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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
獣人と戦争と友達の章
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第六十一話

 



 世界は広い。魔法という手段で得た自然に埋没する感覚が、空紀の神経を全能感で包んだ。浸透しきらない様に耐えつつ、白麟に身を委ねて風を切る。

 研究所を置いて去り一時間、腰に回る腕が痙攣で訴えていた。背の乗員を考慮しない白麟の走破は、体力面で成長した空紀でも腰に疲労を与えている。目的地は近い、気力を誤魔化し作戦を口にした。


「十分以内で敵に接触する!獣人とこの国の兵士だ!顔はお互い隠す!」

「自分は分かりますが、アキ殿は何故隠されるのですか!?」

「色々あるんだよ!凄く強い獣人がいるから、足止めして撤退に持ち込む!」

「足止め出来れば勝機が在ると!?強者との戦闘手段はいかがなさるので!?」

「色々あるんだよ!!」

「そ、そうですか……」


 腰に掴まって耐えているだけの自分よりいっぱいいっぱいの空紀に、碧は疑問を収めてくれた。

 本質を曝け出した〝風覚魔法〟は空紀の処理能力を圧迫し、情報と魔力の渦で溺れかねない。解放された性能の重厚さは、世界の真実の数に比例していた。眠っていた世界の数だけ、『風』が強く吹き荒れる。

『風』、その表現も精霊の存在を知ってからは正しくない。

 精霊を知らなかった空紀が魔力で得た感触を、仮にそう名付けていただけだ。精霊とは生物なのか、意思は有るのか味方なのか。他者の言を軽率に信じていた過去の自分が恐ろしいが、きっと知っていても過去の行動に変化は無かっただろう。知らない事がこの世界の空紀の標準なのである。

 結局魔法を通して語る精霊の小言に耳を澄ませ、信じて白麟を走らせている。


 生命を消す炎の光が見えた。


「敵が撤退するまで、例え相手が誰でも白麟から降りないで!いい!?」

「ぐ……分かりました!」


 村を焼いているだろう者が、碧にとっての身内かもしれない。それを互いに承知の上で、確約がなされた。国同士の争いがどれ程の問題を産むか、予想も難しい状態で下手に身分を明かすのは早計。碧は私情を押さえつけた。

 不特定多数を従える父の武を継げないと自負した彼には、敵を説得出来る手段が乏しいと分かっている。

 空紀に吹き飛ばされた獣人を見て息を呑みながらも、理性が碧を馬上に繋ぎ止めた。

 白麟に委細を任せ、村から適度な距離を取る。静かに木の影へ身を隠した白麟を真似身を屈めれば、相手はこちらに気付かなかった。


「あれは……!?」





 骨の悲鳴が意識を揺さぶり、全身に響き渡った。左腕から脳髄を直撃する痛みが走り、関係する神経が動作不良を同質の方法で警告する。


「無事か!?」

「無事じゃない!問題ない!」

「良し!」


 良くはないが満身創痍のレベルが空紀より一段上の共闘者から聞かれては、こっちの問いだと投げ返したくなる。しかし痛覚慣れしていないと、口を開く事も苦行だ。

 それに敵は相変わらず、こちらの力量を計るように拳を繰り出す。油断が許されている獣人の隙が、突きたくても突けないもどかしさに腹が立った。

 回避を捨て左腕に直撃を受けた際、一瞬以下の時間で此処に来る二十分前の碧との会話が走馬灯のように流れる。いい加減限界だ、体力も実力も追い付けない。奇跡以外では埋まらない、圧倒的格の差。

 人数の有利は時間稼ぎにのみ作用して、他の努力は現実が認めてくれない。

 肩を交互に回し、獣人は調子を確認する。


「悪くない、が。息が合ってないようだ!まるで互いに認めた敵同士が、共通の敵を前に初めて剣を合わせたが如く!戦友と呼ぶには足りぬ短い語り合いをしたか!?」


 剣と拳、重ねれば多少分かる事もあるだろう。しかしここまで近い例えを出されると、見ていたのかと疑いたくなる。

 戦場が火に照らされて出来る影の揺らぎ、それが少しづつ淡くなっていた。朝日が近い。

 ダスィラノの指示を魔法で知っている空紀は、時間稼ぎの効果が得られる瞬間を待つ為に大剣を握り直す。戦い方を変えて緩急をつける方法も考えたが、初対面同然の相手と共闘している時に慣れない遣り方を強行するのはリスクがあった。

