第四十八話
投稿します。
首都を出てようやく指名手配の届いていない村を発見、宿泊する事となった。一年前に消息不明となった家族が暮らしていた空き家を借り、人工の屋根の下で腰を落ち着かせる。
一通り『風』で調べたが、食料や生活消耗品が不足している訳でも充実している訳でもなかった。余裕は無いが生活に支障はなく、異常な災害や流行病にでも襲われない限り村は安泰だろう。
だが平和なだけだ。そこに活気は無いし、必要だとも考えていない。
「……あんま長居しない方が良いか」
ストーカーの仲間らしき視線も気になっている。もし襲撃が有れば、村人を巻き込みかねない。
「あの馬!柵超えて突っ込んでこねえだろうなあ?」
「さぁ?村から出る時は同じ所から出て行くって説明したら、転がされなくなっただけだし」
「オレがな!魔物だろアレ?言葉理解出来んのか?」
「人の言葉を理解、するような高い知能を持つ魔物、の目撃情報は、首都でも出てる……。豪狼の遊び方から見ても、それらに、近いと思う」
「遊んでねえ!ちょっと手こずっただけだ!」
遊ばれていた事を頑なに否定する豪狼は、腹が寂しくなったのか鞄を勝手に空けようとしている。魔力認証が付与されているので、無駄な努力だ。
「なあ昼飯にしようぜ。腹減った」
「それなんだけど、提案がある」
「んだよ?」
「村の人とのコミュニケーションって大事でしょ?商人が行く村々でしてたやつ」
「……え!?お、俺達で!?」
「あ?何だっけ?」
胃を刺激する香りに、屋内に居た村人も誘い出されて来た。計画通りだ。
「豪狼その肉食べたら手伝って」
「まだ三つぽっちだろうが!もっと食わせろ!」
「えっと、これどの位煮れば、いい?」
田舎村だけあって、少しの遠出で狩りの獲物には困らなかった。家族移動中のブラウンボアを獲れたことが大きい。豪狼は子供猪の丸焼きを独り占めしているが、大人だけでも振舞うには十分な量だ。
出汁に骨を使い、硬い部位の肉をじっくり煮込む。濃くなり過ぎない様に入れた野菜は、肉と比べればおまけ以下の対比だった。せめてものこだわりは、首都で買った人気の香辛料である。
目新しさを出したくて張った見栄は効果があったらしい、強烈な香辛料の香りが煙と共に周囲へ流れた。
陽が傾いて空を橙色にしていく。完全に夕食の時間になった事で、豪狼の食欲はうなぎ登りなのだろう。四つ目の猪の丸焼きが消えそうだった。空紀と矢背も調理しながら、味見と称して腹を満たしている。
肉の旨味が滲むスープは、エネルギーを欲する体によく広がった。香辛料の辛さに負けておらず、癖になる一品に仕上がった。美味しい。
「あ、あの……」
遠目から動かない村人達、最初に我慢が切れたのは子供だった。初めて見るのだろう旅人に、どんな言葉をかけていいのか。戸惑う様子に、空紀は手持ちの食器によそったスープを渡した。
「食べていいよ」
不安の視線がスープと空紀を行き来する。意を決して飲んだ子供は、表情を喜色満面に作り上げた。
「すごく美味しい!」
「そりゃ良かった」
「妹にも持ってっていい?」
「いいよ。ただ、お椀はお家から取ってきてね」
「分かった持って来る!」
雰囲気を一変させて、家に食器を取りに走る子供。その笑顔に村人達は、自然と鍋へ吸い寄せられた。
大食いの豪狼に合わせた鍋は、炊き出し用として事足りるサイズだ。バンハット商会が旅路に寄った村で作った炊き出しは、このサイズに近い鍋の料理と焼いた肉。後者は豪狼の胃袋に収まっているが、そこはインパクトでカバーした。
物珍しさに興味より恐ろしさが勝っていた村人達だが、暖かい料理はその冷たい感情を柔らかく溶かす。村人の表情が解けてきた。特に子供の笑顔は最強の調味料だ。
