第五十一話
投稿します。
「スーパーハイパーキイイイーーーーーーック!!!」
逃げる魔物の波を掻き分け、馬鹿な叫びが弾丸となり巨大な魔物に突き刺さった。愕然として手放し掛けた『風』を必死に集め、距離を取りつつ状況理解に努める。
「なんっで!叫びながら、ドロップキック!?早くそこ退い、て!!邪魔!」
弾丸が射出された方向から、ツッコミと魔力が聞こえる。空紀自身の次に慣れた魔力の質に、数秒後の未来を予測。落下中の豪狼を回収し、直ぐ効果範囲からの脱出を始めた。馬鹿の首根っこを持つ動作も、大分慣れてきたものだ。
「〈炸裂せよ 〝暴炎森〟〉!!」
小さい星が生まれた。それは一つ二つと増加を続け、魔物を閉じ込めるように燃えている。半円型に拡がる炎の球は、世界一物騒な檻となったのだ。
素の力だけなら空紀を上回る豪狼の全力跳び蹴りを喰らってビクともしない魔物が、炎越しに三人を見た。
恐怖が克服された訳ではないが、心体的屈服は無くなった。豪狼の奇行も役に立つらしい。
「っていうか何で居る!!?」
「ひひゃあ!?ごめんなさい!」
「いきなり叫ぶな!あのデカブツが見えたから来たんだろうが!」
「叫んで跳び出したのはそっちだろ!そうじゃなくて、村守ってって頼んだだろうが!?」
「何でオレがお前の言う事聞かなきゃなんねええんだコラアアア!!!」
正論だ。別に豪狼が空紀の言う事を一語一句聞き、その通りに行動しなければならない理由も事情無い。
「じゃあ何で来た!?」
「あ、あの、助けに―――」
「んで言わなきゃなんねんだよ!?細かいんだボケ!!」
「少しでも、力に―――」
「預けた荷物は!?物資が無きゃあんた二日で餓死するだろ!?」
「足は引、張らない、ので―――」
「借りた家ン中隠した!ぐちゃぐちゃ喚くな!」
「あっ、魔物が―――」
「「ハッキリ喋れボケ!!!」」
「ごめ!ごめんなさい!!」
動き出した魔物の後ろで、化物に抱えられたゴスロリ少女の姿が見えた。恐怖に身を縮こませる少女、抱き支える化物。
刺激される脳の衝動に、思考を委ねられる余裕は無かった。
夜空に轟く咆哮、やはりなんの熱も感じなかった。
歯が音を立てて噛み合わない。
少女にとって魔物とは、等しく道具だ。強さは多種多様でひれ伏さない魔物が居ても、支配対象から外れた事は無い。
アレはなんだ?
魔物なのか生物なのか、支配が届くかと考える事が既に可笑しい。アレは人類未踏の領域に生きている、ナニカだ。
「ユベオー」
敏感になっている神経を優しく触れた声。青い唇で、救いの手に縋る。
「……ウ、ヌス……?」
「僕はウーヌスだ」
名前を呼ぶ度に繰り返している遣り取り、己を抱き締める腕の力が緩くなった。化物の手を押し退け、その男の傍へ近付く。
日の大半を、それどころか生涯の大半を木の上で過ごす青年。褐色の肌は生れつきだが、木の葉から漏れた日光による結果もあるだろう。白い髪も生まれつきだそうだが、実際は確認のしようがない。
光の反射しない脱色髪の隙間から見える、蜂蜜色の瞳が綺麗だった。
ウーヌスは愛用の武器を構え、ユベオーが逃げて来た方角を見る。沢山の魔物を消費してしまった、近い内に補給をしよう。
先程まで居た場所、ここから直線でも一キロトは離れている。肉眼で人を捉えられる訳が無いが、ウーヌスの武器はそれを可能にするのだ。
ボスはこれを、スナイパーライフルと呼んでいた。
「私が直接手を下すまでも無かったわ。ほっとけば死ぬわね、いい気味よ」
「……」
「ちょっと私の下僕殺した位で良い気になって……所詮ヘタレ『勇者』ね」
「……」
