第三十四話
投稿します。
薙ぎ払う翼を剣で防ぐ。
痛みの声が上がった左手を、軋む程歯を噛み締めて無視した。魔法薬を飲む暇も無い攻防で、炭化した右手の皮膚が零れている。
竜擬きを上回る筋力で無理矢理動いているが、後ろ脚の負傷は機動を十分削いでくれていた。まだ十分も経ってない過去の自分を褒め、気力を失わんとする。
凌げている理由は多くない。一番は刀使いの闘気が、魔物の肌を炙っているからだろう。
矛先にいない空紀でも鳥肌が立つ。
確信した。いずれ来る一撃は、竜を殺すに足る力だ。
後は空紀が仕事をすればいい。
闘気に煽られ魔物は集中できていなかった。無事な理由ではあるが、それでは一撃を見舞えない。
骨が覗く手を見ると痛みが増したように錯覚する。今空紀の使用魔法の割合は〝風間魔法〟が三割、〝重覚魔法〟が七割だ。特に両手の痛みを緩和する為に、大袈裟に使用している。
勝負に出るなら、〝重覚魔法〟は邪魔だ。
「がっ!?」
首が伸びたのかと言いたくなる、頭だけの突撃。口内はまだ痛むのか、噛み付かれなかったのは運が良かった。胸部の装甲など紙同然だと証明する頭突き。胴体が押され、自然と腕の中に魔物を抱く形になる。
生物全般が弱点の目に、剣を当てられた。指輪の効果である動体視力強化が無ければ、剣を落としていたかもしれない。
視界の損傷は大事だ。右手の物を投げようとして、一瞬目の前が真っ暗になり膝を着いた。
息が苦しい、疲労ではないだろう。胸に受けた頭突きで、肺か近くのあばらが折れたのかもしれない。呼吸が浅く深くを繰り返す。
機会を逃す焦りが、呼吸の回復を遅らせた。緊張に似た息苦しさ。予想出来なかった痛みで、魔法の発動を解いていた。
色々なものが抜けていく、頭の中が空っぽになった。
空紀が持っているモノは魔法だけではない、はずだ。
思い出したのは、刀に手を添えて動かない男の足捌き。
鍛え抜かれた体幹と経験が可能にした回避行動。経験は無くとも、体幹は魔法でカバー出来る。
足は肩幅に広げ、背中に力を入れた。両腕は物を持つ以外の役割を放棄する。
最高潮に達した怒りで、跳びかかる魔物。何も無くなった頭が、一コマの時間を延ばしてくれた。負傷した後ろ脚を使わず、前脚で跳ぶ様子。自身の動作も遅いと感じたが、血の流れる右目側にすれすれで潜った。魔物から見て、右下に滑っていく空紀。
腕に力は入らない。身を回して魔物を正面に置いたまま、流れを剣先に伝える。
下から上へ。唾液がテカる奥歯を、口端ごと切り裂いた。牙が砕かれ、魔物の口が右側だけ大きく開く。
グゥオオオオオオオオオオオオ――――――!!!!!!!!!
初めて食らった真面な攻撃に、魔物の怒号が響く。完全に標的が定まった。
牙の硬度に負けて剣に罅が入っていた。あの爪も牙も炎も怒りも、全て空紀に向けられる。
つまり、任務達成だ。
―――刀が閃く。
残像を纏い、振り切った刀が映る。遅れて舞う血飛沫に、空紀は叫んだ。
「浅い!!」
魔物は斬られる一秒弱の直前に、体を刀の迫る方向とは反対に傾けていたのだ。野生の勘を侮った。
感触で知っていたのだろう、返す刀で切り口を追う。驚異の腕力で身を守り、露払いにしか使わなかった魔物の翼が羽ばたいた。
「なっにぃ!!?」
飛ぶのか、そう考えた男の目の前で魔物は消えた。落ちた血痕を残し、居なくなったのだ。
動きを止めてしまった男より先に、『風』を復活させた空紀が気付く。
魔物の翼は魔力を消費し、周囲の景色と同化した。その巨体を包めるよう大きく広げて、まるで最初から幻覚だったと思ってしまう程、鮮やかに。
隠密とか魔物が最先端かよ!?
