第四十五話
投稿します。
カランカラン
誰も口にしないが、この音は来訪者の好奇心を掻き立てる。扉一枚の隔たりを超え、展示された数多のモノを金で欲す。商店の扉にしか配置されないのは、そんな無意識の欲望の具現だった。
スクートンは胸を高鳴らせる鐘の音に従い、酒場の奥を目指す。
まだ早朝も早朝、太陽の光すら雲に掛かったばかりの時間。約束の十五分前に、待ち合わせの扉を叩く。
仏頂面でスクートンを確認し先を指す男は、約束の相手の右腕だそうだ。酒場近辺の顔をしていて、真の支配者の姿を隠す影武者。全て剃る髪型に共感は出来ないが、女の趣味は一晩語り明かせるだろう。
部屋の中心で大男を侍らせ、普段は身を隠して過ごしている女は、こちらを一瞥し手中の品に興味を戻した。
「待たせて悪いな、もっと早く来るべきだったか」
視線がまだ戻ってこない。よく見ると持っていたのは、アキが手土産のお菓子と一緒に入れていた手鏡だった。つまり品ではなく鏡に映る自分を見ていて、スクートンを見ようとしていない。手鏡自体が気に入った可能性もあるが、待ち人を無視する理由が分からなかった。
「あのー、メルルンさ―――」
ヒュゴ、ボンッ!!
「……へ?」
頭がもう一歩右にあったなら、顔面が黒ずみになっていただろう。恐ろしい速度で生成された火球が、右こめかみ付近の髪を炙り扉に衝突。焦げた箇所は崩れる寸前で、指で突けば覗き穴になりそうだ。
背中に冷や汗が流れる。約束していた彼女〝アカオニ団〟首領メルルンは、赤い前髪の隙間から目尻を上げた。
「次その名を呼ぶなら物理的に呼べなくする、分かったかい?」
「……コギエ・ルゴーム」
「ふん」
払われた髪の色が、地味な空間を鮮やかに彩る。メルルンの存在を象徴するその色は、彼女の芯の強さまでも表していた。
強烈な視覚の力に、見惚れるよりも圧倒される。
二脚だけの椅子の間に置かれた机、そこに鏡を置いたのが合図だと判断し、メルルンと相対する位置へ腰掛けた。赤いスリットから映える脚が、ゆっくりと組み直される。
「……あの女は男を担いで逃走、国は完全にコレを見失った、間違いないね」
疑問ではない、一応の確認として聞かれた問いにスクートンは頷いた。
「ああ。南東方向への逃亡を確認し、迅速に追跡隊を編成したものの成果無し。完全に追跡不可能と判断され、国は全域指名手配の準備中だ」
「迅速に、ね……」
「そっちはどうだった、事実確認は勿論済んだんだろ?」
冷ややかな面に苦さが混じる。真っ赤な唇が傾くだけで、男達の背が固くなった。
腰の刀が落ち着けと揺れる。
「孤児院に四ヶ月前放り込まれた金髪の男児、自称九歳。本人は固く口を閉ざしているが、城に居る同士の報告と身体的特徴を重ねた結果……ほぼ間違いなく、第三王子ウィルトゥスである、と我々は断定した」
唯一美女の毒に耐性を持った右腕が、代わりに答える。内容は予想通りだったが、頭を痛くする事態に深い息が零れた。
元とはいえ軍のお偉いさんだったスクートンと、国の闇をまとめる頭領メルルンとの出会いを作った女、アキが持ち込んだ国の厄介事は真実だと再確認されたのだ。
細い指が机を叩く。
「下手に放り出せばこっちが国一の犯罪者。馬鹿王子の笑い声と麗しい王女の涙声で、夜も眠れなくなるだろうさ。そっちの動きは?」
「王子様は今日も元気に暴れてる。召使いには気の毒だが、暫く癇癪の的探しで忙しいだろうなあ」
「城に籠れば的にも困らないだろう。とっとと国王の用意した檻に帰ればいいものを」
「国に仇なす奴が出るのは、表沙汰じゃ数十年振りだ。王族としての血筋を思えば、国王の外出禁止令は当然の処置だろ。俺達の密会も、言うなればその恩恵にあやかってる」
