第四十三話
投稿します。
快適だった。
起床時間に緊張して睡眠の質が下がる事も無ければ、毎日の食事の為に汗水垂らす必要も無い。この空間において己を責める者も傷付ける者も居ない、天国のような場所。
頼めば暇つぶしの道具も運ばれる、今この世界の王は
「スクートン!!!」
「うおおお!!!?」
半睡眠状態だったスクートンは、横たわっていた寝台傍まで自国を侵され悲鳴を上げた。野太い声を出しながら転がり落ち、侵略者に抗議をまくし立てる。
「この……!うるっさいぞダラン!!人の部屋に勝手に入り込んで、デカい声出すな!」
「出したくもなる!罰を受けている自覚も無ければ呑気にくつろいで……少しは反省の色を示さんか!!馬鹿者め!」
「示してるから妙な動き一つ取ってないだろ!それとも見張り斬り倒して兵舎に潜り込んでた方が良かったか!?」
「ああ良かった!脱獄者撃退非常訓練になっただろう!仕事の合間にいびきをかく貴様の顔を見なければいけない、私の心労を図れこの大馬鹿者!!」
見張りの兵士とダランの付き人が、ため息交じりに互いの苦労を語っている。内容には異議を申したかった。
スクートンがこの狭い一室で大人しい理由を知っているなら、感謝こそされても苦情は有り得ないはずだ。惰眠の十や二十許されてしかるべきである。
壁上決戦。観客と成った兵士たちが命名した一戦は、太陽の加護を一時間浴び続けるまで続いた。震える足を抑えて剣を振る姿を誰も笑わなかったのは、中心に立つ騎士の求心力に他ならないだろう。
一滴の気力すら残さない最後の攻撃は、防御を考えていない男二人の急所に直撃した。指一本動かないままぼんやりと空を眺めていれば、周囲の慌てように笑いも起きない。
包帯だらけの状態で聞いた話しだが、兵士が気を利かせて医者を呼んでなければ、お迎えが来ていても不思議ではなかったそうだ。
妙に可笑しくて大笑いすると、必要な魔法薬の本数が増えた。肋骨が内臓に刺さったとか。
魔法薬は効果の高い物程、使用者の体に薬害を与える。医師監視の下、用法・用量を守らなければ別の死因でこの世を去ってしまう。若い内は多少本数が増えても問題ないが、しっかり注意された。
「俺はまだ若い……!」
「死にかけてるんですから喋らない!!」
包帯が半分以下になって補助無し歩行が可能になると、今の部屋に案内された。
そこは見覚えのある一般兵士の宿舎、その奥の特別室だ。噂では執務に疲れた昔々の国王が、逃げる為に用意した部屋だとか。この兵舎を利用するのは、主に平民の兵士。貴族や理解ある上司以外に漏らすべからず、とは法律に準ずる暗黙の了解なのだ。
案内する兵士が手足を揃えて歩くぐらい緊張したのは、スクートンと見張りのダスィラノ・ダスカン総統の存在が大きい。上官命令は絶対だが、名門出の総統を案内しても良いものかと思っているのだろう。
心配は不要である。一兵士だった頃、スクートンに引かれて入った事があった。
あまりの懐かしさにダランも気が緩んだのか、頭を下げて部屋への自主軟禁を本人に頼んだ。ただの一般市民相手に何をしているのだろう。
スクートンは頭を上げろと、肩を叩いて言った。
「酒は一日十本頼むわ。お前の家から持って来い!」
殴られたが、大笑いして去って行った。ご機嫌を取れたし、多分五本まではいける。
そうして七日が経過した。流石にご機嫌取り効果も切れたらしい。床に座らせようとする暴君を躱し、寝台に腰掛けた。横になると剣が降りそうなので我慢する。
部屋に一つしかない簡素な椅子に座り、ダランは本題を切り出した。
「お前の後釜に、あの腰布が選ばれた」
「うげえ」
酷い反応だと諫める者は居ない。見張りと付き人は扉の前に居るが、聞こえていても問題無い人選だ。スクートンの覚えに無い兵士だが、ダランの人を見る目を疑ってはいない。
「腰布って……そのあだ名もアレだが、お上の考えも明け透けだな」
