第五十話
投稿します。
〝劫砕剣〟。
鍛冶師ギィーガンは名前を書き記し、高らかに命名した。書く物が無いとシャツに、炭で。
劫とは長い時間を指し、砕はそのまま砕く行為を言う。何を砕いて欲しいと願い名付けたか、確認するまでも無かった。
長さも太さも空紀に合わせて、僅かに大きい。それでもあの最強の騎士の剣と比べれば小型だった。切れ味ももしかすれば劣っているかもしれないが、鍛冶師の怒鳴り声が聞こえそうなので突っ込まない。
唯一優っていると言える事は、見た目にそぐわない圧倒的重量。片手で振るには〝重覚魔法〟に空紀の魔法領域七割を割かなければ、百足一匹斬るのも難しい。
しかし不屈の剣をと願い、その想いは重量と共に叶えられた。
首都からずっと背負い体に馴染ませた重さに任せ下ろした大剣は、黒光りの甲殻を斬った、という感覚も塗り潰して空紀を困らせた。
素振りはしていたが、ここまでじゃじゃ馬だとは思わなかった。頭上まで持ち上げ、振り下ろし、停める。この重量ではそれすら練習が必要で、実際に何かを斬るのは今が初めてだった。
少しでも気と魔力を緩めれば、手から暴れ馬が飛んで行くだろう。
素材の性質か、魔力を籠めれば反応が有る。虫の呼吸より微かな、だが気のせいではない。正体が何か、考察する時間は無かった。
百足程の威圧感は無いが、無数に近い数と野生の突進で追い込まれていく。
なので空紀は〝劫砕剣〟の精密操作を諦めた、この戦いでは。
狼の頭部を木っ端微塵にした剣閃を、体ごと回り続ける事で同じ結果にする。足捌きはスクートンを参考に、安定しない視界は放棄して『風』に委ねた。
血肉は円を描き、『風』に乗って次の獲物にマーキングされる。
後一歩内側に踏み込めば、無秩序の嵐が魔物を喰らう。
まるで、死の嵐。
魔法で一部の感覚を共有しているゴスロリ少女は、肉塊となる順番を待つ魔物の心中に同情した。撒かれた血飛沫は止まらない剣撃の回転に引かれ、巻き風を赤く強くしている。
無意識に足が後退る。本人は気付かなかったが、空紀は見逃さなかった。
「どうした!?まだまだ手下は居るだろう、やってみろ!!」
笑っている。
タガの外れた心の冷静な片隅が、自己分析の結果を静かに呟いた。流石に油断は出来ないので、全ての集中力を魔物に捧げる。
一体化した大剣と右手は、バランスを常に取っていた。全身で力みながら、次の標的とその方角・距離を計算している。標的が攻撃を仕掛ける前に、動く前に叩き斬れるように。
無手の左は右手が大剣に掛かり切りの為、忙しく動きを支え続ける。バランスを取れるよう目一杯伸ばし、肉片に混じる骨や牙を払い、華麗な宙返りで魔物の背中に手を着いた。まだ拙い足捌きの隙にまで襲ってくる攻撃を見切り、左手で逸らす神業も習得する。成功率は要修行。
似た攻撃手段応酬の後半、手を加える余裕が出てきた。
見るからに知能が高くない魔物に試すのは、空紀の戦闘経験を振り返れば自然な流れだ。
誰にも頼れない地獄で、理解出来ない同郷者と森で、一から信用を築かなければならない人の傍で、騎士相手に異世界の街で。
安定した戦いなんて、冒険の無い戦闘を経験したことが無い空紀は、命が必ずしも保証される状況を知らないのだ。
命が危険に晒されている時こそ、試さなければ死んでしまう。
戦いの最中に起こる強迫観念、本能の命令。まるで未来に死んでいるかもしれない自分が、現在の自分の頭の中で呻いているようだった。
こればかりは記憶喪失でも断言する。元の世界の空紀とは決定的に違う、この世界で作られた性質だろう。危険を恐怖と結びつける機能が、壊れてしまった。
それが空紀をアキたらしめている。
魔物による三桁目の爪攻撃。テレビ画面すれすれで見ている近さで、それを見送り終わる前にその腕を掴む。肩が外れそうな大剣の遠心力を利用した投擲は、強固な魔物の体を臨時自作武器にした。覆い被さろうとした熊の魔物と激突し、二度と動かなくなる。
下敷きになった熊が動く可能性を『風』が拾い、体の回転を斜めに調節し縦の力を上げて踏み殺した。大剣の回転は止まらず、周囲の魔物を血霧にし続けている。
木に隠されていて、山の麓から見えない場所で良かった。朝起きて村から此処が見えてしまえば、その紅葉の黒さに山火事があったと村人が勘違いしそうだ。
そろそろ倒した敵より残っている敵を数えようかと思案したが、生温い刃が背を薙ぐ幻痛に体が反応した。
ゴオオオーーーン―――!
