第三十七話
投稿します。
【お帰りなさい】
寄り道して、宿に朝帰り。日の出に透けた冷たい空気が、首都の全てを彩って光る。
静かに扉を潜ったが、真面目な従業員の正面に出ていた。受付に置いたままにしている出迎え用の板を持ち、安心を与える笑みを浮かべる。
眩しい姿に、一呼吸分目を閉じた。
「―――朝食を、一緒に食べれないかな?アペンサーも入れて」
長い二日間になりそうだ。
時刻の確認が一般的ではない国民にとって、日の出が一日の始まりだ。太陽が昇れば昼、沈めば夜。
朝食の時間も早い。飲食店も兼業している〝春の貴婦人〟は、朝食の忙しい時間を終えてからようやく自分の番になる。昼食の時間帯も考えて腹を満たす。
クリーミーなシチューと黒麦パンの相性に舌鼓を打ちながら、二人の今日の予定を聞いた。
「実は俺達も正式なギルド会員になった。先日の事件への貢献度が評価されてな。襲われた三人組は一から鍛え直すと言って、試験を辞退したらしい。あれ程の苦境にも心折れない精神は称賛に値する!是非とも諦めず再挑戦してほしい」
「依頼受けに行くの?」
「ああ!早く独り立ちできるよう依頼を請けて、この民宿に恩を返そうと思う!貴族としての責ではない、人として忘恩は恥ずべき行為だ。この美味い料理は最早我が血肉に等しいのだから!」
あんまり質問に答えていないが、女将さんらへの恩返しを邪魔する事はしない。
「私はしばらく首都から離れると思う」
「なに!?何故だ!?あれほど努力して得た地位を投げ捨て、何故離れる!?もしや長期依頼?」
【どうかしたんですか?】
食事中は手を飲食に集中させ会話に入れないクロデアも、空紀の奇行に疑問を記す。アペンサーの言う長期依頼は、成り立てのギルド会員には請けられないランクが大半だ。他に可能性が思いつかなかったのだろうが、偶然にも的外れではない。
「半分当たってる。理由があって、私用が依頼になったの」
ギルド〝ジョクラトル〟本部、来賓用応接室。彩虎獣の討伐報酬の話しの後に、空紀の本題が語られた。
「―――そして豪狼は連行されました。まあ、馬鹿だったとは思ってます」
現場に居た加害者被害者王族、さらに関係者の話しをオークション中に盗み聞きしまくって得た、処刑の真実。
首都で有数の冒険者ギルド副会長は、久し振りに表情筋を働かせていた。スクートンの反応も鈍い、どちらも悪い方に調子が乱れる。
二人は衝撃的な冒頭の言葉に判断力を奪われ、真実の裏を読み逃したのだ。
それは知った者は逃げられないという、魔法にも似た事実。
「…………あー、国の未来は暗雲だな」
「口を慎め、城に投げ込まれたいか」
「門前払いがいいとこだろう。〝ジョクラトル〟の副ギルド長となれば、無関係とも言ってられないな」
「無関係な人間はこの場にいない。彩虎獣にお手されて足怪我したって言い触らすよ」
「だから!その俺に対する陰険さの押し出し何!?」
軽口が余裕の一助となって、考える時間を作る。この場を用意した一応責任者のフィルドクが、整理を買って出た。
「つまり今朝発表された処刑は、アウルム王子のサフィラス王女暗殺未遂を隠す為だと?場に居合わせた騎士や国王を騙す為の」
「王子の意図はそうでしょう」
「けど王女様はなんで静観してんだ?その男の証言を盾に王子の悪行を晒せば、大々的な制裁が可能だろうに」
「あの王子の背後には甘い汁を舐める貴族が存在するから。内乱が起きればまだ学生で私的団体を保有出来ない王女は、どうしても先手を取られる。それだと最も守りたい人を守れない」
「守りたい人……?」
それが王女が手を出せない理由、豪狼を救う手を伸ばさない最大の要因。王族としてではなく、家族として国王の代わりに守ると誓った。幼い宝物。
「まさか……第三王子か次期国王候補の!?あの馬鹿王子、九歳の弟にまで手え出そうとしてんのか!?」
