第三十五話
投稿します。
観傍席から購入希望者が現れた。
参加者席で握り拳を作っていた客が、敵の出現に怒りを見せる。額から鼻下を隠す仮面では、表情全てを覆う事は叶わない。後半戦が始まった。
心此処に在らずで、空紀はオークションを観戦していた。
演劇用と見紛う舞台上には、出展した絵本〝慷慨〟第八章が見せびらかされている。この絵本実は二冊有ったのだ。バンハット会長と何処かで参加しているだろうアルベルトゥス伯爵は、さぞ頭を抱えている事だろう。
舞台に近い参加者席には、有名な貴族や顔を隠した道楽者が、血眼で目当ての代物に金を注いでいる。基本は競りに参加しない見物希望の観傍席は、参加者席チケットの代金を退場時倍払う事で乱入出来るのだ。つまり入場者でオークションに関係ない人間は存在しない。
欲を金で満たす為の空間。
そんな場所に座っていて空紀は唯一、全くオークションに関心の無い者かもしれない。
カンカンカンカンカン!!
木槌が勝者を決定した。一礼し席に着く男がアルベルトゥス伯爵だと、入場者を調べていたので知っている。彼に惜しみない拍手を送る人の中に、仮面を装着したスカリゲル伯爵が居る事も。
双方のいざこざが解決したのか、ただその奮戦を称えただけか。
目覚めたばかりの空紀なら、『風』で根こそぎ事情を収集していただろう。そうしようと考えられない程、今脳内は整理整頓に勤しんでいるのだ。
淀みなくオークションは進行し、終了後空紀の担当鑑定士が笑顔で個室に案内してくれた。
「オークションは無事終了し、大成功と言える盛況を頂戴出来ました!先日のお話では三日後に代金をご用意する手筈だったのですが……。予想以上の競りとなった為、代金のお支払いを一日延ばしていただけないかという相談をしたく、このような場を設けた次第でして……」
喜んだり困ったり、忙しい人だ。別に一日二日は誤差、さっきまでならそう言えたのだが。
死刑は明後日なのだ。
「条件がある」
「なんなりと!」
「四分の一を明日渡せば、残りは次に私が訪れるまででいい」
「次、ですか?」
「確実に数日以上後だ。それと、次のオークションは何時だ?」
「一年後で御座います!お客様にご贔屓いただければ、必ずや!今年度を上回る反響となりましょう!」
押しが強い、だが好都合だ。
「なら来年のオークションまで、これらを預かっていてくれ」
前回よりは少ないので、机の上にぶちまける。使えそうな物を抜いた山賊からの回収品残りだ。鑑定士の目が皿のように丸くなる。
「こ、これは!?歴史の闇に消えたと聞く書や、二級危険物指定品まで!?」
「私が来年のオークションまでに戻らなければ出展しろ、出展者はバンハット商会に。金もそこに渡せばいい」
「……分かりました。こちらにも大きな利となるでしょう。我が鑑定社の印、秤に誓って品物の保管と代金の用意、果たさせていただきます」
深々と下がった後頭部に、細めた目を逸らした。
ギルドに赴けば、丁度依頼を終えたスクートンと出くわしてしまう。
「見たくない奴見た、て面してるぞ」
変装用の仮面を外すと表情が隠せない。
「魔物の報酬相談終わった?」
「いや、今朝はまだ事後処理がどうのって面会もさせちゃもらえなかった」
スクートンの依頼達成報告に便乗して、受付嬢に話し掛ける。確認します、と消えて数分。不変の鉄壁笑顔で、ギルド奥を示された。
文句を零す男と歩けば、同じく不変の気配希薄な副ギルド長が応接室に居た。対面するソファーに腰掛ける。
「改めて。今回の事態の収束、ギルドと国民を代表して感謝する。規則に則り、魔物の素材は要望の箇所五割を君達に、三割が国に残りをギルドが回収する。質問は?」
「国が討伐依頼出してたんだろ、その褒賞金は?」
