第三十話
投稿します。
蒸発し熱と共にこもった汗の臭い。持ち主が不在でも絶やさない鍛冶の火は、次に熱する得物の到来を轟々と待っていた。
壁に掛けられたあの両刃剣と握った作品を、並べるように掲げる。
「見ろ!!この完璧な曲線!髪一筋のズレも無い刃の完成形!それに比べて……左右比率の理想のりの字も無いこの駄作!!」
柄の無い、刀身のみの刃。炎の灯りを飲む金属の静かな色に、ギィーガンは失望していた。
「ワシの想いを込められるブツが、お前さんの希望を叶えられる素材が無い!!砥石すらこんな安もんじゃいかん!竜の鱗に亀裂の一つも入れられん!!」
「いや、別に竜と戦いたい訳じゃ」
「鞘もワシの馴染みのトコに頼まにゃならん!くそっ!自分の頭をかち割って、想像の通りのブツが出せればこっちのモンだというのに!」
首都六日目、武器の出来上がりが見えない。
妥協の期限までまだ九日あるが、この様子では無駄になりそうだ。昨日狩ったロン毛熊の素材が鍛冶に使えると聞き、相談に来たのだが。扉を開けた途端この調子である。
早朝の頭にはキツイ、本題を提示しなければ。副題は後日にする。鞄から解体屋に頼み綺麗にしたロン毛熊、改めヤングヤンキーベアの素材を取り出した。
アペンサーにこの名を教えられた時は、初見以上に腹を抑えて笑ったものだ。ヤングは成体の名称で子供はミニヤンキーベア、メスならマダムヤンキーベアと呼ぶらしい。何故マダム、笑いが暫く止まらなかった。
口を回すギィーガンの手が、素材を引っ掴んだ。やはり毛皮には見向きもせず、爪や牙を舐めるように観察する。最後にロン毛が鞄から顔を出した瞬間、背骨を眺めていた鍛冶師の目が子供の如く輝いた。
「ヤンキーベアの頭髪!?ここまで原形のままとは!こいつは鞘の素材に最適だ。何と言っても繊維として使うモンの中では最強の部類!打撃にも斬撃にも強い、これで作る布防具は最高級品じゃ!!」
「へー」
遠慮なく気になる素材が物色されていく、まだ出しただけで何も言っていないのに。これ以上好きに持って行かれると困るので、残りを鞄に詰めた。
「それじゃ、その素材分武器代引いといてくださいね!」
ヤンキーベアの頭蓋骨に夢中で聞こえていなかった。一応頭を下げて、鍛冶場を去る。
そろそろ彼らの仕事も一段落している頃と、空紀は出て来たばかりの宿に戻った。
宿〝春の貴婦人〟の扉を開くと、そこにはいつも出迎える女将とは似ても似つかない銀髪の少女が、恥ずかしそうに板を持っていた。
【いらっしゃいませ】
来店を歓迎する言葉を文字で示し、来たのが空紀だと分かって更に顔を俯かせた。シンプルなスカートの上に真っ白なエプロン、今は受付の仕事を任されているらしい。
「おやアキちゃん!お帰り!この子凄く働き屋さんだねえ、掃除やらせりゃ埃一つ残らないときた!この調子ならウチの正式従業員も夢じゃないよ!」
洗濯籠を持った女将さんが、空紀に気付き声を掛ける。無理なお願いをしたのにこの対応、頭が下がる思いだ。
銀髪の少女―クロデアも前髪に瞳を隠しながら、感謝の気持ちを板に記す。
昨日、遠回しに組みたいと申し込んできたアペンサーとクロデア。空紀は条件付きで了承した。
今回のパーティはあくまで入会試験の間だけで、試験後まで続くものではない。協力するのは、首都の外で活動する場合のみ。空紀に課せられた依頼もアペンサー・クロデアに課せられた依頼も、平等に取り組む。以上の決め事を定め、仮パーティ第二弾が結成された。
そうなると二人が死にかけた要因の、日銭を稼ぐ手段を考えなければまたあの時の二の舞となる。悩んだ末、物知り女将の知恵を借りに行ったら
「そんじゃココで働きな!」
解決した。
