第四十一話
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―――――――――爆ぜろ―――。
時間帯は早朝。それにしては物騒でけたたましい目覚ましだ。城まで届いただろう爆音は、風圧となって空紀達を襲う。
風圧しか、襲ってこなかったのだ。
耳鳴りを無視して、『風』に鼓膜を預けた。首都外壁の頂点で疑似太陽が消えた、魔法士達の動揺が聞こえる。どうやら彼らの失敗ではないらしい。
指が遠くまで伸びる。ナニカの誘いに乗って触れたソレは、先程とは別の笑いを誘った。
「ははっ!」
変な者を見る目で空紀を見る。爆風で後転した豪狼は、汚れを払う事もせず事態を飲み込もうと努力していた。
何が起きたか話す時間は無い、騎士の接近音まで聞こえてしまっている。
「ぐえ!?」
潰れた蛙の声が後ろから聞こえるが、外壁へ走り出す空紀に違う声が上がった。
「ちょっ!?何やってんだあああ!!?」
体を隠す目的の外套内側、ベルトに仕舞ってある別の武器を取り出す。大剣は腰に収めていて、片手は相変わらず豪狼専用だ。
柄尻に繋がったソレをなぞり、外壁中央辺りを目掛け投擲した。
首都を保護する外壁は建設自体はかなり古いが、強度は現在確認されている最硬鉱石と遜色ない。一部の建設会社と鍛冶師、当時首都防衛に関わった一部の貴族しか知らない技術が使われているそうだ。
ただ硬いだけではなく、あらゆる手段への対応の容易さや改造が可能。一定間隔で作らている柱は、外壁頂点部へ登る唯一の方法だ。
身体強化魔法が存在しなくとも、多くの者が外壁を超えようとした過去がある。その手段は魔法であったり数であったり。しかし必ずそれらに対抗する方法が在るように、壁を作ったという。
その一つに壁の取っ掛かりが在る。壁は真っ平な面ばかりでは強度に不安が出るので、途中に支えが必要だ。その支えが壁を越えようと目論む者の、足掛かりになると考えられた。
後に対策として爆弾を設置する事となった。
馬鹿らしいと考えられるかもしれないが、魔法大国では建設に一工夫入れるより、魔力で何でも解決しようとする思考が根強かったのだ。
紐でも縄でも引っ掛けられそうな所には、小型の魔法陣が描かれた。その性能は年を重ねるごとに、細かく複雑に改造されている。外壁に魔法士が駐在する理由の大元だ。
強固な壁には武器が刺さらない、取っ掛かりには魔法。これで地上からの接敵は、柱出入り口からのものに絞られたのだ。
そんな由緒ある歴史の硬度を嘲笑い、投げられたナイフは壁に深々と突き刺さった。
事情を知っていると、口を丸くした兵士・魔法士達に申し訳ない気持ちが湧いてくる、気がする。
ベルトに固定された鞘から伸びる、紐と繋がったナイフを引いて壁を駆け登った。元は人間の血を吸った鉈だったが、凄腕鍛冶師の改造才能により生まれ変わったのだ。
紐は予想以上に凄かったらしいヤンキーベアの毛髪を、弟子が徹夜で編んだ最高級品。作り直されたナイフは物凄い切れ味へと進化。手入れは相当気を付けなければならない、弟子の指は包帯だらけだった。
切れ味を上げた要因が染みついた犠牲者の怨念かと思う黒い刀身の背には、抜けづらい凹凸がある。〝重覚魔法〟との組み合わせで、これ程の荒業を成功させたのだ。
正直賭けだった。爆発する魔法陣を避けて走り、重力に負けるまでに抜いたナイフを再投擲。
「な……何をしている!!撃てーーー!!」
『風』介さずとも、魔法士達の声が届く距離となった。当然の迎撃号令。
偽太陽の規模ではないが、遮蔽物が何もない壁面での魔法攻撃はそれだけで危険だ。
「うおおおおおお!!!?」
「うるさい」
「おおおおおおおおお!!!」
手足を宙に振らせた移動は、豪狼でなくとも相当恐ろしい。加えて迫ろうとしている炎の群れは、見ているだけで怖いだろう。豪狼の心境を汲む優しさを持った奴はいないが、命を守ろうと思ってくれている者はどうやら二人もいるらしい。
炎が爆ぜた。
太陽が霧散した時と同じ妨害が、再度起きたのだ。ナイフを咥え、爆風で外壁から落ち掛けた魔法士の襟首を掴む。煙を突き破って大きく跳ねた。
足元の煙幕が魔法士達を翻弄し、昇る太陽に照らされた首都を見下ろした。重力を受け始めたので持っていた魔法士を放る。