「君達は依頼を受注した冒険者名簿に名が無い。〝ジョクラトル〟が魔物を討伐した事になっているので、ギルドには褒賞金が入る」
「俺らには素材だけか……」
「買い取ってほしい際は言ってくれ、他には?無ければ話しは終わりだ。素材の解体場所に移動する」
苦労した魔物討伐も、必要な話題に絞れば十数秒の事。忙しい副ギルド長様は素晴らしい柔らかさのソファーから腰を上げ、早々に部屋を退出しようと動く。
「聞きたい事があります」
「何だ、解体場所でも話しは出来る」
「王族襲撃の容疑で処刑される豪狼慈善の件ですが」
「それは今回の件に何か関係があるのか?」
「実は冤罪だそうですよ?」
見向きもしなかった副ギルド長フィルドクが、硬い表情筋をピクリとさせ振り返った。ソファーに座って誰も居なくなった正面を見据える空紀は、横からの熱い二つの視線を受け取る。
「正確には、王女を殺そうとしたアウルム王子を退けて、その方法の脳筋さを理由に拘束され処刑されるそうです」
「…………証拠が無ければ、国家への侮蔑と取るぞ」
観葉植物を揺らす殺意は、フィルドクではなくスクートンから流れていた。予想通りだ。
スクートンは未だ国への忠義が染みついている。
「〝ジョクラトル〟がスクートンの経歴を承知しているのは分かっています。その上で、話しを聞いて下さい。国が荒れます」
豪狼が作ったのではない、ただ豪狼が早めた。どんな世界にも、ドロドロした人間ドラマはあるらしい。
解体は一時間後に行われた。
鍛冶屋〝リュウメツ〟にはギィーガンともう一人、鍛冶師がいる。弟子だそうだが、傍からは世話係にしか見えない。師は弟子の話しを聞かず、弟子は師の後始末に翻弄されていた。
「こんな素材は初めてじゃ!噂の石喰いの牙に近いか?いや!アレは溶解器官が発達していて歯が小さい、この大きさまで育つには百年生きても足りんわい!」
「師匠!全部の素材は使えないんですよ、分かってますか!?」
「手袋が裂けた!持っただけで!こんな鋭利な爪で走る魔物が存在するのか!?最早別の次元の魔物だな!!」
「師匠!危ないですから爪はトングで持って下さい!」
「魔力を僅かに保持している!?月光草に似た組織構造の羽なのか、供給はどんな魔力でも可能だろうか?全種類の属性魔石を持って来い!」
「師匠!取り過ぎです!羽は何枚か別の方に渡すんですよ!?」
「男の永遠の夢、透明人間が現実に!!」
「羽は全部提供する、是非作ってくれオヤジ」
「師匠!お客さんも!?これは剣の素材なんですってば!!」
解体した素材の分配に剣の素材が欲しいと告げれば、鍛冶師との相談を快諾してくれた。今はスクートンの方が素材の選り好みをしだしたが。
その夢は叶ってはいけない、全女性を敵に回すぞ。
修繕を頼んだ予備武器を放置して、興奮が注意をはね除ける。治まるまで待つ時間は無い。
もう一つの耳が、遠い鎖の音を聞く。
「その素材半分は好きにしていいので、代わりに剣の納品は明後日の零時にお願いします。例の武器も一緒によろしくどうぞ」
「分かった!うおおお!!なんと滑らかな尺骨!?最硬の剣を俺は打つ!」
「師匠!一日でとか本気ですか!?あっ、聞いてないですね!?」
「夢の装備の完成はいつまでも待てる」
「お客さんもう素材持って帰って下さい!!」
鍛冶場を出てから思った、弟子の名前聞いてない。
アペンサー達は買い物に出て、宿には居なかった。クロデアが変えてくれただろう、寝台のシーツは寝転ぶとお日様の匂いがする。
腹の虫が叫ぶ、お昼を食べ損ねていた。
空紀は首都を見下ろし、見渡し、見比べ、見聞きし、見上げ、見つめていた。
風と『風』が感覚を染めていき、奥底の本心を梳かす。
豪狼を助けたいのだろうか。
あれだけ話しを整えながら、救助を検討していなかった。己の考えなしと浅慮に、新鮮さを感じる。
