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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
ギルドと仲間と逃亡の章
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40/71

第三十九話

投稿しました。

 



 死んでいない事に気付いて、豪狼は目を開けた。


 痛みも無く一瞬で首を落とす刃が、細腕一本で止められている。その事実より王族が主体で行う処刑で邪魔が入るという異常事態に、兵士の思考は現実とかけ離れた。

 刃を塞き止める布に包まった大剣を乱暴に振れば、処刑台は瞬く間に紙細工だ。見物人と進行役の兵士・官職は、頭が混沌から帰ってこない。


 それもそうだろう、処刑台に降って来たのは変な仮面を被った、何者かなのだ。


 妙に芸術染みた仮面は、大きくその者の顔と耳近くまで隠している。正体よりも、それを選んだ理由が知りたい。

 口を繰り返し開閉させていると、落ちた物を拾うようにベルトを掴んで持ち上げられた。


「なっ、が!?」


 反射で零れた驚きの声にも、首輪は反応し痛みを走らせる。

 馬鹿と自負していても流石に分かった。助けが来たのだ。

 誰が?

 自慢ではないが、そこまで親しい人間に心当たりが無い。恋人の一人でもいたなら、もう少し慎重に事を運び、処刑されるような事態は起きなかったかもしれないのだから。


 仮面の男は片手に大剣片手に豪狼を持ち、重力が消えた動きで処刑台を跳び降りた。騒めく大衆も兵士も置いてけぼりに、走り出す。

 人の間を水流の足捌きで抜け、あっという間に広間を脱した。

 事態に全然付いて行けない、己が当事者だと忘れてしまいそうだ。どこか他人の視点で、仮面の男を見る。

 上体を低く保ち走り続けるそいつは、判りづらいが身長が自分に近い。大人の男や大柄な者ではない。かろうじて候補に挙がった、ギルドの誰かという線が消えた。腕っ節しか誇れない連中のタッパが、まだ元の世界では未成年の自分と同程度とは思えない。

 本当に誰か分からなかった。


 一国を敵に回す程好かれるような人間ではないと、誰よりも自分が知っているのだ。

 この世界に呼ばれる前からそうだった。






 お袋が病気で死んだ、小学校に上がって直ぐだ。

 親父はめっきり塞ぎ込んで、仕事人間になった。家で顔を合わせる事が無くなり、飯も買い食い冷凍なら、当然グレる。

 中学校に入った時には、地元でちょっと名の知れた悪だ。学業はサボるし喧嘩は買うしで、自称の必要が無い不良だった。

 ある日万引きを疑われた。別に犯人扱いは日常茶飯事だったが、その日は妙に機嫌が悪かった。

 かなり派手な喧嘩になった、俺の不良人生ベスト三に入る。相当大きな怒鳴り声を上げていたのか、全く関係無い奴が巻き込まれた。一発やられてハイになった奴がそいつを殴りかかれば、倒れたのはハイになっていた奴だ。

 気付いたら一対一対複数の喧嘩になり、なんやかんやで一と一が友達になった。理由は特に無い。腕が立つそいつは人との接し方を理解している人間で、波風立てない関係作りが上手かった。

 頭も良くて正反対同士なのに、二人は唯一の友達になった。

 そして絶交した。

 細かい所は省略するが、ようするに意見の相違だ。

 俺はやりたくないから勉強しないが、あいつはやりたい事があるから勉強している。そのやりたい事が人殺しじゃなければ、別に止めなかった。

 あいつの家も家族仲が良くなかった。東大以外は大学じゃないなんて言う父親に、旦那と近所のご機嫌伺いが趣味の母親。同情するが、なんでその復讐方法が完全犯罪になるんだ。

