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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
ギルドと仲間と逃亡の章
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34/71

第三十三話

連投します。

 



 小物が増えた魔法鞄を、反対の肩に掛け直す。素材保管用なので、どうしても大口の肩掛け鞄になってしまうのだ。走りながら、出来るだけ動きに支障が無い位置を模索する。

 朝に宿で食べたトロトロの野菜オムレツと柑橘系ジャムたっぷりの黒パンが、胃中で消化し終えた時間帯。女将さんの見送りもあり、身体・精神両面で悪くないコンディション。

 魔物でも何でもかかってこい、という気持ちだ。

 首都からそう遠くない森の中、危うきに近寄らない冒険者達が空紀の進行方向を逆走している。伝わってくる魔物の気配が密度を増し、その流れに付いて行きたいと考えてしまった。

 小さく芽生えるプライドが、冷や汗の落ちた背を抓る。

 問題の魔物は誰かと戦闘しているようだ。あの二人が例外ではないらしい、大馬鹿野郎がこんなにいるとは。助勢に向かっている自分の事を棚に上げて、空紀は見せる者の居ない呆れ顔を作った。


「んっ!」


 重覚魔法で体重を操作、軽減した自重で標的ではない魔物を飛び越える。余計な体力は使わない。体力を使う程の魔物ではないかもしれないが、結局砥ぎに出せなかった剣の調子が心配なのだ。

 しかしあまり深く気にしてはいない。目的はあくまで救出であり、魔物の討伐ではないのだ。

 気分が高揚して魔物倒すぞムードにやられていたが、少年の仲間の安否を確認次第撤退が大前提である。肌に亀裂が入ったような魔物の気を『風』が読むほど、その思いが強くなった。

 例え()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()、足手まとい一人居れば死人に変わる。


「んも」


 驚きがうわ言のように鼻からこぼれた。

 魔物との戦闘は一定の平穏を保てていた、たった一人の絶技によって。


 四足歩行に翼の生えた魔物は、基本の性能から今までの奴らと一線を画している。人間には不可能な筋肉の厚さ、野生を極めた者が常用する第六感。鉄を裂く、という評価すら温い爪と牙の硬度には目を逸らしていたかった。肉眼より確かな『風』で、奴の魔力の濃さが良く分かる。

 特に竜擬きとの大きな違いは、速さだ。この魔物は竜擬きの三分の一以下の体躯でありながら、筋肉量がほぼ同じなのである。単純な計算だが、魔物の力が竜擬きの三倍という事だ。

 地を蹴る足の力が三倍違う、あの体であの速さは最早反則だった。

 そんな規格外の魔物と相対する男の、比較すればなんと頼りない事か。身体機能は論外、魔力量は豪狼の精々二倍強。勝てる要素も希望も持てない。


 だが生きている。何時から戦っているのかは知らないが、まだ魔物の前で立っている。


 探ろうとすれば、何故、の理由も見えてきた。

 注目すべきは魔物と対した際の角度と、凶爪を避け続ける足運び。視界から消える場所には動かず、()()()()()()()()()()()()()と、先読みが容易くなるように見極める。

 そして鍛え抜かれた体幹が崩れない足捌きは、才能の一言では片付かない匠の技。

 なにより、壮絶な野生の気迫を受けて身に着けた技術を発揮出来る胆力。

 修羅場を経験に変えて戦う、これが冒険者か。

 しかし全力を出せているとは言い難い。魔物なら三秒と掛からない距離で、三人の冒険者らしき者達が息を潜めているのだ。そちらに気をやってしまえば、この均衡の崩壊は一瞬だろう。

 向かい風と状況の悪さに舌を打つ。三人の内一人は重傷だ、逃走は難しいと踏んでの時間稼ぎ。それならあの立ち回りの慎重さに納得する。


 行方不明だった一人が逃げるその他冒険者に混じって首都に入った事を確認し、全ての『風』が戦闘の情報収集に向く。足の回転を上げた。

 意識が流れ、沈んで溶ける。

 男の絶技を持ってようやく取れたバランスをこちらに倒すなら、ここぞというタイミングを逃してはいけない。空紀が役に立つのは()()()()()だけだろう。

 奇襲の利点は、気付かれないで動ける事。動きの予習が出来る事。

 限界まで軽減された体重は、巻き上がった土埃と音を極限まで殺す。速度は自身の出せる全開マックスで、息苦しさを押し潰し走った。


 現時点で最速の一閃が、魔物の右後方から後ろ脚膝裏を切り裂いた。


 予想通りの結果を作り出した。時間を稼ぎつつ一発逆転を狙っていた男の動きは、走りながら常に観察していたのだ。素晴らしい足運びや見極めの技術を勉強しながら、絶好の奇襲の訪れを予測した。

