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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
仲間と暗躍と馬(?)の章
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46/71

第四十五話

投稿します。

 



 カランカラン


 誰も口にしないが、この音は来訪者の好奇心を掻き立てる。扉一枚の隔たりを超え、展示された数多のモノを金で欲す。商店の扉にしか配置されないのは、そんな無意識の欲望の具現だった。

 スクートンは胸を高鳴らせる鐘の音に従い、酒場の奥を目指す。

 まだ早朝も早朝、太陽の光すら雲に掛かったばかりの時間。約束の十五分前に、待ち合わせの扉を叩く。

 仏頂面でスクートンを確認し先を指す男は、約束の相手の右腕だそうだ。酒場近辺の顔をしていて、真の支配者の姿を隠す影武者。全て剃る髪型に共感は出来ないが、女の趣味は一晩語り明かせるだろう。

 部屋の中心で大男を侍らせ、普段は身を隠して過ごしている女は、こちらを一瞥し手中の品に興味を戻した。


「待たせて悪いな、もっと早く来るべきだったか」


 視線がまだ戻ってこない。よく見ると持っていたのは、アキが手土産のお菓子と一緒に入れていた手鏡だった。つまり品ではなく鏡に映る自分を見ていて、スクートンを見ようとしていない。手鏡自体が気に入った可能性もあるが、待ち人を無視する理由が分からなかった。


「あのー、メルルンさ―――」

 ヒュゴ、ボンッ!!

「……へ?」


 頭がもう一歩右にあったなら、顔面が黒ずみになっていただろう。恐ろしい速度で生成された火球が、右こめかみ付近の髪を炙り扉に衝突。焦げた箇所は崩れる寸前で、指で突けば覗き穴になりそうだ。

 背中に冷や汗が流れる。約束していた彼女〝アカオニ団〟首領メルルンは、赤い前髪の隙間から目尻を上げた。


「次その名を呼ぶなら物理的に呼べなくする、分かったかい?」

「……コギエ・ルゴーム」

「ふん」


 払われた髪の色が、地味な空間を鮮やかに彩る。メルルンの存在を象徴するその色は、彼女の芯の強さまでも表していた。

 強烈な視覚の力に、見惚れるよりも圧倒される。

 二脚だけの椅子の間に置かれた机、そこに鏡を置いたのが合図だと判断し、メルルンと相対する位置へ腰掛けた。赤いスリットから映える脚が、ゆっくりと組み直される。


「……あの女は男を担いで逃走、国は完全にコレを見失った、間違いないね」


 疑問ではない、一応の確認として聞かれた問いにスクートンは頷いた。


「ああ。南東方向への逃亡を確認し、()()()追跡隊を編成したものの成果無し。完全に追跡不可能と判断され、国は全域指名手配の準備中だ」

()()()、ね……」

「そっちはどうだった、事実確認は勿論済んだんだろ?」


 冷ややかな面に苦さが混じる。真っ赤な唇が傾くだけで、男達の背が固くなった。

 腰の刀が落ち着けと揺れる。


「孤児院に四ヶ月前放り込まれた金髪の男児、自称九歳。本人は固く口を閉ざしているが、城に居る同士の報告と身体的特徴を重ねた結果……ほぼ間違いなく、第三王子ウィルトゥスである、と我々は断定した」