風を斬るというより、風を殴る音をさせて大剣は空振った。空気に触れているより魔物の血肉に漬かっている時間の方が長かったので、自然なはずが違和感のある効果音だ。
空紀の背後に近寄っていたのは、初撃のナイフを防いだ正体不明のローブ。魔物の群れに紛れていたので、この距離まで気付かなかった。
この状況で空紀の命を脅かす可能性、そのたった二つの内の一つに気付けなかった不覚。
失敗が頭の冷静な部分を刺激し広げる。恐怖を感じなくなった訳ではないのだ、死という未知への恐怖を阻む為に改めて考えた。
殲滅は必須か、命の駆け引きは不可避か。
「何やってんの!早くそんな女ぶっ殺しなさいよ化物!!」
化物。
魔力感知の危険を問わず、『風』がローブに集結する。あらゆる個人情報を読み上げ、空紀の耳にだけ残していった。
化物と呼ぶ理由は分かったが、呼ばれている理由が分からなかった。
「これくらいでしか役に立たないんだから!化物の仕事をしなさいよ!」
フードの陰から、赤い眼光が光った。
ぅぅぅうううおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーー!!!!!!
必殺を誓う遠吠えが途切れる前に、ローブの奥から触手が跳びかかって来た。八本の触手は、黄色に近い色で長い鰐の尾に似ている。動きが読みにくく、岩を砕く程度の怪力もあるらしい。
使用者の足が止まる事も大した弱点ではない。周囲の魔物の攻勢と合わせれば、むしろ入り込む隙すら与えない鉄壁の攻めだ。
手を出す隙は無くとも、避ける余裕は有った。触手も爪も牙も避けながら、化物の捲れたフードの奥を見る。
獣のような縦に割れた眼孔、赤く充血し殺気を抑えようともしていない。
その右目だけが唯一人らしい部分だった。
右目と周囲の肌が遠くなるほど変色し、左眼辺りは質が違う。移植した跡が見つからないので、内側から何らかの原因で変化したのか。額の生え際や顎・揉み上げから生えた毛は、野生動物の髪質そのものだ。
体を構成する遺伝子情報が後天的に捻じ曲げられた痕跡、動作に不都合な部位や臓器は手当たり次第後付けである。
尾てい骨から皮膚を破って植え付けた触手は、かろうじて動かしているだけ。付け根からは出血、神経系の異常で脳が悲鳴を上げている。それでも動かせてはいるのだ、薬漬けの結果か大き過ぎる代償か。
全身が人工の化物を形作っている。詳細を語るには、陽が昇っても足りないだろう。
触手が脇腹の服を掠め取った。毒の有無や致命傷コースは『風』で判断しているが、それ以上の完璧な戦運びを行う力が無くなっている。
魔力ではない、体力が限界に来ていた。ハイテンションで紛れていた旅路の疲労が、冷静さと共に蘇ったのだ。触手が最後の勝機、大剣に手を伸ばした。
ゴスロリ少女が空紀の停止に喜び、触手は大剣の拘束に全力を出す。武器を押さえられると、人は魔物に太刀打ち出来ない。死体の海を越え、四方から魔物の凶器が襲い掛かった。
武器が駄目なら、魔法で潰す。
〝風間魔法〟の指揮を捨てる。大剣を両手で握り、〝重覚魔法〟が体外へ溢れた。
さぞ驚いただろう。移植と研究で五百キロを上回る体重になった体が、宙に浮いたのだ。
空紀を八つ裂きにするはずだった魔物と衝突し、化物は反撃出来ず耐えていた。速度は景色を一色の黒にして、偏った重力で触手の制御が離れていく。
吹き飛んだ先に、驚愕で顔を歪ませた主人が立っていた。改造された化物の体が反射で触手を地面に叩き付け、主人の頭上を通過する。
揺れる脳みそに下手な方向転換が加わって、上下の判別も覚束ない。
この時点で化物の戦場離脱を確信した。
事態に対処される前に、空紀はゴスロリ少女への接近を試みる。
〝戦闘装衣〟。
最強の騎士相手に実験開発した、空紀の最強戦闘状態。必要な力と情報と時間を魔法で掌握し、最大のパフォーマンスを発揮できる状態を維持する。
前回は騎士を戦域から離脱させる目的で発動したが、今回は早期のゴスロリ少女無力化だ。
走力が衰えない様にだけ劫砕剣を振り、障害を排除していく。どこか引きつったえくぼが浮かぶ。
「はっ!舐めんじゃないわよ!〈動かず退かぬ土の盾!」
知らないが分かる。
