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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
獣人と戦争と友達の章
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第五十八話

 



「七割!!?ちょっ、まっ!?何で!?」

「……戦争を煽る連中は、大半が部族の長や武人の血を尊ぶ者。武力こそが権力の我が国では、戦争は大きな力の証明舞台。示された力に神の慈悲が降臨すれば、膝を着かない者はおりません」

「大きい戦場であればあるほど、生き残った者は凄い地位を貰えるか……。判り易い、それだけの脳筋政治じゃ戦闘民族でも不思議じゃないな」


 犯罪組織を締め上げようとしたら、国問題が見付かった。国そのものは兎も角、国に住む人々には死んでほしくない。立派な耳も尻尾も無い空紀達も、獣人の戦争相手かもしれないのだ。

 しかし戦争を止める、口にするのは簡単だが方法も問題も検討がつかなかった。情報が足りない。


「戦闘力高くない権力者っていないの?」

「責任ある者ほど、大きな力の獲得が民の求心力となります。その血を継ぐ者であっても、力の継承と発展が義務であり誇りです。僕のような例外はありますが……」

「主様のお優しい心こそ!血の香りで酔う輩では理解出来ない、尊い力であります!」

「有難う、雪。こんな兎一匹狩れない僕に付いて来てくれる君には、本当に感謝しているよ」

「そんな―――!?ご自分を貶める言葉はお控え下さい!私めは主様の智略と、その正しい振る舞いに敬服しているのですから!」

「ごめん、そういうのは二人の時にだけして。権力に興味無い権力者知らない?仲間に出来そうなら嬉しいけど……」

「断固として戦争を許容しない部族がいます!……可能性が考えられる部族も、二つは」

「主様の御父君は、戦争を拒否する筆頭で在らせられる!必ずや戦争を止めて下さるだろう!」


 戦争を拒否する最も大きい部族の長、その子供が今()()()()()()


 矢背も同じ考えに行きついたのか、目を覆い天を仰いでいる。一部の望みに賭けて、転がっている床男を踏んだ。


「おい答えろクソ野郎!」

「アキ殿、どうしたのだ?」


 紗雪は恐らく豪狼の知能と大差無い、説明は省いた。そのお馬鹿に智略と言わせた碧は、分かっていて空紀の質問を聞く前に首を振る。


「その心配は無用です、アキ殿」

「それを確かめる」

「なんだ?どうした?」


 豪狼に一から説明するのは時間を食う、足下のくねくねした床男を踏み躙るのが先だ。


「獣人の国の最後の情報は何だ?奴らの行動に大きな動きは!?」

「ぶほおおお!!?はぁはぁ、獣共はこの国で最も崖に近い、はぁはぁ。鉱山の街を攻め落とした!あははあああぁぁぁ!二ヶ月も前だ!」

「そんな!!?」


 真偽が疑わしいが、『風』はこの情報に嘘を見付けていない。床男の体調も感情も、違和感を発していなかった。ならば真実として話しを進める。

 進めたいが、獣人のショックが大きかった。


「嘘だ……父様が、僕なんかの為に……!?」

「村が……(みつ)が!」


 戦争を別世界の出来事と思っていたのは、こちら側の人間だけではないらしい。脳筋集団でも、戦争は絶望の知らせなのだ。


「そっちの国では戦争とか部族抗争は無いの?」

「……部族同士の対立は、あります……。どちらが真の心で神の臣足るか、御前の供物として正式に行われます。捧げる戦の法は、互いの誇りと命を重んじる……双方の同意でのみ、決められるのです……」


 気に入らない相手がいるならルール有の試合でぶちのめすのだ、命を賭けて武力で己の主張を示す。神が認めた部族にだけ、勝利という美酒が贈られる。拳が出やすい豪狼は、逆に住みにくいのかもしれない。

