致死量の愛情(エラー)は、適切な錠剤(パッケージ)で管理せよ
カガリの脳内の固有スキル【ファミリー・レジャー】が弾き出した「組織崩壊リスク 85%」の赤いアラートが、視界で激しく点滅を続けていた。
沈黙が、死の臭気が漂う「亡霊の砦」の入り口に重くのしかかる。
背後では、かつて王国の太陽と呼ばれた元騎士団長のレオンハルトと、神童と呼ばれるほどの刀の才能を持つ神速の剣士マサムネが、文字通り息を呑んでカガリの次の言葉を待っていた。彼らにとって、カガリの返答は自身の生死を分ける判決そのものであった。
「……カトレイア」
カガリは、足元で石畳を融解させ続ける紫色の液体から視線を上げ、カトレイアの黄金の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「君の提案する『予防医療』……リスクマネジメントの観点としては、極めて理にかなっている。未知の脅威に対する事前のワクチン接種は、組織の防衛力を高める立派な投資だ」
その言葉に、カトレイアの凛々しく整った美貌がパッと輝く。彼女は純粋な献身と責任感の塊であり、自己犠牲を厭わず、自身の行いが「部下のためになる」と信じて疑わないのだ。
「そうであろう、カガリ殿! これでようやく私の愛が――」
「だが」
カガリの冷徹な一言が、砦の空気を再び凍てつかせた。
「医療には『用法と用量』という厳格なルールが存在する。……カトレイア、君の魔力属性『静止』が生み出す高い毒物耐性があればこそ、このスープは君にとって『安全で美味しい究極の栄養食』として成立している。だが、耐性のない一般の社員にとって、この原液を盃一杯飲み干すことは、致死量を超えるオーバードーズ(過剰摂取)だ。抗体を作る前に、肉体という資本が先にショートしてしまう」
「ショート、だと? しかし、私はいつもこれを……」
「君の異常な基準で語るな。経営とは、最も弱い歯車に合わせてシステムを構築することだ。……そこで、一つの折衷案を提示しよう」
カガリは懐の手帳を取り出し、淀みなくペンを走らせた。
「我がアルカディアには、適正ランクSの『精密魔導工作』を誇る一級の職人、バルカス・ロッソがいる。彼の極小単位での魔力操作を用いれば、君のこのスープから『毒耐性を促す有効成分』だけを完璧に抽出し、安全な微量単位に分割することが可能だ」
カトレイアは怪訝な顔で、自らの持つお玉を見つめた。
「それは、つまり……?」
「君にはこのスープを、バルカスの工房に『劇薬指定の素材』として納品してもらう。彼がそれを無味無臭の丸薬へと再加工する。我々はそれを『指定医薬』として、毎週全社員に安全に配布する。……これならば、誰も胃壁を溶かすことなく、君の望む『完璧な毒耐性』を安全かつ確実に獲得できる。持ち運びも容易だ。立派な福利厚生の完成だろう?」
カトレイアはしばし目を閉じ、熟考した。彼女の行動の第一原理は「部下を飢えさせない」こと、そして守ることである。
「無味無臭の丸薬……。私の手料理の温かみが失われるのは非常に遺憾だが……彼らがより安全に、確実に耐性を得られるのであれば、上官として非効率な手段に固執するべきではないな。……よかろう。その折衷案、承知した」
「賢明な判断だ。ただし、事前通告の通り、君がキッチンに立つのは『丸薬の素材作り』のみだ。一般の調理場への立ち入りは固く禁ずる。……これで、交渉成立だ」
カガリがそう宣言した瞬間、背後で高い密度の筋肉を纏うレオンハルトと、常に隙のない所作を保つマサムネが、音を立ててその場に崩れ落ちた。
「……命拾い、した……。カガリ、あんたは本当に……悪魔のような交渉人だよ……」
「ははは……。拙者の剣も、あのスープの前ではただの鉄屑になるところであった……」
二人の一騎当千の戦士が震える声で安堵を漏らす中、カガリは再び銀の懐中時計を取り出し、時刻を確認した。
「さあ、帰還(撤収)するぞ。最強の剣と槍、至宝の技術、世界を覆う耳、そして不落の盾……。これで、アルカディア・トライアングルを守るための『役員』が揃った」
カガリの冷徹な瞳の奥で、無数の数字が青色の黒字へと反転し、世界を支配するための計算式が、静かに、だが確実に組み上がっていった。
体の内部を攻撃されるというのは、どんな百戦錬磨の戦士でも恐ろしいものですね。
カトレイアはある種頑固なので「自分が間違っている」ことは心のどこかで理解しつつも、『料理』という行為で誰かの役に立ちたい想いだけは譲れなかったということでしょうか……カガリの折衷案がなんとか刺さりましたね。
ようやく物語前半のメインメンバーが揃ってきました。
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