第三十八話
連投します。
王子生誕と現国王十周年記念祭は、アウルム王子の誕生日である三日後に行われる。まだ前夜祭にも早いが、首都全体が活気に満ちていた。
約十九時間後に、無実の罪で人が殺されるなんて、誰も知らないのだろう。
どの店も出血大サービスだった。祭りに関係していない物でも、この人の数だ。欲しがる者は多くいるだろう。少し値段が優しくなれば、面白いように売れる。
国が発表した死刑への不信感や不安は、もう国民の大半にとってどうでもいい事なのだ。この喜びを生む行事を目前には、記憶領域に留める価値は消えた。
「いらっしゃい!魔法鞄、今なら二つ買う毎に一割引き!下取りもするよ!」
「店主、そこの良いの買う予定だから。これの下取りは宜しく」
「おっと!商売上手な姉ちゃんだねえ。ちょっと待ってな!」
商品から完全には離れず、奥で鑑定をする店主。魔法を付与された商品を売るには資格が必要で、鑑定はその必須技能の一つだ。魔法の劣化や、鞄の消耗の確認。売買をするには必要な技術である。
待つ間、ギルド会員になる前から目を付けていた鞄を観察した。
容量は縦横五メイト、高さが三メイトとなっている。体積は七十五立方メイト。しかも重量軽減魔法付与付き、かなり高性能だ。比例して値段も高いが。
「なあ」
「ん?」
「なんで俺連れ回されてんの?」
ギルドで長期依頼手続きを終え、スクートンを引っ張ってきた。首都出身らしいので、その辺りを期待しての同行要請である。本人は不満げだった。
「さっき奢った間食分は付き合って」
「なら酒も買ってくれ」
「酔っ払いの案内なんて信用できない。まだ三件目でしょ、文句が早い」
「はっ!女の買い物なんて半分が趣味だろうが、鞄買えたんならいいだろ。俺は帰る」
「本命まで待って。凄い美人がいるけどいいの?」
「何件でも待てるぜ、俺ほど付き合いの良い荷物持ちは居ないな!」
魔法鞄に買った物を全て入れているスクートンは、手ぶらで大きく胸を張って威張る。容量は購入予定のこれより無いが、中々の品だ。行きつけの魔法道具店を聞いてここに来た空紀は、呆れを隠さずため息を吐いた。
「軽量魔法は無いが容量が有る、しかもあの城壁都市の品と来れば……。いい買いモンになりそうだよ」
「お願いします」
数分後、提示額の半分で購入した。スクートンの顔が効いたかは不明だが、僥倖である。
その後も保存食や魔法薬、野営用品・非常道具を買いあさり、おニューの鞄に詰めていった。お高いだけあって、鞄には簡単な魔力認証が付与されている、安心だ。山賊からの戦利品や諸々の依頼料でずっしりしていた財布は、たった二時間で大分軽くなった。
「この調味料はいいぞ。肉なら大抵合うし、味の薄い固パンに塗って炙るのが、俺の見張りのお供だ」
文句を言っていた口で、助言が度々零れる。本当に優しい人だ、嫌味とかじゃない。
大きい瓶のソレを買い、一緒に菓子折りも買った。
「美人への土産か?」
「そんなとこ、手ぶらだと殺されるかもしれないから」
「……なあ、お前の本命ってマダムヤンキーベアだったりする?」
「アンタにとってあの綺麗な髪の大きいマダムは、美人の枠に収まってんだ?知らなかったよ、今度見かけたら会いたがってるって伝えとく」
「ちっげええよ!俺はくびれの無い女は対象外だから!あの熊、胸と腹と尻が大木みたいになってるじゃねえか。コルセットして化粧覚えてから出直してほしいもんだ」
目の付け所が予想外過ぎて、罵りの言葉を言い逃した。半目になっている空紀と店員の様子に、美人を想像するスクートンはどこ吹く風。
人が上を見て歩く、笑って他人に話し掛ける。気持ちに余裕がある者は、当たり前を安売りするのだ。
稼いだ金も売られているご飯も、初対面の親切も武器を持たない平穏も。
そんなものを命懸けで求める人達に会って、スクートンはどんな反応をするのだろう。
予備武器の存在を確かめ、しっかり鞄に仕舞う。人の忙しなさが別の世界の出来事だったように、その場所は無音だった。
「おい、ここ……」
鼻歌で美人を楽しみにしていた野郎が、収めていた警戒を引き抜く。
光が在れば闇も在る。表には裏が付き物だ。
訳ありが住み着く首都の一角、通称〝暗がり〟。お上の保護の印たる街灯は無く、整備対象から外れた道端には人が座り込んでいた。
