第五十二話
ガシャン!
最近はこの音に安心すら抱いている。我が儘の駄々から発生する破壊音は、第一王子の在住を明瞭にしていた。諦観の域にいる第一王子の相手は、現時点で最もやりたくない仕事である。
嫌だと言えない立場にはあるのだが、自由にのさばっている相棒を想うと、高い嫌悪の波がダスィラノ・ダスカンを襲った。ここに相棒が居ればむかむかする苛立ちの十や二十、喜んで受け入れてくれそうだ。
この世界で最も美しいだろう城、〝王城ヴァストラージ〟。肩に力を入れなければ冷や汗が軍服を濡らしそうな、重圧が降る国の最高権力集会場。
甘えを深く吐き捨て、扉を叩く。開けるのは我が儘の被害を身に受ける召使い、同情を込めて目礼した。
「おい!あの犯罪者はまだ捕まらないのか軍総統!?」
身体的特徴は国王とかなり近いが、性格も才能も趣味も血筋を感じさせない王子である。馬鹿と頭に付けられている事を、このアウルム第一王子は一生知り得ないだろう。絵に描いたようならしい王子は、王族然とした態度を忘れダスィラノに当たり喚いた。
立派な衣服も首飾りも、飾りが過ぎれば可哀そうな被害物だ。胸飾りや袖の細部に散りばめられた宝石は、一つ〝暗がり〟に投げ込むだけで何人の命の糧となるだろう。召使いに着させてもらっている時、それを少しでも自覚しているなら救いようがある。
考えても仕方が無い、要件を告げる事に集中する。
「失礼します。国王陛下より、アウルム殿下の即時拝謁を仰せつかって参りました。ご支度お願い致します」
「父上が?分かった。お前は早々にあの犯罪者の首を、共犯者共々私に献上するんだ!いいな!?」
鼻息荒く衣裳部屋に足音を立て入って行く。後を追う召使いの無言の奉仕精神を、爪の垢でも飲んで少し理解してくれないだろうか。
怒鳴り声を退出許可と判断し、一礼して部屋を出た。入室から一分弱、短い仕事で安堵する。
恐らくこの世界でただ一つの、現国王の自画像が飾られた踊り場。王族の住居区域の玄関にあたる正面階段は、華美と贅沢で輝く国の権力者の象徴だ。
見栄っ張りと唾棄する者もいるだろうが、これこそ王族としての責務である。
様相すら繕えない人間を、王だとは誰も信じてくれないのだから。人の価値観とは実に遠回りである。
王城に併設されている軍本部ではなく、城中に用意された軍部執務室を目指した。此処から近いという理由も有るが、そこでしか口に出来ない情報も有る。
「総統閣下、お疲れ様です!」
暫く助手をしてくれていた騎士は、お姫様の命令で出張。今は副総統の地位に昇格した中将が、身の回りを手伝ってくれている。昇格の経緯裏が濃過ぎて、みだりに頼れないのが心労となっていた。
無視しづらい程喚く王子、間者と疑ってしまう副官、そして考えが読めない王女。
問題は更に重なる。
「伝令を出してくれ、関所の監視と伝達を徹底させ、テッラと何としても連絡を取らせるように」
「〝地の坂道〟ですか?あそこは大隊長含めたかの騎行軍本隊が常駐する、最南端の炭鉱都市。ご懸念が起こる可能性など」
「……定期報告が途絶えたそうだ、既に二十日経過している」
「それは……担当兵を懲罰房に収監、直ちに尋問官を中隊規模で派遣し事態の把握に当たらせます」
「遅い、中間監視塔を経由して早急な状況報告を厳命。現地の情報をどんなものでも報告させろ、緊急用魔信球を所有する全ての街や村にも伝達。大隊規模の部隊編成を進め、出立を五日後に―――」
「お、お待ち下さい!少々反応が大袈裟に過ぎませんか!?まるでこの国に未曽有の危機でも訪れるような……。総統閣下は事態の枠を確信されているのですか!?」