空紀は本来、何も考えていないのに行動して後悔する人間だったのか。恐らく豪狼の現在の状況も、そういう馬鹿な結果だろう。
噴水の広場で別れた後、元仲間にはそれとなく気を配っていた。居場所が把握できる程度の『風』だが、安全は保たれていたと断言する。猫科の魔物、名称は仮で彩虎獣だ。討伐準備の数分前までは、『風』が二人の周囲を常にうろついていた。
豪狼はギルドに所属していた、冒険者ギルド〝血魅怒炉〟である。宿の常連に聞いた、乱暴者の多いギルドだ。似合ってるとは思う、しかし下っ端より酷い扱いを受けるなら一回くらいは助けるつもりだった。
結局豪狼は拳で乱暴者達に馴染んだ。乱暴者と言われた彼らにも、最低限のスジはあったらしい。少々反省して乱暴者の呼び方を改め、野蛮人と呼ぼう。どちらの方が悪い呼び方かは個人の感性に委ねる。
着の身着のままで首都に来たにしては、悪くない生活を送っていたのだ。昨日まで。
オークションを話半分で流し、王族・お偉いさんの会話は盗み聞いている。もう罪の意識は芽生えなくなった。
豪狼の死刑を指揮するアウルム王子。表向きは妹にあたる王女を暗殺せしめんと不法侵入した豪狼を、多種多様な暴言で非難している。普段は物流の中心〝チェラ〟を統治していて、久しぶりの家族との憩いを楽しみにしていた矢先にこの騒動。矢を百本射続ける矢打の刑を進言して国王に却下されている。
これが城に居る召使いや無関係の身内を欺く行動なのだから、なるほど筋金入りだ。
お巡りさん、この人が犯人です。
豪狼の罪は不法侵入だけで、暗殺未遂は完全に濡れ衣なのだ。取り調べで、お姫様の危機を知って助けに行ったと言い張っている。一ヶ月共に行動したのだ、それが嘘か本当かくらいは分かった。
しかしそんな根拠の無い理由が、国に通用するはずもない。取り調べをする軍人は、王子の息が掛かった協力者。相当の変わり者が『風』なんて魔法を使えなければ、断首待った無しである。
冤罪で死刑となる豪狼を助けようか迷う変わり者は、この世に空紀ただ一人だ。
もし助けるとして。問題は救助計画の現実性とその後、そして決断。
冤罪の物的証拠が無い以上、救助=国の敵だ。真の犯人である王子の自白を引き出すなら、突破口は被害者、第一王女サフィラスの協力である。
現国王の第三子、長女サフィラス。襲ってきた王子とは六つ歳が離れていて、今年で十四らしい。王子と違い勉学に積極的で、国を愛する姿勢が軍関係者に支持されている。性別が反転すれば、国の未来は安泰とまで謳われた高貴な王族だ。
その公明さが今回の騒ぎにだけ発揮されていないのは、入り組んだ事情が有った。
この兄妹命の狙い合いは、今回が初めてではないという。
耳を澄ませれば、良くある話だ。
アウルム王子は確実に国王に成る為に、他の王位継承者候補を潰したかった。国王は跡継ぎについて明言はしていないが、第三王子を考えている。という噂がある。
これもまた確かではないが、アウルム王子を玉座に座らせる気は無い。という噂だ。
玉座をどんな宝石より欲しているアウルムは、他の王位候補者がいなくなれば国王になれると本気で考えている。権力と財産を持った者の欲は深い。手段の行使に迷いは無く、今回の祭りもその好機と取ったのだ。
寝込みを襲う為、警備の人間を脅して妹の部屋へ。不法侵入者の仕業に見せるよう、窓の鍵を開けて犯行に及ぼうとした。
それを阻んだのが豪狼、ではなく、襲われたサフィラス王女本人だ。
命を狙い合う仲なのだ、同じ城の中に居れば変な動きの調べはついていた。王子が王族警護を任された騎士に声を掛けていたのを、王女の召使いが目撃していたのである。情報戦も人間ドラマあるあるだ。
学校では戦闘訓練も科目になっている。サボっていた王子とは年季が違った。