 さらに疑問が湧いた。この世界に来てから、分からない事が無い時が無い。


「この戦争までの流れ、お前らの組織の差し金か?」

「はぁは、はいぃ!獣共の殺意を煽り、はぁはぁ、〝トゥラーク〟と殺し合わせる為で、あはあああんんん!!」

「理由は何。後次無駄に息荒げたら、魔物の檻に入れる」

「ひいいんっ!!?神!神の、神の召喚です!!」


 部族の心配が絶えない紗雪は、床男の言葉に瞳を鋭くしナイフを抜いた。碧の手を撥ね退けない理性は残っていたが、その豹変は獣を連想させる。仇の喉元に喰いつこうとする、野生の命の使い方。


「主様!!?」

「駄目です、彼にはまだ聴く事が山ほどありますから……。神、とは?」

「ふん!誰が貴様のような実験体の問いにこたげえっ!?」

「神ってなんだ、はよ言え」

「はいいい!!神とは!教会が偶像とする女神フィリゥディなどではありません!そもそもフィリゥディとはその昔、英雄セツナが伝えたとされる言語で、『神の子』!!」


 英雄。〝勇者召喚の儀式〟の目的であったこの世界が望む、本当の勇者。暴走した〝返還の儀〟で不定期に召喚される『勇者』と区別する為か、その者だけ英雄と歴史には記されているらしい。

 その英雄も地球の人間なら、伝わった言語はどの国の言葉なのだろう。名前から日本人のように聞こえるが、日本語ではないし英語でもなさそうだ。現在重要な点ではないので無視しておこう。

 大きな研究所一つ任されているだけあって、神への信仰心が濃く深い。


「それじゃ、世界を創造した、九人の女神?」

「馬鹿め!!創造神は自然に存在する力こそ体!植物然り!大地然り!」

「他に神っていたっけ?」

「勿論です!!遥か先祖の存在を生み給うた九女神は、言うなれば我らが母!神とはあ!?万人が到達しえない絶対なる力による、破滅と救済の象徴にして!我らと生命を根本から違える完璧にして完全!!」


 空紀を見ながら、空紀を見ていない。

 床男の瞳には興奮の熱で作られた陽炎の幻が、期待で固められて実在するのだ。焦がれる思いが、堪らず両手を広げて迎え入れた。


「その姿は当時の人々の心と戦意を奪い、無慈悲に落ちる断罪の刃に首を差し出した!たかだか人風情がと!一蹴した完全なる御身に涙を流し、我らの血肉は御方の物であると感謝した!!そして平和を享受した瞬間……この世の人間は御方の生贄となったつまり今!差し出されるのだあ!!」


 ゴミと同類に見ていた床男の演説は、内容よりもその想いで全員の口を閉じさせた。

 本当にその神の降臨を叶える為に、二つの国とそこに住む人を差し出してもいい。むしろ当然であると論じている。理屈も何も無いその行動に、男は一片も迷わなかった。


「あああ!どうか我らに、救いと罰をお与え下さい!!百年前のように、愚かな戦事をその遥か悠久から諫め……太陽にすら届きうる巨翼で!純白の空へ君臨して下さい!!」






「天より舞い降りる翡翠の神……――――――天の竜よおおお!!!」
















「ルア、どうしたのじゃ?」


 かつて矢背が仮在籍していた首都〝ヴァストラージ〟最大の魔法研究機関、その一研究員で学生でもある少女―ルリアンが鞄を背負う手を止めた。


 大先生ヴィローク・ヘキサゴン軍団長は、この研究所の最高責任者であり軍と名の付く機関の頂点に立つ人だ。学校の非常勤講師もされていて、忙しい人である。しかしそこは本人も認める年の功。どの仕事を誰に振れば良いか、誰なら代行してくれるか理解し上手く自分の時間を作っている。魔法の深遠を最も深く覗く権利を、驚く程後進に譲られない人なのだ。

