第五十三話
別れを惜しむ表情の数だけ、挙げられた手の数も多かった。結局予定より数日長く滞在し、深まった友好が後ろ髪を強く引く。
豪狼は後ろ歩きのままで、両手を振り回し応えている。矢背も大分人見知りが解けたらしい、村人の手を振り返していた。
「またねー、姉ちゃーーーん!!」
今日は調子が良いらしい妹と一緒に、空紀を見送る子供。忘れない様に、去る足はゆったりと動いた。
正体不明の魔物が消えた後、気を失った空紀は丸一日眠っていたそうだ。
数日を療養に費やし、その過程で村人との和を深めた。襲撃は初日の一度だけで、監視も無い。空紀はようやく、人の目が一切無い当たり前のプライバシーを取り戻した。
ついガッツポーズしたら、二人に頭を心配された。
あの監視とゴスロリ少女、明らかに空紀を狙っていたが目的が分からない。もし『勇者』の街から逃げた事への罰なら、国家権力を流用してもっと早く襲えたはずだ。やり方も法を厳守して、とは言いづらい。
何かの組織的な動きではあるだろうが、まさか例の危険素材供給元と関係しているのか。まさかその組織そのもの、だとしたら空紀を襲った理由は何だ。その素材を使用した魔物討伐が理由なのか、だとしたら〝ディフェリーブ〟もスクートンも危ない。しかし首都には容易に戻れない身、どうすれば、そもそもどの推測も証拠に欠けている。
別の意味で頭を抱えれば、今度は体調を心配された。そうして、村滞在期間は伸びていったのだ。
村を出て暫く、豪狼の鼻を啜る音が消えれば会話が自然と始まった。
「んで、俺らが召喚されたとこ行くんだっけか?」
「違う。地獄からこの世界に出た地点を見たい、て言ったの」
「一緒だろ、見てどうすんだ?」
「それも言っただろ、確かめるんだ。外交官が言っていた事が本当かどうか」
「見たら、分かるの?」
分からない、言葉が引っ込んだ。
外交官の説明で浮かんだ疑問は、どこまでが本当か、どこまでが嘘か。嘘なら真実は何だ、どうすれば真実が分かる。
その先駆けとして選んだ場所が、空紀達が異世界に表れる為の魔法陣がある地だ。
未だ不要な効力を垂れ流す〝返還の儀〟、その陣が有った場所は人が踏み入れないようになっているらしい。空紀達のような『勇者』用の出口は、後から設置した。国で屈指の魔法士に協力を仰ぎ、漂う魔法の力に指向性を持たせる魔法陣。
本来自然の流れが無い未知の力に行先を示し、原理の分からない矛の向きを固定する。矢背が苦い顔して近い魔法式を知っていると、首都脱走時の魔法を実演した。珍しく豪狼が感心の言葉を伝えれば、嬉しそうに機嫌を直す、可愛い奴だ。
つまり魔法式の暴走と、苦渋の打開策として実行した『勇者』の召喚位置固定の話しは、嘘では無いのではという結論になった。そうなると怪しいのは、〝返還の儀〟の魔法陣を消す事は本当に不可能なのかだ。
物理的に不可能なのか、魔法式的に不可能なのか、それくらいは確かめられるかもしれない、と期待している。
人が命を足場に組み上げた国の歴史、その闇に触れる覚悟を持てなければ、手に入らない真実を。
「―――それより、この馬どうすんだ?」
足を止めると、独特の足音が止んだ。背後を振り返れば村外れから離れない馬(?)が、聞き返すように首を傾げた。
「どうしたのって面すんじゃねえ!!」
表情筋なんて存在しない馬(?)面へ罵倒する豪狼。構ってもらえると思ったのか、嬉しそうに土を踏んだ。また長い交流方法を取られると困るので、落ち着いてと両手を広げ制止した。
あの正体不明の魔物との関係は分からないが、助けられた身としてはあまり雑には追い払えない。
