第四十話
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一度見れば、何故気付かなかったのか分からない。存在感のある騎士だった。
「避けたか……罪人にしておくのは惜しい身のこなし」
年齢からも今が最盛期だろう。限界まで鍛えた筋肉と、その鍛錬の末培った精神。傷を知らない無二の鎧が、男の硬い肉体を更に強固に包む。
堅牢な城塞を連想させる、不敗の異名を持つ騎士が剣に残る布切れを払った。
「投降しろ。そうすれば、お前だけは助かる」
予定の場所まで後数分の距離で、まさかこの男に捕まるとは。空紀は考えもしなかった。処刑台で自分達を見逃した男の出現。
魔法の力を過信していた。どれだけ魔法が優秀でも、使い手がヘボでは宝の持ち腐れだ。事実、『風』は仕事を続けている。しかし保有魔力を敵脅威度の目安にした結果、この事態を招いた。
身を起こした豪狼の、息を呑む音がする。数日で見慣れ過ぎていたのだろう。
城装軍所属、ダスィラノ・ダスカン大隊長。単騎最強と名高い騎士だ。
その家名を店の名前にして大儲けしている商家がいれば、その知名度も推し量れた。
豪狼を捕らえ、処刑台に引きずった男である。
右耳の上を浅く切られた。仮面とフードの一部を削られ、髪が切れている。
流れる血の煩わしさに気をやってはいけない。問いに応じる気が無いのだ、一寸の緩みが命取りとなる。
「豪狼、ゆっくりでいいから壁まで行って」
「ふざけんな!俺も!」
「邪魔、足手まとい、お荷物、他に何て言われたい?」
「うっ!?」
砂を踏む、踏み込みの前準備を双方がとった。
「……そうか……残念だ」
左手の大剣が空気を退かす。
「―――行け!!」
全力を出せば、そう思っていた空紀はもういない。最初の一歩は速さもそうだが、重要なのはタイミング。自分の速さと相手の行動予測、回避が不可能なタイミングは誰にでもある。
背中に仕舞ったままの二本目を抜かれる前に、突破口を開く。
大剣を構えようとする初動で、跳び出した。構えが完成する手前には、こちらの攻撃が始まっている。確実な初撃を。
〈危険〉
集中させていた『風』が耳朶の傍を泳ぐ。咄嗟に身を回せば、そこを騎士の手が空ぶった。囁きが無ければ顔面を掴まれていただろう。
力が幾らか乗らないが、空紀の剣が届いた。駆動域を確保された鎧の隙間、脇を裂けば腕が死ぬ。
大剣が間に合わない事を計算してのコース、甲高い防御の音が路地に響いた。
「っ!?」
布に覆われているが、大物の剣が完全に防がれた。騎士も剣が間に合わないと読んだのだろう、それでも剣を捨てて腕で受けるとは思わなかった。
勢いは殺せず、体が剣と腕の接点を支柱に飛ばされる。突っ込んだ力と受け止めた力、後者が勝って空紀は意図せず騎士と離れた。
空中に居ながらも、騎士の動きを見逃さない。
滑らかな動き。重心を下げ体の正面を空紀に向けながら、落とした左手とは逆の手で地面を跳ねた剣を取った。
勢いは加速する。
「がああ!!」
ガンッ!!
ドゴオオオーーーン!!!
「アキ!!?」
鉄がぶつかった様な音の直後、豪狼の横に建っていた家が崩れた。戦闘を見てはいないが、騎士の強さは豪狼の心の底に染みついている。吹っ飛んだであろう空紀に寄ろうと、足が止まった。
「馬鹿!!止まるな行け!!」
「!?く、クソ!!」
最強の一発をくらったとは思えない罵声に、後押しされた背中が進む。
「見事な反応だ。剣の腹を蹴り、反撃を受け止めたか」
空紀は得物を空中で手放し、その腹を蹴って騎士の一撃とぶつけた。腕力でも勝てないなら、脚力で受け止めようとしたのだ。吹っ飛ばされはしたが、廃屋の壁である木材に体を打ち付けた痛み以外は無傷。
剣が無事なのも幸運だった。布で巻かれ鞘に入った状態が、本体を守ったのだろう。鍛冶師の腕が良い。
だが現状、不利なのは覆らない。
『風』が吹き荒れる。
予想より今の騒ぎは兵士に届いていない。時間が無い事は変わらないが、作れなければ豪狼が殺される。
もし此処での轟音が兵士達の耳に入り駆け付けるとしても、恐らく一分は来ない。
空紀は考え得る最高の状態を展開した。
「む?」
ナニカによる援護を期待して多目に魔力を注いだ『風』は、空紀の半径百メイトに留める。特に騎士の情報は密度と精度を上げた。
布を解いた大剣の鞘はそのままに。間違っても致命傷を与え、余罪が増えても困る。
鍛冶師とその弟子が二人で運ぶ重量を片手で振り、自重軽減の魔法制御を命綱にした。思い通りの動きを行えたら、〝重覚魔法〟は素晴らしい恩恵をくれる。
これが今の私の最大全力。
「―――仕留める―――!」
騎士が剣を持ち替える、ように動くと知った空紀は足元の木材を弾いた。
「ふん!」
一振りで木材を粉にし、剣の範囲に後二歩と迫る空紀に気付く。
迎撃を、そう考えた瞬間にはもう背後に回り込んだ。
振り返る、動作に入る直前に軸足を払った。
「っ!!?」
繕う余裕の無い動揺が、騎士の彫の在る面に表れた。動きを読まれている。その結論が出るまで、そう掛からなかっただろう。
相手の動きを、体が反応する刹那の信号を『風』が盗む。出だしを叩き、動作の悉くを殺した。
脳が揺れる。
― ― ―
見て見て!小学校のノート!
