第四十四話
投稿します。
書いてて楽しかった。
「――――――ぁぁぁ―――!!」
夜が明けてなお、獣の叫び声は続いた。
体の線を隠す為か、ぶかぶかだった黒ローブを脱いだアキ。変な仮面も取って、今は布団を深くかぶり横たわっている。矢背が明け方近くまで寝ていたので、徹夜で見張っていたのだ。焚火に枯れ木を足し、暖を絶やさない。
朝焼けの冷気に身を震わせ、自分の足を抱き寄せる。
後悔が、湧いてきた。
奇跡のような偶然で手に入れた安寧を、感謝一つ示さない男の為に投げだした。好きでもない元仲間。仲間と思っていたかも、当時の自分か疑わしい。
不運な事情に憐憫が無い訳ではなかった。それでも今後背後を気にして生きなければならない現実は、矢背の弱い部分を泡立てる。
豪狼を捕まえようとする者は、多数だ。
豪狼を守ろうとする者は、少数だ。
数が少ない事に不安を覚えるのは、現代民主国家の出身者として当然の思考だろう。
なら何故、此処にいるのか。
旅が楽しかったのだ。
少ない取柄を活かしつつ、安全に危険を謳歌出来る。夢にも画面の向こうでも見た、非現実に触れる興奮は矢背の恐怖を逸らした。
街灯に吸い込まれる虫のように、考え無しに冒険の匂いに釣られ巻き込まれてしまったのだ。
自分が居なくても回る研究所から、着の身着のまま逃げ出して。
あの時の高揚をもう一度。
あの未知の輝きをもう一度。
「―――があああぁぁぁーーー―――!」
思い出す事を遮る叫びが、岩に吸収されず穴から漏れる。
プツン。
頭の中で張り詰めていた糸が、唐突に切れた。
切っ掛けも理由もある。問題はこの衝動を止める気が無く、止められる者も今は居ない事だ。
まだ夜が深い時に入った岩の洞窟は、日が差すと大きく印象を変える。矢背の心持の違いもあるのか、一筋の恐怖も無かった。
鼓膜に跳ね返る叫びも、髪を揺らす怒りも。
杖をこれ程強く握った経験は無い。体の動くままに魔力が渦を巻き、獣へと集中した。
床や壁に散った血液の量は、数人殺めても足りないだろう。付着し凝血し、また飛び散る。
死に体の凄惨さと相まって、獣は野生の欲望を剥き出しに暴れていた。
それを恐ろしいと思える理性が、矢背の怒りを止められなかった。
「いい加減にしろよ、このクソ野郎!!!」
洞窟内が一晩振りの静けさを滲ませる。慣れ切った轟音が消失した違和感に、耳がむず痒く鳴っていた。
豪狼は止まり叫ばないが、こちらを見さえしない。杖で豪狼を指せば、魔力が行先に喜々と備える。
「いつまでも、グチグチと……お前の失態が招いた結果、だろうが!!馬鹿が変に考える、から!!こっちもいい迷惑だ!!」
「…………せ」
「どうせ……勘違いしたんだろう!?自分にしかでき、出来ないって!!そんな事柄、異世界にも存在しない!!」
「……う、せ……」
「矛盾も、根拠も……何も考えようと、しなかった!そんな馬鹿に誰かが頼ってくれると……本気で、思ったのか!!?」
「うる、せえええええええええーーー!!!」
「怒鳴れば解決するのは、赤ん坊の時までだ!!この、大馬鹿野郎!!!」
人生初の怒鳴り声は、喉を容赦なく削っていく。豪狼はよく体質があるとはいえ続けられると、頭の片隅で感心した。
獣と化している豪狼が、態勢を低く突っ込んでくる。予想していた。
「〈〝爆炎蜂〟!!〉」
術者の周囲に表れた複数の爆球。それが何か、普段の豪狼なら分かっただろう。
血走って赤い瞳には、己の邪魔をする矢背の姿しか見えていなかった。爆球が二つ、豪狼に迫る。避ける素振りすら無かった。
ボッ、ボカン!!