「流石は元副総統様だ!国王への腰の低さは一級品だねえ。あんだがあの問題の種を城に持って行ってくれれば、こんな場所でその面見なくて済むんだよ」
刀の柄を握る、この動作が兵士になる前から有ったスクートンを治める鎮静剤だ。
無駄だと周囲に散々言われながら、兵士になる為ひたすら棒っ切れを振っていた。その一念は十七の年に、身の丈近い岩をも切り裂いたのだ。
父母は次の日、鍛冶師に頼んでいたと刀を贈ってくれた。
とても一月やそこらで作れる出来ではなかった。とても家の貯蓄額に足りる物ではなかった。
長く、深く、誇れる家族に頭を下げた。
それ以来スクートンの動作は、家族への感謝と夢への原点を想起している。
表情に微塵の乱れも見せないスクートンは、場の流れすら笑い掴む。
「ではその願いを叶えてやろう!」
「なんだって?」
「代価は、そうだな……俺への恭順、なんてどうだ?」
「……意味分かってんのか、あんた」
本題とは別の流れになり、メルルンは勿論周りの男達は動揺を隠せなかった。
「テメエ!!調子に乗ってんじゃねえぞ!?」
「オレたちを舐めてんのか!?」
「雑魚は黙ってろよ、お前らの頭と大事なお話し中だ」
「この野郎……!!」
「黙ってろテメエら!」
「けど、タァギンさん!」
右腕の男はタァギンというらしい。落ち着いている、肉体の隆々さと合わせれば是非軍に欲しい逸材だ。やはり〝暗がり〟の戦力には期待が持てた。
恐らくスクートンが把握していない数の貴族から、同じ打診が何十と有っただろう。それでも口にしたのは、時期と提案者を加味した自己判断によるものだ。
彼女は馬鹿ではない。この赤き美しい頭領こそ、〝暗がり〟最大の掘り出し者である。
「取引だ、アカオニの頭領。俺の手を取り力を差し出せ。そうすればお前に、九議会の席を用意すると約束しよう」
「なっ!?」
「きゅ、九議会っ!!?」
九議会。世界を作った九神にあやかって名付けられた、ヴァストラージの国権最高会議だ。
国王を議長に据える会議は、国の政権に干渉する権力と発言力を持つ者のみが出席を許される。一貴族程度では見学すら出来ない、正しく国の歴史を決定する舞台。
その席に座るという事は、国を動かす権利を得た、という事実に他ならない。
到底信じられる話ではないだろう。しかし縋る価値と、喉を鳴らす理由がメルルンにはある。
机を叩いていた指は、曲げられ拳になった。
「…………信用出来ない」
「第三王子を連れて帰ろう。そしてまた連れて帰って来る」
「はあ!?」
美女の肝を抜くのは気分が良い。このまま押し込む。
「軍が〝暗がり〟を包囲する事も無ければ、指名手配犯が増える事も無いだろう。返事はそれを確かめてからでいいぞ?」
「話しにこちらの旨味が多いよ、いくら王子が馬鹿でも同種しかいない訳じゃないだろう?」
「問題ない、俺がしくじらなければ良いだけだ。それさえやり切れば、信頼出来る貴重な部下が増えるんだ。やる気も上がる」
「信頼!何処から出て来るんだいそれは!?根拠は!?」
「君はアキとの約束を守った」
「―――あんたは逃げる手助けが欲しい、情報はその代金と?」
「はい。あ、お土産お菓子なんで早めに食べて下さい」
「そんなことは聞いちゃいないよ!代金を全額前払いなんて……そんな馬鹿やる奴との口約束を、私が守ると思ってるのか?」
玄関先で話すには大掛かりな作戦を立て、アキは〝暗がり〟の元締めと交渉していた。
スクートンは護衛兼共犯者だ。作戦への参加を表明してはいないが、無視はあり得ないと断じられていた。