 ルリアンはその大先生を心から尊敬する生徒の一人だ。魔法式の構築速度が周囲より遅い事を気にして図書館に遅くまで籠っていた所を、偶然背後から肩を叩かれた。時間に気付かず夜になっていたので、悲鳴を上げて杖で殴った失礼が懐かしい。仕事を任されるようになりその人となりを知れば、杖の一本では足りない位だ。

 周囲のやっかみを耐え特定の魔法でクラス一になれた時は、兄に山ほど喜びの手紙を綴った。今でも大先生の世話や助手のような仕事をしつつ、魔法の最先端見物席を守っている。

 魔法式構築の速度問題を一緒に考えてくれた大先生に、少しでも恩返しする為に。


 現在夜が更けに更けた就寝時刻。研究者なら夜更かしの一度や二度通過儀礼だが、無断外出して罰則対象になる危険を犯すような馬鹿は居ない。その馬鹿な行為をルリアンは強行し、玄関先で大先生に見つかったのだ。

 ヘキサゴン大先生は静かに言葉を待っている。魔法以外に基本興味の無い大先生が、一生徒でしかないルリアンの言葉を待ってくれているのだ。

 向き合い、覚悟を話す。


「……兄からの手紙が、途絶えました」

「ふむ、君の兄君は確か……」

「崖の街〝地の坂道(テッラ・ヒッラ)〟駐屯軍隊、騎行軍大隊長直属の新鋭中隊所属、マーレン軍曹であります」

「そうじゃったのお。その若さで大隊長直属部隊とは、優秀だと聞いた気がするわい」

「有難う御座います。その兄と月に一度、手紙による近状報告を数年行っていたのですが……」

「返事が来ない、と。しかし一度や二度なら、心配するほどでもないのではないかの?」

「街で商人の話しを耳にしました、崖の街で大量の受注があったそうなんです!何かが起きているんです、絶対!」


 言葉が荒くなるが、ヘキサゴン大先生の髭を撫でる仕草は普段と全く変わらない。


「それで。お主は己の心配だけを理由に、研究所から夜逃げしようとしていた訳じゃな?」

「……お考えの通りです……」


 無鉄砲に崖の街まで押し掛け、無事に着く可能性は低い。距離は馬でどれだけ上手く走れても、半年近く掛かるのだ。そもそも着いたとして、ルリアンに何が出来るのだろう。大先生の助手の一人というだけで、軍に立場も無く魔法も戦闘に特化してはいないのだ。足手纏いになるだろう、何かあったという考えすら杞憂かもしれない。


「無謀でしょう、大先生のおっしゃる魔力の流れで進む道を決めるという、魔法士の生き方にも反します」

「では部屋に戻りなさい、今夜は特に冷えるからのぉ。熱い紅茶でも飲んで―――」

「しかし!!大先生はこうもおっしゃっていた!」


 背負う荷物の中には、手紙が来たら送るはずだった返事と両親の手紙も一緒に入っていた。長い旅に耐えられない両親は、覚悟したルリアンに涙ながら手紙を託したのだ。

 自分で出したかっただろう手紙を、危ない所へ行こうとする娘に。無力を嘆きそれでも笑顔で見送った両親の姿に、決断をひっくり返すなど論外だった。


「魔法とは魔力の流れを捻じ曲げ、己の物とする下法である!魔法士足る事と、下法に身を費やす事は!決して相反していないのだと!!自分はこの教えに従い、進む道を己で新たに作ります!」