「ぐがっ!!?」
右肩と左腹に直撃し爆発を受けた獣は、転がって壁に当たった。千切れる寸前だった衣服は弾け飛び、上半身はほぼ隠されていない。黒く焼けた皮膚が痛々しく煙を上げ、獣の唸りはより高まった。
怯まない。一切理性が戻る気配も、頭が冷める様子も無い。
「がああああああ、あああああああああ!!!?」
詠唱省略の無詠唱による威力低下、魔力調整した手加減でも人を重傷にさせられる魔法だ。それでも止まらない、何度爆破を正面から受けても立ち上がる。
〝漫画体質〟による回復速度は、旅の時より少なく見積もっても三倍速い。その力は本人の魔力操作どうこうより、精神状態が大きく影響するようだ。
一進一退が幾度と続き、優勢は確実に傾いてきた。
恐ろしい体力と根性、治るとはいえ爆弾に何度も突っ込む精神が正常とはとても言えないが。この戦闘力がもっと効率良く、もっと正しく使えたらと。
捨てたはずの研究者思考が、隙を生んだ。
「ああああああ!!!」
「あ―――!?」
左腕を盾に爆発をやり過ごし、豪狼は範囲内へ矢背を収めた。爪で引っ掻こうとする腕を後ろに倒れて躱し、遅れて襲った恐怖が矢背の足から力を奪う。
殺される―――!
固まった体は瞼すら閉じず、襲う凶爪を凝視した。
ドバッ、シャアアア――――――。
川が降ってきたように錯覚した水、矢背達を思いっきり叩いて流れた。その勢いは爆風よりも豪狼を転がし、矢背の意識を一瞬飛ばす程。
暗転し、滲んだ視界が戻って来た。その展開の唐突さに口が開いたまま閉じない。
被害者が男二人なら、加害者は当然一人に絞られる。
「―――頭は冷えたか、馬鹿ども」
場の支配権を一手で奪取したアキは、大きな布の水滴を振って払う。布に水を溜めて袋状に持ち、砲丸投げの要領で矢背達に投じたのだ。
無抵抗で受けた痛みの理不尽さに、豪狼の狂暴が苛烈になるか心配したが、当人は大の字で倒れたままだった。気絶してはいない。判別手段を持つアキが、豪狼の動きを伺っているからだ。
「………………悪いかよ……バカで……」
壁に反射する力の無い呟きは、二人の鼓膜に届いて溶けた。
「ガキに座り込んで頼まれて、動いたらバカだったのか……?オレしかいないって思うのがバカなのか?……やり方を間違えたらバカなのか?……違うだろ……」
傷は消えても疲れが広がる体で、休んでも消えない傷を握って叫ぶ心で。
感情のままに声を上げる。
耐えられないと、痛みは人を根本から揺さぶってしまう劇薬だ。声から滲み出る苦しみが、聞く者の心に届けと響いた。
「なんでオレは!!…………こんなに弱い!!!?」
国への怒りではない、その叫びは己の不甲斐無さへの怒り。
現実の痛みではない、それは後悔に負けた弱さが招く痛み。
「バカだからこうなった!?違うだろ!!オレが!もっと強ければ……あんなヘマ帳消しになったんだ!!ヘマにもならねえ!異世界なんだ、オレがやりたい事やって何が悪い!!?」
まるで子供の反省だ。力が足りないから負けた、それだけが今回の原因ではないのに。
行動した事そのものではない、自分の弱さだけが原因だと。
腸がまた煮えた。
「馬鹿か!!?この、馬鹿!!」
「うるせえよ根暗!!」
「強いだけで全部、解決するとか考えてる奴を……馬鹿だから馬鹿って言ったんだ!!!」
「黙れ腰抜け!!!どうせテメエは惚れた女のケツ追って来ただけだろうが!!こんな無表情で偉そうな女の何が良いか、知ったこっちゃねえけどなあ!!」
「なっ……!?謝れよ!!俺への悪口は兎も角、アキの悪口を言う権利は、お前には一生無い!!」
「はっ!助けてほしいなんて誰も頼んでねえよ!!!恩着せてんじゃねえこの色ボケの腑抜け野郎!!」
「なら死ねよ!!俺達の助けがなきゃ死んでたんだ!弱いと嘆く前に、自分で死ね!!」
「何でテメエの言う事なんざ聞かなきゃなんねえんだ!!死んでほしけりゃテメエがやれや!?返り討ちするがなあああ!!!」