 唯一美女の毒に耐性を持った右腕が、代わりに答える。内容は予想通りだったが、頭を痛くする事態に深い息が零れた。

 元とはいえ軍のお偉いさんだったスクートンと、国の闇をまとめる頭領メルルンとの出会いを作った女、アキが持ち込んだ国の厄介事は真実だと再確認されたのだ。

 細い指が机を叩く。


「下手に放り出せばこっちが国一の犯罪者。馬鹿王子の笑い声と麗しい王女の涙声で、夜も眠れなくなるだろうさ。そっちの動きは?」

「王子様は今日も元気に暴れてる。召使いには気の毒だが、暫く癇癪の的探しで忙しいだろうなあ」

「城に籠れば的にも困らないだろう。とっとと国王の用意した檻に帰ればいいものを」

「国に仇なす奴が出るのは、表沙汰じゃ数十年振りだ。王族としての血筋を思えば、国王の外出禁止令は当然の処置だろ。俺達の密会も、言うなればその恩恵にあやかってる」

「流石は元副総統様だ!国王への腰の低さは一級品だねえ。あんだがあの問題の種を城に持って行ってくれれば、こんな場所でその面見なくて済むんだよ」


 刀の柄を握る、この動作が兵士になる前から有ったスクートンを治める鎮静剤だ。

 無駄だと周囲に散々言われながら、兵士になる為ひたすら棒っ切れを振っていた。その一念は十七の年に、身の丈近い岩をも切り裂いたのだ。

 父母は次の日、鍛冶師に頼んでいたと刀を贈ってくれた。

 とても一月やそこらで作れる出来ではなかった。とても家の貯蓄額に足りる物ではなかった。

 長く、深く、誇れる家族に頭を下げた。

 それ以来スクートンの動作は、家族への感謝と夢への原点を想起している。


 表情に微塵の乱れも見せないスクートンは、場の流れすら笑い掴む。


「ではその願いを叶えてやろう!」

「なんだって?」

「代価は、そうだな……俺への恭順、なんてどうだ?」

「……意味分かってんのか、あんた」


 本題とは別の流れになり、メルルンは勿論周りの男達は動揺を隠せなかった。


「テメエ!!調子に乗ってんじゃねえぞ!?」

「オレたちを舐めてんのか!?」

「雑魚は黙ってろよ、お前らの頭と大事なお話し中だ」

「この野郎……!!」

「黙ってろテメエら!」

「けど、タァギンさん!」


 右腕の男はタァギンというらしい。落ち着いている、肉体の隆々さと合わせれば是非軍に欲しい逸材だ。やはり〝暗がり〟の戦力には期待が持てた。

 恐らくスクートンが把握していない数の貴族から、同じ打診が何十と有っただろう。それでも口にしたのは、時期と提案者を加味した自己判断によるものだ。

 彼女は馬鹿ではない。この赤き美しい頭領こそ、〝暗がり〟最大の掘り出し者である。



「取引だ、アカオニの頭領。俺の手を取り力を差し出せ。そうすればお前に、九議会の席を用意すると約束しよう」


「なっ!?」

「きゅ、九議会っ!!?」


 九議会。世界を作った九神にあやかって名付けられた、ヴァストラージの国権最高会議だ。

 国王を議長に据える会議は、国の政権に干渉する権力と発言力を持つ者のみが出席を許される。一貴族程度では見学すら出来ない、正しく国の歴史を決定する舞台。


 その席に座るという事は、国を動かす権利を得た、という事実に他ならない。


 到底信じられる話ではないだろう。しかし縋る価値と、喉を鳴らす理由がメルルンにはある。

 机を叩いていた指は、曲げられ拳になった。


「…………信用出来ない」

「第三王子を連れて帰ろう。そしてまた連れて帰って来る」

「はあ!?」


 美女の肝を抜くのは気分が良い。このまま押し込む。


「軍が〝暗がり〟を包囲する事も無ければ、指名手配犯が増える事も無いだろう。返事はそれを確かめてからでいいぞ?」

「話しにこちらの旨味が多いよ、いくら王子が馬鹿でも同種しかいない訳じゃないだろう?」

「問題ない、俺がしくじらなければ良いだけだ。それさえやり切れば、信頼出来る貴重な部下が増えるんだ。やる気も上がる」

「信頼!何処から出て来るんだいそれは!?根拠は!?」

「君はアキとの約束を守った」








「―――あんたは逃げる手助けが欲しい、情報はその代金と?」

「はい。あ、お土産お菓子なんで早めに食べて下さい」

