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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
ギルドと仲間と逃亡の章
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37/71

第三十六話

投稿します。

 



 酒のあてになる料理は白飯が欲しくなる、この世界にはあるのだろうか。ヤンキーベアの肉野菜炒めを食べながら、空紀は頭から抜けてくれない思考を巡らせた。


 もし、豪狼の救助が成功したとして、先はあるのだろうか。水無瀬先生に見せてもらった地図は一国分。しかも敵対国とは現在の科学・魔法技術では到達不可能な溝が、百年前から物理の行き来を遮っている。逃げるとしても、逃げる先の当ては無い。

 勇者の街は自由にやっているように見えて、完全に国の監視下だ。商業の盛んな街〝チェラ〟は、あのアウルム王子が統治している。あまり期待は出来ない。

 最果ての地。溝の手前に建てられた炭鉱の街と聞くが、その土地を管理するのも勿論貴族だ。首都と距離があるのを考慮すれば、現時点での最有力候補にするほかない。

 全ては救助が成功した時の話しだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 決断には取捨選択が付き纏う。このまま放置でも、空紀の行動は変わらない。

 ギルドで冒険者を続け、地盤を固めて竜探しである。心強い仲間が出来ればなお良し。召喚の謎を知れれば世界を渡る術が手に入るかもしれないし、記憶が戻る可能性もある。

 考えれば考える程、放置が無難な気がしてきた。

 国に追われ気の合わない仲間を作って、無理に冒険する理由が浮かばない。命は大事にしたいし、大事にされたい。

 首都で得たモノを捨てる理由が、本当に無い。


「アペンサー貴族ならさ、騎士とか軍とか詳しい?」

「まあ一般の方よりは、……アキ嬢に貴族の事を話しただろうか?」

「気にしない気にしない。で?」


 お偉いさんの事情があるのだろう、言葉を選ぶように口を開いた。


「ギルドが活発になり、一時期縮小の憂き目を見た。しかし近年、騎士と言う制度を設立してからは軍の在り方も変化を始めた、と思っている」

「騎士って結局何?」

「実力、又は何らかの功績を認められた軍人が、国王より賜る称号だ。どんな実力のある冒険者でもなし得ない、口伝ではなく正しく歴史に名を残す事を、国に認められた証。軍に所属する者なら身分問わず可能性がある。生まれを厭わない名誉の称号だ」

「名誉ねえ。どれ位強いの?」

「私の剣はある騎士に教えを請うて生まれたもの。あの方ならかの恐ろしい魔物が相手でも、一刀の内に切り伏せよう」

「そりゃ大した評価じゃねーか!騎士の名前は?」

「酒気が強くないかスクートン殿。あまり世間に名が通ってはいないのだが……、家名はとある有名商家の店名に使われている、とだけ話しておこう」


 何処かで聞いた話しだ、どこの〝ネクサス・ダスカン〟の事だろう。濁したつもりなのか、平然と野菜ピクルスを食べている。一皿殆ど食べきって次を頼んだ、酸っぱいのが好きらしい。

 二人察した人間がいるが、気を遣って追及はしなかった。ダスカンと言えば軍家の名門である。そこの騎士に指南を受けられるとは、このピクルス狂、意外と凄い貴族の出なのかもしれない。


「騎士でも軍でもいいや、なんか面白い話ある?」

「面白い……最近在った話なら、やはり副総統失脚の件か……」


 ()()()()()()()()()()()

 むせたスクートンの背をクロデアが摩った。赤芋の細切り揚げを摘まみながら摩る様子が、彼の扱いの低さを物語る。


「一月前、アウルム王子が竜討伐に乗り出した。元々首都に赴く為隊を編成していた王子は、その道すがら竜を見つけ迎撃に撃って出たんだ」

「首都に向かうついでに倒せるもんなの?」

「勿論無謀もいい所だ。隊の三分の一を失ってなお、引けぬと言い出した王子を力づくで止めた英雄が、隊の指揮を執っていた副総統で、気を失った王子を連れて見事な撤退を果たしたそうだ」