「命名者はお前だ。馬鹿王子が投げた剣を拭いた布の色と、その時身に着けていた腰巻が同じ色だったからと言っていただろう。王子の傘下なのは言うまでもないが、あそこは家が代々軍師の家系だ」
「あの男が作戦に口を挟んだ日には、国は炎上崩壊待った無しだろうな」
「その一番最初の犠牲が軍か?冗談ではない。しかし王子の動きが分からない以上、切ってしまうのも早計だ」
軍師とは軍が力の集団なら、それと対を成す頭脳集団である。軍略・戦略・諜報・策謀、数は少ないが政治にも影響を与える国家の参謀だ。平民とは次元の違う知識と知恵を保有しなければ、在籍不可能な知略の党。
軍とは違い紙一枚が実力の証明手段。故に偽証と賄賂の巣窟だ。
頭脳の価値を見定める人間が買収されれば、公平な試練など在って無いようなもの。あっという間に苦労せず地位を得られる。
平民にも門は開かれているが、金と欲望の渦に飲まれて無事に済む者はいない。
しかし知識と知恵を一欠けらも持ち合わせない愚鈍が入れるほど、敷居は低すぎはしないのだ。情報源として多少の期待が持てる。しかし。
「いざとなれば拷問でもするのか?あの処刑台に投げた餓鬼にやったみたいに」
「っ!?」
首都からの脱出を見逃して未だ捕獲の報告は無い、少なくとも三人以上の犯罪者集団。その立役者〝ジョクラトル〟の冒険者―アキから聞いた内容は、既に軍総統の耳に入っていた。
ダランは国王の御前で取り押さえてから、豪狼の首に拘束が無い時を知らない。
首輪の魔法効果はよく知っている。王族の秘密や国にまつわる情報の漏洩を防ぐ為の物で、豪狼の持つ情報が何かを知る事は出来なかった。
騎士としての役目に何一つ外れていない行為だったとしても、それが豪狼脱走を妨害する為に行った暴力の、免罪符にはならない。
忘れてはいけない感情を握り拳に込め、思考を下げてしまう余分な激情は深く吐いて捨てた。
気持ちの切り替えは正解で無くとも必須技能だ。特に背中に多くの部下や民を背負った、軍総統殿ともなれば。
「…………手段を講じるには情報が不足している、そこで思い出した。私は職務に忙しいが、暇な奴が此処に居ると」
知っていたし気付いていたが、顔をしかめる仕草を忘れない。ダランの笑い顔は、初めて会った時から変わらなかった。
「ちょっと暗躍してこい、勝手知ったる我が家だろう?」
「我が家を暗躍って下衆じゃないか?国王様を父上と呼べばいいか?」
「くっくっくっ……」
「……ぶふっ!」
「「ばあっはははははははははははははははっ!!」」
文句を言いたくなる。
馬鹿王子の我が儘を押し付けられ過去最大の不運を被ったと思えば、たった一つの決断で望みを叶えられる所に戻って来れた。
こんな運命が在っていいのだろうか。
女神フィリゥディ、どうか運命を変えないでくれ。
今最高の戦友と笑っているんだ。
拳を合わせる事ですら、人生の特別になる。
俺達は正しく人々を守れる、そんな軍にしてみせる。
誓い笑い合う俺達に、敵は無い。
精悍な顔付の騎士が兵舎を出て行く。脱出する時間までまた惰眠を貪ろうと、スクートンは寝台に体を戻した。
視線を感じ扉を見ると、戦友の付き人が立っている。
「どうした、あいつが何か伝え忘れたか?」
「いいえ!……スクートン様に、お聞きしたい事がありまして」
「様はいらんよ。んで、何だ?ダランの弱点なら教えないぞ、俺の立場を向上させる大事な切り札だからな!」
「違います!……そのア、いえ、逃亡者達とスクートン、殿は。旧知の仲だったのでしょうか?」
質問の真意が掴めない。付き人はスクートンが今回の強行に至った、経緯を知りたいのだろうか。
確かに、普通一国の判断に身一つで逆らおうなんて輩の手を貸す奴は狂っているか、相応の理由を持った者だけだろう。
気付けば身を起こし、正面から問う者と向き合った。
「変な奴さ。助ける理由が無いか確かめたいなんて、理由を持ってる奴の言葉だと思わないか?」
「はぁ……?」
「理由の無い行動何て無いのさ、俺が馬鹿王子の尻拭いたのだってそうさ。あの時は馬鹿の行動に巻き込まれて部下を死なせたくなかったからだが、こないだのはそいつから戦友の間抜け具合を聞いたからだ」