「そんなことは聞いちゃいないよ!代金を全額前払いなんて……そんな馬鹿やる奴との口約束を、私が守ると思ってるのか?」


 玄関先で話すには大掛かりな作戦を立て、アキは〝暗がり〟の元締めと交渉していた。

 スクートンは護衛兼共犯者だ。作戦への参加を表明してはいないが、無視はあり得ないと断じられていた。

 混沌の訪れは近く、役者に拒否権など無い。

 なら自らの意志で立とう。


「メルルン、あなたは約束を守る。その行為の尊さを知っている人だから、あなたを慕う人は多いでしょう?」

「知った口を利く……」

「ここに来るまでに会った、〝暗がり〟の人達を見れば分かる」


 二人の女の視線間で遣り取りされる、疑心と伝心。色付く気配は無くとも、繰り返し擦れば熱が灯る。

 赤い髪はかき乱され、黒髪は風に泳いだ。


「……こっちは提供された情報以上に動く気は無い、いいね?」

「頭目!?」

「では簡単に作戦を考えますか。中にお邪魔しても?」

「招かれて入らなかったのはそっちだろうに、とっとと来な」







 本当に簡単な作戦だった。互いがその行動を守らなければ、一気に瓦解するような単純な決め事。

 死刑囚を抱えたアキは、あえて逃げる方向が推察されるように走る。途中で見失っても〝暗がり〟に行くだろうと誰もが思うように。

 完全に追跡を振り切った二人を、秘密の抜け道から外門付近へ安全に送る。後は野となれ山となれ。

 〝暗がり〟に潜伏したと思い込んだ軍は、その影響力を考え上司に判断を仰ぐ。もし処刑責任者の第一王子が話をつけに来れば、〝アカオニ団〟は壊滅の憂き目に会う可能性が有った。

 それは無い、とアキの情報を信じれば言い切れる。


 〝暗がり〟の孤児院には王女が第一王子から隠している、第三王子(ウィルトゥス)が居るのだから。


 死刑囚と誘拐犯の捜索交渉には、民への思いやり溢れる王女様が出てくると、高い確率で予測できた。

 アキは政治に詳しくないが、第一王子が〝暗がり〟に近付けない様にする王女とのやり取りに僅かな違和感を抱き、豪狼(こちら)に向ける意識が薄れる事を期待する思いが、多少は有ったと思う。

 それを確認する間もなく、首都から全力で遠ざかったのだが。

 捜索権をもぎ取りに来るのが家族大事な王女だけなら、暗躍・交渉日常茶飯事のメルルンが口で劣る事はありえない。孤児院の王子など知らないという態度で、国民の生命と人権を盾に強気な態度を取る。

 噂になるだけあって国民を想う気持ちは濃いらしい。長引いた結果、下手人は兵士の展開範囲から見事離脱。包囲網を突き破られた報告を聞き、交渉は逃げるように去る王女を見送る形で終了した。


「利益が出るなら乗るよ、相手が王族だろうがね」

「その損得勘定を信じてるんだよ」

「……どいつもこいつも……」


 抜け道の案内も交渉の誘導も、メルルンは自身の勘定で前払い分の仕事をしっかり全うした。

 実績は取引に於いて重要な判断材料だ。根拠には足りないと戦友は怒鳴るだろうが、この程度の事に命を張れないなら、()()()()()()()()()()()()()()()()


「……タァギン、今度は止めないのかい?」

「自分は頭目に従うだけです。それに我々の野望は、機会を惜しんではいられない筈です」

「はっ!やる気ある部下で助かるよ、良し。あんたの策を聞かせな!内容次第だが力を貸してやる!」


 恭順には抵抗が有るのか、当然だがそれは対等な取引になるのだろうか。


「構わないが、そちらの戦力も聞いておきたい。こちらが飛び込む危険に見合うか知っておかないと、肝心な時に腰が引けてしまう」

「いいだろう、精々耳の穴広げてよく聞きな!」


 賭けに勝っても、スクートンの胸の不安が晴れることは無かった。疑心は決心を揺るがす、心中の霧は重く体を鈍らせる。勝ち戦しかしようとしなかったスクートンの性分が、この策の無謀を心身に分からせようとしていた。

 しかし迷いだけはしない。

 決してこの選択を後悔しない。


 たった三人で一国から逃げる彼女達の未来に比べれば、スクートンの勝利は現実的なのだから。




閲覧有難う御座いました。

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