第三十二話
投稿します。
騒ぎを聞いた常連が女将さんに伝えたらしい。合流した女将の熱い抱擁、クロデアは両手をせわしなく泳がせた。アペンサーも遠慮しようとして逃げられず、今は胴体を絞めた衝撃で顔が青い。
様子を見ていた空紀は抱擁の強さより、後ろ手に持ったデッキブラシの出番が無かった事に安心した。
宿に戻ると夕飯がいつもより豪華だった。無口な旦那さんの、精一杯の心配が表れている。礼を言うとやはり無言だったが、包丁捌きが加速した。
「全く!最近の冒険者は駄目だね、ちょっと外が物騒になったくらいで!」
手伝おうとするクロデア達を強引に席に押し、配膳や掃除を平行して行い、同じだけ口も回す。一瞬も止まらず、手も足も口も仕事と会話を見事に両立させていた。
女将の話しだと、最近首都周辺に強い魔物が出たらしい。今までは軍とギルドが集結している首都近くで、強い魔物が長期間留まった事は無いのだが。その魔物は人の多い首都を狩場としたようで、昼夜休まず徘徊している。
木材運搬の時に感じたあの気配だろう。商隊が襲われているらしく、軍からの討伐依頼が全ギルドに配布された。
ここが軍とギルドの互いの立ち位置を分別している。簡単に別ければ軍は対人間部隊で、ギルドは魔物退治を専門とした民間部隊。ギルドの数も増えて軍の仕事を取っている部分も有るが、国家を揺るがす魔物でも確認されない限り軍は動かないのだ。
明確な境界は初動を速くする為に必要な線引きだが、それを臆病と罵る者は居るし、野蛮だと囁く者もいる。
軍人は言う。我々は国民の為に動き、ギルドは自分の為に動く、と。
ギルドは言う。俺達は弱者の声を聞く、軍は上の声だけを聴く、と。
この溝は埋まらない、女将からすれば実にくだらないと一笑した。自分達は守ってくれればそれでいいのだ。誰が動こうと、誰が返事をしようと。
睨み合っている二つがそれぞれを担っているなら、それ以上は望まないのに、と。
魔物の存在は多くのギルドが危険視しており、低ランク冒険者や国民の自主的な退避を呼び掛けている。
首都内で出来る入会試験依頼が渡されたのは、それが理由だったのか。自意識過剰な早とちりに、赤面した。勘違いして御免なさい。
首都七日目、朝ご飯を頂戴する前に賞金首を捕まえた。
賞金を懸けられる事そのものが、犯罪者の危険性を示している。だが首根っこ掴んだこの男の賞金は金貨七枚。C級ランク依頼の平均報酬の半分も無かった。乱暴な言い方をすれば、雑魚である。
万引きやスリの手口が少々小狡い為、中々捕まえられなかったそうだ。見つけた時も人の通りが多い場所で、上手にスリを繰り返していた。自信が有ったのだろう、盗んだ物を直ぐに処分せず次の標的を探していたので、空紀にとってはただのカモだ。
証拠としてひっくり返した財布の数は二十を超え、呆れて掻いたうなじから魔力が抜ける。開き直って勲章のように財布の盗り方を説明する男を殴り、野次馬から拍手が出た。スッキリしない幕引きである。
詳細を見たが依頼条件に賞金額の指定は無いし、二つ名が付くような大物を狙わなければいけない指示も無い。次の依頼を貰いに行く。
〝ジョクラトル〟の存在を教えてくれた宿の常連客から聞いたが、入会試験の依頼数は少なくとも三つ。最低数を熟したばかりだ、先が分からないのは精神的に疲れる。早く自由に依頼を取れる立場になりたいものだ。
軍の専用設備へ賞金首を引き渡したという証明書を提出。受付嬢は手早く確認作業を済ませ、美しい営業スマイルを浮かべた。
「指定依頼の完遂、おめでとう御座います!当ギルドは貴方の入会を心より歓迎致します!」
「……え、終わり?」