しかし男と女の差はある、些細なきっかけでどちらにも転ぶだろう。力任せに腕を振るアウルムのラッキーパンチが、サフィラスに当たる、その時。
本当に不法侵入者が現れたのだ。今首都で最も有名な男、豪狼は窓から部屋に飛び込みアウルムを殴った。
此処で重要なのが、侵入者が豪狼だという点である。
馬鹿なのだ。
もしかしたら磨けばマシになるかもしれないが、現在は死に掛けの馬鹿なのだ。
侵入した建物がこの国を統べる者達の住まう城で、国家屈指の行事間近な大事な夜。そんな男に侵入を許した警備も阿保だが、普段とは違う緊張が漂う場所で状況を読む力が、豪狼には圧倒的に欠けていたのだ。
アウルムが扉ごと部屋から吹っ飛ばされた音は、城外まで響き渡った。
近くの騎士が速攻で豪狼をお縄にし、国王まで駆け付けた事件現場は一時騒然とした。
サフィラスが事態を説明しようと口を開く前に、赤く腫れあがった頬を抑えたアウルムが叫んだ。内容は小難しい言い回しだったが、周囲を愕然とさせた。
そこの侵入者が妹を殺そうとして俺が防いだ、王族への暗殺未遂は問答無用で死刑だと。
この私情が含まれた訴えを一笑出来ない理由が有った。
まず物証だ。豪狼はアウルムを殴っている、これが証拠として適用されてしまった。何故アウルムがサフィラスの部屋に居たかは、家族の危険を察知してと堂々と言い放つ。かなり無理矢理だが王族の発言には一定の信頼がある。例えその素行に疑わしさがあってもだ。
もしそこでサフィラスが真実を話しても、怪我の一つも負ってない状態では説得材料が無い。暗殺に対応した事が裏目に出てしまった。
さらに身分。どう見ても一般民な豪狼と王子では、発言力が段違いなのだ。しかも討論の場がお城、権力が最も光る場所である。サフィラスが直ぐに反論出来ない時点で、勝者は確定された。
国王の命令で国一と名高い騎士が、豪狼を連行する。暴れまくる豪狼を二秒で落とし、米俵のように担いで行った。
後ろから見送るアウルムはその姿をあざ笑い、サフィラスの睨みに気付きもしない。国王の俯瞰するような目が印象的だったと、場に居合わせた書官が同僚に呟いていた。
「アキちゃん!夕飯食べれるかい?」
「……はい、直ぐ行きます」
ノック音に気付かなかった。空紀の周囲と城辺りに最大の『風』を流しながら、食堂に向かう。魔力感知に注意しながらの行使は疲れるが、止めたいとは思わなかった。
まだ何も決めていないのに。
【スクートンさんから頂いたヤンキーベアのもも肉ステーキです、とても美味しいです!】
「料理を摘まみながら配膳するとか新しい!野郎共は俺とクロデアちゃんに感謝してから食べろよ!」
「材料の提供には、宿で精進する身として感謝している。しかし代金はしっかり払ってくれ、今朝の分もまだではないか」
「アペンサーいいんだよ!払わなかったら朝日は拝めないって知ってるだろうからね!」
「払っとけ冒険者、女将の最終勧告だ!コレと旦那の包丁捌きの前には竜も尻尾巻くってもんだ!」
賑やかな食堂には、空紀の首都で記憶した全てが詰まっていた。
酒場で会った時より笑顔が増えたクロデアは、文字を書いた板を片手に客へ料理を運ぶ。手伝う様子の無いアペンサーを見るに、好きでしているのだろう。
二人を我が子のように扱う女将の手には、三枚に下ろされた魚と包丁。旦那は後ろで黙々とスープを混ぜ、味見すると眼光が鋭くなった。完璧だったらしい。
スープを険しい表情でよそう姿に、スクートンが震えだした。財布を触る背中を叩くのは、ギルドの情報を教授してくれた常連さん。他のお客さんも気分よく酔っぱらっていた。
豪狼にはいたのだろうか。
自分を見つけてくれる誰かが、名前を呼んでくれる人が。
それは確かめずにはいられない、切実な疑問だった。
閲覧有難う御座いました。