「ほー」


 酒のペースが一気に上がり真っ赤になったスクートン。

 一月前に通ったというと、空紀達が勇者の街で見たあの時の竜かもしれない。少年のような興奮で突き動かされた心が、今の空紀の原動力。

 輝かしい記憶を愛でながら、迎撃を考えた王子の頭を疑う。その頭具合を考えれば、失脚の理由も予想がついた。


「首都で目覚めた王子は竜討伐の失敗を副総統に擦り付け、首を切った」

「総統の確認も無しに出来るの?」

「城に上がるまでは王子が責任者だ。副総統は部下に惜しまれながらも、一年ぶりの城に帰る事無く追い出されてしまったそうだ。とても痛ましい話だと憐情を禁じ得ない」


 机に伏せて寝息をかくスクートン。

 この酔っ払いがあれ程の剣技を持つとは、直に見ていなければ信じられないだろう。


「きっと多くの彼を慕う軍人が、国王へ嘆願書をしたためているに違いない!彼を知る者全てが口を揃えて言うそうだ。軍総統閣下と並んで戦場に立てば、その背に追いつく事叶わない、と。平民と非難されながら剣一本でその地位に至った副総統は、身分に苦しむ多くの民の希望なんだ!」


 目を輝かせて語るアペンサーが副総統の存在を知った時、どんな反応をするか気になる。当人は潰れたスクートンに気付き、呆れながら肩に担いで部屋に向かった。

 酒精の少ない果実酒を舐め、脳の廻りが鈍くなる。


 空紀が一日寝込まされた魔物を一刀で斬る騎士、そんな強者の群れに追われて不良を守る。そこにはどんな大義があるのだろうか。

 真実は何であれ、犯罪者になるのが正しいとは言えない。死刑囚を助ける理由も無い。


「あ」


 はっ、となった。

 意味が無い理由が無い。何も無いでは、あの地獄から変わらない。



 これ以上無くしたくない。私の物は、私の物だ。



 ほろ酔い気分が吹き飛んだ。

 変な気持ちの整理に可笑しくてたまらない。自分で自分を、場が許すなら大笑いしたかった。

 こうやって一つづつ自分の物を増やして、守って助けて作っていく。これはその一歩目だ。










 魔法研究が進んだ国に必ず存在する、無ければ魔法国家失格な施設。魔法研究棟、魔法を研究する専門施設だ。

 実績と才能を兼ね揃えた魔法研究者が、住み込みで多く働いている。研究資金は国から全額振り込まれるので、相当の知識が無ければ敷居も跨げないのだ。


 そんな研究施設の穴を潜る空紀は、城より厳重な魔法警備に辟易していた。


 この魔法が無ければ、金を積まれても侵入したくなかった場所である。正面出入り口に掛けられた魔法の複雑さときたら、消費魔力量がえげつない。解き放てば、半径一キロ位は更地になるのではないだろうか。

 深夜を過ぎた時間でも灯りが消えない部屋は多い。念の為最大の警戒をしているが、どこの部屋の研究者も手元の事で一杯そうだ。多少の物音で作業を中断するような神経質者はいない。


 空紀が目指す研究室も、灯りが点いていた。部屋の主は魔法の師に与えられた宿題を見直し、その過程で関係の無いただ興味だけで深く掘り下げた資料を、目を充血させて見ている。

 尽きない関心が力となって、若さも重なり徹夜も意に介さない。本が所狭しと積まれていた。棚や机に飽き足らず、床や天井にまで本が有る。ハンモックに揺れる本の隙間から、メモのような紙が見え隠れしていた。


 部屋の主は―――矢背九尾(ここのお)は、窓から普通に覗いている空紀に全く気付いていない。


 窓ガラスをノックする。七回目でやっと目を寄越した。ひっくり返って本が何冊も宙に舞い、部屋を埃で塗り直す。夜中には十分うるさい音だったが、誰も来なかった。


「な、なななななっ!何で!?」

「落ち着いて、入って良い?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、部外者を招いた。本を選ぶ為の足の踏み場にお邪魔して、数日ぶりに()()矢背を観察する。

 身体面の成長や変化は、肉眼で判別出来る範囲では無い。注目したのは腕輪に付加された魔法による、魔力の奔流だ。

 常に魔法を発動する事で、魔法で消費する魔力とその効果で何処かに流される魔力がある。驚くべきはその超過剰な魔力の消費を一人で負担しながら、平然としている矢背の魔力潜在量だ。色んな冒険者や魔法使いを見てきて、改めて実感した。水無瀬先生の反応は正常だった。