着地点を見定めながら、首都の様子を再確認した。爆音で位置はバレているはず、兵士に外でまで日夜追われ続けるのは困る。
爆発の主と合流して、森に入り激走。追撃は今日中に振り払いたい。理想は今回の騒動の有耶無耶だが、王子主導の事件でそれは望み過ぎか。
最も危険な騎士の方は大丈夫そうだ。
数十秒後、とっておきと遭遇した。
神速の抜刀による、一撃決殺。
よく知っていたし、よく助けられていた。
高く投げられた時の打ち身を忘れ、騎士ダスィラノ・ダスカンは心の叫びを露わにする。
「何故だ!!?何故あいつらに手を貸す!?スクートン!!」
首都から遠ざかろうとする背に向けて、投げようとした大剣が弾かれる。剣の太さは倍近く違うが、一刀に籠った力の差だろうか。
神速の男は愛刀を構えたまま、ダスィラノと敵対する立ち位置を動かなかった。
「久し振りだな、ダラン。ちょっと鈍ったか?墜山剣の名が泣くぞ」
「答えろ!!共に国の為に戦った同士、分かち合った痛みも喜びも!あの犯罪者を超える程度ではないだろう!?」
ダスィラノをそう呼ぶのは、家族を除けばこの副総統だけだった。
軍に入隊した時から、長い時間を共に過ごした相棒だ。単騎最強と恐れられるまで自由に力を振るえたのは、スクートンの努力と助言の賜物である。
碌な噂しかない王子の護衛や雑務を担当し、スクートンがチェラに向かったのは五か月前。
衝撃の報告を受けたのは、一か月前。
竜と遭遇し撤退、その現場責任者としてスクートンは解雇された。
必死に責任を他者に押し付ける王子の姿を見れば、事の顛末は容易く読める。国王の御前で失礼だと頭では分かっているが、愕然とした。
生涯の戦友と慕った者が、守るべき相手から失態を被せられたのだ。
地盤が揺らぎ、眩暈がした。
信じるモノと者を天平に掛け、どちらかを永劫に失うかもしれない選択を前に、ダスィラノは前者を選んだ。
国の絶対の守護者で在り続ける為に、戦友を忘れようとした。
その葛藤を職務を全うする事で覆い、誤魔化す。戦友との思い出を夢に見る度、胸を抱えて跳び起きた。
ダスィラノの罪の姿が、目の前に居る。
スクートンは五か月前から変わらない立ち居振る舞いで、組手でもやる雰囲気を醸し出していた。ダスィラノの混沌とした内面の空気と混ざり、場は二人だけの世界となる。
「そんな事今重要か?お前は犯罪者を捕まえたい、俺は邪魔したい。やり合うには十分な理由だ」
「いいや不十分だ!あの男に俺の相棒の人生を投げる価値が有るのか!?お前の不遇を思えば、浅慮であると言わざる負えない!?」
「浅慮、ねぇ……」
棘が当たる。皮膚を傷つける形に変化した言葉は、自傷だらけのダスィラノの精神に傷を増やした。
「それはお前の方だろう」
「何を……!?」
刃が重なり、半端な問いが宙に消える。神速の剣を止められたのは、偏に付き合いの長さと相手の動きの甘さだ。
好きに暴れ敵を吹き飛ばすダスィラノは、手加減と相手の弱点を考えない。その後始末とばかりにスクートンの思慮深さと抜刀術は、痒い所によく届いた。
攻撃の息を合わせる目的でも、剣を合わせた回数は魔物を斬った数字に勝る。経験値となっている思い出が、何とかその連撃を防いでいた。
押され続けている甘さの原因は、ダスィラノの心境にある。
「その腑抜け面はどうした?どうせ俺への罪悪感や後悔で、悪夢でも見たんだろう?変な所で小心者だな!」
「だっ、たらなんだ!?」
「余計なお世話なんだよ!!」
鳩尾に蹴りがめり込む、一ヶ月前なら考えられない失態だ。体格の差も在り、壁から転がり落ちる事は無かった。
朝日を受けた切っ先がダスィラノに向けられる。
「何時俺がお前に助けを求めた!?何時俺がお前に責任を求めた!?俺がお前を支えてたのも助けてたのも、お前の為じゃない!俺の為だ!勝手に俺の理由も不幸も奪って、被害者面するな!!」
「な!?」
「まあ、それに俺が気付いたのは最近だけどな。世の中自分を中心にしか回らないんだって、あの子見て気付いたよ」
「お前は……許すというのか?あの王子が俺達の忠義を裏切り、踏み躙る様を見ただろう?それでも国の為に働く俺も……、お前は許せるのか?」