「いや……」
国民なら誰もが知っている、ヴァストラージこそが世界。
他国など存在せず、自然災害以外の未曽有の危機など有り得ない、敵なんていない、戦争なんて歴史上でしか起こらない。だから誰もが軍の縮小を不満に思わなくなっている。
敵国なんて存在しないものに備える金は無駄だと。
しかしダスィラノは相棒との情報交換を繰り返す程、嫌な予感が収まらず眠れぬ夜を増やしていた。心労が睡眠に直結する肉体構造を速くどうにかしたい、スクートンに笑われそうだ。
「……現状の報告は急がせてくれ、部隊編成は軍師と相談してからまた話す。街への通達はいい」
「了解しました、早急に対応します」
敬礼して退出、現時点では特に問題なく仕事をこなしている。まだ油断は出来ないと、信じそうな己を胸中で諭した。
「なんか〝腰布〟が真面に仕事してるぞ」
「っ!?……そうだな、どこかの元副総統よりよっぽど真面目だな」
「何言ってんだ。今の首都で俺より働いてる真面目な男はいないぞ?」
「酒臭いぞ、朝まで飲んでたのか?」
「夜飲む暇無いから今朝飲んだんだ、朝酒最高!」
「お前なあ……」
窓枠に腰掛け足を外に遊ばせる男の呼吸は酒気を帯び、侵入者としての自覚も緊張も無い。それでも捕まえられない城の常駐兵を責められるかと言えば、軍の体制を鑑みて同情すら沸いてきた。
これが軍の、ひいては国の現状だ。
戦争は遠い過去の出来事、物語として語られる。現実味は雪国の暑気と同速で走り去り、敵の居ない国は武器の使い方から忘れていくのだ。十になろうとする男児に、杖か剣か選ばせていた時代は世代交代の影に消えた。
総統にでもならなければ、ダスィラノもその常識を信じていたかもしれない。
王の住まう城の兵すら、欠伸をして剣から手を放す。魔力の研鑽は錆び、腐った武器の矛先は魔物だけ。
その裏で何が蠢いているか、知る者は本当に少ない。
「良い知らせか?」
「悪い知らせだ。どっちからかくらいは選ばせてやろう」
「どう違うんだ?」
「お前が知りたかった情報と、知らないけど知りたいだろう情報」
本当にどう違うのだろう。
「では前者から聞こう」
「最南の地の連絡途絶の件、商会も何個か向かったまま連絡が途絶えているらしい。護衛依頼を請けたギルドに入った報告だ、信憑性は高い」
「積荷は?」
「〝ジョクラトル〟が請けた商会の積荷は主に消耗品だそうだ。あそこの環境を考えれば、不自然では無い程度の定期便に追加が少々。特に魔法薬やその材料の在庫は、金に糸目を付けないで注文を貰ったらしい。護衛金も相当の額で、冒険者は早い者勝ちで着いて行ったとか。急いでたそうで、途中の村にはお迎えまで来てたって話だ」
「迎えは騎行軍か?」
「村人から首都に帰って来た冒険者が聞いた話しだ。村人に兵士の区別はつかないだろ、俺はよく兵士かどうか疑われていたんだがな」
「支給の鎧を着用しなかったからだろう。それで?」
「その商会なんだがまた情報を流すから、〝チェラ〟まで後ろに着いて行かせてほしいとさ」
「軍師と検討しよう」
「次、王子様の後ろで蜜を舐めてる貴族の一人が、教会に出入りしている所を目撃したそうだ」
「何?それは確かな情報なのか?」
「情報源は俺の可愛い猫ちゃんです」
「引っ掻かれてしまえ、それで?」
「詳しくは微妙なんだが、かなりの額のお布施を置いていくらしい。調べようとした諜報員が行方不明、貴族も教会もだ。とても、きな臭い」
「貴族の名は、いや、それよりお前はどう見る?」
後者は確かに知りたいかどうかで言えば、知りたかった情報だ。王子が間接でも、教会に接触しているかもしれない。