 流れる魔力の行先は二カ所。一つはさっき目視した出入り口、もう一つは恐らくこの腕輪の魔法を掛けた者。かなりの高齢者で、相当ヤバイ。

 魔力量がこの矢背とどっこいで、体外に溢れる魔力を一滴も逃がさず周囲に留めている。卓越した才能とセンス、この国でトップの魔法士かもしれない。

 侵入をこの老人にだけは、知られてはいけない。要件を済ませる。


「豪狼が処刑される件は知ってる?」

「はぁ、豪ろ……ご!?処刑!?なにがどうなって処刑!!?」

「まあこんな所に引きこもってれば知らんよな」


 人通りの多い時計塔に貼り出されたのが今日の、もう昨日だが日の出頃だったらしい。いくらビッグニュースでも、人で溢れかえった首都の人間全員が知るのは無理があった。突然のお触れだったので、新聞に載るのは二・三時間後の朝刊だろう。

 空紀が調べた情報と、それに基づいた推測を話した。

 王族の揉め事と状況、豪狼の迂闊さと行動理由。そして大事な決断の事。


「……なんで、俺にこの話し、を?」


 矢背は『勇者』だ。戦争のせの字も聞かない平和な日本で育ち、二次元の魔法に胸躍らせる。突然地獄に放り出され、奇跡的な幸運で助けられた。才能が有ると他人に言われ続け、疑う事を放棄した一般人。

 矢背は、普通の『勇者』だ。

 空紀のような記憶喪失で面倒事に積極的な、()()()()()()』ではない。


「豪狼助けようと思ってる。矢背はどうするかと思って」


 泣きそうな顔になった。不服な顔や困り顔、少ないが楽しそうな顔は何度か見たが、その顔は初めて見た。悲しいのだろうか、怒ったのだろうか。

 人が泣く理由が分からない訳ではない、どうやったらその顔になるか思い出せなかった。


「なんで、俺は……助けてくれなかったのに……。あんな……あんな自分勝手で、わが、ままで。乱暴な奴…………助ける理由なんて……なんで!?」


 一ヶ月という、現代人には十分長い旅を経ても、矢背は豪狼を良く思えなかったのだ。自由と欲求を履き違える大馬鹿で、この世界に召喚されなければ一生関わらない人種。

 命を張って自分を助けてくれた空紀が、今度はあんな人間の為に、あの時以上の死地に向かおうとしている。

 旅の様子を思い返しても仲が良かったとは言い難く、恋が芽生えた様子も無いと断言できた。友達でもなく、仲間でもなくなった今。

 どれだけ考えても、助ける理由に矢背は見当がつかなかった。


「なんで……なんで……っ!」

「豪狼を助けたいってのが理由では無いよ、確かに」

「じゃあ!」

「自己満足みたいなものだから。それに、理由を話したら心変わりするの?」

「うっ!?」


 詳細は知らないが、この状況を見た時から勧誘は失敗しそうだと考えていた。矢背も何らかの方法で、この世界での生活を自作したのだ。ポイ捨て出来るような軽い物ではないだろう。


「オーケー、邪魔したね。出来たら三階に居るその腕輪の持ち主には、今の話ししないで」

「え……?」

「さようなら」


 スルリと窓を通り、魔法を過信してか見回りもいない中庭を抜ける。日々魔法の研究が激しいのだろう。地面に深く残った痕跡から、魔力の残滓が香った。

 どことなく〝ディフェリーブ〟の魔法士ルフェグと似ている芳香。予測の範疇を出ないが、属性が同じなのかもしれない。

 魔力には属性との相性があり、相性が良い属性魔法を魔法士は行使する。その方が魔法の習得が早く、威力にも影響されているからだ。相性が悪いと魔法の習得難度が上がり、威力も通常のそれより落ちる。

 中庭の土を乱した魔法全てが、同じ研究者によるものとは考えにくい。この国の魔法士の魔力は、水と相性が良い傾向にあるのだろうか。遺伝が魔力属性に関係しているのなら、十分あり得る話だ。


 陸上のハードルを跳ぶ軽快さで、研究所の壁を超える。壁の上部にも警戒魔法はあるが、バリアーのようなそれではない。例えるならソナーのような線が常に走っていて、触れれば魔法が発動する仕組みだと思われる。消費魔力を考慮しての、苦肉の策か。

 一本や二本ではない不可視の魔法も、『風』の前では無意味。例の老人に気取られてないかが心配だったが、特に今も動きは無い。

 宿に戻ろう。ちゃんと()()に事情を伝えるのが、最低限の誠実である。



 首都九日目。

 豪狼の死刑まで、後二十七時間。




閲覧有難う御座いました。

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