混沌の訪れは近く、役者に拒否権など無い。
なら自らの意志で立とう。
「メルルン、あなたは約束を守る。その行為の尊さを知っている人だから、あなたを慕う人は多いでしょう?」
「知った口を利く……」
「ここに来るまでに会った、〝暗がり〟の人達を見れば分かる」
二人の女の視線間で遣り取りされる、疑心と伝心。色付く気配は無くとも、繰り返し擦れば熱が灯る。
赤い髪はかき乱され、黒髪は風に泳いだ。
「……こっちは提供された情報以上に動く気は無い、いいね?」
「頭目!?」
「では簡単に作戦を考えますか。中にお邪魔しても?」
「招かれて入らなかったのはそっちだろうに、とっとと来な」
本当に簡単な作戦だった。互いがその行動を守らなければ、一気に瓦解するような単純な決め事。
死刑囚を抱えたアキは、あえて逃げる方向が推察されるように走る。途中で見失っても〝暗がり〟に行くだろうと誰もが思うように。
完全に追跡を振り切った二人を、秘密の抜け道から外門付近へ安全に送る。後は野となれ山となれ。
〝暗がり〟に潜伏したと思い込んだ軍は、その影響力を考え上司に判断を仰ぐ。もし処刑責任者の第一王子が話をつけに来れば、〝アカオニ団〟は壊滅の憂き目に会う可能性が有った。
それは無い、とアキの情報を信じれば言い切れる。
〝暗がり〟の孤児院には王女が第一王子から隠している、第三王子が居るのだから。
死刑囚と誘拐犯の捜索交渉には、民への思いやり溢れる王女様が出てくると、高い確率で予測できた。
アキは政治に詳しくないが、第一王子が〝暗がり〟に近付けない様にする王女とのやり取りに僅かな違和感を抱き、豪狼に向ける意識が薄れる事を期待する思いが、多少は有ったと思う。
それを確認する間もなく、首都から全力で遠ざかったのだが。
捜索権をもぎ取りに来るのが家族大事な王女だけなら、暗躍・交渉日常茶飯事のメルルンが口で劣る事はありえない。孤児院の王子など知らないという態度で、国民の生命と人権を盾に強気な態度を取る。
噂になるだけあって国民を想う気持ちは濃いらしい。長引いた結果、下手人は兵士の展開範囲から見事離脱。包囲網を突き破られた報告を聞き、交渉は逃げるように去る王女を見送る形で終了した。
「利益が出るなら乗るよ、相手が王族だろうがね」
「その損得勘定を信じてるんだよ」
「……どいつもこいつも……」
抜け道の案内も交渉の誘導も、メルルンは自身の勘定で前払い分の仕事をしっかり全うした。
実績は取引に於いて重要な判断材料だ。根拠には足りないと戦友は怒鳴るだろうが、この程度の事に命を張れないなら、王族を敵に回すなんて夢物語だろう。
「……タァギン、今度は止めないのかい?」
「自分は頭目に従うだけです。それに我々の野望は、機会を惜しんではいられない筈です」
「はっ!やる気ある部下で助かるよ、良し。あんたの策を聞かせな!内容次第だが力を貸してやる!」
恭順には抵抗が有るのか、当然だがそれは対等な取引になるのだろうか。
「構わないが、そちらの戦力も聞いておきたい。こちらが飛び込む危険に見合うか知っておかないと、肝心な時に腰が引けてしまう」
「いいだろう、精々耳の穴広げてよく聞きな!」
賭けに勝っても、スクートンの胸の不安が晴れることは無かった。疑心は決心を揺るがす、心中の霧は重く体を鈍らせる。勝ち戦しかしようとしなかったスクートンの性分が、この策の無謀を心身に分からせようとしていた。
しかし迷いだけはしない。
決してこの選択を後悔しない。
たった三人で一国から逃げる彼女達の未来に比べれば、スクートンの勝利は現実的なのだから。
閲覧有難う御座いました。




