第三十一話
連投します。
木材を収集・運搬し、首都に戻る。魔物との戦闘は無く、アペンサーのやる気が空回りして終わった。
〝ジョクラトル〟本部に依頼達成を報告すると、間髪入れず次の依頼を渡された。ギルド専属解体業者の手伝いである。
もし空紀と協力していると分かっての采配だとすれば、首都から出さない説が濃厚になってきた。内容は初心者冒険者らしい雑用だが、ギルドと繋がりのある業者なら手を回せばいつまでも手伝いをさせていられる。宿で盗み聞きをしていても、関係ない会話しか聞けていない。
競売の警備がどうのあの男の様子はどうの、と。どうせ関係の無い会話なら竜の話しをしてほしい。
突如、強烈な疑問の波に浚われた。
鑑定所ではオークションだった。では何故、ギルドでは競売なのか。
その疑問が出来るなら、魔法道具をマジックアイテムと読むのもおかしい。最初は英語を伝えた『勇者』が居て、その読み方が伝染したんだと考えていたが、それにしては中途半端だ。
魔法鞄をマジックバッグと読むのに、同じ魔法道具の万能野営鍋には英語の名前が付いていない。英語を伝えた『勇者』が途中で止めたのか。
そんな適当な言語が未だ正式に使用されているのは何故だ。
これは歴史に詳しい人に聞かなければ、予想も出来ない違和感である。
適当な飲食店で昼食を済ませた。トロトロの角煮が美味しかったです、何の肉かは知らない。
アペンサーとクロデアは予定通り宿の手伝い、真面目な従業員に女将は喜び旦那は眉間の皺を深めた。空紀はまた監視を撒き、鑑定所へ。変装も忘れない。
客の数が前回より多いが、前回より早く案内された。部屋の飾りも品が有り、監視は居ない。良い香りの紅茶にようやく上客扱いだと気付いた。
「本日はお越しいただき、誠に有難う御座います。ご用向きを伺っても?」
「展示品の反響を知りたかっただけだ」
「そうでしたか!ご期待は確実に沿えるかと、特に前国王が重用した彫師の蝋燭立ては直談判が複数ありました。勿論国の取り決めを無視する事、我らの誇りに掛けても応じはしません!」
国の頂点の息が間接的に当たっているのが強い、乱暴な手を執る貴族も少なく安心して任せられた。収集家の貴族を相手取るのは得意なのだろう。
我が事のように話す鑑定士が、眉尻を下げた。
「しかし目玉と成り得る品が幾つもある事が、買い手の理性を軽くしてしまうかもしれません……」
そこまで良品が有ったとは、安売りし過ぎたか。何点か質に出すのもやむを得ないと考える。
見知らぬ誰かでも、負債に生涯を浪費する姿は好んで見たいものではない。絞れる相手からは絞りつつ、オークションの舞台で完結する物語を望む。
悔しさも妬ましさも、持っていては手が腐るだろう。上手く仕舞って次に生かしてほしい。
展示品を見直し、鞄に数点戻って来た。空紀よりも鑑定士の視線が、名残惜しさを描いている。未練を断ち切らせる為、仕事に意識を塗り替えさせた。
「日取りは」
「はい!ええ、明後日から三日間オークションが開催されます。展示品の順番は明日の最終確認で決定し、入場者の方に渡す案内書に記載されます。一日目が展示品のお披露目、その日の日付が変わった直後からオークションが開始します。今回は生誕祭もありますので特に持ち寄って頂いた品数が多く、〝リーブラ〟としても喜ばしい限りで御座います」
金銭に変化するのは早くて五日後。ネット上のオークションしか知らないので、中世風には興味が有る。出展者兼客として入場許可証を貰えた。楽しみである。
変装を解き服屋の買い物終わりを装って街を歩けば、良い時間になっていた。首都初日ぶりの商会へ向かう。『風』による下調べも済み、心置きなくお邪魔した。
受付に居たのが顔見知りで、手続きは省略してもらった。仕事が一段落した会長の下へ行く。
扉を開けた瞬間、腰に抱き着かれた。
「お久しぶりですバンハット会長、久しぶりゼルキン君」
子供の髪は細く柔らかい、撫でるのが止まらなくなりそうだ。夕暮れ前でお疲れの会長は、甘えなくなった我が子の無邪気な抱擁相手を複雑な表情で眺める。
手元の紙を裏返しにして、応接の椅子を勧めた。満足したのかゼルキンはあっさりと離れる。
「久しぶりだねアキ君。また会えて嬉しいよ、うん。本当に……」