 体内から検出されない毒の作成、カメラや記録を改ざんする手段。一年以上もそんな話しをされていて、気付かなかったのも悪かったと思ってなくもない。

 例え親父が仕事人間で滅多に顔も合わせなくても、会話も何も無くても。


 家族は大事だ、馬鹿でも分かることだ。


 絶交して以来、あいつとは一度も会っていない。少しだけ親父を気に掛けながら、学校には一人で通った。相変わらず友達どころか、近寄って来ようとする物好きはいないし、親父との会話は無い。

 それでも、練習したチャーハンが完食されていたり、携帯を買ってくれた時は柄にもなく嬉しかった。

 不満は無かった、不安も無かった。

 一人でも生きていける。

 自分の選択に後悔しない心持ちさえ在れば、どんな場所でだって生きていけると学んだ。

 そう言い聞かせて、鎖の冷たさに耐えた。






 なのに。


「追えーーー、逃がすなーーー!!」


 朝日も昇り切らない異世界の街の一角で、豪狼は罪人として追われている。抱える仮面の誰かは、不特定多数に追われながら無言で命を賭けていた。

 未来が無いと分かっていて、豪狼を手放さない。

 誰なんだ。

 後悔しないように、馬鹿な自分でも出来る生き方を貫いた結果の死刑だと。牢屋に入れられてからも、強気な姿勢を崩さないでいた。

 豪狼以外に頼りが無いと、縋られた小さい手の弱弱しさを覚えている。間違っていないと、言い聞かせ続けたのだ。

 なのに。


 なのに。


 巨大な剣と人一人抱えているとは思えない身のこなしで路地に潜む。息が荒い、兵士に追われている時は抑えていたのか。牢屋と同じ石畳に座り込む、不思議と冷たくはなかった。


「……少しなら喋っていいよ」


 頭の中に侵入した声と一緒に、色んな感情が音となって刺激と成る。

 ()の正体が分かり、混乱は増すばかり。疑問は固まって、一文にまとめられた。首輪が邪魔で出てこない。


「これ?」


 言葉を封じる用途の首輪と、首の隙間に指が滑る。聞いた事の無い、バキ、か、グシャ、の親戚の音がして、首輪が崩れた。普通に鉄とかそういう素材だと思うのだが、深く考える脳みその余裕は無い。


 久し振りに、自前の喉が空気を震わせた。



「お前…………なんで俺を、助けたんだ……?」



 仮面の男は―男ではなかった―、アキは状況を読んでか短く答えた。



「やりたい事やってるだけ」



 それは今も昔も変わらない豪狼の生き方、変えないと決めたはずの生き方。

 言葉が出ない豪狼に質問は済んだと判断したのか、利き手とは逆の肩に担がれる。女に背負われる羞恥を覚えながらも、心身ともに疲労した心が抵抗を諦めた。

 たった十日しか経っていない首都の路地裏を器用に走り、兵士の目を眩ませる。

 その頼もしい様子に、全てを任せていいのかもしれないと、弱い自分が腰を据えた。


 受け入れろ。

 弱い自分も、一人では生きられない世界も。


 豪狼は底をついていた体力の回復を決める。短い間だったが、ギルドで教わった事だ。

 機会の上に、良い悪いどちらが乗るか。己で考えろ。

 意味が分からなかったが、ようするに負けるなという事だろう。


 この逃亡戦、生き残ればこちらの勝ちだ。


 雰囲気の違う場所に出た。貧相というか、貧乏っぽい。追撃や逃亡の痕跡に気を配りながら、ある一軒家に堂々と侵入。犯罪の数が増えたのでは。


「メルルン、居るでしょ?」


 なんか人形に付けそうな名前だ。呼ばれたからか侵入に気付いたからか、階段から足音がした。

 影から伸びた足には、白い肌に映える真っ赤なヒール。男を魅了する肢体と乳房を、赤を基調とする衣服が包んでいた。

 美しいまでの紅い髪と瞳の女が、鋭い目で不機嫌を表現していた。

 赤い宝石を人間にしたような、目を奪う美女が口を開く。


「本当に取って来るとはね。兵共の間抜け面を見物したかったわ」

「約束は守る、口外はしない」

「当然よ。〝暗がり〟の人間は約定を守り、破った者を灰にするまで追い詰める」


 メルルンと呼ばれた女は豪狼を一瞥し、一切の興味を示さず扉から出て行った。無関係ではないはずだが、話しの内容が理解出来ない。説明を求めようにも分からない事が多過ぎる。