「勘違いするな。俺が許せないのは王子とお前の腑抜け具合だけだ。国そのものに復讐しようなんて、月光草の蜜程も考えちゃいないさ。今此処に立ってる理由は、お前の阿保面を殴れれば良いと思ってだ」
「……あの犯罪者の追撃を邪魔する意図は無い、と?」
「……出来たら止めてほしいが、まあ好きにしな。数百程度の兵士が草の根別けて探すだけじゃ、絶対に見つからないだろうし」
この場でスクートンを抑え捜索中の兵士を外に出しても、言葉通りなら無意味な行為だ。首都を空ける訳にもいかず、外に逃がしてしまった時点で割ける兵士の数は五百を切った。
なにより。
重みを伴ったスクートンの忠告を無視出来るほど、ダスィラノは馬鹿ではなかった。
腕を垂らし空を仰げば、久方振りの清涼感。霞んでいた未来が嘘のようだった。
「分かった、近辺に触れを出そう。手配ぐらいはしなくては、あの馬鹿王子がまた泣きべそをかく」
「おいおい。ヴァストラージ最強と名高い騎士様が、そんな投げやりでいいのか?仕事しろ」
「逃げた貴様に言われたくはない。だいたい一ヶ月も顔を出さず、何処をほっつき歩いていた?」
「話しに聞く冒険者を体験してた。好きな時に寝れるのは良いな、騎士なんて業務時間定まってないんだから、信じられないってもんだ」
元々出世願望の薄い男、培った実力がものを言う世界とは相性が良いのだろう。
成り行きを傍観していた兵士達を指揮し、形だけの追撃隊を編成させた。半日も追えば十分だと、数分前とは打って変わった不真面目な命令を下す。
軍に居た時より余程生き生きしている元相棒は、眩しそうに犯罪者が逃げただろう先を見た。
「戻る気は無いのか?」
「そうだなぁ……、俺から一本取れたら考えてやろう」
「続きをやるのか!?」
「お互い不完全に燃えて放置だったからな、観客の前でお前を負かすのも悪くない」
接触事故を考慮して足場が広い壁の頂点部。組手をする面積としては申し分ない、周囲を窺う。
壁の見回り当番や、手持ち無沙汰となった兵士達。奇襲に失敗して身の置き場を探す魔法士も、二人の行末を見守る姿勢になっていた。
お膳立てられた舞台。
軍に所属したての頃は、よく組手の結果を先輩兵士が賭けていた。出世してお互い忙しい身の上になり、会話の時間すら難しかったここ一・二年。剣を振るえる数少ない相手が、目の前で笑っている。
相棒が首になって早々に再戦が叶うとは、ダスィラノにとって嬉しい誤算だ。スクートンはさっきまでの加減した動きを捨て、構えを取った。
懐かしさに溺れて時間が短くならないように、音を立てて墜山剣を抜く。
「では俺が勝ったら軍に戻れ!一兵士からのし上がって……また来い!」
「俺が勝ったら……あー…………考えとくわ!」
多くの兵士が後に語った。
壁上決闘。その勝敗が、国の歴史を動かしたと。
疲れた。
首都を跳び出して、人間二人を持ったまま四時間。空紀の足が安全の核心を得て、やっと止められる。これ程に走力を振り絞ったのは初めてだ、この世界では。
崩れるように膝を着くと、両脇に抱えたソレも倒れ込んだ。気を遣う余裕が無かったので、抱えられ心地は最悪に近かっただろう。
左に倒れる豪狼は、酷かった服が砂に塗れて更に酷い。皮膚を削る手首の縄は既に切り落としているので、大の字状態で地面に転がっていた。
体力はまだ回復したとは言い難く、塞がりかけている傷の手当ても必要だろう。
心境は兎も角、暴れ出さないように暫く監視をしなくては。
右側で四つん這いに吐き気を我慢しているのは、あの爆音の生みの親―矢背である。
助けないと言っていた問題児その二が、絶妙の援護で助けに来た。嬉しくはあるが疑問の割合が多い、落ち着ける場所を探して話しを聞こう。
会話が圧倒的に不足している面子だ、最優先事項かもしれない。
流れ出る汗に溶けた魔力を、ナニカが細かく吸っている。才能のレベルが上昇したのか、精度の増している『風』が囁いた。
その内容に今度こそ、背中から倒れる。
「逃げ切ったぞ、ちくしょー」
拍手喝采は無い。
だが確かに、空紀は偉業を成したのだ。
書き溜め分投稿しました。これからは投稿の間隔がとても空いてしまうと思います。申し訳ありません。
出来るだけ頑張るので、気長に待っていただければ嬉しいです。
閲覧有難う御座いました。。