「……えっと、こちらこそ、再会を嬉しく思います。お時間を取らせてしまうと申し訳ないので、本題に。追加報酬はどうなりましたか?」
「ああ、かなり難儀した。なにせまともな素材とは言えない物ばかり、元が何だったのかを教えた所で鼻で笑われて終わりだろう。それに本隊が予想より遅れていて、本命の報酬はまだ渡せそうにないんだ。申し訳ない」
「構いません。競売が済んでからで」
空気の温度が下がる。気のいい雇い主だった顔が、商会を預かる身分のソレに変わった。
本題である。
「どこでその話しを?」
「冒険者は意外と商人に負けず劣らず耳ざといもので……、目の色を隠すあのお祭りに、参加される人の内緒話を聞きまして」
「……ゼルキン、席を外していなさい」
「え!?」
二重で驚いただろう。跡継ぎ候補の自分に隠したい仕事話を考える父と、その相手が空紀である事にも。
「私はゼルキン君が居ると助かります、会長の足元にも及ばない話し下手なので。せめて場の空気が和らぐと、口が軽くなるかも」
緊張で指先が落ち着かない、居てほしいのは本心だ。後は個人的にゼルキンの夢は叶ってほしいと思っているので、命の危険が無い今回の話しは是非教材にしてほしい。空紀の素人交渉は兎も角、会長の真剣な会話の運び方は良き課題となるだろう。
会長の答えを聞かずに、情報を提供した。
「アルベルトゥス伯爵をご存じでしょうか?」
「……確か、積極的な非暴力主義の貴族で、騎士階級以外の武装組織解体を主張されているとか」
「流石です。はい、そのアルベルトゥス伯爵ですが、実は大の収集家で本を中心としたあらゆる歴史価値の高い文献を求めていらっしゃいます」
「本、ですか」
「戦争により消えたとされるとても貴重な敵国の文献も所持しているそうで、その興味の幅は国土の如しです。雑学から歴史書、それに」
鞄から色のあせた本が持ち上がる。
「こんな絵本も、伯爵の食指を動かすそうで……」
「それは?」
「鑑定士に確認しました。作者不明で名高い絵本、〝慷慨〟第七章だそうです」
「知ってます!家を継がなければいけない天才作家が、遺言で死後に世へばら撒いたとされる、写しも多い絵本です!」
「ゼルキン君の博学さには尊敬する。疑いなら明日の朝にでも鑑定書を持って来ますが?」
「いえ、結構。……何をしてほしいんですか?」
身構えられている、商人なら貴族との安易な関わりはタブーか。
「簡単です、剣の素材が欲しいんです」
「は……剣?」
「はい、今製作を頼んでいる鍛冶師の望む素材を探して売ってほしいんです。代金はこの絵本」
「それは……!こちらに得が多くないでしょうか!?」
「心配有難う、でもこちらは護衛の報酬としてもう沢山良い物を貰ってるから」
正式な護衛の報酬は予想の倍入っていた。それだけではなくあの旅は、空紀に経験を数多く与えてくれたのだ。
人は人の数だけ居るのだと、世界は美醜に溢れていると。
なにより。こんな交渉を気軽に持ち掛けられる相手との出会いに、心から感謝している。
最近気付いた事だが、自然な笑い方を思い出せていた。これが何よりの褒美なのだ。
会長は前のめりだった態勢を後ろに倒し、家の中のように肩の力を抜いた。背もたれに脱力して、見当違いな緊張を持っていた自分に笑う。
商人の性を捨てられない自分に腹も立った。一度命を賭けた相手にすら、警戒心が勝る事も在る。そんなどうしようもない性格の男に会えて感謝していると、態度で示した空紀に頭が勝手に下がった。
「すまない、これも性分か」
「いいえ、実はちょっと下心が無い事も無いんです」
「はは!君のような女性からの下心は、きっと隠される目の色より高値が付くだろう」
分かりづらいが褒めてくれているのだろう、女性扱いは慣れない。
実はこれが本当の本題だ。しかも他人の心に縋る策、下策と言っていい。『風』で知った気になっている会ったことの無い人の性根を信じ、心を揺らす詐欺師のような思い付き。
もしアルベルトゥス伯爵が空紀の知った人柄で、バンハット会長の交渉が素晴らしく進み、流れが正しくあれたなら。
「ある貴族の話しを聞いてもらって下さい。スカリゲル伯爵家の名が出れば、無下にはされないかと」