しかし首都で見た他人の笑顔と比べると、いささか喜び度が足りない気がする。
村の停滞した空気が平常からのふり幅を縮めているような。きっとこの村の住人は、娯楽が平穏に必須ではないと思っている。
観察しながらスープを配る手は止めない。
「姉ちゃん!飯!」
「せめてご飯って言った方が良いよ」
妹の分を貰いに来た子供によそい、残りの量を計る。矢背が担当していた、大人猪のサイコロステーキも残り少ない。持参の食器に盛り付け、鍋と焚火を片付けた。
やっとゆっくり食事が出来る。
「はい、矢背の」
「……ありがとう……」
人に囲まれ慣れてないからか、お疲れの様子だ。それでもスープと肉を食べていれば、表情筋は緩んでいく。逞しくなってきたようでなにより。
料理を食べながら会話する村人達。三大欲求の一つを満たした効果で、大分旅人への偏見や警戒心は薄れた。このまま消耗品購入の交渉に持ち込みたい。
気になる話しが聞こえた。先の子供の妹、体が弱いらしい。芽を出す好奇心が、『風』に伝わって詳しく知ろうと流れる。
走ったり激しい運動をすると心臓が苦しくなり、体力がつかず家から自由に出られない。家事の手伝いですら、誰かが見ていないと危ないそうだ。妙な魔力の流れを覚えるが、解決策を講じさせるものではなかった。
元の世界にも一定数居た、心臓の弱い子なのだろう。異世界でも治療手段は無いのか。
影が伸びて消えていく。陽が山に落ち始め、一番星が瞬いた。
灯りの確保が難しい村では、家に帰る時間だ。口々に掛けられるお礼の言葉を聞き、応じながら明日の予定を相談する。
「明日村長に食料とかの交渉するから、二人はあの魔物どうにかしといて」
「食った食ったああ!?何で!?村出て猪狩った時も付いてきたあの馬を!?」
「自信無い?」
「んな訳ねえだろ!!いいぜぶっ殺してやるよ!」
「えー……」
あっさり乗せられた豪狼に、矢背の向ける目は冷たい。
本当に明日の予定だけを決めて、魔法鞄から大剣を取り出した。狩りの際も使用せず腰に下げて飾ったそれを、一日が終わろうとしている今装備したのだ。
子供や村人と接していた暖かさは霧散し、静かな殺意で瞳を絞った。
様子が一変した事で、豪狼と矢背は敵の襲来を言葉なく察す。しかし空紀は問われる前に断った。
「ちょっと村を出る。私に何かあったら、村人をお願い」
「ざけんな!オレが行かねえで誰が行くんだよ!」
「援護、ぐらいは役に立つから……!」
「有難いけど……どうやら向こうさんのお望みは私らしい」
「何で!?だって、追われてるの、は」
「ここで要求を無視すると、どんな行動に出られるか分からない。任せたよ」
説明を省略して魔法鞄を預けた。好きで省略したのではない、狙われる理由が分からないのは空紀も同じなのだ。
ただ予想はしている。もう長い付き合いとなっている、ストーカーの背景だ。
初めはストーカーの背後には国、又は国に雇われた関係者がいると考えていた。しかし首都で明確に国と敵対した空紀を、奴は監視するに留めリアクションも起こさない。ここで考えが飛躍する。
空紀を視姦し続けている者は、〝ヴァストラージ〟に敵意を持っているのではないか。
世界を統一している国と敵対するような組織が存在するかは不明だが、小規模な組織あるいは個人で空紀を監視する理由が浮かばない以上、大きな陰謀を秘めた組織の存在を疑ってしまう。
敵対と一口に言っても、目的が乗っ取りか破滅かでまた違うし、それが新米『勇者』の監視とどう繋がるのか。分からない事ばかりだ。
だからこの殺意に乗る。いい加減プライバシー無視の監視にも嫌気が差していた。