食住の分は給料から引かれるが、依頼報酬と足して生活が送れるようになった。引っ込み思案なクロデアは主に掃除・洗濯を、今は受付嬢だが。
女性客が多い宿ではアペンサーの顔面が接客に有効で、食堂の配膳等を進んで行っている。
「初雪を溶かしたような美しいご婦人、爪の先まで配慮を怠らない清らかなご婦人。朝食後の紅茶はいかがでしょう?是非食べていただきたいお茶菓子も付いております」
「喜んで!」
「デザートもあるかしら!?」
「勿論です!今日という日の最初にご婦人方へこの甘味を渡せる幸運を、女神フィリゥディに捧げます。料理長!!紅茶と甘味の注文だ、大急ぎで頼みたい!!」
料理長、女将の旦那さんがいつものしかめっ面を濃くし、茶葉の缶を掴んだ。接待が苦手でアペンサーには助けられているが、あの女性びいきの態度を快く聞ける男はいない。助け舟を出さなければ、こちらの肩身が狭くなる。
「アペンサー!配膳が終わったら外に出る準備して!」
ご婦人方の瞳の熱が一気に冷める。竜擬きの眼力には万倍劣っていたので、睨み返せば簡単に逸らされた。
「了解した!恩人を十分と待たせない、約束しよう!」
十分以内に装備を整え戻るらしい。待つ間空紀の新しい試験依頼と、二人の依頼を再確認した。
二人の依頼は指定木材の調達だ。成長具合や木の状態が指示されており、最低十本納品となっている。木の種類は大雑把なので、見つける事は出来そうだった。
空紀の依頼は大分今までと違う毛色だ、D級首の確保。賞金が掛けられた犯罪者を捕まえろ、という依頼。受け取った時依頼受付に確認し依頼掲示板も見てきたが、犯罪者の捕獲に報酬が付くのはBランクの依頼からだった。明らかに意図が有り、難易度も上がっている。
良い方向で考えるなら、実力を高く買われている。巨大な蜥蜴と蛇、チューリザードとグレイコブラの群れを単体で踏破、ヤングヤンキーベアの討伐。素人とは思われないだろう。
悪い方向で考えると、首都から出さない為か。大物貴族との密会の内容が分かっておらず、監視を欺いた事がばれているなら広範囲での行動を制限したいと考えたのかもしれない。そして依頼の難易度を上げて、正式なギルド会員になるまでの時間を稼がせる。
しかし仲間になる事を了承した手前、首都の外に出ない訳にはいかない。外に行くなと言われた訳ではないし、全て推測に過ぎないのだ。
先に来たクロデアが板に何か書いている。喋れないクロデアに女将が用意した、板状の石だ。濡れタオルで消せて、書く物は固ければ何でもいい。ホワイトボードが無い首都では、かなり上等な庶民の筆記アイテムである。貰った時のクロデアの喜びは、足元が軽いタップを踏む程だった。
【昼過ぎの清掃を手伝いたいので、途中で抜けてもいいですか】
「分かった、お腹空いたら戻ろう」
口元しか見えないが、少女の感情の空気伝播率は高い。雰囲気に喜怒哀楽が駄々染みている。
嬉しそうに頷く少女に違和感を感じた。
生まれた時から話せない少女が、どうやって水属性魔法を覚えたのだろう。
無詠唱による行使は、詠唱を含めその魔法を極めた習得体形の一つ。決して最初から無詠唱を唱えられるものではなく、才能で片付く話ではないのだ。
考えられるとすれば、魔法を覚えてから言葉を話せなくなった。
一体何が起こればそんなことになるのだろうか。
「すまない!麗しい女性の時間を浪費させてしまった、この代償は身をもって払おう!」
待たせてごめん、がここまで変換されるのは逆に凄い。
白い息が朝の爽やかな空気に現れる。一日が始まって間もない首都〝ヴァストラージ〟の、人がざわめきだす気配。唇をなぞるナニカが、魔力のお零れを吸っていった。
「アキ嬢。今朝は早くに剣の砥ぎを頼みに行かれたのでは?鍛冶師は留守だったのかい?」