よく見ると肉体の所々が馬とは違う構造、既視感を覚える混ざり方をしていた。長く太い角は勿論、尻尾は似ているが空紀の知る一般的なそれより長い。背には何故か薄い鱗が生えていて、脚にも一部だけ在った。蹄が見慣れない形をしており、爪の代わりが務まる形状だ。風に揺らされている鬣や足の毛は、皮膚と同じ純白だった。
『風』が常に馬(?)の周囲を一定数飛んでおり、魔力を流せばレントゲン完了である。
「ん?」
「ど、どうしたの?」
何故一定数と表現したのだろう。『風』に個体が在り、その集合体が居るように感じたのか。
思い返せばあの魔物と相対した時に感じた、ナニカに守られる暖かさ。あれも複数の、と頭に付けて表現できる。
複数体のナニカが『風』に存在し、ナニカ達は空紀を守ってくれた。
とても、とても重要な気がした。
この世界で生きる為に魔法の研磨は必須、深遠への理解は魔法の根源に繋がるだろう。そして空紀の芯たる、好奇心を高鳴らせる世界の真実の一端だと、直感した。
馬(?)はその真実に近い生き物なのかもしれない。
近付き堂々と、彼に語り掛けた。
「私達には目的がある。その邪魔をしないと誓ってくれるなら、同行しても構わない」
「へっ?」
「おいアキ!」
声は無く観察するように瞳を返す、あの魔物の瞳を連想させる圧と色。しかしあの魔物には全く無かった心の熱が、視線を通し空紀の緊張を解きほぐした。
二十は呼吸を済ませ、馬(?)が一言鳴いて答える。『風』が伝えた柔らかい心が、肩の力を拭ってくれた。交渉は終了した、仲間が増えたのだ。
「おい正気かよ!?だってどう見ても馬だろ!?」
「現時点では豪狼より強いから大丈夫」
「ああ!!?ふざけんな!オレは馬なんかには負けねえええ!!!」
止せばいいのに、新たな仲間に向けて突貫する馬鹿。今度こそ歓喜の衝動を抑えきれず、馬(?)は角で遊び相手を転がした。
「馬、か」
「馬ではない、よね?あれ」
「それもそうなんだけど……名前が要るかなって」
「名前…………ペ、ペガサス……みたいな?」
「……」
「うそ、嘘ですなんちゃって!ないよねー、ペガサスとかな、ないよねー!」
「そこまで言ってないけど。豪狼!その馬なんて呼ぶ?」
「馬はうびゃああああああ!!?」
吹いた、喋らせるとコントみたいになってしまうので放置する。
名前、大事な物だ。思い出の無い空紀が、それだけは離さず抱えていた形の無い愛情。
「馬、白い……純白。馬……元気で遊び盛り、馬、子供?……馬」
「ほとんど、馬じゃ……?」
「そもそも馬ではないんだよなあ、馬じゃないなら……麒麟?」
「おお!」
中二病罹患者の感銘の声に、羞恥で頭に血が上った。思った事は変わらないが、何がそれほど男心を擽るのか。黄金の印象が強い麒麟と同一視は出来ないが、近い生命体と仮定しないと名前一つ決まらない。
「麒麟って中国とかの神獣だよな?」
「うん、あの有名な四神の、中央に位置する五行の土、を司る、神の獣!」
そこまで聞いてない。
「じゃー……白麟」
馬鹿の奇声が止まった、白麟がこちらを見たのだ。
「ば、ヴァイ?」
「白麟、白いと麒麟の麟を中国語でくっ付けただけ」
「馬は馬だろうが!!」
土塗れで怪我の無いタフな男が、先程中断された訴えを復活させる。〝漫画体質〟、更に自己回復速度を増しているが、本人の意志は関係あるのだろうか。怪我をすれば自動的にレベルが上がるのか、否、それなら囚人の時にもっと元気があって然るべきだ。やはり本人の精神状態が大きく左右されるのだろう。
「その理屈でいくなら豪狼は一生豪狼で良いのね?何てあだ名がご希望だったっけ?」
「うっ、オ、オレは馬って呼ぶからな!」
「白麟が良ければ、どっちでもいいよ」
