を拾っていないか?」
カガリが視線を向けると、エルセは意地悪く微笑んで見せた。
「ええ。ちょうど昨日の夜、隣街の風の精霊さんが面白い愚痴をこぼしていました。……隣街に『アイアン・メイソン』という、ドワーフと人間が共同でやっている中堅の建設ギルドがあるそうです。
腕は確かで、領主からの依頼もひっきりなしに受けているとか」
「……ならば、そこに金を積んで依頼すれば済む話ではないか?」
カトレイアが首を傾げる。しかし、エルセは楽しそうに言葉を続けた。
「それが、そうもいかないんです。……そのギルド、今月末で『倒産』するらしいですよ。
ギルドマスターが借金取りに追われて、首を吊る場所を探しているって、精霊さんが笑っていました」
「倒産? 依頼がひっきりなしに入っているのに、か?」
レオンハルトが怪訝な顔をする。アリサも不思議そうに頷いた。
「普通、お仕事がいっぱいあるなら、お金もたくさん入ってくるはずですよね……?」
その会話を聞いていたカガリの瞳の奥で、計算機のスイッチが入る冷たい音がした。
「……『黒字倒産』か」
「黒字倒産?」
アリサがオウム返しにする。カガリはテーブルの上に、数枚の硬貨を並べながら説明を始めた。
「仕事(売上)があることと、手元に現金があることは別だ。例えば、領主の城壁を直す大規模な依頼を受けたとする。
材料費や職人の給料は『今』払わなければならないが、領主からの報酬が支払われるのは『半年後』だとしたら、どうなる?」
「あ……! 報酬をもらう前に、手元のお金が尽きちゃう……?」
「その通りだ、お嬢さん。利益は出ているはずなのに、資金繰り(キャッシュフロー)が回らずに組織が死ぬ。
……マフィアの世界でも、頭の悪いフロント企業がよく陥る罠だ」
カガリは硬貨を一枚、指先で弾いた。
「腕は超一流。依頼も抱え込んでいる。……だが、経営者が数字を読めないせいで、首を吊ろうとしている。……エルセ、極上の『不良債権』の情報を感謝する」
カガリはゆっくりと立ち上がり、スーツのボタンを留めた。
「レオンハルト、マサムネ。少し散歩に付き合え。……その『アイアン・メイソン』とやらを、我々のファミリーの『建設部門』として丸ごと買収してくる」
「……また、あの悪い顔になってますよ、カガリさん。相手のギルドマスターさん、かわいそうに……」
アリサの引きつった呟きを背に受けながら、カガリは不敵な笑みを浮かべてギルドの扉を開け放った。
新たなアジトの建設、そして経済圏のさらなる拡大に向け、コンシリエーレの冷酷な査定が始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
遂にアジト建設編、スタートです……!
作者はその点が子どもの頃から1ミリも成長しないのですが、自分たちの「基地」を作るのって本当にワクワクしませんか?
次回、ファンタジー世界の『M&A』、続きを楽しみにお待ちください!
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