〝ヴァストラージ〟で教会とは、女神ヴァルハラを信仰する国家公認宗教団体だ。教会の長は九議会に席を持つ程、政界にも影響力を持っている。信仰とは時に人を人以下にする力を秘めた、安らぎと暴動の発生装置なのだ。
昔は戦争に傷付いた多くの国民の拠り所となった、実績も申し分ない組織である。
スクートンは教会が、今の不審な現状の一端に関わっていると思っているのか。でなければ掘り下げる意味が分からない、正確な情報が不足している。だから意見を聞きたかった。
「うーん、教会の印象だけど、年中お祈りして偶に布教活動して、やっぱり祈ってると思ってたんだよ」
「極端だが、それが教会の存在意義だろう?」
「でも教会の見習いが冒険者やってるの見て、考えが変わったんだわ」
教会の見習いが冒険者、共通点が見付からない。どういう経緯でそこに着地したのか。
本人は社会勉強しろと言われたそうだ、何で信者が社会勉強。信者は神を信じているだけで非戦闘員のはずだ。ちょっと思い込みが激しい一般国民ではないのか、その見習いが特別なのか。
「もしかして教会は非公式に武装集団組織して、神の名の下に何かしてるんじゃないかと勘繰っている」
「その見習いはギルドの内部事情を探らせる為の間者だと!?それではまるで……」
「教会は戦争でもしたいのかねえ?」
冗談ではない。冗談だと笑い飛ばせない真剣な表情で、スクートンは思考を巡らせる。
家族がいる友がいる、国を守るとはそういう事だ。
在るものは無くしたくない、守れるなら守りたい。
猜疑心が酷いと他の者なら言いそうだが、近頃の騒動が二人の神経を逆立てた。
国の影を踏む者が居る、平穏を爪で突く何かが居る。
もしスクートンの考えが正しければ、教会には戦力・人数不明の武力集団が存在している。その集団がまさか唯の信者として、祈りに日々を費やしているとは思えない。動いているとすればその目的は、規模は、場所は。
出遅れている、しかし知ったからには動かない理由は無い。
「スクートン」
「教会の方は任せろ、俺の女神様が気にしてた連中かもしれないからな」
「妙な素材の流通元か……。商会の件は使いを出すと伝えてくれ、明日には場を作る」
「軍師共と相談は?」
「これからだが、頷かせる」
「ヒュー、総統様おっかない」
出来ない口笛を真似て、唇を尖らせる。後ろ手に別れを表し、相棒は窓から落ちた。副総統の頃より楽しそうだ、国を自分なりに守っている実感が嬉しいのだろう。
ダスィラノが総統になり、間も無く副総統にスクートンが任命された時はいつも通りだった。関係は変わらないし接し方に一つ違う型が増えただけ、背負うものが目に見えて増えた事だけが心配だった。
お互い忙しくなり酒を飲む暇も無くなって、スクートンのあんな顔を見る機会は無かったのだ。
それを自覚しているスクートンは、世界を今の形に変えてくれた切っ掛けの少女を、女神と称している。再会した時怒鳴られるか呆れられるかで賭けているが、少女と平静時会話をしていないダスィラノが圧倒的に不利だ。それでも呑気に賭け事が出来る余裕を持てた、少女には感謝している。
恩返しに足るかは不明でも、少女が避けたいと願った国の崩壊だけは、己の立場に誓って阻止せねばならない。
私はダスィラノ・ダスカン、国の盾にして剣。
我が血潮の一滴までもが、国家の礎と成らんことを。
「あ、忘れてた。お前の甥っ子教会見習いの子とパーティ組んでたぞ」
「はあっ!!?」
暑くなってきました、皆さんお体に気を付けて下さい。
閲覧有難う御座いました。