「口を慎め、スクートン。玉座に血痕など無いと、信じていた訳でもあるまい」
「布敷いて寝転べば誰にも見えないってか?赤く染まってから気付いても、国の終わりは変わらねえぞ!」
「国を憂う心は同じだ、何も静観しろとは言っていない」
「ああ!?」
「この話しを私達に伝えた理由を聞いていなかったな、内容次第でここから先が変わってくる」
この時点で豪狼の救出は、まだ選択肢の域を出なかった。では何故話したのか。
「首都が壊れては困る、国が崩れては困る、それだけです。それに私の魔法は自分で言うのもアレだけど、かなり有用です。将来露見した時のコネも欲しかった」
「こね?」
「えーと、恩を売っときたかった、みたいな。とにかく国家転覆は阻止しなければならない」
「どうすんだ?」
「副ギルド長」
「なんだ」
「長期依頼を請けたいです、許可を頂けませんか?」
「なぜ、いや……証人を逃がすのか?」
「さあ?」
「さあ!?」
「首都に居ても私に出来る事はありません。貴族との繋がりも無く、城に近付く事も不可能。なら外側から情報を集めつつ、国を脅かす影を表に引きずり出す!」
「影?王子が極秘部隊を保有しているというのか?」
首都までの道中にあった出来事、特に竜擬き〝合成獣〟の事を話す。
竜擬きを操作していた魔法士とその団体の情報は、話しの途中でも聞き手の疑問をくすぐった。明らかに作られた生命体。それが可能かどうかも問題だが、最大の疑問は素材の供給源だ。
「金級冒険者が単体でも難しいランクB相当の魔物の素材を、阿保ほどくっ付けて作った竜……。史上最大の犯罪組織が支援してたのか、それとも……」
「権力者の支援があったか、だ」
「おまっ!?俺が優しく言おうとしたってのに!」
「仮説だ。バンハット商会の商品に合成獣の素材が混ざっているなら、先日依頼された内臓器官の解体。あれはその一部だろう。解体屋が嘆いていた。こんな器官を内蔵した生物は生物じゃない、と」
「後続が首都に着いたのかな。聞いてみます」
「聞く、とは?」
「―――丁度その相談をしていました。解体した内臓器官の一部に、山興しの肺に酷似した物が発見されたようです」
「山興し!!?ランクAの魔物だぞ!?小山ぐらいの馬鹿デカい亀で、奴のいびきは台風になって村をぶっ壊す!」
「……確かに、恐ろしい魔法だ……。しかも仮説の強烈な後押しになった。影の存在は無視できない規模、あるいは権力を持っている」
魔物ランクAの素材の売買は、特別な手続きが要る。一匹発見すれば、首都でも軍主力を動員しなければならない力だ。その素材をただ拾ったと言って売る事は出来ない。
商会は頭を抱えているが、こちらも負けじと頭を悩ませている。
「…………依頼しよう、冒険者アキ」
「本気か!?銅の冒険者が関わって無事に済む訳がない!!」
「示された魔法の有用性、冷静な判断力と国を想う心情。実力は共闘したお前が、私より理解しているだろう。何処かで一手打たねば、ギルドは権力者の抗争に流されるだけとなってしまう」
「前金は貰うけど、影が舞台に足を掛ければ良し、位に考えてくれればいいですよ」
「それじゃ捨て駒じゃねえか!!」
首都からの出立は確定した。スクートンは根がお人好しなのだろう、一度同じ魔物を倒しただけでこの心配具合だ。良い縁が結べて嬉しい。
なるほど、さぞ部下に慕われていただろう。
「死ぬ気は無い、別に国に命賭けたりはしないから。あっ、そうだ」
「そうかもしれないけどよう……」
「なんだ」
「竜について、知ってる事を教えてほしい」
脳裏によぎった昨日の会話は、私情に変わった所で打ち切られる。見つめるアペンサーとクロデア、巻き込まない範囲でどう伝えたものか。