「ヘタレ達の世界って、どんだけ馬鹿ばっかりなのかしら?運良く生き残っただけなのに、能天気ばっか」
「……あれは違う」
「何が違うのよ」
二人は上の命令で高頻度組まされる。能力的に連絡を取り易いウーヌスが下知され、ユベオーが対象の排除を請け負う。仕事中の会話は高飛車発言と無言で終わっていた。
仲の良さは兎も角、会話の構成が定型化している。
しかし今夜の会話は、ウーヌスが殻を破った。
「報告したが、奴の魔法は原理が不明な点が多い」
「あの怪力と察知?まあ『勇者』の中では珍しい高威力・直接攻撃型ではないけどさ、それってウヌスがあんな長く監視続ける程のこと?」
「僕はウーヌスだ。怪力の正確な効果は不明だが、察知の魔法が全く原理を理解出来ない」
「魔力感知の魔法版じゃないの?直感を超えた魔力感知技術は、才能としてステータスカードに表記されるもの。本当はただ感知が優れていて、魔法ではないってことでしょ」
「……それでは説明しきれない行動があった。上の考えは知らないが、今回の殺害命令は威力偵察も含まれていたのかも」
これだ。
命令には質問も抗議も無く絶対服従、素でその行動を実践していたウーヌスが命令の内容に疑惑を入れた。
思えば命令自体はいつも通り即了承だったのに、その後の言動がどこか不自然だ。スナイパーライフルを構える時間が減ったり、逆に瞬きも忘れる程だったり。
ユベオーはとても不快で、化物や魔物達に何度か八つ当たりした。蹴った爪先が今でも痛い。
だから証明したかった、あんな女特別でも何でもないと。
こっちを見てとは言えないから、そっちを見るなと伝えたかった。
ユベオーは失敗したが、あの変な魔物が叶えてくれるだろう。直に会ったからだろうか、あの女の死亡を確信している。根拠は無いがあれは死ぬ。
ライフルの先を背後に回した、危険戦域外で待機している連絡係を見ているのだ。通信距離が遠い程魔力を消費する魔信球の使用を抑える為、ライフルで連絡係の唇を読む。遠距離からの監視に読唇は必須技能である。
「……了解」
聞こえていないのに毎回了承の言葉を口にする、律儀な男だ。監視は続行されるらしい、ライフルの向きを戻し視線も寄越さず話し出した。
「正体不明の魔物とアキという女の接触を監視、情報を収集後集合しろ、だそうだ」
「やっと監視業務終了って訳ね!でも集合?」
「計画が前倒しされる」
後ろで待機している化物が、動揺で触手を揺らした。上から貰った払い下げだが、知能は多少残っているらしい。
計画。その言葉が指す世界の終わりに、塵となった意志が身じろいだのか。
湧き上がった恐怖が急速に鎮火され、未来に待つだろうユベオーの望みが尾を見せる。あの女に腹を立てて以来の歓喜で、表情を抑えられなかった。
「くふっ!ふっふふふふふ、やっとよ!やっと私による私の為の私の世界が手に入るんだわ!!」
「声を抑えろ」
「あら、まあウヌスも入れてあげるから、心配しなくていいわよ!」
「……」
「何とか言いなさいよ!」
「監視業務中だ」
「ううぅぅぅ~!」
欲しい言葉を聞けなかった怒りで、化物を叩くユベオー。ローブの下を見た事は無いが、殴った方の拳が痛くなる硬さだった。
「監視と報告だけだ、ユベオーは帰還しろ」
「邪魔だって言うの!?いいわよ帰るわよ!けどいい加減ユエって呼んでよ、その名前可愛くないから嫌!」
「……」
「うぅぅぅ、バカ!」
頬を膨らませて不満を表すユベオー、ウーヌスはそれどころではなかった。
正体不明の魔物が、必爆の檻を引き裂いていた。
矢背の魔法は間違いなく、この世界でトップの派手さと威力を誇っている。異世界初心者だが、この見立てには自信が有った。