格好つけて任務達成とか言ってしまった。思っただけなのでセーフにしたい。
落ち着けば音や足跡が居場所を知らせていた。しかしあの速さで姿が見えないのでは、どうやっても後手に回る。
軽減していない右手の痛みで、僅かな動揺を潰す。手中の物を痛覚で確認し、最後の力を振り絞った。
実は全く予想外でもない。
暴れ具合に対してギルドの魔物への対応が遅い事に、疑問を感じていたのだ。魔物に詳しい訳ではないので、自賛の『風』で被害に遭った商会を探った。
すると魔物の出現があまりに唐突で、追撃する前に姿が消えていたという。
予測した魔物の能力は二つ。速いか、魔法かだ。
速さはともかく、魔法が瞬間移動の類ではどうしようもない。なので見えなくなるの一点に賭けて用意したのだ。
「ベタな手段で悪いね!!」
右手の水筒から、酷い匂いの黒い液体が撒き散らされた。男から距離を取った魔物は、逆に言えば空紀と近くなったと言える。居場所も把握出来るので、外す事はあり得ない。
香辛料を買った出店で、面白半分に売っていたある魔物の体液だ。一度肌に付いてしまえば、お湯を使わないと色さえ落ちない。匂いはどう頑張っても三日は続くそうだ。
顔も透明化の翼で隠し、嗅覚を頼りに敵の位置を探る魔物には会心の一撃だった。
敵の位置を見失い、翼も液体を払うように動かした魔物は、刀の襲撃を察せない。顎で見づらい喉元を、今度こそ深々と斬り裂いた。
致命傷に魔物はゆっくりと膝を折る。木の葉に似た緑の体毛は、血のシャワーで染められていった。
男は目を背けなかったが、刀を鞘に収めた。横たわる体から、命が徐々に萎んでいく。
つまりまだ死んでいないではないか。
剣は壊れかけているので、切り落とした魔物の牙を拾う。
「おい?」
手にはもう振り下ろす力も残っていないので、倒れない様に血の止まった右目に差し込む。微かに聞こえた呻き声を隅に捨て、刺した牙を思いっきり踏みつけた。
魔物の断末魔が打楽器のように、踏む足と連動して奏でられる。
何故刀を収めたのか分からないが、魔物は驚くべき生命力で死を待たせているのだ。
何度も何度も踏む。体内に入り込んでしまい牙は奥まで進まないが、まだ脚力は行使出来た。
踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで――――――
「もう死んでるぞ!」
腕を引かれて我に帰る。魔法でも肉眼でも、足元の魔物の生命活動停止を確認した。
刀使いの全身が歪む。景色も少しずつ光を消していた。暗闇の帳が降り切る前に、薄れゆく『風』が捉えたソイツへ剣を投げる。
ガシャン!
剣はとっくに限界だったらしい。
破片が地面に刺さる現象を見届けられないまま、空紀の視界は真っ暗になった。
― ― ―
絵まで上手とか、腹立つー。
言われて描いたのにそれかよ!?でもちょっとコレは自信ある。
グロ入ってるのは趣味?
現実感を出しただけだから!躍動感みたいな?
次はこのアニメキャラ描いて。
そのアニメ観た事無いんだけど……
こないだ宿題見せたでしょ!友達に■は爬虫類描くのが好きって言うよ。
陰険か!?竜は爬虫類じゃねえ!…………え、違うよな……?
― ― ―
八回目の天井を仰いでいた。首都入場から今日までずっと世話になっていた部屋の天井は、知らないと例えるには見慣れてしまっている。
肩まで被せられた布団を半分折り、記憶にある傷の具合を目視した。
右手、良し。左手、良し。呼吸を深く、肺付近良し。完治していた。筋肉の疲労感は気のせいか、疲れは肉体だけに起こる現象ではないのだ。
ガンバシャ!、ゴトン。
落下物の音。開いた部屋の扉の向こうには、口を半開きにした少女の姿。桶を持っていた手を崩さぬまま、水浸しの地面を踏み踵を返した。
起きたーーーーーー!!!