「言い忘れてたけど」


 去ったと思ったメルルンが、案外近くにまだ居た。

 目だけではなく眉間に皺を作り、顔全体で機嫌の悪さを表している。それでも絵になるのは美女の特権だ。


「名前で呼ぶな……燃やすぞ」


 ユラリ、と陽炎がなびく。アレが火属性魔力と空気中の魔力が反応したものだと知るのは、もっと先のこと。

 階段からまた人が下りて来た。スキンヘッドの大男は、持っていたショルダーバッグを投げアキが掴む。


「ついて来い、くれぐれも静かにしろよ」

「よく分かってない当事者に、説明ついでで復習してくれない?確認作業は大事だろ?」

「ちっ!」


 大男の舌打ちは迫力がある。元親友に言われたが、豪狼のソレは幼稚園児レベルだそうだ。三日無視した。

 理由は分からないままだが、説明は有難い。豪狼の命がかかっているのだ。


「その餓鬼探してる兵共は見失ったと分かりゃ此処に来る、なんたって〝暗がり〟だからな」

「跡も残したから」

「余計な事してんじゃねえ!んで、死刑って言いだしたあの馬鹿王子が指揮してんなら、ウチの頭の前に出てきて言うだろ」

「次期国王の勅令である、道を開け罪人を献上せよ!かな?」

「まあそんなところだろ。けどその自称次期国王様が〝暗がり(ここ)〟に来たら困る奴がいる、俺達よりずっとな」

「……俺達?」

「そっからか」


 巧妙に隠された床の穴は、大男の持つ灯りしかない闇の空間に繋がっていた。地下水道のような場所、首都の規模に合わない細い水道が足元を流れている。

 酷い悪臭に顔をしかめながら、アキは豪狼を背負い直した。


「ならず者が作ったこの辺には、元々下水道が無かった。ここはメルルンが主導で工事中の、〝暗がり〟用の下水道。国が作った下水道とコッソリ繋げてるから、色々便利な秘密の通路」

「お頭が決めたから案内はする。だが俺は今もお前らを通すのは反対だ、ウチの重要機密だぞ」

「さっきから身内単語連発してるこの人は、赤い美女の部下。〝暗がり〟を統一する裏武装集団〝アカオニ〟さんです」


 実は〝暗がり〟というのも知らないのだが、あまり掘り下げると脳みそがパンクしそうなので止めておく。

 しかし何らかの組織が何故今回の騒動に手を貸しているだろうか。〝暗がり(ここ)〟に来たら困る奴、が〝アカオニ〟にいるのか。


「話しを戻すけど、困る奴ってのは豪狼も知ってるあのお姫様」

「は?」

「処刑になってまで助けようとした、あの第一王女だよ」

「はあああ!!?」


 久し振りの大声に喉が裂けた、痛い。

 豪狼が知っている情報、今告げられた情報。符合する点はあるが、普段放置しているややこしい脳の部分が、筋肉痛を起こしたように鈍い。

 衝撃が抜けるのを待たず、死刑に至る経緯の真相を仮面の奥からバラした。


「つまり、豪狼は街で女の子に会った。美しい女の子が慌てたように走っていて、正義感か下心か守る為付き纏う。変な男に声を掛けられなくなった女の子は、豪狼に感謝しある孤児院の前で別れた。孤児院の中からその様子を見ていた子供が、豪狼に助けを求める。お姉ちゃんを助けて、と」