「―――はぁ」
憂鬱なため息。主の顔を見るのに首を回すと、額が割れそうな衝撃にひっくり返った。
「んだぁ!!?」
「ほごぉ!!?」
隣に同じ被害を被った同士が倒れていると、痛みが遠のくまで気付かなかった。デコピンの構えを解いたアキは、目線を合わせてしゃがむ。
「怒るなとは言わないけど、いつまでも怒っててどうすんの?その怒りを向ける先と方策を考えないと、一生怒って過ごす気?爆発させるのはそれまで待ちなさい。辛くても、それがあんたの言う弱さのせいだと受け入れて」
「俺の何が分かる!!?」
「分からないと一緒に居れないなら首都に戻れば?今度は誰も来てくれないけど、それでも行く馬鹿なら助ける価値も無かったと思うだけ」
「ぐ、うううううう!」
求めていなくとも助けられた自覚は有るらしい。アキの忠告は聞き入れた、大分無理矢理だが。
「矢背」
「は、はい!」
「私は感謝を求めてないし、貰っても今回の苦労に釣り合わない。だから要らない。それより寝てる人放置して焚火もほっておくのは普通に危ないから、二度としないで」
「すみ……ごめんな、さい……」
歯を削るほど噛み締めて表情を歪める豪狼、茹でた青菜のように縮こまり矢背は背を丸めるしかなかった。
立ち上がり、寝起きなのだろう。背伸びして関節が鳴った。アキは畳まれた布を拾い、光の方向へ歩き出す。
無意識にその眩しい背中を、豪狼と追いかけた。
「私も悪い所はある」
「当たり前だわ、お前の交渉のせいで商人から金が貰えなかった!」
「アレは!素材の適正価格が、分からないから。時間を置いて、貰いに行けば……その方が得だろ!五日後に取りに行けなか、た。豪狼が悪い!」
「うるせえ!一日一日必死だったんじゃ!!日数なんて数えてられっか!」
「首都に着いて直ぐ別れ過ぎた。少しは生活の目処が立ってから、にするべきだった。あんたらが馬鹿だって知ってたはずなのに」
「誰が馬鹿だ!!?」
「一緒にされた!?」
「どういう意味だコラアアア!!?」
「ぐえ!」
「それ以上喧嘩するなら朝ご飯抜き」
掴まれた胸倉は、先導者の一言で瞬時に解放。臀部から落ちて、喉と二重で痛い。
今更ながら暴走した反動に腰が動かない、杖を突いてなんとか立とうと踏ん張る。己を支える力なんて無い矢背は、前のめりに崩れると目を瞑った。
「何やってんだバカ」
後ろ襟を掴まれ気道は締まったが、獣だった男の手に支えられていた。爆発させた跡は完全に消えていて、矢背とは異なる引き締まった体が目前に映る。
自分とは済む世界が違うと断言した人種。そんな男と本気に近い喧嘩をしたのだ、数か月前には考えもしなかった暴挙。恐れの対象だった豪狼慈善という不良は、奇しくも今はたった二人の仲間の一人だ。
怒りは霧散し、薄くも確かな信頼感が芽生える。
まだ燃えていた焚火を弄るアキと豪狼が、投げ出された矢背を挟む。
「オレはムカつく奴らぶっ飛ばしたいけど、その為には力が要る!お前らの力もだ!」
「何言ってんの、私はあんたの我が儘に付き合う気無いから。取り敢えずしばらくはサバイバルだから」
「あんたじゃねえ!ロウジだ!」
「あの、お……俺は、九尾で……」
「文字数多い」
「も、文字数……!?」
「無視すんな!!つーかよ!それじゃ何で助けたんだ、オレを!?」
魔法鞄から食材を取り出し焚火へ寄せながら、アキは口を山なりにした。
不満だと、聞き飽きたと示す表情は、彼女が異世界で初めて他人に見せる顔かもしれない。
少女の如き感情の表明を、彼女は言葉で題した。
「私を知ってる人が居なくなると……多分、寂しいから……私が……今そう思った」
少なからず全員が心を曝け出した出来事は、三人の旅路を飾る大事な一欠けらとなった。
それは神の祝福に似て、矢背の心に永遠に残る。
冒険が始まった。
閲覧有難う御座いました。