それは狭い世界を飛び出した、伯爵夫婦の愛し子。そして見ず知らずの人間に看取られて殺された、哀れな少女の物語である。
指輪の宝石が青い涙を光らせた。
追加報酬を頂戴し商会を去った。絵本一冊抜けた重みを大幅に上回る負荷が、魔法鞄に足されている。
本題の件は下準備が済んだだけだが、後は流れに身を委ねよう。
唐突な頭痛に足が止まる。情報量の過多に、『風』の制御が揺らいでしまった。何も覚えてない者がこの魔法を使うと、善行も悪行も超えて利用数の桁が跳ね上がる。二兎追う者は一兎も得ずと言うが、四も五も得ると十追うのも変わらなくなるのだ。
体調を考慮して、不必要を捨てる。あの二人も、もう心配ない。
宿に戻る道中で、アペンサーの言葉を思い出す。まだ日の暮れぬうちに砥ぎを頼もうと、鍛冶場へ体を反転させた。
進もうとした足が、喧騒の怪しさにまた止まった。野次の中に、聞き馴染みのある宿の名前が聞こえた気がする。取り出した剣を腰に差した。
「——っ殺すぞぉ!!」
「野蛮――、恥を知れ!——者か!?」
騒ぎの中心には六人、三対三で相対している。
殺す発言をした男は、顔を真っ赤にして相手を怒鳴り散らしていた。野次馬の壁の向こうまで聞こえる大声で、今にも爆発しそうだ。
怒りの矛先は互いに鋭いらしく、冷静さを綱渡りで握る男の声も徐々に上がっている。説教のような口調だが、背後の二人を庇いつつ喧嘩秒読みの雰囲気だった。こちらは空紀の知る二人組が居る。
冒険者らしき三人組に食って掛かるアペンサーと、子供を抱いて守ろうとしているクロデアの姿に、過ぎた頭痛が戻った気がした。武装を解いているアペンサー達は置いておき、子供と冒険者を見る。
子供は不衛生な様相から、浮浪児かそれに近い立場だろう。冒険者は見るからに沸点が低そうだ。
単純に考えれば。子供が冒険者に対し盗み又は詐欺を行って逃げそびれたか、通りすがりに難癖をつけられたか。アペンサー達はその私的制裁場面に立ち会って、この現状。
一部始終を見物していた野次馬の軽口曰く。財布を掏られたと冒険者が騒ぎ怪しい様子の子供を脅していた所を、アペンサー達が庇ってこうなったという。
手の平からナニカが魔力を奪い、『風』が吹く。
あの子供は財布を持っていない、しかし犯人である。
財布を持っている者が隠れて様子を窺っているのを確認して、空紀は思索した。
「この、盗人があああ!!!」
予想通り冒険者から拳を振った。宿屋の従業員の恰好で迎え撃とうとするアペンサーの前に、手の平をかざした空紀が躍り出る。
「アキ嬢!?」
整った顔立ちに掛かる前髪が余波で揺れた、受け止められなかった衝撃はそれだけだった。
「な!?」
「ここまでにしよう。もうじき軍の見回りが通る」
いきなり割って入って来た女の言う事に、反論は幾らでも有った。両手で握られた拳の隙間に、硬い感触が侵入しなければ。
冒険者の口は苦虫を噛んだ形で動かなかった。感触と大きさで金貨だと分かったのだろう。財布の中身より手中の金額が上だと判断し、苛立ちを舌打ちで留め切った。
「くそっ!!」
人だかりが裂け、出来た道から早歩きで離れていく。金に目が無い連中で助かった。
「大丈夫か!?助太刀に感謝する、そしてすまない。激情に飲まれていた」
「っ!?」
空紀に謝るアペンサー、クロデアの注意もこちらに向いていたのだろう。抱き締めていた子供が、無理矢理腕の中から飛び出した。声も上げられずアペンサーが振り返った時には、小さい背中が細い路地に吸い込まれていて。
「君!!」
鎧を纏っていない分身軽に路地裏を覗いたが、もう影すら見当たらず。空紀の魔法の事は話していないので、この時点で二人は捜索を諦めた。
意地でも助けると言い出さず、胸をなでおろす。二人の胸中には悲哀も後悔も有るが、ほんの少し救われてもいた。
生きる為に盗み目を濁らせ手を汚す、その全てを助ける事は出来ないと分かっているのだ。
気持ちと現実は別世界の代物で、同質にはならない。それを悔しいと思っても、見たくないと嘆いても。
手が届くと知った時、きっと次も二人は同じ事をするのだろう。
また面倒な仲間と組んだものだ。
でも手間暇を掛けて、その先にある物はきっとおもい。
記憶の穴を埋められる質量であると、期待しよう。
閲覧有難う御座いました。