 記憶の無さが幸いした。先入観の無い頭で初めての高度な読み合い、外れても一撃入れて離脱するつもりだったので気負いも無かったからか、見事賭けに近い奇襲は成功。

 ライオンに似た顔や胴体で、魔物が猫のように座り込んだ。動揺を数瞬も握らず、相対していた男が斬り込む。


「アキ嬢!!?」


 重症の男とそれを治療するクロデアを庇うように、身を屈めたアペンサーが声を発した。加勢の機会を窺っていたらしいが、そのまま隠れていてほしい。

 声に反応して、ではないが魔物が男の剣を弾いた。咄嗟に倒れかけた体を支える為、地面に手を着いていたのにあの速い一撃を防いだのだ。まさか牙で受け止めたとは、女将に話しても信じてくれないかもしれない。

 深追いせず元の回避優先の距離を取る。技量にばかり目が行っていたが、男の顔に見覚えが有った。ギルド入会試験会場の酒場に居たやる気無し男だ。魔物を挟んでいて見えないが、装備もその時のままである。この魔物相手にあの軽装とは、どんな神経をしているのか。

 ふと自分の装備を見下ろし、他人事ではないと気付いてしまったので忘れる事にした。


「おいそこの!!」


 物凄い適当な呼ばれ方をした。空紀を呼んだと分かったのは、魔物の動きの方が一歩速かったからだ。光栄な事に脅威だと判定されたらしい。前足だけで跳ぶように齧り付いてきた、口の中が良く見える。

 鼻から大きく息を吸う。


 噴出音。


 同情してしまいそうな、猫科の悲鳴を魔物が上げた。悲鳴を上げたいのは此方も同じだ。


「刺激強めの香辛料入った液体だ!剣を口で受け止めたんだろ!?無傷で済む訳ないから良く沁みるで、ゲホッゲホッ!口辛ああ!!ゴホッ!」


 鼻息だけでの全力疾走はかなり疲れた。それでも用意してきた魔物対策が効いて安心する。咳を我慢して、アペンサー達の呆け面を振り返った。


「救助対象の傷は!?」

「あ、え!?えっと……最低限の治療は済んだらしい!多少なら動かしても大丈夫だそうだ!」

「戦域を離脱する、任せた!」

「行け!」


 男が武器を構え、攻め気を匂わす姿勢。晒された武器は、剣ではなく刀だった。一刀で敵を断つ斬撃のみを極めた形。あの立ち回りも理解出来た。攻撃は最大の防御、攻めてくると思わせられれば魔物の動きを男が操作出来る。

