第四十七話
投稿します。
「ユーストス!」
鎧姿で街中を歩く騎士。外見特徴が覆われたその変な騎士に、固有名詞が加わった。
呼ばれた騎士は振り返り、数ヶ月ぶりの友に応じる。無意識に張っていた肩が、僅かに下がった。
「ゼファーノ」
「やっと顔が見れたぜ、元気だったか?」
兜で頭部が全く見えない人間に愚問だが、しばしの別れを惜しんだ時と変わらない雰囲気に、突っ込む事を忘れてしまった。
薄い赤茶の髪は毛先が跳ねている。白い光を当てて角度を変えれば、青の光沢を持つ珍しい髪質であると知る者は少ないだろう。整った顔立ちで性格も付き合いやすい。ゼファーノこそ近い将来上に立つべき者だと、贔屓目無しで確信していた。
軍服を身に着けている様子から、職務時間中に偶然自分を見掛けたのだと推測する。
「どっかの店で昼食に付き合わないか?積もる話がしたい」
長期の休暇を貰っていたユーストスは、その話しに喜んで乗る。
少し早い時間帯だが、騒がし過ぎない程度の客が居る飲食店に入った。屋台で購入して道端で食べるのが苦手だと伝えてから、誘われる先は屋内。
他人への気遣いが出来る友は、店員すら笑顔にして注文していた。ユーストスには出来ない特技である。
兜を取り周囲の視線を感じながら、ユーストスは拳を強く握った。
やはりゼファーノから、近状の報告を始める。
昇格と同時に〝城壁都市〟へ短期遠征に行っていたゼファーノ。街の異様さに当初は圧倒され、『勇者』の異常性を心配していた。
「まるで新品の剣を試すように容易く振るう、実際子供も居た。一カ所での集中管理は国王陛下の英断だろう。分別ある者だけなら良いが、そうじゃない者が無秩序に放置されれば荒れる」
「危険だな」
「そこまででもない。道徳観が近いのか、犯罪行為に積極的な『勇者』はかなり少ないんだ。退屈を嫌う所は有るが、平和を前提にした一般国民に類する理性も持っている。だからこそ定期的な左官以上の派遣と監査で、街の運営は保っていけるだろう」
国を揺るがす可能性を管理する王族直下領地。首都の外壁より高いそれは、内包する可能性への恐怖の表れか。
外からしかその街を見た事が無いユーストスは、興味深く話しを清聴する。
「最後の体験職務は外壁からの監視任務で、帰還五日前に竜が来たんだ!首都で見るよりとても近く驚いた!あれだけで遠征に行った価値は有ったと思っている」
「怪我はしなかったか?」
「大丈夫だ。……話しは聞いている、正直副総統殿の部隊に配属されなくて良かったと考えてしまった」
「お互いにな」
「ああ……そうだ。竜が頭上を通る時、『勇者』が外壁まで上って来たんだ。首都では考えられないが、特に罪には問われないらしい」
「本当に『勇者』の街なんだな……」
他の街とは名実ともに一線を画す体験をして、ゼファーノの舌にも油が乗る。話しを掘り下げる程、ユーストスは『勇者』に会いたいとは思えなくなった。
無邪気な自由は、時に悪も正義も踏み躙る。
「そっちはどうだったんだ?」
「……俺か?」
「当たり前だろ!国民の希望である姫殿下、その唯一の騎士様に成ったんだ。色々と任されたんじゃないのか?」
湯気が細くなってきた料理を崩す手が止まる。口外はなるべく控えてほしい、と言われているのだ。
しかし目の前の友人、実家は国民でも大多数が耳にするような軍の名家。有名度に見合う地位と権力者を多数輩出していて、国家機密を本棚に並べているような家だ。なるべくと頭に付いている程度の機密では、内緒話の種が良い所だろう。
「……魔物活発に関する調査をしていた」
「ん?しかしそれは一部の民営ギルドに依頼して、初期調査後軍師からの報告を聞いて動く手筈ではなかったか?」
「学院で魔物による被害を耳にしたそうだ。何もせずにはいられなかったのだろう」
「はぁー、流石国民の星。でもお前、相変わらず職務中以外は口が回らないな!」
「俺の代わりにお前が喋るからな」
本心ではあるが、突かれた図星に食事の手がまた止まった。
騎士として振舞う己は、もう一人の自分だ。理想の騎士像に沿えるように、信念と理想を胸に剣を抜く。
その末路が先日の冤罪未遂に繋がった、戸惑いが今も腹に溜まっている。
食べる量を減らしている事にゼファーノは気付くが、追及は無い。
食器を置き、腹の重みが軽くなればと言葉に変え排出する。此処で止めても、吐き出せる相手はそう多くないのだ。
「ゼファーノ……」
「どうした?」
「お前にとっての、正義とは何だ?」
まるで『勇者』の疑問。絶対の正義と力を掲げ、眼前の目標を作り出せる騎士の悩みとは思えない。
そんな馬鹿げた質問を、ゼファーノは一笑せず答えた。
「誰も泣かせない選択の先にある」
「!?」
「俺はそう信じている。軍の目指す未来には、人々の笑顔が絶えないだろうと」
子供のような言葉だ。言わせるような質問をしたユーストスが、羞恥に脳内を白くする。
「……あっはっはっはっ!いやあ、お前がそんな事気にするとは。調査中に何かあったのか?」
「…………いや」
兜と籠手を外しているが、騎士の鎧を纏う自分が烏滸がましかった。
ユーストスは自身の容姿が嫌いだ。顔を合わせる人間ほぼ全員に絶賛され、まるで芸術のようだと、褒めているのか分からない。
だからどんな場所で身に着けていても不敬にならない、騎士の鎧を気に入った。