「ああいや、忙しそうだったから……依頼を済ませたらまた行くよ」
「命を預ける己の半身だ、手抜かりは冒険者としての心構えに反している。何が起こるかなんて誰にも分からない、万全を期すべきだ」
「経験者は語るね、気を付ける」
「そうとも、先達の言葉は聞いておくと良い!」
あの自称騎士ユーストス・ミュゼルバルギィとアペンサーの違いはコレだ。
ユーストスは他人を守る対象か守らなくても大丈夫かどうかでしか判別しない。前者なら体を張って守り、後者なら放置気味。己の強さを信じていると言えば聞こえは良いが、あいつは根本的に他人を信じられない。つくづく同族への嫌悪が沸いてきた。
アペンサーは人の数だけ強さと生き方が在ると知っている。献身が一定の情動を、恩義が絶対の縁故を作ると。だからこそ詳しい事情を話さないクロデアを、無条件で守ろうと思ったのだ。
信じようと行動する男と、信じてくれていると安心して共にいる少女。
いいな、と思わないでもない。
「確認する。昨日ヤンキーベアに襲われた周辺の森は避け、依頼の木材を伐採していく。これから行く所で台車と人を借りれば、多分二往復増えても三往復で木材を運べる。借りた人は運搬も頼むと高くつくから、正門付近で待っててもらう」
「台車を借りても一度に五本は無理がないか?魔物の警戒も要る」
「まあ木の大きさにもよるけど、警戒は大丈夫。どうしても戦闘が必須の場合は―――」
「私が体を張って!アキ嬢の態勢が整えられるだけの時を作ろう!」
【怪我を負っても絶対治します】
「正しく女神の化身、我が身の嘱望は一点の曇りも無い!騎士道万歳!」
ポジティブ凄い。あれ、凄いばっか言ってる気がする。
安全には昨日の十倍気を遣った。自分以外がいると護衛の旅を懐かしみ、過剰な『風』が半径何千メートルを渦巻く。人がごった返す首都より、外の方が警戒しやすい。
わざと分かり易いように魔法を展開したが、二人の反応は無し。潜在魔力の量が、魔力感知の鋭敏に関与している訳ではないらしい。魔法を全く使わなかったユーストスの感知度を鑑みるに、魔力と魔力感知は別の才能、別の器官と言えるだろう。
つまり旅の後半、『風』の動きに合わせて一々空紀を見た矢背は、二つの才能に恵まれている事になる。
魔法士ではない空紀にはどうでもいいが、この二つを一つの身に宿す幸運は魔法の世界で無二の宝となるだろう。本人にその自覚があるかは周りの都合で決まる。
【アキさん力持ち】
「男の立つ瀬が無いが、適材適所だ!魔物の強襲は任せたまえ!」
台車に乗った六本の木、持ち上げられはしないが引くだけなら容易だった。もう一度往復すれば、台車の貸出先に渡す二本も含めて揃いそうだ。
肉眼による四方の警戒を強めたアペンサーとクロデア。今後も組むなら力量を確かめる必要がある。とはいえ強さの知れない者に、都合良く命を賭けないで済む魔物を探してぶつけるのは不可能。
そもそも自分の力の天井が不明なのに、他人の力試しを考えるのは馬鹿らしい。
魔物を探そうと広げた『風』を縮めようと―――
〈危険〉
一つの単語。どんな、とか何の、も無い。
場所だけが分かるその危険に、ナニカが警告を優先しようと思わせる力が秘められているのだ。
会敵は余程ヘマを打たなければ有り得ない。無視しようと決めるまでの動揺に、目ざとい男が気配りを向けた。
「震えているのかい?そんな不安はこの鎧で塞き止め、剣で切り払おう!」
ナニカが初めて伝えてきた敵の力、空紀では敵わないと判断してか。手が微かに震えていた。
警戒を緩めたアペンサーの豪気な言葉に、空紀は現実を話す。
「知ってる?そういうの」
「え?」
「フラグ、て言うんだよ」
閲覧有難う御座いました。