目の前の魔物は矢背の魔法で急造した檻を、静かに片手で裂いたのだ。
現実を疑うが、咄嗟に両脇の首根っこを掴み退く。あの魔物の手が届く範囲に入る勇気が無い。勝機が見えない勝負は、ただの自殺だ。
「おお俺の、〝爆炎魔法〟が!?」
風になびく体毛が月光に反射する。問題は引き裂かれた際の火球の静かさだ。
爆発が何時もの十分の一以下の威力、まるで接触=爆発という効果そのものが発揮されなかったような。不発だったのか、空紀の知らない魔法の対処法なのか。
「ちっ、二人共逃げて村人の避難―――」
「マックスウルトラキィィィーーーーーーク!!!」
「跳び蹴り!名前以外さっきと変わってねえよ!!?」
名前も変化が有るとは言いづらい。代り映えしない豪狼の蹴りは、やはりビクともしなかった。何も感じない瞳がにじり寄る、『風』が仕事をしないだけでは説明がつかない心の無さだ。
魔物には敵意も好奇心も無かった。
違和感に気付く。魔物は突然空紀の背後に立ったが、一度も攻撃を加えてこなかった。今もそうだ、亀の如き鈍足で作った時間を観察に使用している。
「待て!止まれ!跳び蹴りも辞めろ!!」
「ざけんな!こんなとこで死ぬ気か!?」
「いいからちょっと黙れ!!」
そろそろ頭蓋骨が変形しそうだが、懲りない奴には鉄拳しか効果が無い。痛みでうずくまる豪狼を下がらせ、ベルトに掛けていた鞘ごと大剣を抜いた。
「ちょ、アキ!?」
命綱を地面に置き、丸腰で空紀は魔物を見返した。駆け寄ろうとした矢背を後ろ手に制して、全ての魔法を解除する。
完全な無防備で、魔物の鼻息が聞こえた。
〈―――〉
魔法を使用していなくても、ナニカが耳元で騒いだ。裾がはためくのはナニカがうろついているからだろうか。魔力を吸う気配は無く、守ろうと纏わりついているようだった。
汗が汗腺から噴出し流れ地面に消える様子まで、魔物の観察範囲内。震えないのは諦めに近く、絶対の死が下す裁決を待つだけだからだ。
死の毛先が肩を撫でる。
キュゥオオオーーーーーー!!
「馬ーーーーーーーーー!!?」
鳴き声の正体を高らかに豪狼が叫んだことで、反射的に『風』を展開しなくて済んだ。近かった顔は遠のいたが、まだ魔物の距離は一歩も離れていない。
体を動かさず背後の状況を推察した。豪狼が叫びながら警戒を強めている、間違いなく鳴き声の主は馬(?)だろう。タイミングが良いのか悪いのか、また豪狼を転がしに来たのだろうか。
しかし双方と相対した者として比較予想すると、馬(?)がこの魔物を上回っているとは考えにくい。そもそも馬(?)が空紀達の味方かも分からないのだ。
現実味を帯びてきた絶望。
馬(?)が豪狼も空紀も無視して、魔物を見上げた。
「なんだ……?」
会話ではない、馬(?)の一方的な訴えを魔物が大人しく聞いている。
不可視の死が皮膚を這う気配の消失、受け身も忘れ座り込んだ。どっと溢れた汗を拭うように、ナニカが周囲を飛んで回る。
手を持ち上げると、乗って応じるナニカ。疑い様の無い存在の主張に、魔力を散らして与え、感謝した。
「魔物が!?」
歩みはやはり亀の足。去る時も正体不明の魔物は音を上げずゆっくりと、村と反対の方角へ歩いて行った。月は真上を少し過ぎていて、魔物が見えなくなるまで静寂の夜を忘れる。
村を守る、その目的は果たされた。大きな謎と真実を空紀に残し、戦いは一旦幕を閉じる。
馬(?)が茫然と動かない空紀の頬を舐めた。
暗転。
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