第四十六話
連投しました。
一国から身を削って逃げている空紀は、今ようやく笑いが収まった。
異世界に来てここまで笑ったのは初めてである。腹筋の疲労が後を引き、手に持ったお茶は冷めてしまった。
「あー……お腹痛い。矢背、ちょっと温めてコレ」
「それはいい、けど。あれは、ほっといていいの?」
野営では専ら焚火係の矢背は、加工された木材コップを受け取りあれを指す。空紀の笑いのツボを刺激する光景を見せられ、またつりそうな頬がひくついた。
国に命を狙われている状況を忘れさせ、肩の力が抜けるような和みを感じさせるあれに、空紀の選択は放置一択である。
「ぎゃああああああ!!!?てめ、いい加減にしああああああ!!!」
豪狼で遊ぶ魔物の姿、ズタボロに成り続ける光景はもう三十分は変わらなかった。
一昼夜叫び暴れた豪狼と、止めきれないながらも奮闘した矢背を休ませた後。空紀の提案で、三人は〝チェラ〟を目指していた。
心の内を各自吐き出し、洞窟でもう一晩明かした時だ。国の裏を調査する任務の経緯も話していた。
必要なのは時間だ。
首都で集めるはずだった竜の情報、『勇者』の隠された真実、依頼の足掛かりにして闇の追及。
そして空紀達には、強くなる時間が必要だ。
目的の多くが弱者には無縁で、影を踏むことも困難な望み。叶えるにはどんな形であれ、無理を通す力が必要なのだ。命懸けは勘弁したいが。
しかし全て急を要する事案ではない。というより、今すぐどうこう出来る問題ではない。
情報収集に便利な魔法は在るが万能ではないし、強さが一日二日で高まるものではない事くらい知っている。
そこで強さを手に入れる手段として、欲しい物が必ず存在すると聞く〝チェラ〟を目指す事になった。
物流と流行で光る街、そこに無い物は無価値だけだという。欲しい情報も強力な武器も、人さえも売り買いされている。
人の出入りに相応した道が至る所に在るが、国家規模の犯罪者に通る勇気は無い。道を利用する商人や冒険者が、ことごとく情報に疎い可能性は低いだろう。例えその場は逃げきれても下手に目撃情報を増やして、追手を差し向けられれば逃亡生活は一気に過酷さを増す。
慎重に道を選び、人の目を掻い潜って向かわなければならない。
目的地を一応定め豪狼のやる気も上がり、パーティの空気が軽くなって数日。
空紀達は奇妙な魔物と遭遇した。
いつまでも女に肉を獲らせていては立つ瀬がないと、豪狼が狩りに出た。何時の日か夜に飛び出した無謀から成長し、休憩と昼食を兼ねた時間を過ごしていた時である。
獲物が何処に居るか空紀に確認したのも驚いたが、豪狼の発言にも目が瞬き戸惑った。
女扱いされてるんだな、私。
記憶の欠如か、あまり自分の性別を深く考えていなかったので、その言葉に傷つきもときめきもしなかった。思い返すとあからさまな女扱いが無いでもなかったが、豪狼は空紀にそこまで異性としての接触をしていなかったように思う。
特に意味の無い発言なのか、男に見られても困るのでスルーした。
矢背からの視線には異性の気が混じっている。別にそれ自体は普通で、嫌悪する程濃厚でもない。敬愛と程よく溶け合い、知人以上の親近感を作っている。
しつこくなるようなら注意しよう。
豪狼の予想外の発言に考えさせられていて、反応に遅れた。
ザワリ、とナニカがざわめきうなじをさする気配で気付く。直ぐに『風』を警戒状態まで操作し、狩りの様子を確認すると、豪狼は追われていた。
「ん?」
「あの、お茶」
「あぁ、有難う」
底に水の魔石を埋め込んだ水筒を使えば、水不足はほぼありえない。ずっと歩いて冬国を旅していると、熱中症に気付かないまま脱水症状に陥る事もある。少量でも気付いた時に水分を摂取するように心がけていた。
しかし魔石は魔力を込めて使用してを繰り返すごとに摩耗する。丁寧に使用し、早く〝チェラ〟で補給したい。
追われている豪狼は、混乱しながらも本能で真っ直ぐに此方へ戻って来た。焚火にまでその足音が響けば、矢背も杖を握る。警戒心が有って良い事だ。
ギュオオオオオオ!!!
