絶対防壁の証明 〜大盾と劇物のマネジメント〜
「亡霊の砦」での致死的な交渉を終え、カガリ一行は険しい山道を下っていた。
カトレイアの提示した「週に一度の毒物耐性プログラム」という名の劇物散布要求に対し、カガリは「バルカスに全自動で毒素を完全分離する専用の魔導濾過器を作らせる」という強引な設備投資で合意を取り付けた。
その結果、レオンハルトとマサムネは安堵のあまり涙を流し、カトレイアは「部下を思う最高のオーナーだ」と上機嫌で彼らに随行することとなったのである。
彼女の左腕には、身の丈ほどもある無骨で巨大な大盾が装備されていた。
空間干渉という極めて高度な魔力『静止』を展開する際、彼女はその大盾を「イメージの媒介」として用いることで、より強固で安定した防壁を維持できるのだという。
山の中腹、「霜狼の牙」と呼ばれる峡谷の入り口に差し掛かった時だった。
空気を切り裂く鋭い風切り音が、四方八方から一行を包み込んだ。
「――伏せろ!」
レオンハルトが叫び、魔導ランス『カラドボルグ』を構えて前方に立ち塞がる。マサムネも即座に抜刀し、上空からの脅威に備えて体勢を低くした。
峡谷の岩肌には、先ほどの戦闘で討ち漏らしたと思われる「鋼殻の岩竜」の残党数頭に加え、彼らを操るかのように鎖を握る数十人の野盗の姿があった。
野盗たちの手には、城壁すら貫くと言われる重弩が構えられている。
「……なるほど。生態系の乱れに乗じた『ハイエナ』か。資源の不法投棄は見過ごせないな」
カガリは冷徹な視線で上空を睥睨し、その資産価値(あるいは負債)を瞬時に計算する。
野盗の頭領らしき男が、下劣な笑い声を響かせた。
「おいおい、こんな山奥にスーツ姿の成金とは恐れ入るぜ! その身ぐるみと、後ろの極上の女騎士を置いていくなら、命だけは助けてやろう!」
男の合図と共に、数十発の重弩の矢と、岩竜が蹴り落とした巨大な落石が、土砂降りの雨のようにカガリたちへ降り注いだ。
マサムネの神速の剣とレオンハルトの重力制御をもってしても、この地形での全方位からの飽和攻撃を無傷で凌ぐことは不可能に近い。
二人がカガリを守るために死地へ飛び込もうとした、その瞬間だった。
「――下がっていろ」
凛とした声と共に、大盾を構えた女性が前に出た。
艶やかな赤髪を風に靡かせ、シミだらけのエプロンを纏った元・王国重装甲騎兵団長、カトレイア・ヴォル・バレンシュタインである。
「カトレイア殿! 無茶だ、その軽装と盾だけでは!」
マサムネが制止の声を上げるが、彼女は振り返りもせず、ただ静かに天を仰いだ。
「貴殿らは、今日から私の『ファミリー』となったのだろう。ならば、私が盾となる。それが私の唯一の適正配置だ」
直後、殺意を乗せた巨大な矢と何トンもの落石が、彼女の華奢な身体に直撃した――かに見えた。
だが、奇妙な現象が起きた。
矢の切っ先も、押し潰さんとする巨大な岩塊も、カトレイアの構えた大盾に触れる数センチメートルの手前で、まるで目に見えない分厚い壁に衝突したかのように、ピタリと「静止」したのである。
「な……んだと……!?」
野盗の男が驚愕に目を見開く。
これこそが、カトレイアの固有スキル、魔力属性『静止』の真髄であった。
彼女は手にした大盾を媒介とすることで空間干渉のイメージを強固に保ち、自身の周囲の物理的運動エネルギーを極小まで減衰・停止させる絶対防壁を広範囲に展開したのだ。
空中に縫い留められた矢や岩石は、数秒の静寂の後、完全に運動エネルギーを失い、ポロポロと力なく彼女の大盾の前へ落下していった。
「……馬鹿な。あんな規格外の質量を、傷一つなく受け止めただと……」
レオンハルトが呆然と呟く。
カガリは、その圧倒的な光景を前に、一切の驚きを見せず、ただ満足げに手帳にチェックを入れた。
「素晴らしい。物理法則を完全に無視した、メンテナンス・コストゼロの完全防壁。盾という物理ハードウェアと魔力ソフトウェアの完璧な融合だ。これはもはや、個人の武力という枠を超えた『戦略兵器』だな」
カトレイアは、足元に散らばる岩石を一瞥した後、盾の陰から腰の剣を静かに抜き放った。
「さて。私の『盾』の強度は理解してもらえたかな。……次は、空間干渉を剣に応用した時の威力を見せよう」
カトレイアが大盾を地に突き立て、上空の岩壁に向けて剣を一閃した。
放たれたのは、ただの斬撃ではない。彼女の『静止』の魔力を反転させ、空間そのものに断層を生じさせる、極めて高密度な干渉波であった。
「――ッ!?」
音すらなかった。
ただ、野盗たちが陣取っていた巨大な岩盤ごと、空間が「ズレた」のである。
一瞬の静寂の後、凄まじい衝撃波と共に岩肌が崩落し、岩竜もろとも野盗たちは為す術なく谷底へと叩き落とされていった。
土煙が晴れた後、そこにはただ、剣を鞘に収め、再び大盾を軽々と持ち上げるカトレイアの孤高の姿だけが残されていた。
「……脅威の排除、完了だ。オーナー、私の査定はどうかな?」
カトレイアが、誇らしげに、だがどこか不安そうにカガリを振り返る。
カガリは優雅に手を叩き、最高の賛辞を贈った。
「完璧だ、カトレイア。君の大盾は、私のファミリーにおける最高の福利厚生として機能することを証明した。
……これで心置きなく、経済圏の拡大に注力できる」
「そうか! よかった……!」
カトレイアの顔に、純真な少女のような満面の笑みが浮かんだ。彼女は嬉しそうにエプロンの汚れをパンパンと払い、大盾を背負い直すと、振り返ってマサムネとレオンハルトにウインクをした。
「少し身体を動かしたら、腹が減ったな! よし、今日の素晴らしい出会いと勝利を祝って、今夜は私が最高の祝骨スープを――」
「「や、やめろぉぉぉぉッ!!」」
マサムネとレオンハルトの悲痛な絶叫が、静寂を取り戻したはずの峡谷に空しく木霊した。
カガリはそっと懐中時計を取り出し、今後の『濾過器』の開発予算を上方修正するための計算を、静かに始めるのであった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
魔力「ディレイ」どうでしょうか…
なんでもできそうですね。
少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!
合わせて【ブックマークに追加】もぜひよろしくお願いいたします!