当たり前を持たない者、失った者が集う〝暗がり〟。金を持たない者は他者から奪い、家族を失った者は余生を同類作りに費やす。持つ者を妬み恨み苦しめたいと願う者が、散歩の片手間で通りすがりを殺す事もある。
好きで近付く者の頭は、きっとその住人と同じなのだろう。空紀は己が該当していると分かった上で、俯瞰した感想を抱いた。
迷いなく奥へ歩いて行く。初めて来た人間とは思われない、堂々とした歩行。むしろ人混みが増量期間中の大通りにいた時より、軽快な足取り。
「変だと思わない?」
「ああ?何が?」
打って変わって腰の刀を握るスクートンは、先導者の問いを雑に返した。
「誰もこちらに手を出そうとしない、明らかに弱そうな女と不潔そうなおっさんだけなのに」
「俺は昨日も体を拭いた!得体の知れない二人組に、どう接したものかと考えてるんじゃないか?」
「欲望に忠実なのが〝暗がり〟の自慢じゃん。そんな人達が好き勝手出来なくなったのは、ちゃんと理由がある」
「……統率者でも出来たか?」
「大正解」
これまでも統率者は居た。しかし欲望が原動力の連中ばかりの場所だ、直ぐに殺して逆に自分が、そんな事が日常である。声高に自称した統率者は、順調に〝暗がり〟の肥やしとなった。
今の統率者も所詮その自称と大きく変わりない。たった一年しか、統率者の椅子を守れていないのだから。
「俺が聞いた話しじゃ、統率者暗殺したって吠えた奴が一時間後にはごみ溜めで転がってたそうだ」
それだけ〝暗がり〟の統率者の椅子は高い。死刑台とあまり変わらない地位だが、立候補者はいなくならない。〝暗がり〟の総数は首都人口のおよそ二割、中には軍人と単体でやりあえる猛者も居る。強力な駒と数、その見返りは莫大なのだ。
そして今の〝暗がり〟には、以前の野蛮が鳴りを潜める程の変化をもたらす、影響力を持った誰かが居る。
その存在を知ったのは、全くの偶然だ。
「そいつは孤児にも役割を与えてる。物乞いやスリで獲物を罠におびき出したり、子供である事を利用した情報収集。力は勿論、見目を含めたカリスマ性を遺憾なく発揮し、〝暗がり〟の統率者になった」
「嫌な予感してきた……、俺達って何処に向かってんだ?」
「その勘、大事にしなよ」
「答えになって無いのに答えに聞こえる!」
狙った冒険者から財布を盗み、アペンサー達の助力が在ったとはいえ無事逃げおおせた子供。その行先を辿った『風』が、この場所を嗅ぎ付けた。
粗野な木造住宅、二階建てでこの辺りでは大きい部類。剣は出さないが絶えない『風』の恩恵が、住居内の住人とその警戒度を囁く。
ゴンゴンゴン
「すいませーん、こちら〝アカオニ団〟の拠点ですかー?」
「何やってんのーーー!!?」
「何って……声かけてる」
「どうせあれだろ!?ここがその統率者の根城だろ!?何の用で声かけてるんだ!それ位やる前に話してくれよ!!」
「スクートン美人見に来ただけじゃん」
「そうだけどそうじゃないだろ!」
ガチャ
「「あ」」
騒いでいる間に扉が開いた。開けたのは当然内側の人間、その姿は十歳児位である。年数は感じるが、汚れてはいない服。まさか〝アカオニ団〟のメンバーなのだろうか。
逃げるように奥へ走る。灯りの無い廊下、姿は闇に消えた。
「行くのか?」
「うん?」
「ちょっと楽観が過ぎないか?居るぞ」
奥に人が居るという申告か、危ない奴が居るという警告か。
心外だ、そこまで考え無しではない。
「分かってる、だから美人見たいなら一人で入ってね」
「は?」
敷居手前で仁王立つ、入ってはいない。前方に廊下の闇しか見えない所で、居ると知っている人に向かって、叫ぶ。
「初めましてー!!私は空紀です!ここに手土産置いときますねーー!?聞こえてると思うんで此処から喋りますが良いですかーー!?」
「……え、えええぇ……?」
『風』の役割を調節すれば此処からでも会話が可能だ。その無茶苦茶な会話方法を相手が知るはずもなく。
「近くにある孤児院の事なんですがーー!!」
「―――ぉらー―――!」
「ん?何か聞こえないか?」
感覚の重複に違和感を覚えるので、再度『風』を調整。持参の耳に荒い足音が届く。
走って来たのは頭部に髪が無い、スキンヘッドの大柄男。鍛えられた上腕筋を晒し、怒りの形相で空紀に詰め寄った。
「てんめえええ!!なに阿保みたいな事しとんじゃごらあ!!?」