少女、クロデアの持つ空気がそう叫ぶ。あの傷がここまで綺麗に塞がっているのだ、魔法薬を使用しているはず。なら慌てて起床を知らせる程のものだろうか。もしかしてかなり長く眠っていたのか。
最早呼吸に等しく展開された『風』。冒険者の健脚を押し退けて、衰えない恰幅の女性が走って来た。
「ああ、アキちゃん!良かった心配したんだよ!」
「ご心配を掛けました、女将さん。私は大丈夫です」
遅れて扉からアペンサーが顔を出す。クロデアが続き、何故か刀使いが廊下にいた。
「丸一日眠っていた、体調はどうだろう?水を持ってこようか?」
【副ギルド長が魔法薬を分けてくれました。痛みは有りますか?】
「気疲れ程度だから、有難う。痛みも無い、副ギルド長にお礼言わないと」
女将が今日はご馳走だー、と仕事に戻る。早く終わらせて、共にご馳走を味わえたらいいが。
水を頂戴し一気に飲む。胃が久しぶりの仕事でやる気を出していると、『風』も仕事を負けじとこなした。
首都が妙なざわつきを持っている。王子の誕生祭で元々うるさい位だったが、それとは異なる少し下向きの雰囲気。
情報を得たいが、まず目先の問題を片付ける。
「で、その人は何で居るの?」
「お前俺には態度が悪くないか?」
ウェルダンな焼け具合だった足を引きずった様子は無く、こちらも完治した刀使い。いい加減名前を知りたかった。
「スクートンだ。修羅場を潜った者同士、仲良くやろうぜ」
「空紀。で、何で居るの?」
「いやあ、実は路銀が無くてな!」
「……は?」
アペンサー達を見ると、困った風ながらも納得している表情。
「瀕死の仲間を連れてきてくれた恩人に頼まれたとあっては、無下にも出来まい。彼の宿泊料は我々の手伝いから抜いてあるので、アキ嬢は心配無用だ」
思う所が無い事も無いが、大丈夫と空紀を説得するアペンサー。クロデアに至っては、助けになれて嬉しいと心から微笑んでいる。
これが足元を見られる、というやつか。
頭を抱え元凶を睨んだ。今ならあの魔物と相対しても、眼力では負けないだろう。
「運んだだけで命の恩人だって言うなら、相打ち覚悟の無鉄砲を救った私は何?神様?」
「あははははは!」
「あの魔物を倒した報奨金が出てるだろうし、あんたも冒険者なら自力で稼げ!これ以上居座られると傷が開きそうだ!」
「はーい」
罪悪感が欠片も無ければ、窓から放り投げている所だった。肩を上下させ、部屋から出て行く。
二人、主にアペンサーからあの後の話しを聞いた。
空紀が気を失う寸前、投擲物になった剣を避けたのは副ギルド長だったらしい。偵察の報告を聞き通常の救助隊では不安と判断して、自身が先行したのだ。
現場に近付いてみれば、その危険な魔物と戦闘中の冒険者がいるではないか。しかも二人共冒険者成り立てである。何時加勢に入るか迷っている間に、スクートンの会心の一撃を目撃した。
事態の収拾を確認し、原因を踏みまくるおかしい奴を発見して気が緩んだのだろう。特殊な魔法とはいえ、気絶数秒前の負傷者に見つかる程である。身を隠していた木に剣をぶつけ当事者は倒れるものだから、変な空気が流れたとか。
空紀も意識が朦朧としていたせいで、突然現れたように感じた気配に対して変な行動をしてしまったと反省している。魔法薬を恵んでくれたというし、出来るだけ早く礼に伺った方が良いだろう。
勿論、魔物討伐の報酬は請求する。
討伐からほぼ一日寝ていたのなら、今日が首都八日目にしてオークション初日。
傷も治っているので、早々に向かわなければ己の出展物の落札や、他の珍品・名品を見逃してしまう。長くなりそうなギルドへの報告は明日にして、会場へ行く為に変装しなければ。
仕事が有るだろうと、心配する二人を説得し暫く寝かせてほしいと頼んだ。夕食の時に声を掛けてと頼めば、お人よしな二人は喜んで首を縦に振る。これでアリバイ工作は済ませた。
毛ほどの罪悪感を覚えながら、いそいそと変装を済ませ窓からお出掛けする。着替えや私物用の鞄は、寝台下に置かれていた。預かってもらったお礼もしなければ。
ゴオオオーーーーーーン……ゴオオオーーーーーーン……
十二時間毎に響く鐘楼の歌声。何時か知っていても、時計塔に目が行った。
歯車が複雑に組まれた時計はとても貴重で、この辺りの住民は時計塔を頼りに動いている。個人で時計を所有する者は貴族でも少数、技師は更に少ない。鐘楼の音は国民の大事な生活の一部だ。
時間が分かると空腹になる、気がした。つまみ食い出来る屋台を探していると、人の動きの違和感に目を細める。変な仮面で目元は見えないが。
「……人?」
お昼の人口密度最大時に言う事ではない。分かっているが、言葉に変えたくなる人だかりが時計塔付近に作られていたのだ。
心臓の音が聞こえた。
スリや痴漢に注意しながら、『風』を使わず人だかりの先へ進む。どれだけ便利な魔法を持っていても、ナニカ越しでは理解したくない。尻に伸び掛けた手の主を、足を踏んで追い払う。
『風』が軋んだ。
他人の壁を無理に割ると、そこには立て札が立っていた。無駄な達筆で、わざわざ色を使っての手配書が貼られている。特徴をよく捉え、画風は油絵のようだった。
絵の題名は、【以下の者、断首に処す】。
大半を後ろに流し一房だけ垂れた前髪、金のメッシュが茶色に近い色で描かれている。大きい目の端が上がっていると、印象が犯罪者のそれだ。数日では人相に変化が無いのも当然である。
特徴を捉えた見事な似顔絵の下、達筆に記されたゴウロウ・ジゼンの文字。
「……………………………………なにがあった!!!!!!??????」
今なら分かる、これが分岐点だった。
閲覧有難う御座いました。