「最近こないだの魔物みたいな、おかしな事件がよく起きてるらしい。その情報収集を個別で貰ったの、組めないのは残念だけどしばらく首都から離れた所を調べる予定」
「そう、なのか……。とても残念だが、アキ嬢の能力が正当に評価された結果の依頼なら、惜しむより祝おう!」
【帰ってきたら、また一緒に仕事出来ますか?】
決断前なら、胸の奥の無図痒さに悶えていたかもしれない。
決めてしまうと、その無邪気な未来を語る口が恨めしい。
酷い八つ当たりだ。何も教えていない人間に知らない事を責めて、心中で愚痴るとは。
救出が成功する確率は低いし、成功しても首都を出て無事に戻ってくる保証は皆無。国のいざこざに中途半端に首を突っ込んで、面倒事へ心中自殺に等しい。
それでも、望んでいいのなら。
「そうだね、首都に戻ったらまたここに来るよ。〝春の貴婦人〟が集合場所だから」
スープは冷めてしまったが、手の熱が移ったパンは温かった。急いで流し込み、食器を返却する。
台所の旦那さんに頭を下げて、数日分の食事の礼を届けた。口下手な料理長は微かに頷いただけだったが、十分である。
受付に居た女将さんに、寝込んで延長してしまった宿賃を渡す。明らかに増えている金貨の数に、女将は断りを入れた。
「もしかしてあの二人の分かい?あの子達は宿賃分働いてくれてるよ、これは一ヶ月は食っちゃ寝出来る金額じゃないか。お小遣いにしても多過ぎるよ!」
「迷惑料と、余ったら二人への餞別にでもして下さい。お世話になりました、また首都に来たら利用させてもらいます」
「気にする子だね!いいよ!これは次泊まる時の代金前払いにしとくさ、気を付けてね!」
宿を出る時は、毎度見送りをしてくれた。笑って手を大きく振るのだ、冒険者にはいつなん時が今生ともしれない。知っているからこそ、見送るのだ。
出会いと別れを大事にする商売なら、どちらも大切にしたい。
「行ってきます」
ギルド〝ジョクラトル〟に向かえば、敏腕副ギルド長が準備を万全にしてくれていた。
「こちらが依頼受領手続きの書類だ。内容が内容なので、表の受付係に見せられない。依頼主への配慮で、秘匿依頼として扱う制度を利用し特別措置を取った。署名を」
「なんで俺まで……」
「ギルドが受ける依頼は、依頼主と請負人以外に第三者を必ず立てる。お前しか適任が居ない」
「これは?」
「この書類を持つ者の身辺を保証する証明書だ。冒険者組合に加盟するギルドが相手なら、無下にはされまい。無くせば冒険者人生が永遠に訪れないと思え」
「突然の脅迫、了解しました気を付けます」
作業を終了させ、空紀は報告した。
「豪狼助ける事にしました」
「ブフォ!!?」
隣でスクートンが紅茶を吹いた。少々書類に掛かったので、泣く泣く書き直しさせられている。
「特別な情は無い、と言っていなかったか?」
「特別な物が無くても、動く事はありますよ」
「無い。存在しない物に、人は気付けないのだから」
理由の無い行動は無い。何も無いのに、助けようと考える事はありえない。
行動には信念と感情が付随する。
フィルドクの言い分も理解できるが、それは自分を持っている人間の言葉だ。
「何も無いのって、嫌なんですよ」
「……?助ける理由が無い事が嫌なのか?」
「近いです。私は此処で動ける人間だったのか、理由が無いのは私が見つけられなかっただけじゃないのか。それを確かめたいんです」
「理解が出来ない。それは命を投げ出す程の悩みか?」
「その価値はこれから分かりますよ」
「無謀だ!共犯として一緒に首を切られるぞ!?」
不真面目なのに、他人に対しては真摯だ。こういう人が国を支えてくれれば、こんな無謀は起きなかったのかもしれない。
「心配なら付き合ってくれない?スクートン」
「なにが!?」
「買い物だよ」
閲覧有難う御座いました。




