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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
証明と『勇者』と軍の章
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第六十六話

 



 篝火から散る熱の粉が、豪狼(ごうろう)のうなじを炙る。巨大な火が作る光に照らされて、目前の見世物は調子を上げていった。


 ぶつかる拳の衝突音で、鼓膜が変になりそうだ。見世物の周囲に溢れる活気の奇声で耳が慣れてなければ、両耳がいかれていたかもしれない。混雑した人の波が円を描き、中央の殺し合いに唾を飛ばし野次を入れていた。

 暗い橙の灯りと相まって、自然に受け入れてしまいそうな殺人未遂。相手の顔面を血塗れにした拳は、指が折れていても構わず高々と勝利を宣言した。

 陸に上がった魚のような震えで死に掛けている敗者は、二人の男に引きずられて去って行く。あれだけの傷でも死なない驚異の耐久力を、既に幾度と体験している豪狼。信じられない気持ちは数日前に失っていた。


 乱暴に肩を叩かれ、倒れ掛ける。出番だと陽気に笑う男には、頭髪と同じ色をした獣耳が生えていた。気分の高揚に反応して跳ねる尻尾は、何度触れたいと頼んでも断る少女のそれよりかなり汚い。砂や泥以外に他者の血肉が混じっていると知っていて、触りたいとは思えなかった。

 立ち上がり膝や背筋を伸ばす豪狼は、口笛を吹き煽る犬耳のおっさんに中指を立てて応える。熱気と血圧に思考が鈍る感覚は嫌いじゃなかった。


 血を流す拳を回した男は挑戦者だ。

 豪狼(きょうしゃ)に挑む資格を力で得た、歓迎すべき喧嘩相手。


 始まりの言葉は無く、互いに言葉を掛ける者もいない。ただ一度拳を合わせ、逆の拳で顔面を狙った。

 カウンターを喰らった豪狼の口角が上がっていると自覚している。笑いながら殴り合い、血を流しながら相手の攻撃を避けない豪狼を、狂っていると誰もが評価するだろう。治ると分かっていても痛覚は存在し、流れた血は戻らない。

 周囲の野次馬達、獣人達はその戦いを指差し叫ぶのだ。力を示せ、と。


 此処は祭壇、殺し合いを生贄にして神に捧げる舞台。

 戦って得るものは、神からの慈悲と周囲の尊敬のみである。







「ロウジ!」


 勢い良く息をして、鼻から血を出した。傷は〝漫画体質〟で治るが、流れた血や返り血は皮膚にこびり付いた状態である。乾いた汚れを叩き落としていると、少女の声が後ろから聞こえた。

 明るい茶色の髪に、同色の獣耳と尻尾。整った毛先が反射して橙の光を発し、狼の獰猛さを緩和している。本人はもっと迫力が欲しいそうだが、顔立ちも可愛らしい類、諦めた方が良いだろう。


 困惑した表情の狼獣人、紗雪(さゆき)がこちらの全身を観察する。ここ数日間ほぼ同じ状態なのだ、心配はいらないだろう。古い血が顔から流れ、返り血がぼろぼろの服に染み付いた、何時も通りである。