 果敢に挑む騎士の被弾を防ぎ、機会が在れば攻める。その戦い方に全神経を使うと決めた。


 朝日が昇るまで、後十二分。


「舐めるなああああああ!!!」


 準備運動でもしている仕草に血が上り、全力の踏み込みで距離を詰める。相手がその速度を目で追えていると分かった上で、〝重覚魔法〟に力を入れた。


「待て!!?」


 慌てて空紀の無謀の突進を追うダスィラノ。仮の味方を騙せているなら、空紀の演技力も捨てた物でもないらしい。

 強化された動体視力で何とか分かる軌道を描き、拳は空紀の側頭部へ向かう。宙に浮く髪一筋に拳が触れる瞬間、強い踏み込みで巻き上げられた砂が狙って獣人の目を襲った。


「ぬっ!?」


 此方を侮っている今しかないと、実行した目潰し作戦は上手く嵌った。防御が間に合わず目を閉じた獣人の脇に入り、考え得る最高のタイミングで大剣を振る。

 側頭部を狙った拳は掠ったフードの布を引き裂き、髪を巻き込んだ。耳の前に流れる髪が短くなった。前髪の範囲が広がったが、空紀がそれに気付くのは大分後となる。

 持ち主と共に鍛えられた籠手は、その表面が鋭利な剃刀となっていた。削られたのが皮膚ではなかった事に、自画自賛するべきだろう。


 ダスィラノも絶好のタイミングに足を止め、結果に愕然とした。

 目を閉じたまま、獣人は空いた腕の籠手で大剣を止めたのだ。いくら頑丈さが売りの大剣とは言え剣は剣、力強い斬撃を完全に防ぐ強度の籠手が存在するとは思えない。


 可笑しいとは感じていた。大剣三本相手に傷一つ無く渡り合い、弾き押し返す腕力とその肉体強度。ただ鍛えるだけで硬くなる筋肉の強さには限度がある。

 生まれも育ちもこの世界の人間であるダスィラノは混乱しているが、空紀は魔法の力と合わせて直ぐ真実に辿り着く。精霊が獣人の周囲を多く回っているのだ。数もそうだが、その精霊一体一体の力強さは脅威。

 彼らの助けで得られた力を上乗せされた筋肉は、最早鉄を嘲笑う硬度と化している。力の差は在るが獣人の大半が無手である理由はそういう事なのだろう。

 獣人には身体能力強化の魔法がある。

 それが単純な攻撃力防御力強化に収まるかは分からないが、〝ヴァストラージ〟には無い種類の魔法だ。ダスィラノには理解どころか、予想するまでにも時間が掛かるだろう。しかし説明している余裕は無い。

 異世界の変な常識に染まっていない空紀は、色んな魔法があるんだなと考えて納得した。


 混乱したダスィラノからの助けは期待しない。ただ攻める側となった状態なら、空紀が貫ける強みがある。左手の激痛が飛びかけた意識を呼び戻した。


「ち―――か、らおしで負けるかあああああああああ!!!」

「ぐぅ、うおおおおおおおおお!!!?」


 また家を一軒潰してしまった。殆ど火事で崩れていたとはいえ、止めを刺された家屋は無残に炭山へと退化する。獣人の心配より家主一家の今後が心配だ。

 短時間で二回吹っ飛ばされた獣人を見て、過去の己を投射するダスィラノの眉間が皺を作った。同情に瞳を細める騎士の尻を蹴ろうとして、バランスを崩した空紀が膝を着く。


「大丈夫か!?」

「大丈夫に、見えるのか、節穴げほっ、騎士め……!」


 今の突撃以外ダスィラノの補助に回っていたとはいえ、格上の敵味方がいる中で行う戦闘での体力と精神の疲労は、想像を遥かに超えていた。

 旅で体力が付いてきたと、過去の自己評価が恥ずかしい。上には上がいる、当然の事だ。世界が違っても変わらない。今の一撃も突進した空紀を背後から援護した、最強騎士の援護ありきである。

 時間稼ぎでもこの二人に辛うじて着いて行けている事実が、奇跡に等しいのだ。

 そして奇跡は二度続かない。



「―――はっ」



 まさに瞬きの時間。黒焦げの木片の山を風圧で払い、獣人は空紀を射程に入れた。

 一歩だ。空紀の全力で行った突撃で稼いだ距離は、奴にとってたった一歩で埋められる程度の力だった。

 完全に虚を突かれた。



「さらば―――!!」


 ―――ォゴオオオオオオォォォ――――――!!!