「あんたみたいなごろつき面ばっかりの密室に、素直に入って行く訳ないでしょ。大声出されるのが嫌なら、そっちが顔出して。それとも文通でもする?」
茶色く焼けた肌に血管が浮く。
強気に返したが、別に争いに来た訳じゃない。主導権を自覚し、譲歩案を提示する。
「まあ顔出すかどうかは、こちらの情報を聞いてからでいいと思う。さっき言い掛けた孤児院だけど、王族が紛れてるよ」
「っ!!?」
「はあ!?」
「ほらほら、早くお頭に報告しなきゃ。頬の肉攣らせて待ってるよ」
問いただしたい気持ちを抑え、元の道を戻る大男。話しの大きさに、務まるのはあの人しかいないと判断したのだ。
続きを聞きたい男はもう一人。
「王族!?王族と言ったか!?」
「聞きたいなら静かに待ってて、ここまで連れてこられた意味は分かったでしょ?」
口をつぐんだスクートンには悪いと思っている。立場を思えば慎重に運びたい真実を、口早に捲くし立てられたのだ。関係者にしては酷な扱いをしている。
だがこちらもなりふり構っていられない。
「来た」
闇から生まれる人間の足元が、開いた扉から漏れる光に照らされる。息を呑むスクートンを背後に、空紀は一歩も引かず対峙した。
出会いとは、どんな時も刺激的だ。
燃えるような紅い人と出会った。
太陽が顔を出す準備をしている。
人が多い場所では、その数だけ生活が在る。真夜中から動き出す者も居れば、朝に寝台を使用する者も居る。首都ともなれば、通りに人がいない時間はほぼ無い。
今日も夜空と朝の空気が混在する時間帯に、家を出る人が多数。生活の流れと人の息遣いが、社会を成り立たせている。
一つの生命体のように蠢くその街で、一人分の熱が消えようとしていた。
見物人は多くない。わざわざ人の首が落ちる場面を見ようとするのはただの物好きか、訳ありは遠目から見える場所を確保している。律儀に通りの脇に退いて立つ者は、伝わる気配の固さに寝ていられない者達だ。
行進して列を成す。
兵士の一糸乱れぬ仕事振りに、中央を歩かせられる人間の心が罅割れる。
誰かが明るい今日を願って、手を合わせた。
首都十日目、豪狼慈善の処刑が執行される。
首に鉄の輪が食い込む、たった数日でこの息苦しさにも大分慣れた。
全身の痛みは、治りかけた傷のものだけではなかった。刺さる視線の種類も数も、これまでの人生で経験した比ではない。
友のように親しい敵意に、これほど晒されたのは初めてで。
己の知る慎ましい殺意を、どれほど煮ても足りないだろう。
無関心も居るにはいるが、後方に座る者のちゃちな憎悪で潰される程度の薄さだった。
足がここまで重くなったのは、中学の夏休みに補習で家を出た時くらいだ。熱い太陽の光で落ちた汗とは違う恐怖が、背中を伝った。
そうか、怖いのか。
見栄を張っていた。平気だと言い聞かせていただけだった。
そしてこの瞬間の為に用意された舞台に、上り切る。
「〈これよりこの者の、斬首刑を実行する〉!!」
魔力によるエコーの掛かった声が、横から聞こえてうるさかった。
衆人のざわめきは厚さを増す。
鎖を持った男の手に、力が加わるのが分かる。何を隠そう、一番痛みの残る傷を付けたのはこの男だ。
男は遠くを見るように、こちらを少しも見ようとしなかった。
それがとても、悔しくて悲しくて、むかついた。
こっちを向けと言いたかったが、声を出すと痛みが走る魔法が首の輪に掛けられている。
何度も魔法が発動したので、体が声を拒絶しだしたのだ。学習能力が無いのは自覚していた。
「罪人を台へ!」
鎖を引かれれば、どこが痛いかよりどこが痛くないかを探した。その痛みとも、もうじきお別れだ。
家族を思い出し、友を思い出し、仲間を思い出す。
思い出す恋人がいない事が、心残りだ。
体が倒される。
召喚とか訳の分からない状況になっても、異世界であっても、後悔の無い道を選んできたのに。
これが、終わり。
首を固定され、身動きもとれない。
歯を食いしばる力も、助けてと叫ぶ力も無い。何も出来ない。
首を切る縄の傍に、人が立った。
死にたくない、助けてほしい。だって、まだ何も叶えていない。
影が動く、最後の風が髪を揺らした。
嫌だ。嫌だ、嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
ダレカ
プツン
『風』が体を吹き抜けた。
閲覧有難う御座いました。