「ま、間抜け?ですか?」
アキと名乗る少女は、己の数少ないと自嘲する魔法を駆使して詳細を語ってくれた。
険しい顔で鉄格子を挟み、豪狼を睨むダラン。職務として見ている犯罪者から一切目を離さないように、それ以外の何もかもを見ないでいいように。
兵舎を出た今の顔と比べれば、誰が見ても気付けただろう。
「俺は腐った国に魂売るか悩んでる奴の横っ面を、力一杯殴りたかったからあそこに行ったんだ」
「腐った……国……」
「あいつを殺すのが馬鹿王子だろうが優秀な姫様だろうが賢王だろうが、死んでほしくないなら何してでも行かなきゃなあ。幸運にも、同じ事する奴の後ろに付いて行ってたら叶っちまった!」
「同じ事……それが犯罪に加担する行為であっても、でしょうか……」
頭が答えを欲して止まないという表情で、付き人の苦しみが滲んで映る。
悩み尽きない年頃なのだろう。兜を被っていても、それ位は分かった。昔の自分を重ねる。
兵士採用試験に組手が在った。武器有で、相手は受験者から試験官が選ぶ。貴族の試験官だとここで貴族受験者の剣技発表会を作り、実家からの感謝の品を貰ったりするらしい。
犠牲となる平民出身者は分かっていて受け入れる。貴族出身者とは兵士になると決めた時から、上手くやらなければいけないと覚悟していた。例え負けても、必ず落ちる訳ではない。
未来の副総統は、未来の総統の生贄に選ばれた。
実力を示しながら上手く負ける方法を思案していると、有名軍家のお坊ちゃまが組手位置に着く。年齢にしては立派な体躯で、感心したが同時に悔しくなった。
実家を貧乏と思った事は無い。家の事を手伝えば母が褒め、仕事帰りの父は偶にお土産を持って帰ってきてくれた。
心が貧しい者を貧困者と言うんだと、昔兵士だった祖父に教えられる。日頃の生活水準が外見上の優劣を作っていても、それが貧乏だと言われる根拠にはならないはずだ。
だからお坊ちゃまの目に、心底腹が立った。まるで道端の雑草でも見たような目で、構えすらしない。
苛立ちのまま、子供のように突っ込んだ。
剣が折れると、素手の殴り合いに発展した。
先輩兵士が組手の勝ち負けを賭け始める、きっかけとなった事件である。
通りすがりに見物していた現軍団長がいたく気に入ってくれたので、入隊試験は命拾いした。
何とか兵士となった二人は、その騒ぎを知らぬ者は居ない軍内で、よく組まされるようになる。結局部下を預かるまで、離される事は無かった。
同じ経験をして、同じ思いを抱いた。
魔物という明白な敵とは異なる、闇の元凶。剣では斬れない権力者。
試験の時の辛気臭い表情は、貴族という立場だからこそ知っていた、その汚泥への嫌悪。
平民と貴族は誓った。
背後を刺される心配なく、弱き民を助けられる軍にしようと。
誰もが心穏やかに暮らせる国を、そこに住む人達を守れる軍にしようと。
あの頃を思い出すと、己の青臭さに酒が欲しくなった。
どれだけ辛い酒をあおっても、消化される夢ではない。きっとダランも同じ表情で酒を飲むだろう。
「まあ、ダランに付いて行けば大丈夫だ!あいつは兵士も騎士も軍師も束ねて、この国の正しい盾を作ってくれるさ」
「……そうですね。私の信じた道が、必ずしも全ての人の助けとはならないでしょう」
「別にお前さんの信条を否定はしないぞ?」
「有難う御座います。私は己の信条も、彼女の……アキ殿の信条も、見つめ直したいと感じているのです」
久し振りに聞いた名が、思いもよらない所から発せられた。
目を丸くして、見えない付き人の顔を凝視する。
「お前……名前は?」
「失礼しました」
兜から解放された頭部は、この世の最高に数えられるだろう美を持っていた。
「ユーストス・ミュゼルバルギィ。五ヶ月前姫様より騎士の称号を賜りました、新米騎士です。以後宜しくお願いします!」
国はまだ、嵐にすら至っていない。
閲覧有難う御座いました。