はん?ブハッ!何この中二病ノート!?ひっははは!!
お前も書いてんだろうが、この『宇宙創造』とか
ちぎゃ、違うし!?お前こそなんだよこれ、『戦闘装衣Ver二』って
挿絵付き、昔から絵上手かったよね?
うるせー!なんだよツーて、ワンどこ行った!?
同じノートが学年別で何冊か有った!
嫌な予感しかしない!?
― ― ―
変な記憶が出てきた。これは今の形態が正にそうだと、過去の自分に指摘されているのだろうか。
特に命名していなかったが仮としてその名前を付けておく、心の中で。
ガァイン!
先を読んでいたはずの攻撃が、完全に防がれた。
騎士の先を読み過ぎて、動きが単調になっていた。こう動けばこう動くと、相手にも伝えてしまっている。
ならば、更に未来を!
戦闘中に相手の行動を考えて動けるのは、冷静だからだ。落ち着いて状況を判断し、思考をフル回転させる。その思考を聞く。
溢れ出る感情の聞き方は既に知っている。長い思考の時間を取れない戦闘中ならなおの事、単純で強い感情が放たれる。更に筋肉の流動を読み解けば、最強の騎士が相手でも互角程度には持って行ける。
大剣の影に潜んで一撃を避けた。鼻腔に痛みが走り地面を転がれば、コンマ数秒前の空間に蹴りが通っていく。
後ろに大きく後退すれば、着地を狙って削れた地面の欠片が迫った。堕ちれば当たる。大剣を地面に突き刺し、静止してやり過ごした。
地面に足が着く頃には、騎士の上段が太陽光を遮っている。
太陽が顔を出していた。
「時間だ」
刺さった大剣を傾けて、柄尻と騎士の刃をわざと衝突させた。半分まで身を埋めた大剣を支えに、膝を着いていた空紀は目前の脛当てを掴む。
重力の軽減、全身鎧の騎士が浮いた。
「ぬお!?」
大柄な男だ、振り回される経験など早々無いだろう。深く刺さった大剣を中心に、大きく回った。
方向は反対、着地点に人は居ない。
「よいしょらああああああ!!!」
「ぬおおおおおおおおおーーーーーー!!!?」
巨体が空を飛ぶ様子は圧巻だ、おかげで腕が痺れた。行き掛けた意識を『風』に直し、走り出す。目視はしないが騎士の着地と行動を感じ、豪狼の位置と周辺の気配を察知した。
騎士は着地体制の制御に集中し、追撃はしない。遠距離に対応できる術は無いらしい、助かった。あの巨体であの重さ、どれだけ鍛えていても空紀より速いとは考えにくい。
この世界に身体機能を強化する魔法は無いのだ。
豪狼はやはり体力の衰えが著しい、後五歩強く地を踏めば追い付ける。首都内の兵士の数と動きは遅い。多少余裕を持って逃げても大丈夫そうである。
いざ首都を離れると思うと、寂しさが募る。自己責任ではあるが、豪狼に恨み言の十や百はぼやきたい。
女将さんと旦那さんにはアペンサーとクロデアにした説明を話した。旦那さんの弁当を貰い、玄関先で女将と従業員二人の見送りを受けたのが、既に懐かしい。
単騎最強の騎士の一撃にビクともしない大剣を作り上げたギィーガンは、弟子の言葉を無視して代金を受け取らなかった。素材分の料金を引いても、払わなければ申し訳ない出来だ。それでもギィーガンと諦めた弟子は、笑顔で会心の作品を二つ託し、空紀を送り出した。
預けたオークション用の品を光悦と眺めていた鑑定士も、客の職業に理解があるのだろう。冒険の成功を祈ってくれた。
無事を、ではない。成功を、だ。
冒険者の真理を知っている言葉だった。
思い返す程、他者の笑顔が空紀の脳裏を跳ねる。
本当に運が良かった。他人が記憶の無かった空紀に、自我という器を作ってくれる。
そんな大事なモノに出会った事を誇る、そうすれば豪狼救出の微かな後悔は消えていった。相性の良い悪いが在っても、空紀を形作る他人の一人なのだ。
記憶として容量を埋めていく笑顔を真似れば、こんなに心は晴れ渡る。
一国に追われている者とは思えない表情は、仮面に覆われ誰も分からない。
危篤患者が病院抜け出して歩いている速度と変わらない豪狼は、それでも壁に手をついて確実に進んでいた。行先を聞いていないのに、空紀が指した方角へ真っ直ぐに。
今走っている位置と、集合場所の距離を逆算。そこから首都を出る手間を考えると、三分もいらない。
呑気に名残惜しんでいると、潜んだ敵意に気付かない。
〈魔力上昇〉
一瞬何の事か分からず呆け、首が鳴る程速く頭上を仰いだ。
太陽
錯覚だと『風』が囁き、また逃げろと突く。
空紀達とその他大勢を囲う外壁、頂点に並ぶ人影は軍の魔法士。全員が火属性の魔法を行使し、重ねる事で熱量を増している。
同属性魔力不接融合現象。
一定の範囲内で発動した同属性の魔法が融合し、重なった状態の魔法が固まる状態。但し魔力そのものが完全に結合した訳ではないので、魔法の操作権は各魔法士が保有したままだ。行使先が異なった場合、魔法の構築制御が崩壊する事もある。
空紀達の頭上を陣取る魔法士は、そんな凡ミスはしないだろう。
「豪狼!!!」
炎は太陽の光を上塗り、視界を白く染めた。
―――――――――爆ぜろ―――。
閲覧有難う御座いました。