明確な人外の雄叫び。
空紀達は舗装された道を避け、見つかりにくい森の中を歩いていたが、火はその僅か外で焚いていた。山火事や視界の悪い中の強襲を警戒しての選択だ。
豪狼と人外はその森の中から迫ってきている。矢背が魔法行使の用意に入った。
空紀は魔物を詳細に探り、一色に染まった気配に剣を抜きそびれる。
「ギャアアアアアアアアア!!!?」
グゥオオオオオオ!!
大きい体躯、首の後ろに長く白い体毛がなびいていた。地を強く蹴る蹄に巨体を支える四脚、言わずもがな初見の魔物である。
「馬?いや……鹿、ユニコーンみたいな……?」
「ひいいい!!?デカいいいーーー!!!」
生命力に溢れた、迫力のある魔物だった。馬に似た足だが、胴体はかなりごつい、ワニのようだ。尾がある。先の方に毛が生えていて、太めだが牛のそれに見える。頭がまた馬とは違った。凛々しい面持ちは狼の鋭さを持っている。なによりも目を見張るのは、額から伸びる一本角だ。
恐ろしいと感じるだろう、一見立派な脅威だ。そんな魔物を目前に、空紀は緊張を手放した。
「ぐべらあ!!?」
折れず曲がらずを幻想させる角で、豪狼が転がされた。木にぶつかって止まる豪狼を、魔物は何故か追わないで足踏みしている。
確信を得た空紀は、矢背の詠唱を制した。
「待って、大丈夫。敵意は無い」
「えっ!?いやでも!豪、狼!あれ、骨折れたり、とか!!」
「罅入ったけどもう治りかけてる。まあ見てて大丈夫」
心境の変化に呼応してか、豪狼の才能〝漫画体質〟は、首都に居た時より何倍も効果を上げている。現在の緊張と心の持ちようを保てれば、致命傷以外に豪狼の戦闘意思が折れる事は無いだろう。
断言されて安堵したのか、杖に集まりかけていた魔力が拡散していく。
魔物に見下ろされた豪狼の頭には、空紀達の存在が消えていた。
「なめんなよこの、馬もどきがあああぶっ!!?」
光沢を放つ鱗部分で体当たりされ、同じ木に再激突。かなり痛そうだが、激怒に染まった神経は痛みの大半を塗り殺していた。戦意が失われない豪狼と、〝漫画体質〟の相性が最高にマッチしている。
だが現実的な実力の前では、それだけで結果に直結はされない。悲しいが、被害者によって三十分以上証明され続ける。
諦めの悪さに、賞賛と笑いがこみ上げてもう四十分。矢背も分かってきた。
「……あの魔物、いつまで遊んでる、かな?」
あの馬(?)は楽しんでいるのだ。怪我をしても諦めないどころか回復する、学ばない突進で構ってくれる相手。使い潰されない玩具に、馬(?)のテンションはずっと高い。
急ぐ旅ではないが長引くのも困る。早く〝チェラ〟に行ってお風呂に入りたい。
飛び跳ねて転がした豪狼を待つ馬(?)に近付く、剣は柄を鞄から出した状態で。刀身が見えるかどうかは、野生の動物と接する上で重要、だと思う。
「悪いけど、そろそろソレ返してくれない?もう十分遊んだでしょう」
後ろ足が跳ねるのを止めた。無いと分かっていても、砂を散らす前足が攻撃を続行する可能性に目を細める。
肌が泡立つ眼力で空紀を凝視し数秒、四駆は静かに地面に落ち着いた。
「矢背!焚火消して。豪狼は持つから、もう行こう!」
「あ、はい!」
砂まみれの豪狼に、汚れを諦めて肩を貸した。上体は預けられたが、何とか歩行は自力で行っている。体力自慢の口が動かないと、騒動後の静寂が煩かった。
「…………見捨てやがったな……」