 だが紗雪は気になって仕方がないようで、平然としている豪狼を鋭い目で見た。


「いい加減その服脱いだら?汚いし臭い」

「臭くはねえ!!百歩譲って汚くてボロいが、臭くはない!!」

「阿呆言ってないで脱ぎなさい!臭い!」

「くさくねええええええ!!嗅ぐな変態!」

「なあっ!?言うに事欠いて変態!?服洗ってくれてる相手に変態!?アンタなんて鉱菓油(こうかゆ)で足滑らせろ!」

「こ、効果……湯?知らん!」


 言い争ってる内に目的地の場所へ到着した。布をテント状にした簡易建物、見事な刺繍と大きさで存在感が他を圧倒している。

 出入り口には見張りが立っていて、豪狼達を一瞥もせず前だけを見ていた。警備として最大の警戒をしている事は、拘束され連れて来られた時から知っている。

 視線が掠りもしていないが、縮こまった紗雪が一礼して離れて行く。逃げたい気持ちは分かるが、逃げる訳にはいかない。胸を殴り気合を無理矢理注入する。


「―――豪狼入ります!」


 職員室に苦手意識を持っていた過去の自分が可愛く思える程、硬直した背筋に冷たい汗が垂れる。

 世界の境界線を跨いだ様に空気が変わった。

 テントの主から零れるオーラに似た不可視の圧で、豪狼の心臓は跳ね返そうと急ぎポンプする。暴れて疲弊した体が求める水分は蒸発し、無意識に喉が鳴った。皮膚に電気が走る。


「御苦労、話しは聞いている」


 労わりの言葉を述べるのは、テント内の世界の主。その男を支えるだけに生まれたような敷き布は、丁寧になめして虎柄を際立たせた毛皮である。大人三人は雑魚寝出来る大きさの毛皮を狩った男が、隆起した筋肉をピクリともさせず胡坐をかいて座っていた。


 豪狼と紗雪が連れてこられた拠点のまとめ役、猫科には見えない鋭い瞳の獅子族族長。

 五大獣臣が一角、風獣(ふうじゅう)景翠(けいすい)


「……約束は、守って下さ、い」


 どもってしまった。血沸き肉躍る戦いの気が枯れ、意地だけが背骨となって豪狼の姿勢を支えている。

 溢れる汗を拭わない豪狼を見つめ、景翠は腕を組んだ。


「当然だ、我ら神の臣下に二言は無い。次の神前儀式で勝利すれば、貴様の身は俺が保証しよう」


 単純な話しだ。

 出て来た獣人全員倒して実力を見せる。勝てば景翠族長が豪狼を認め、負ければ八つ裂き。

 戦時の最中としては、かなりの好条件だろう。

 生きていれば、きっとなんとかなる。
















 クソみたいな研究所からアキが夜逃げした。

 正確には留守を任されたのだが、寝て起きたら居なかったのだ、愚痴ぐらいは言わせろ。


 数日の留守を任せられた豪狼は、細かい事をクソ所長に任せ昼寝していた。夢の中で五段ケーキが完成する直前、聞き覚えのある轟音に跳び起きる。この音は研究所奇襲の際、豪狼が扉を殴り破った時の音に酷似していた。

 窓から正面玄関に首を伸ばすと、十数人の男達に包囲されていた。建物の穴となった元玄関では、捕まっていた獣人の部下という女獣人が叫んでいる。会話のようだが、此処からでは内容が聞き取れない。

 二.〇の視力で表情だけ確認した。女獣人は見えないが、相手の顔は見える。高圧的で他人を見下げている表情だ。

 心臓を焼かれるような焦燥に、豪狼の足が現場に向かう。


「―――じて下さい!本当なんです!」

「この腐った場所の事は聞いている、貴様の言葉が正しいと言うなら何故あの方を一人にした。居ないなら死んでいるとみなし、即刻処分せよとの命令だ」

「中には被害者もいます!反省している者や、まだ有力な情報を持っている者もです!安易な処分は部族の為にもならないと考えます!」

「外道に慈悲を与えるは、神への冒涜と知れ。総指揮官のお言葉は絶対だ、早々に退け」


 一瞬で頭が沸騰した。その態度と言葉には、豪狼の琴線をノコギリで削るモノしか含まれていない。

 豪狼はソレらを首都で散々見せられていた。自身を上の立場だと言動で表す所業、傲慢と吐き捨てても過言ではない。


 気付いたら部屋を飛び出し、吹っ飛ばされた扉を掴んでいた。


「ふん!がああああああああああああ!!!」

「へ?―――ごひゅ!?」


 全身で回転し勢いを付けて飛んだ扉の残骸は、見事な直線軌道を描き包囲網の一人を排除した。残念ながら第一目標だった高圧男は避けていて、倒された仲間に呆れている。

 人数で負けているのだ、飛び道具だろうと奇襲だろうと使う。助走をつけた跳び蹴りが、高圧男の顔面を捉える。取った、渾身の一撃が入ったと確信した。


「ぬるい!」

「うわあ!?」


 確信の違和感を体が理解するより速く、捕まれた足首を起点に豪狼は放り投げられた。いくら小柄な方とはいえ、男子高校生を片手で軽く放る腕力。転がり着いた手首の捻りは瞬時に治った。