ゴスロリ少女は魔力の大半を魔物の制御に当てているのか、属性魔力の操作が雑だった。魔力の動きが分かれば、それがどんな魔法か知らなくても分かるのだ。
踏み込む足に力と魔力を籠める。
「我が望む 創って止まれ 〝フレス・アルトゥム・パリエス〟〉!!」
地面から三・四メイトの壁が生成された。十分な厚さもあり、人一人の突進なら易々と受け止められそうだ。ぶつかれば、だが。
不敵な笑みに変わったゴスロリ少女は、壁に掛かった己の影に別の影が重なるのを見た。
高くそびえる前に壁を跳び越えた空紀だと理解するには、混乱が強すぎたようだ。半開きの口で自作の土壁に押し付けられ、頭が働こうと熱を上げた。
「さっきの化物」
「は、はあ!?」
「名前は?」
質問の意図が欠片も分からないと、表情は鳩が豆鉄砲食らった顔のままだ。
「し……知らないわよ!ていうか、知る必要有るのそれ!?」
「そう、残念」
空紀は少女を殺そうとして、コンマ四秒後の頭の位置を避けた。
魔法道具で強化された動体視力が、コンマ四秒後に頭が有った場所を通る弾丸を凝視する。
距離を取った、攻撃の方向も犯人も見えていた。首都を出てからずっと空紀を視姦する男の仕業だ。これでストーカーとゴスロリ少女の関係が味方であり、空紀の敵だと再度確認できた。
「ウヌス―――!?」
尋問しなくても名前を零した。ストーカーの位置も攻撃手段も把握した、大剣をゴスロリ少女に向ける。
こちらが状況をほぼ理解しているとストーカーは分かっている、その証拠に今度はゴスロリ少女を助ける動きは無い。
ストーカーはここから一キロト以上離れた木の上だ、援護に近寄ろうものならゴスロリ少女の命は手遅れである。居場所がばれていて射撃を見切る術も持っている相手に、下手な乱射は逆効果だろう。
今空紀の手中に、他人の命が握られている。
空紀は大剣を鞘に納めた。
「見逃してあげるから、早く行け」
周囲を埋める魔物を物ともせず、村への帰路に着く。『風』の警戒は引かないが、戦闘は終結した。
「……は?」
空紀の中では。
「…………ふっ、ふざけんな!!!何で首を刎ねないの!!?」
ゴスロリ少女の足は震えていた。己の命が脅かされる恐怖を感じながら、疑問が先行している。
それを蛮勇と呼ぶのか、空紀には分からなかった。
「死にたいの?違うでしょ、じゃあいいじゃん」
「情けなんて掛けられるくらいなら―――」
「負けたんだからごちゃごちゃうるさい」
「なっ!?」
「アンタに死に方を決める権利は無い!本当に殺されたいなら、私より強くなってから言え」
魚のように口をパクパクさせて、ゴスロリ少女は怒りの排出方法を掴めずにいる。
実に豊かな表情の種類だ、同じ位あの化物にも感情の豊かさを感じた。だから名前が知りたかったのだ。あれ程感情溢れる相手を、化物と呼ぶ理由が分からない。
半分以上自前の脳みそを失って尚、消えない欲望と激情が体の原動力となっている。それは未練か、夢か。
誰かに決められたのではない。化物は己の良心に従って、ゴスロリ少女を守ろうとした。
理由が知りたかった。しかし口も回らないと分かり、名前だけでも知りたかったのだ。
過去を忘れて己が分からない空紀、過去を失っても己の心を持った化物。
世界は広いと、知ったように悟る。
ならば踏み出さなければならない。空紀は今自由なのだ、どこへでも行ける。
明朝に仲間へ行先の変更を提案しようと、喚くゴスロリ少女を無視して決めた。周囲の魔物達が大人しく道を開ける。
突如、魔物達が身を竦め脱兎した。
「え?」
その魔物は、空紀達を見下していた。
「っ!!?」
「ひっ!?」
ゴスロリ少女の作った壁より更に大きい魔物だ。月明りの下で開く眼が、二人の少女を無遠慮に眺めている。視線に宿る生物特有の熱が、その魔物には無かった。
『風』は切らしていない、本当に全く気付かなった。
ナニカが接触を拒否している。だが自身の魔力で感知して、魔物がどんな行動に出るか分からない。
空紀は地獄で経験した、知らない恐怖を思い出す。
「……あ」
―――ォォォオオオオオオオオオーーーーーー―――――――――!!!!!!
動けない。
閲覧有難う御座いました。




