聖女の耳を買い叩く、甘い誘惑という名の資本
「……ははっ。レオン殿、拙者は今、この美しい御仁に『歩く時代錯誤』と断じられたのでござるか?」
マサムネが頬をひきつらせ、レオンハルトは気まずそうに視線を逸らした。
「だから言っただろう、あいつは口を開けば地獄を呼ぶと……」
カガリは、その「毒」すらも情報の精度を裏付けるポジティブなデータとして受け流し、一歩も退かずにエルセの前に立った。
「適切な評価だ、エルセ。私の心臓は確かに数字で動いているし、私の仲間たちもそれぞれに欠陥を抱えている。
だが、欠陥があるからこそ、市場には出回らない『掘り出し物』として機能する」
「……あら、自覚がおありなんですね。素敵です」
エルセはハープを爪弾き、聖女のような微笑みを湛えたまま、どこか遠くを見るような瞳で言葉を続けた。
「でも、契約なんてお断りです。私はここでのんびり精霊さんたちと、世界中の『本当のこと』を聞いて過ごすのが好きなんです。……だいたい、あなたに私を満足させるだけの『対価』が払えるんですか?」
カガリは、その透き通るような瞳の奥に、深い「飢え」を見た。
それは金銭や権力への欲ではない。世界中の汚職や裏切りといった「濁った真実」ばかりを聴き続けてきた者が、無意識に求めてしまう、純粋なものへの渇望。
(……情報の過多による精神の摩耗か。ならば、提供すべきは『癒やし』という名の娯楽資産だ)
カガリの瞳の中で、スキル【ファミリー・レジャー】が静かに光る。
アリサが管理する「ギルド本部」、バルカスの精密技術、九条の里の特産品。
アルカディア・トライアングルの全リソースを、エルセという一人の少女の「凍りついた好奇心」を溶かすために一点集中させる。
「……いいだろう。エルセ。三日間だけ時間をくれ。君の退屈を、私の『資本』で塗り替えてみせる」
三日後。古びた教会の庭に、場違いなほど華やかな「お茶会」が設営されていた。
「……なっ、何ですか、これ……?」
エルセが呆然と立ち尽くす。
そこには、九条の里で採れた最高級の蜂蜜を使い、バルカスが魔導技術で温度を完璧に制御した「特製オーブン」で焼き上げられた、雪のように白いシフォンケーキが鎮座していた。
さらに、カガリは一冊の「本」をエルセの前に置いた。
「それは、我がギルドが支援している売れない作家たちに、私の『前世の記憶』にある物語をベースに書き直させた
……この世界には一冊しか存在しない『騎士と姫の純愛物語』だ」
「……物語? 精霊さんは、嘘は教えてくれないから……こんなに綺麗な言葉、私、聞いたことがありません……」
カガリは無言で、銀のフォークを添えてケーキを差し出した。
エルセは戸惑いながらも、一口、その白い生地を口に運ぶ。
生クリームの優しい甘さが口いっぱいに広がり、次いでそっと開いた本の中から、活字で綴られた美しい恋物語が彼女の純粋な心を侵食していく。
「……っ!」
エルセの瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
世界中の「汚い真実」を聴き続けてきた少女にとって、誰かの善意だけで作られた甘味と、誰かを想う心だけで綴られた物語は、毒を浄化する聖水のような衝撃だった。
「……ふふっ、あはは! 凄い……救いようがないくらい、素敵です……!
このお姫様、王子様を信じて十年も待つなんて、現実ならあり得ないバカげた話です。
……でも、……でも、どうしてこんなに胸が苦しくて、続きが読みたくなるんでしょう……っ!」
エルセは本を大切そうに抱きしめ、頬を林檎のように赤く染めてうっとりと物語に没入し始めた。
その姿は、先ほどまでの冷めた聖女ではなく、ただの年相応な少女そのものだった。
「……認めざるを得ませんね。コンシリエーレさん。あなたは、私が自分でも気づいていなかった『退屈』を……暴いてみせたのですね」
エルセは夢心地のまま、潤んだ瞳でカガリを見つめた。
「契約、成立です。私は、今日からあなたのギルドと独占契約します。
……その代わり、このお菓子の定期便と……小説の続刊、絶対に『不渡り』を出さないでくださいね? 」
「……約束しよう。私は顧客の期待には妥協しない」
カガリの口角が、わずかに上がる。
武力、技術、忠誠、管理。そして今、世界を網羅する「耳」が、甘い契約によって繋ぎ止められた。
カガリが前世の記憶を元に書かせた小説は、おそらく「ロ○オとジュ○エット」みたいなやつですかね?彼は文学的な教養も深そうなので、或いは他の物語なのかもしれません。
前世の記憶を持っていたらこういうビジネスでもシンプルに形になりそうだよな……と思った方、私以外にもいますよね?
作者も甘いものは大好きですが、どちらかというと和菓子(特に餡子)派ですね。
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