「ルア……」

「行かせて下さい大先生!私は国最高の下法士である貴方の、教え子なんです!貴方の素晴らしい教えを胸に、私は私の下法を歩む!!」


 夜の空に響く宣言を、大先生はため息一つで流した。駄目だったかと思った瞬間、大先生が背を見せる。


「付いてきなさい」

「大先生!?」

「……君の下法に、近道を教えてあげよう」


 近道、ルリアンが欲して止まない大先生の知恵。一生徒の身に余る温情に、ルリアンは流れる涙が溢れ続けた。

 この人に出会って良かった。改めてルリアンは、魔法が呼んだ奇跡に感謝する。


 大先生が浮かせる火球しか光の無い、暗い研究所廊下。伊達に助手をしていないルリアンは、行先の検討を早々につけた。


「ヤセは止められなかったからのお」

「はい?」

「ヤセのような優秀な生徒が出て行くのお止めたくて、偶に巡回しておったんじゃよ」

「あいつは!……ただの恩知らずです。大先生からあれだけのご贔屓を受けて、どうして存在理由を探すなんて書き置きして出て行けるのか……、私には理解出ません!」

「ほっほっほっ!あやつもお主のように、己が魔の道を進んでいるのなら、それで良い。それが巡り巡って、儂の野望の一助と成ろう」

「野望……?」


 会話は大先生専用の地下実験室で切れる。地上まで伸びる高い天井は、中央に描かれた魔法陣の効果で建物に被害が出ない様にする、精一杯の抵抗だ。実際この部屋の天井も壁も、数え切れないほど壊れている。一週間の実験室被害の規模や数で、大先生の機嫌を察する事から助手の素質が問われるのだ。冗談ではなく。

 足元で天井の窓から注がれる月光に反射した魔法陣。見た事の無い陣だ、一部を除き入り組んでいて式の定義すら曖昧である。しばし立場を忘れ生徒に戻った。


「大先生これは!?膨大な空間指定と固定の複合連続式に、魔法構築の加速度的展開補助術式の上書き!魔力作用の形成式は意味が全く分かりません!何でしょうかこれは!?」

「個人的な研究でなあ。簡単に言えば、瞬間移動じゃよ」

「な!?完成してたんですか!!?指定した場所への生命体移動は、長い魔法歴で一度も完成していない!未完魔法!対をなす吸引による召喚系魔法の出現から現在まで、多くの魔法士の人生を食い潰した夢の魔法ですよ!!?」

「ルア」


 魔法陣の効果を聞いて、ルリアンは自分の夜逃げの手助けをしてくれる意図を読み解かず、静かな叱責に恥を覚えた。ルリアンが問いたい事を、大先生が承知していないはずがない。

 瞬間移動という多くの魔法士が匙を投げた未知に、大先生という人の手が届こうとしている。成功しているのか、式は完璧なのか、失敗はどんな結果となるのか。

 尊敬を胸に抱いた感謝が、歓喜に色を変えた。

 どこまで進んでいるか分からない魔法陣の()()の結果、遠い場所に生徒の一人が置き去りになれば誰もそれが夜逃げとは考えないだろう。大先生の怪しい実験の結果が少々大袈裟でも、研究所内で疑問に思う者は居ないのだ。

 長距離移動用の荷を担ぎ直し、魔法陣の効果範囲内に立った。準備が無言で進む。陣に魔力が注入され、空気中の魔力との接触が輝きで証明される。


「……次に会う時は、色々話しを聞かせておくれ。儂の興味をそそる種が、多々芽吹いておるじゃろう」

「必ず!また研究所に帰って来ます!その時には、この魔法の話しも聞かせて下さい!」


 肉体が魔力と溶け、極小となったルリアンが昇っていく。分解される感覚は一瞬よりも短い時間、大先生の最後の言葉を噛み締める余裕は当然有りはしなかった。


「ほっほっほっ、話しならこちらから聞きに向かうわい。お主が帰って来れるかは―――神のみぞ知るじゃろうからのぉ……」






 意識が在るべき場所に戻り、皮膚の触覚が地面を認識した。頭を筋肉のバネで上げれば初めて見る、新聞で知った街の光。目的地が己の寝ている山の下に在ると分かり、ルリアンの表情は晴れ渡る。


 周囲に迫る唸り声すら、耳に入らない程。



「あら、想像より可愛いじゃない」

「へ?」



 背後から回る腕は黒く、およそ人のそれでは無かった。




閲覧有難う御座いました。

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