 衝突音が鼓膜に届く事は無く、後を追う風圧の衝撃が空気を震わせた。

 無事である、空紀は無事だ。

 奴に砕かれた左腕の痛みに、いなし損ねた関節の捻りや掠った傷は変わらない。それで済んでいる理由は、目の前で空紀に背を向けている男の実力だった。


「……ごほっ!」


 獣人の恐ろしい速度が乗った一撃、その全てを正面から受けた騎士が体内の空気と血を吐いた。内臓の損傷は火を見るより明らかだ、落ちた血の色が全て証明している。致命傷だ。


「っ!!!??」


 痛覚の悲鳴を無視した最大限で、騎士の鎧にめり込む腕へ大剣を叩く。距離を取り余裕で躱されたが、騎士を担いで後ろに庇う態勢は出来た。

 大剣を握る手が震えている、膝も数瞬遅れで気付く。目の前の獣人から漏れる圧力の桁が、信じられない程跳ね上がったのだ。人が変わったというレベルではない、まるで生物としての存在が切り替わった。


「……過去の無礼を詫びよう」


 言葉の圧が空紀を襲う。


「お前達を、敵と認める……!」


 左の拳を前に突き出し、右拳を脇に携える。僅かに腰が下がり、隙を極限まで削った構え。

 とても空紀一人では敵わない。

 恐らく騎士の状態が万全であっても、撤退を譲らなかっただろう。


 死。


 朝日が昇るまで後六分。



「悠我!!撤退だ!!」



 ユーストスを追い詰めていた獣人の一人が、闘気を立ち昇らせる奴を制止した。

 視線を向けられ後退し掛けたが、尻尾の毛を逆立て声を張る。


「しゅ、首都に続く道で奇襲を受けた!半数以上が戦闘不能、現状での進撃は不可能だ!」

「……」

「敵はかなり綿密な陣形で固めている!あれを今の戦力で突破するのは難しい、隊長命令だ!悠我!」

「……なるほど……策に嵌ったのは此方、という事か……」


 獣人達の情報伝達速度が予想以上だった事で、空紀達は助かった。

 ダスィラノ率いる軍は最初村人の救助を諦め、有利な地形での殲滅戦を考えていたのだ。しかし巡回兵と姫の騎士が村に居ると知り、作戦を変更。避難していた村人を更に安全な場所まで連れて行き、戦っている兵士と騎士の救助をダスィラノが指示した。

 最初の奇襲作戦も行うのであれば、必要なのは時間だ。その時間稼ぎに軍最強が単身で突進するという、前代未聞の作戦が組み込まれた。

 周囲は猛反対したが、姫の騎士が予想以上に粘ったのだ。結果囮役に必要な時間が短くなり、最もその場で時間を稼げそうな実力者として、作戦は予定通りの配役となった。決まれば迷う事は無い、ダスィラノの部下は立派に仕事を成した。

 その作戦を魔法で知った空紀は、時間稼ぎが怪しくなる程の強者の出現に堪らず参戦。本当は奇襲に乗じて何人か拉致して尋問したかったが、とてもダスィラノがもちそうになかった。

 再起不能にまで村や町を潰していた獣人の戦法が仇と成り、消耗品を奪って村を拠点に持久戦も出来ない。獣人に不慣れな気温の中、初めて訪れる山に丸腰で隠れるのは自殺行為だろう。

 作戦の成功を優先し、時間稼ぎに注力した。そして作戦は成功、構えがゆっくりと解かれる。


「名を聞こう、我が敵」

「……男はダスィラノ・ダスカン、私は空紀」

「よし!次に見える戦場で、その三刀の輝きが舞っているよう祈る!我が主!炎竜神よ!!アキ!そしてダスィラノ・ダスカンの刃に、御身の導きが宿る幸運を与えたまえ!!!」


 朝焼けを遮る森に消えていった獣人。

 安堵で落ち掛けた膝を、無理矢理大剣で支え耐える。ここから去らなければ、軍の人間に見つかると事態がややこしくなってしまう。


 白麟を呼ぼうと喉を震わせる空紀の背中を、不意に精霊が強く押した。




「アキ殿っ!!!」




 声を掛けられその内容を分析する前に、衝撃が来た。

 左脇腹に突然の熱と違和感、熱は鳩尾を通り喉から競り上がる。自然と口から零れた熱は、後ろの騎士が今も吐くそれによく似ていた。体内を深く傷つけた証拠、黒い吐血は壊れた蛇口のように止まらない。

 違和感に手を添えれば、反射光が煩い両刃剣。空紀の体を貫くその剣にデジャヴを覚えながら、視界は濁っていく。

 瞼が落ちていき、逆らう気力も無かった。


 空を飛ぶその影に気付かなければ、空紀は間違いなく死んでいた。


 影の正体だけをぼんやりと理解し、両刃剣の持ち主の肩を掴む。

 死ねない。

 使命感に近い強迫観念で動く空紀は、何も考えていなかった。


「白麟!!!」


 掴んだ肩を引き寄せ、勢いのまま頭を相手にぶっ叩いた。相手の頭に当たったかを確かめる力も、その頭突きにつぎ込んだ。


 五感が闇に落ちる感覚は、空紀の記憶領域に深く刻まれた。





閲覧有難う御座いました。

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