勇者の街でギルドの存在を知り早二ヶ月。空紀はようやく正式なギルド会員になった。
危険な魔物が討伐されるまで首都に釘付けにされると思っていたので、実感が湧かない。角の方に穴が開いたカードを差し出され、反射的に受け取った。それは一度猪の背中に括り付けて捨てた、あのカードに良く似ている。
言われるまま指に針を刺しカードに血を滲ませれば、浮かぶ文字の色は錆色だった。
「冒険者様には身分証としてスペスカードを配布、ランクE冒険者として〝ジョクラトル〟に寄せられた依頼をこなしていただきます。ご質問が有りましたら承ります」
殆ど分からないので、聞けるだけ聞いた。ギルドで守らなければいけない要項や、ランクについて。
一番気になった会員資格問題。半年間依頼を受注しないと呼び出され、一定期間依頼を達成しないと厳罰対象となる。長期の依頼もあるので全てに適用される決まりではないが、ここは押さえておかなければ。
ランクEが〝双剣〟の銅ランクにあたるなら、Dは銀Cは金Bは白金Aは金剛だろうか。
入り口付近で待っていたアペンサー達に報告すると、パーティ結成時の決め事も忘れて祝ってくれた。
「おめでとう!我々も直ぐ後を追おう!先達に恥じぬ後輩で在れるよう、邁進する次第だ!」
【お祝い申し上げます!私達も頑張ります】
専門業者の解体技術を盗む気満々だったので、可能なら二人の依頼に同行したい。相談しようと、邪魔にならない壁際へ誘導する。
ギルドに人が入って来た。大手組織だ、出入りの頻繁さはあの〝ネクサス・ダスカン〟にも劣らないだろう。友達百人が信条ではない空紀にとって、首都は顔の知らない他人ばかり。そんな人間が一度でも接触を持った事がある他人二人、それが続けてギルドの出入り口を通る確率はとてつもなく低い、はずだった。
皮鎧で身軽な盗賊風、緑髪の男が、こちらに一瞥も無く横を通った。落ち着いた雰囲気で、静かな魅力が一定層の人気を掴みそうな男。
地味な容姿では無いが、誰もその男を見ようとしない。途中から空紀の監視をしていた男だ、周りに馴染む技量の高さは息を呑む。
なんとなく副ギルド長に似ている、か。
続いて現れた他人の顔を、空紀は直ぐに思い出せなかった。
「た、助けてくれ!!」
破損が酷い割に装備の劣化は見られない、恐らく新人だ。青臭い空気と、所持者の体格に合わない太い剣。腰に差さるソレを見て、入会試験会場の酒場に居た三人組の一人だと思い出す。
明らかに戦闘不可能まで負傷した状態。様子を見る大勢のギルド会員の中、反射で動く男が一人。
「大丈夫か!?」
アペンサーの頭上にだけ、スポットライトが併設されているようだ。まるで瀕死の仲間と感動の対面を果たす騎士王、受付嬢が短い声を上げる。
随従したクロデアが回復魔法を使った。周囲のギルド会員の視線が集まった事に、気付いているのか無視しているのか。どちらにせよクロデアを見る目の色が変わった事実に、別の問題が発生したのだ。
空紀にそこまで面倒を見る優しさは無い。この時点で、解体業者の手伝いに同行するのは諦めた。
痛みの緩和で口が軽くなった男、いや、少年と言っても過言ではない。負傷した少年は己を支える腕を掴み、入室時と変わらない言葉を吐く。
「頼む、助けてくれ……!」
「落ち着け、一体何が有ったんだ?」
お前も落ち着け、何で自分から巻き込まれに行く。
少年の体を震えさせる元凶は、予想通り。ここ最近新人は勿論、ランクの低い冒険者にも注意喚起していた強い魔物だ。見たことの無い魔物で、眼につく生物を区別なく襲っているらしい。