 女獣人の目が丸くなる。


「逃げて!!」


 豪狼に向けられた言葉なのは分かったが、意味を理解している時間は無かった。包囲網の三人が豪狼を強襲、力づくで地面に押し倒したのだ。骨が軋む拘束に、呻き声を上げるので精一杯だった。

 土を舐める豪狼を文字通りに見下す男は、身に覚えのない憎しみを込めた瞳で静観している。

 格子越しに、拳越しに何度も見た瞳だ。

 冷静を装っていても隠し切れない、八つ当たり相手を見下す眼光。



「――――――ぅうううあああああああああああああああ!!!!!!」



 慟哭に比例して、豪狼が地面から離れていく。四肢が三人の成人男性を上回り、天井知らずの抵抗に周囲がざわついた。

 筋繊維が切れて治ってを繰り返し、肉体を内側から豹変させる。〝漫画体質〟をフル活用した筋力増強だ。切れた筋繊維は〝漫画体質〟で即繋がり、切れる前より強固になる。豪狼を抑える側は更に強く力を込め抑えようとして、また筋繊維が切れる。そしてまた繋がり強くなる、無限ループだ。

 回復手段が無い三人の腕力の限界は早く、背筋で跳ね上がった豪狼の上体に堪らず手が離れてしまった。


「何だこいつ!?」

「おい、手足ブチ折るぞ!」

「やってみろや雑魚があ!!?顔面潰すぞ!!」

「この餓鬼―――!!」


 怒気の孕んだ挑発に中てられた男達が、参戦しようと包囲を縮めていく。全く気にならなかった。

 軽率だと、アキや矢背に言われるかもしれないが止めない。だが豪狼は腹を決めているのだ。例えまた処刑台に引きずられそうになろうと、()()()()()()()()()()()()と。旅がどれだけ楽しくてもあの怒りは全身から消えないし、本能とプライドを激しく突いて収まらない。

 この衝動を忘れてしまったら、豪狼はもう豪狼慈善(ほんとうのじぶん)ではないのだ。


「落ち着け、一発喰らっただけで熱くなり過ぎだ」

「しかし、凍護(とうご)さん!」


 高圧的な男の待ったに、慌てながら構えを解く男達。偉そうなのは態度だけではなかったようだ。

 体感だが普通の冒険者とは比べ物にならない腕力の男達を諫め、大人しくさせるだけの実力と権力を保有しているらしい。顔だけなら三十代後半に届かないだろう若い男は、細めた目力で年上の部下達を黙らせた。

 短いやり取りの間に回復した豪狼は、動いた視線に揺れない体勢を作る。


「この建物に、さるお方の御子息が囚われていると耳にした。即刻差し出せば命だけは助けよう」

「……れ、よ」

「なんだ?」

「それだよムカつくのはよおおお!!!」


 突然の咆哮に凍護と呼ばれた男だけが、微動だにせず受け流した。


「いきなり出てきて偉そうにしやがって!こっちが何か言う前に(タマ)取りに来ただろ!?この世界の会話じゃあ必須装備なのかその態度!?研究所囲んで抵抗させないでマウント取って、しかも要求は一方的ときやがった!」