気が落ちてはいないようだ。
「女に頼りたくないんじゃなかったの?文句は体力戻して、有言実行してからにしろ」
「うるせえ……」
先輩冒険者に教わった焚火の後始末を済ませ、矢背が荷物も持ってくれた。呆れた様子で豪狼を見ている、それを本人が知らずに終わったのは幸運だ。
方向を確かめる為、距離重視で広げた『風』が面白いものを捉えた。
「喜べ男衆」
「え?」
「あ?」
「村だ」
情報の伝達速度が分からない以上、首都に近い村は避けていた。けれど出発から十日を超えている、ここらで危険を犯しても確かめておきたい。
胸筋の発達が目立つ門番と目が合う。大の大人、とは言い難い男女三人に持っていた槍は切っ先を下げた。
フード付きのローブを羽織れば、豪狼の体格だと子供に見られたかもしれない。黙っておこう。
「こんにちは、村に一泊させていただきたいのですが」
「こんなへんぴな所に旅人とはなあ……、別にいいが、村長に許可を貰ってくれ」
「分かりました。村長さんの家はどちらに?」
「真っ直ぐ行って一番立派な家がそうだ。お連れさん大丈夫か?なんかフラフラしてねえか?」
「大丈夫です、なんか疲れが溜まって日差しも浴びたくないって聞かなくて。すみません、連れが失礼な態度で」
「ああいや、そりゃいいんだ。長旅お疲れさん」
「有難う御座います」
第一印象を重視するなら、女である空紀が対応する方が良い。そう思ったのは本当だが、実際のところ人見知り再発している矢背と、遊ばれ疲れて元気の無い豪狼に任せられなかっただけだ。
比べるべくもなく首都のそれより頼りない外壁、門も番がいなければただの通り道になりそうだった。正体を隠す装いの旅人を、無理矢理見聞する様子も無い。
高い確率で豪狼が脱走中の死刑囚という情報は、この村に届いていないだろう。
それとも村長の下で止まっているのだろうか。こんな村に来るはずないと高を括っているなら、村長に会う時もフードは被ったままでいてもらおう。
滞在期間は決めていない。情報の伝わり方も不明では、長く居られないだろう。
水晶による遠距離通話の可能な魔法具もある、楽観は出来ない。やっとゆっくり出来るという顔の矢背には、言わない方が良さそうだ。
門を通る、否、通りたかった。
「……豪狼、ちょっとまた相手してあげたら?」
「?なにが、げえ!!?」
「うお!?ぎゃあああ!!?」
背後に無言で立つ存在に驚く豪狼と、その両方に律儀に驚きの声を上げる矢背。
グルルルゥ
驚かれた不満を漏らすように、その魔物は呻いた。
少女にとって、この窓から見える世界が全て。
それ以上を欲する事も除く事も、求めなかった。
扉の向こうから声が投げられる。少女が呼んだ者の到来に、心臓の鼓動が弾んだ。それを必死に内へ秘め、顔色を全力で平静に抑えた。
許可が無ければ決して入らないと知っているから、早く返事をしたかった。
「―――どうぞ」
「失礼します!」
称号と共に与えた鎧姿で、少女の騎士は膝を着く。
「お呼びに預かり、参上いたしました。サフィラス姫殿下」
「……お願いが、あります。私の騎士、ユーストス・ミュゼルバルギィ」
「なんなりと」
搾り出した願いは、その騎士の人生を大きく狂わせかねないもの。
それを承知の上で、騎士ユーストスの返事はサフィラスの心を更に締め付けた。
此処にまた、混沌を望む者が一人。
閲覧有難う御座いました。