入会試験依頼で食用魔物が全く見付からず、森の奥に入り過ぎた。低レベルの魔物はあの強い魔物が食い尽くしていたのかもしれない。薄暗い森でようやく発見した大きい熊型の魔物が、一撃でミンチになったのを見て脱兎のごとく逃げ出した。
出身村からずっと一緒だった仲間を確認する余裕は無く、首都まで必死に駆け抜ける。逃走中は攻撃を受けたかもしれないが、ただ我武者羅だったので覚えていない。遂に森を抜け門が見えた時、傍らに誰もいないと知って最悪を想像してしまった。
それでも希望は有ると、首都で最大を誇るギルド本部に転がり込んだという。
「まだ生きてるかもしれないんだ……お願いします、助けて下さい……!」
支えを外し床に頭を擦る。苦渋がありありと滲み出ていた。
強さを望み、こんな苦しみから脱却する為にギルドの扉を叩いたのだ。しかし現実は彼らの強さが整うのを待ってはくれない。
世は無常。その証拠に、少年の何倍も強い冒険者達が涙混じりの懇願に殆ど反応しなかった。
魔物が自分達より弱い可能性は有る。それを確かめる為に命を賭けられるか、見返りが望めない他人事に安易な手を差し出せるのか。
どれだけ少年の悲壮に同情しても、死の香り流れる未知に立ち上がれる者なんて。
本当の意味での冒険者か、或いは
「分かった行ってくる!」
大馬鹿野郎だ。
周囲からは優しい声が上がる。止めておけ、無茶だ、と。有難い忠告の数々が、アペンサーにとっては余計なお世話だったらしい。
「俺はまだ正式なギルド会員ではない!助言は助かるが、私的行動の制止まで聞く義務は無い!!」
「入会試験の受験資格を、失うことになってもですか?」
『風』は切らしていないが、意識しないと全く気付けなかった。いつの間にか立っていた副ギルド長フィルドク・アーランが、人波を割って大馬鹿野郎を脅す。心配なのだ。変化の薄い面構えでも、そのくらいは書いてあった。
「偵察は既に出しています、後一時間もすれば救援隊の編成が可能です。無駄に散る命が増える事を許可する訳にはいきません」
駄目だ。それで止まるなら苦労しない。
クロデアの瞳に映る覚悟を読み取り、空紀は渦中とその野次馬に悟られる事無く、ギルド本部から出て行った。多少の距離なら、『風』が微かに音を運ぶ。
「資格剥奪?それだけですか。その程度は人の命に代えられない」
「魔物一匹に尻込みするようなら、俺に貴族を名乗る資格は無い!」
〝春の貴婦人〟に入ると、受付にいた女将が眉間に皺を作っていた。
「なんか〝ジョクラトル〟が騒がしいみたいだけど、大丈夫かい?」
耳が早い、何処から聞いたか知りたいが後回しだ。
日用品や貴重品が入っている方の魔法鞄を肩から降ろし、受付の机に置いて見せた。
「すみません、預かってもらえませんか?代金が必要なら戻ってから払います」
「いいよそんなの!盗られない様に見ときゃいいんだろ?どっか行くのかい?」
「少し魔物退治に。もし明日になっても戻らなければ、売るなりして宿の足しにして頂けると私も嬉しいです」
言葉が返る前に宿を飛び出す。まだ準備する物があるのだ。
それに我が身を案ずる声を聞いてしまったら、衝動が途切れるかもしれない。動き始める理由に他人が含まれていても、止まる理由に使ってしまうのは何か違うと思うから。
「いってらっしゃい!!」
宿の玄関前から女将が手を振ってくれた。意味の分からない言葉にも、女将は信頼で見送ってくれる。
逃げ道は常に作っている、そんな甘い考えが蹴り飛ばされた。
ただいま、と言いたいから。
外門に近付くアペンサーとクロデアの気配を追わず、下準備を済ませていった。
自他共に晴れて冒険者だ、魔物退治は良き門出になるだろう。
閲覧有難う御座いました。