「貴様ら外道の国の者に持ち合わせる礼儀は無い。最終通告だ、我らの国の者を返せ」

「他所の国の事に首ツッコむな!そもそも俺はこの世界の人間じゃねえよ!いないモンは居ないんだからとっとと帰れ、このボケ共があああ!!!」

「……もう少し思慮深いものと、相手に期待した俺が愚かだった」


 凍護が吐いた溜息で周囲の男達が引き、妙な丸い空間を作った。まるで山賊に襲われた時と同じ、喧嘩舞台(リンチじょう)だ。

 嫌な予感に反射で構えられた己を褒めたいが、腹部に受けた衝撃の前兆に反応出来なかったので総合評価はマイナスだ。


「があ!?」


 痛みを認識する間もなく顔面にめり込む二撃目、三・四と続く攻撃回数は痛覚に埋められていく頭では数えられない。吹っ飛ばされた体を地面に横たえず、肘で上体だけでも支える豪狼に凍護は感心する。


「頑丈な奴だな」

「うる、せ!」


 旅で成長した豪狼の才能は、少々なら意識して使用出来る。罅の入った肋骨に集中すると、痛みが和らいだ様に感じた。アキは豪狼の治った気がする、といった時の半分を気のせいだと断じていたが。


 立ち上がろうとする豪狼に、獣人らは心中で感心していた。

 既に何人かの人間を襲っていた凍護達は、この国の者の貧弱さを知っている。己の国より自由度の高い魔法には注意が必要だが、身体機能では全く問題にならない。

 兵士だと名乗っていた者達でも、一部の例外を除き殆どが軟な肉体だった。鍛錬不足や戦闘手段を加味しても、種としての出来が違うのだ。正に大人と赤子の差。


 どれだけ頑丈でも技術や戦闘経験が足りていない豪狼を、凍護は脅威としては見ていない。

 しかしあれだけ一方的に殴られ、どう考えても勝てない相手に悪態をつける根性。凍護を睨む瞳には、一筋の諦めも宿っていないのだ。

 この国の人間達とは生きている世界が違う、こいつは()()()()()()()()()()()

 数秒以下の思考、凍護は周囲の者にだけ伝わる手振りで合図する。


「ああ?何やって、へぶぅ!?」


 今度は五人掛かりで乗られた豪狼は、無様な声を上げて撃沈。手際よく巻かれる縄に、抵抗しようとする暇も無かった。リンチからの流れるような拘束劇に、怯えていた紗雪も口を開けて呆ける。


「クッソ!!放せやヤロー共!!いてっ!?縛んなぶぐっ!?」


 一番背の高い男が拘束した豪狼を肩に担ぐ、合図の無い動きに豪狼は言葉と舌を噛んだ。


「この男を連れて行く。こいつが生きている内に御子息が戻られない場合、死んだものと見なして関係者の排除に訪れよう」

「そんな……!?凍護様!!?」


 紗雪に向けていた視線を冷却させ、研究所そのものに処刑宣告をした。この場で決断を急ぐ必要はないという考えは、研究所の者達には嬉しい結果だ。数日内に研究所に戻って来る予定の主力を待ち、判断も責任も委ねたいのである。敗者が行く末を決めるには複雑過ぎる状況だ。

 戦争の話しは広がっているが、元の組織からも情報は降りてきていない。現在の状況を考えて、国の異常事態としか彼らには理解が追い付いていないのだ。

 それを責められる者も居らず、紗雪の伸ばした手が虚しく空ぶった。


「我が名は凍護!創造神の名の下に、火の臣獣なる称号を賜る者だ!!貴様らに塵程の絆があるなら、崖の街にて待つ!」

「ほはえんひゃあああ!!!?」


 名乗りと一緒に舌を噛んだ豪狼の叫び虚しく彼ら、獣人達が俊敏にその場を去る。基本の身体能力の違いからも分かる、国の違い以前に圧倒的な存在の格差。

 動けない弱者の集団から一早く抜ける獣人の少女は、鈍い頭で天性の勘に従った。


 鼓膜ではない、心臓に届く足音。

 血流に濃く浸透する世界の異変が、誰にも気付かれないまま、全人類に拡がっていく。

 平時よりほんの少し早い鼓動の分だけ、何処かの命が消えていた。

 抗う者は吠え、諦めた者は膝を着く。


 回想は続く。




閲覧有難う御座いました。

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