普通にうっとうしいから一発殴りたい、というのも有るが。
森の木々が晴れて、緩やかな傾斜の平原に出た。姿を隠しながらも残る微かな日光を正面に受け、殺意の発生者は立っている。堂々と親の仇でも前にしているような、眼光は鋭さを増した。
「来たわね、『勇者』」
この異世界では初めてお目にする、ゴスロリ姿の美少女だった。
毛先がカールしたツインテールは、闇へ落ちつつある景色に映えた桃色。自前のまつ毛が飾る瞳は、黄緑と水色のオッドアイだ。薄桃のルージュで彩られた唇は、殺意に反応して歪んでいる。
準備万端で待っていた、というにはあまりに殺意とかけ離れた服装。これから秋葉に赴こうとしているようにしか見えない格好である。
その違和感を廃しても足りない、無数の気配。
「逃げなかった事は褒めてあげる。逃げても逃げなくても結果は一緒だけど、私に無駄な労働をさせなかったんだもの。多少の恩情は与えましょう」
ザワリ、と。村で感じた背筋を這う気配が、下と横と上と、せわしなく身じろきしている。
襲ってこない要因は、あのゴスロリ少女で間違いないだろう。無数の気配が、少女の一挙一動に注視している。肩に掛かったツインテールを払う動作にも、その脚が応えて地を撫でた。
「礼は要らないわ。殺す前に落とす四肢の数は変わらない、懺悔を聞く時間の長さを一考するだけだから。とっとと土下座しなさい、もう泣き叫ぶ事しか出来ないんだし」
凄く見下している。
そしてもの凄く恨まれている。
ふざけるな。
ガイッ――――――ン。
無礼千万な態度への返礼として、投げたナイフは弾かれた。ゴスロリ少女を守る様に立つ影は二メートル近い体格で、全身をフード付きローブで隠している。
ゴスロリ少女の憎悪は肥大した。
「いいわ……お望み通り、今すぐ八つ裂きにしてあげる!!」
あらゆる木の陰から躍り出る気配。しかし最も戒心していた下からの振動に、空紀は即跳び退いた。
キィシャアアアアアアアアア――――――――――――!!!!!!!!!
百を優に超えていそうな足の数、消えかけている陽光で光る漆黒の甲殻。
〝城壁都市〟の収穫依頼中に討伐した、懐かしき中ボス魔物穴掘り百足だ。
上空に避難しながら、一瞬で戦場と化した場所を観察した。中ボスだった頃が名残惜しい程、超巨大に進化した百足。更に周囲から次々と現れる魔物は、狼型と熊型が仲良く轡を並べている。
あまりに多い魔物の群れ、だからこそ引けなかった。
この群れが村を襲えば、置いてきた男二人での対処は不可能。まだ温存している気配も含めれば、途方も無い数だ。ならば攻めるべきは一つ。
挑発する笑いを見せて、ゴスロリ少女は空紀を指した。
殺到する魔物の大群。
群がれる中、空紀は大剣を抜いた。
最強の騎士を相手取った時でも、刀身を晒さなかったギィーガンの傑作。輝きを強くする月光に照らされて、戦場の空気を振り吸わせた。
その巨体に相応しい勢いで、一番槍となった百足の牙と触れ合えば。
ザン――――――。
持ち主以外が目を疑う、百足の最後。一瞬の攻防も無く、押し負けた魔物の巨体が血飛沫を撒いて、周囲の魔物の上に落ちた。無数の魔物の動きが止まる。
ゴスロリ少女の胸中に、憎悪と違うものが沸く。その動機の正体が驚愕というプロセスを経て、腹立たしくも恐怖に変貌するとは。生涯認めはしないだろう。
裂かれた百足の間に降り立ち、空紀はゴスロリ少女を手招いた。手の平は勿論上にして。
早く来い、と。
「―――っ!!?早く……はやく殺してえ!!!」
叫び声が空紀に掛けられる。身命を賭して果たすと、魔物の野生が吠えていた。
産毛が逆立つ気を『風』で浴びながら、竜の鱗も砕く剣が鳴る。
閲覧有難う御座いました。