名前が決まると意欲が高まり、旅路を進む足が軽くなる。
方角を確認していると横から白麟が顔をニョっと突き出した、びっくりした。固まってしまった空紀に顔を寄せ、頭を擦り付ける。お礼を言われていると理解し、額の辺りを一つ撫でた。
「宜しく、白麟」
キュルルルゥゥゥ。
気持ちが否応なくトラウマに押しつぶされそうな心境で、頼もしい仲間が増えた。
これも旅の醍醐味だと、空紀は合縁を歓迎する。
目的地は首都と『勇者』の街寄りの間に在った。村での滞在期間を含め、ここまで約一月の道のり。馬車や護衛対象がいない事で軽くなった腰が、魔物との戦闘を避け最短コースを進んだ結果である。
細い木々が密集する中に一際抜き出る岩肌、その根元に魔法陣があった。
空紀達は岩肌すら見えない離れた場所で止まる。
「なんで止まんだ?」
「魔法陣の近くに誰かいる」
「あっ!そうか、陣から召喚された『勇者』の回収、だ!」
「てことは国の奴か?ちっ、近寄れねえな」
指名手配犯らしい心配である。
問題は陣の近くに居る人数は十人、馬車も無く迎えというより見張りだ。空紀は気を失っていたので知らないが、二人の話しでは地獄で天井から降る光の柱に触れて直ぐ、目の前にはあのシスター擬きのルゥルが居たらしい。馬車も用意されていて、お迎えの準備万端だったそうだ。
ルゥルには何らかの方法で、『勇者』の召喚を事前に知る術がある。
一番高い可能性は魔法陣の反応、つまり魔力だ。ならばこの距離からが、空紀には都合が良かった。
「ちょっと静かにしてて」
「ああ?何言ってんぶ!?」
豪狼の口は矢背に任せて足を肩幅に開き、手は少し体から離した。少しでも『風』が触れる面積を増やした方が、情報の集約が上手くいく、気がするのだ。
魔力を。
魔法陣が別の魔法陣と干渉しているのなら、必ず何かしらの接点があるはずだ。魔力か魔法式か、細かい部分はあるが『風』で見付からなければ、空紀にはどうしようもない。
最初の一手が最後の手段だ。汗の滲む肌に、風が冷たく感じる。
複雑なのか単純なのか、それすら判断出来ない魔力の奔流。言葉に変換可能なら、矢背が取っ掛かりを形にしてくれるかもしれないが、不可能だ。まるでその空間だけ、世界の法則が歪んでいるようだった。
度の違う眼鏡を掛けたような脳の揺れ、歯を食いしばって足元をグラつかせる愚行は耐え凌ぐ。小指が引かれる、糸が結ばれ魔力の船に導かれた。
どっちにする、そう問われた。
「これは……?」
「んんんー!?」
やめて、笑わせないで。
矢背は口を塞いで羽交い締め出来る位には、豪狼に慣れたらしい。白麟が混じりたそうにしているので、早く解放させなければ。
魔力の流れる先が二カ所、一カ所は間違いなく地獄だろう。ある地点を境に魔力の流れは途切れている、その先は別の世界だと線が引かれている。
もう一カ所が此処から東の方角、妙に距離が在る。これが『勇者』の街に繋がっているなら、そこまで疑問は湧かなかった。魔力は明らかに人の気配が無い奥地、文明が及ばない未開の方角へ流れている。
少し距離はあるが、行ってみたい。
「魔法陣に干渉している変な魔力を見付けた、行ってみたい」
「ふむぐおおお!んんーんん!?」
「もう放していいよ」
「あっご、ごめんなさい……」
「ぶへえ!ゴホッ。行くならとっとと行くぞ!」
有り難い、最近は難しい内容だと大事でない限り聞いてくれる。矢背は相変わらずだった。
けどまさか、こんなものがあるなんて想像しないだろう。普通。
「不法建築物!?」
「すっげえ秘密基地かよ!?」
「悪の本拠地……!?」
森を抜けた先には、鉄の巨大建造物が建っていた。
閲覧有難う御座いました。