 重症の少年の仲間は、右腕を噛み千切られ肩を深く抉られていた。大量の血痕だが、新しく流れている様子は無い。触れない様に横抱きにして、空紀が走って来た方角へ戻った。

 索敵を再開する。不幸中の幸いで、猫科の魔物を恐れてか他の魔物の気配がしない。直ぐ戻れる距離と、先行救助隊の移動速度を考えた場所まで向かう。

 お駄賃を強請って、ナニカが魔力を吸っていった。怒りを起こす魔力量を弁えた吸い方に、ナニカの知性を思わせる。戦闘の継続に支障はない。

 木々の間から差す光で、絶対に少年を無視出来ない場所に置く。


「私は戻るから、アペンサーは救助が来るまで二人をよろしく」

「ま、待ってくれ!?危険過ぎる!アキ嬢!!」


 二人分の気遣いに背中を押される、変な高揚に変わりそうだ。

 冷静に。男の技量なら持ちこたえる事は容易のはず。逃走の道筋と再奇襲のタイミングを『風』で図り、男の気配に妙な異物を感じた。


「ん?」


 口の中にはもう何も無いが、可笑しな違和感に言葉が見付からなかった。

 絶対にやられない、そんな気迫であの猛攻を躱し続けていた刀使い。その気迫が少しづつ、霧散していた。

 穴の開いた風船が雲より高い所から、落下地点に間に合わない速さで落ちていく。地に落ちた風船に次は無い。再起の可能性が消えたソレを人に例えるなら、落下は死だ。



「―――共に逝こうか、化物」



 点よりは大きく見える距離になって聞こえた声。血が空紀の沸点を超えた。



「ばっ―――、かかあああ!!!」



 限界を突破して軽くした体重が、間に合わないと思わせた距離を切った。後ろ襟を掴み、転がりながら猫科の引っ掻きを避ける。腰を強く打ったが、労わる余裕は無い。


「おいそこの自殺志願者!!息してるな!?」

「てん、めえ……何しやがる首絞めて殺す気か!!?」

「よし!」

「よし、じゃねえ!!」


 短く息を呑んで刀使いは横に跳び、空紀は鞄に手を突っ込んだ。咄嗟に突き出した剣が、振り下ろされる魔物の前足と激突。肉球から金属音が響くとか意味が分からない。

 再会する大口の上あごを片手で抑え、下あごを足で止めた。三秒と保ちそうにないが、十分だ。


お替りあげる(おあわいあえう)!」


 鞄から取り出し咥えていた袋を、臭い口の奥へ放る。『風』を止めて、最大の〝重覚魔法〟で死地から脱出した。すると横合いからの刀の襲撃に翼で対応した魔物が、立ち上がる動作もそぞろに激しくむせ出す。


「……今度は何を吐いた」

「吐いてない!さっき掛けた液体にも混ぜてた香辛料、目に入ったら失明するかも」

「……恐ろしい奴……」

「馬鹿やるのも言うのも後、逃げるよ。ギルドの連中が来てる」


 上あごを止める時牙に触れたらしい、白い物が指から覗いている。足首にも痛みが有る、捻っていそうだ。しかし今なら魔物の五感が刺激に邪魔されて、しつこい追走は無いだろう。

 絶好の退避の機会、刀使いは首を振った。


「逃げるなら一人で逃げろ、俺はこの化物を殺す」

「はあ?」

「こいつを野放しにしたら、また人が死ぬ。此処で終わらせる!」


 実に正義感溢れる言葉だ。本心なら、だが。


「嘘つけ、死にたいだけだろう」

「っ!?」


 一度『風』が伝えてきた事がある。情報を売った貴族、スカリゲル伯爵だ。

 夜の月と存在しない空紀だけが見ていた、あの感情。


 この男は行き場の無い後悔を持って、どうしよもないから死にたいのだ。


 原因も理由も違うが、二人の感情の色はよく似ていた。もがく気力すら沸かない程、重い後悔が身を縛る。

 知っている、だが理解は出来ない。

 彼らだけが持ち得る後悔なのだ。焦燥の先が死であっても、捨て切れない痛みなのだ。


 理解なんて出来ない、()()()()()()()()()()()()()()



「死にたかったら死ね!」

「ああ!?」

「ただし私の目の届かない場所で死んでくれ!此処で死んだらお前はその辺の木の根っこで頭ぶつけて、すっころんだ所を魔物に襲われて死んだって言うからな!」

「嫌がらせが陰湿過ぎるだろうが!!親の顔見せろ!」

「見たいなら早く―――!?」


 瞬間、漂っていただけの魔力が渦を巻く。考える間もない、左右に分かれて魔物正面から引いた。

『風』が焼ける。

 微塵の存在も許さない炎が、魔物の食道を通り放たれた。放射された火炎の威力は溜めの時間を計っても、理不尽な熱の塊だ。直撃していなくても、熱風で右腕がただれた。


「ぐうぅ!?死んだ!?」

「誰がだ!!足が一本崩れただけだ!」


 同じ火炎を避けたはずだが、避け方が違うと負傷箇所も違うのか。

 戦闘中の長い会話の代償は重い。逃走は難しくなった、これでは刀使いの自殺願望が叶ってしまう。

 猫科魔物の追撃は無かった。怒りに任せた火炎放射は、更に喉を傷めたらしい。むせながら、充血した眼で睨む。

 救助は後二分もすれば来る、重傷者の所には。此処に来るまではまだ時間が掛かりそうだ。

 選択肢は三つ。一つ粘る、救助待ちの時間稼ぎ。二つ逃げる、成功するだろうか。

 三つ倒す、コレを達成する方法は複雑ではない。要するに、()()()だけだ。


「その刀飾りじゃないよね?」

「舐めんな、竜だって斬ったんだぞ。そっちは飾り以下だろうが」

「間に合わせだから。囮やるからそっちが斬って、出来る?」

「はっ!俺一人で十分だ」

「相打ち狙い?それで死んだら猫毛でくしゃみした所を殺されたって事にするから」

「陰険だなおい!」


 何か吹っ切れたように刀を持つ。両断する、その意思を刀が受けて鈍い光沢を瞬かせた。

 安請け合いしてしまったが、囮の方が危ない。怪しい音をさせた剣を左手に持ち直し、反応されない速さで横に地を蹴る。魔法で負担を誤魔化した右手は、ある物を取り出し鞄を下ろした。


 これで逃げてたら化けて出てやる。


 咆哮と踏み込みは全く同時だった。




閲覧有難う御座いました。

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