誰とも知らない他人の視線を集め、あらゆる熱に変える顔を隠せるのだ。勿体ないと言われたが、他者との関係構築を二分するコレに、ユーストスは嫌悪しか覚えなかった。
他人はこの造形に、美と嫉妬しか感じない。
大半の異性が美しいと酔い、大半の同性が嫉妬に眉間を険しく波立たせた。親しくなりたいとこちらが願えば、相手は欲望と憤怒で応える。
好きになれる訳が無い。
しかしこの鎧を纏う騎士として、相応の役目を己は全う出来ているのか。
呪いとすら思っている顔を真っ向から見た異性が、嫌悪を露わに全力でユーストスを叱咤した。
新鮮な体験だった。内容の重みと、己の内に積まれていた疑心の欠片が食欲を削っても、あの経験は輝かんばかりに脳に焼き付いている。
理想の騎士であろうとした行動が、国の将来を背負うに足るものだったか。悪は断罪されなければならない。
なら悪かどうかを決める者が正義だと、誰に証明できるのだろうか。
「もっと考えて動けと……怒られた」
「おこ……あはははははっはぁ!!それは希少な経験をしたな!騎士にもなると、そういう相手を探すのに苦労する!」
そうだ、自分はとても幸運だった。
騎士とは、王族直属の兵士。軍事組織からは逸脱した、正式な国公認の戦略戦士。
剣を抜く事は王族と国の為に外ならず、その身が悪に落ちる事は無い。
そうあれるように生きる事が、ユーストスの死なない理由だ。あの路地裏で雪に埋もれていた過去の自分はもういない。
ユーストス・ミュゼルバルギィは、生きている限り正義を体現し続ける。
もし何も知らないだけだったとしても、あのアキと呼ぶ少女が傍に居れば、常に正しく在れるのだろうか。
雑な別れをした事が、今更ながら悔いとなる。首都には来ているらしいが、ユーストスは唯一の主からの懇願でまた出なければいけない。
「追加を頼む、ゼファーノはどうする?」
「いいねえ、辛い料理が食べたい」
「また暫く首都の料理が食べられないから、この名物も食べたい」
「またか、大変だな。今度はどんな任務だ?」
「先日脱走した死刑囚の捕縛、可能なら排除だ」
賑やかな音が増えた店内に似つかわしくない単語だが、聞こえたのは一人だけだった。胸を張れるとは言い難い仕事だ。ゼファーノは励ますように、辛い料理の半分をよそって渡した。
同じネタで何度も笑える程、空紀のツボは単純ではなかった。
「どっかいけっつってんだろ馬あああ!!!」
グオオオオオオ!!
「馬なら馬らしくなけえええああああああ!!?」
「二十一回目……」
飽きている矢背が、馬鹿の転がった回数を静かに数えている。門番が魔物の襲来に村へ走ればいいのか迷っていた。
大丈夫です、騒がせてすいません。
「豪狼いい加減にして」
「オレのせいかコレ!!?」
早く宿泊許可を貰いに村長の下へ行きたいが、魔物が付いて来て貰える訳がない。空紀は苦渋の決断をした。
「私達は村長に会って来るから、魔物は宜しく。分かってると思うけど入れるなよ?」
「ふざけんな!放置がああああああ!!?」
「二十二回目」
馬(?)も遊び方が上手くなってきた。どう力を籠めれば豪狼を転がせるか、出来るだけ遠くに綺麗な回り方をさせられるように工夫している。
興味はとっくに無いので、後ろ髪引かれる事無く村にお邪魔した。
バンハット商会護衛の旅路で寄った村と、大きな違いは無い。主に木造建築で平屋、または小屋。村長の家がかろうじて石造りで守られた部分がある。避難所も兼ねているのだろうか。
外壁はフェンスのような物だ。木の板を組み合わせて、村と外の境界を区切っているだけに過ぎない。一部壊れているので、子供でも簡単に出られそうだ。
年季を感じる建物が有った所を見ると、村の歴史自体はそこそこあるのだろう。根を下ろし、安定した生活を送れる事は幸運だ。
通りすがりの村人も珍しい視線は向けても、来訪者への警戒心は薄い。平和な日常、村人の願いは叶っていた。
それだけに、村の空気は停滞している。起伏が無いとあんな表情になるのか。
無事宿泊許可が下りた。何か求められたり交渉が始まるかと思っていたので、拍子抜けである。
最初の旅が商人の護衛だった事で、無駄にハードルを高くしていたのかもしれない。
これは歓迎すべき反省である。
まだまだ続く旅の問題点が少しづつでも浮き立てば、身の振り方に迷わない日も近付くはずだ。
的外れの敗北感から滲む清涼を噛み締めながら、村の門へ戻った。静かに村中を歩いて暫く、煩くならない現状に感じた違和感が、外に放置した男を思い出させる。忘れていた。
不安な顔で見守っていた門番に礼を告げ、豪狼の状態を観察する。数時間前とは比べ物にならない汚れを被っていた。近寄りたくないが、汚れの中に血が混じっていては見過ごせない。
一歩魔物に
ゾワリ
背筋を気色悪い感触が這う気配で、近寄ろうとする足が止まった。
気配の発生源に目は向けない。こちらが気付いていると知ればどんな行動に出られるか、不安しかなかった。
気配の主は人間だ。ここまでの敵意を持たれる覚えは無いが、矛は間違いなく空紀に突き付けられている。疑問はそれだけではない。気配の方角は、今の今まで無視を決めていたあの視線の先なのだ。
ストーカーの仲間だろうか、だとしてもここで監視の目を気付かせる愚行を犯すのはどうなのか。
離れる様子の無い馬(?)といい、問題は増えるばかりだった。
閲覧有難う御座いました。