 物語の一幕。孤児院の子供は、内緒で寄付する女の子に危険が迫っていると豪狼に話す。また会えるかもと期待して孤児院に立ち寄っただけの豪狼には、驚きの内容だった。

 街で偶然会った美少女が実はお姫様でしかも命が危ないと知れば、降って湧いた正義感に突き動かされても不思議は無い。

 そして行き当たりばったりの行動に出る。


「どんな奇跡が働いたのか知らないけど城に侵入した豪狼は、まさに殺されようとしたお姫様を目撃。突貫、拘束、そして犯人扱い。ここまでで質問は?」

「クソ野郎倒したトコ飛ばすな」

「調子が戻ってきたようでなにより。それでお姫様が豪狼を助けない理由は、例の孤児院の子供。あの子こそ今回の政治事情の根幹」

「……裏は取った、間違いなくその子供は現国王の直系、第三王子ウィルトゥスだった」


 第三王子、王子様、お姫様を姉と呼ぶのは愛称かと思っていたが。思い返せば、子供の目はお姫様と同じ金色だった。涙に濡れた大きい目が、自分に縋って来た時の事を振り返る。


「次期国王の座が欲しい第一王子が、継承権を持つ弟を狙うのは明白。第一王女には専属の親衛隊がまだいない。今回の祭りの間だけでも弟を隠したいと訪れたのが、〝暗がり〟の孤児院。普通の孤児院だと教会が管理していて、貴族とも接点があるから使えない。その孤児院を訪ねる時ついてきた豪狼が、まさかの不法侵入で捕まった。事情が第一王子に漏れると弟が危ない。豪狼が気付く前に、第一王女的には死んでほしかったでしょうね」


 死んでほしかった。


 本人の知った事ではないとはいえ、助けようとした相手に死を望まれるのは普通に辛い。

 優しい少女だ、と思った。孤児院までの道すがら、フードで顔を隠していた挙動など気にもならない程、少女は豪狼の話しによく耳を傾けてくれていた。

 その優しい少女に豪狼が死んでもいいと思わせる程愛された弟は、今回の事情をどれだけ知っているのだろうか。

 それとも、全て知っていて豪狼に助けを乞うたのだろうか。

 なら豪狼がさぞ滑稽に映っただろう。

 助けを求められていて、その想いに応えたいと後先考えない猪突猛進。さぞ使()()()()()()()()()()


「出るぞ」


 壁に固定された梯子を上る。下水道に入る時もだったが、アキは豪狼を抱えたまま器用に梯子を上っていた。

 光りに馴染んでから、目を開く。下水道の出入り口が在った一軒家と似た内装、窓から巨大な壁が見えた。つまり首都出口に近い場所。


「此処までだ、精々死なないようにな」

「有難う、メルルンにも宜しく」

「俺を殺す気か!」


 簡潔な別れを交わし、アキは建物から出る。周囲の状況を把握出来る魔法を持っている事は知っているが、少々不用心ではないか。


「いい加減下ろせよ、俺も走る」

「まだボロボロだし、足遅いから駄目」


 口を噤む。怪我が治り切っていない事も、足がアキより遅いのも本当だ。

 まだ良く分かってないが、〝漫画体質〟の才能(スキル)が上手く発動しない。この力の原理と使用方法が理解出来ていないのだ。

 旅の時に見せたアキのトップスピード、アレに付いて行ける自信も無い。

 今の豪狼は正しく、喋るだけの荷物だった。


「……どうやって門通るんだよ」


 間違いなくあらゆる門に兵士が居る。人の出入りを止められれば、こちらの足は完全に迷う。二の足を踏んでいるほど、追手の接近は時間の問題だ。

 地下水道でも状況説明だけで、具体策を聞きそびれた。

 強制とはいえ一蓮托生の身、委ねるしかない。


「いや、門じゃなくて―――っ!!?」


 放り投げられた豪狼には、処刑台の刃が落ちる音に聞こえた。

 鋭く速く通った刃は、一動作分遅れたアキに襲い掛かる。


 切断音。




閲覧有難う御座いました。

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