第二十六話
連投します。
首都二日目。
昨晩お世話になった宿に恩返しのつもりで、朝食の用意を手伝った。若い女の子に気を良くしてか、客として朝食を食べに来た元冒険者が情報を漏らす。眠気を我慢した甲斐が在った。
狩った事があるというグレイコブラの肉を食べながら、入会は〝ジョクラトル〟が良いとおすすめされた。
勇者の街と違って、首都は規模に比例したギルドが存在する。細かく分類されており、冒険・魔法・職人・商業・運搬等だ。〝ジョクラトル〟は冒険ギルドに分類され、同業の中では優秀な組織らしい。
冒険者で一攫千金を夢見て入るギルドとしては、一番最初に候補に挙がる。自由が売りの冒険者ギルドの中では少し固い規律を厳守しており、それが依頼を出す側の信頼に直結していた。
逆に自由を一番に掲げ、他を疎かにする事で有名なギルドもある。聞く方の心象も悪いが名前もまた酷い。ギルド〝血魅怒炉〟、荒くれ者の集まりで腕っぷしのみを評価する。入会希望者には、血で血を洗う命懸けの試験が待っているとか。
〝ジョクラトル〟にも入会試験はあるそうだ。銀以上のランク冒険者監督下で、指定の依頼をこなす。数も難度もギルド側次第、しかし〝血魅怒炉〟よりは大分まともだ。首都全体から見た信頼度も高い。
首都で入るギルドは決まった。
魔法で下調べした店から、必要な物資を買っていく。冒険者はその仕事上、何が起こるか分からない。備えは有れば有る程良いが、持てる量にも限りがある。重量を魔法で相殺する魔法鞄は、かなり高額だった。その鞄を購入できたとしても、無限に入れられるわけではない。いずれ持てる量は必ず限界がくるのだ。
首都に来るまでの道中で教わった事を思い出し、慎重に持ち物を選ぶ。魔法薬は必需品と聞くが、薬にも色々あり厳選に難儀した。
鉈の代用武器は昨日ギィーガンから借りられたので、主に手入れ道具を買う。保存食は多目に買っておき、寝袋は分厚い防寒ローブで済ませた。ロープは最低限の質で大量に、水魔石付き水筒には金を惜しまなかった。
購入した物は全て、美希子から譲り受けた魔法鞄に仕舞う。増した鞄の重量は、普通の女子高生が音を上げる重さになった。〝重覚魔法〟の恩恵に改めて感心する。才能が優秀すぎだ、そこに運を使い切って地獄の出来事にあったのではないかと思ってしまう。
今は理由を探すより、有効活用を講じるべきか。魔法の謎は、考えだすと泥沼に嵌りそうだ。
ゆっくり街並みを見ていると、〝勇者の城壁都市〟がどれだけ異質だったかがうかがえる。首都には統一された技術基盤と積み重ねた文化を感じるが、勇者の街は正に玩具箱だった。
楽しい見た目派手な構造。法律の無い世界で子供が権力者になると、あそこまで疲れる街になるのだ。『勇者』だけの世界、何の為にあんな街を造ったのか。やはり才能の力を恐れていて、ご機嫌を取りながら閉じ込める街なのだろうか。居心地の良さは認めるが、よく何年も保っている。
もしかして外交官の手腕なのか。
この辺りでは飛び抜けて、横も縦もある建物の前に立った。看板を確認する、ギルド〝ジョクラトル〟だ。ロマンと言って古さに拘った〝双剣〟とは、印象が段違いである。
外交官の事はひとまず置いておこう。
元冒険者おじさんの情報を信じるなら、正面から入るのは悪手だ。隣の飲食店に入る。
整備された酒場、といった内装だった。遅い朝食になる時間帯、テーブルが四つ埋まっている。開いているテーブル席に座った。
ここまでは情報通り、魔法鞄を横の椅子に置く。実は宿を出る前からこの店の会話をある程度聞いているので、何も心配はしていなかった。緊張も無いので酒を飲みながら監視する覆面ギルド会員には、申し訳ない気持ちになる。
注文を聞きに来た店員に、この店の店長の好物を頼んだ。笑顔で応対する店員に視線を固定して、チラ見してくる覆面会員は無視した。入会希望の合言葉、驚く事に一ヶ月・二ヶ月で変わるらしい。まめというか神経質というか。
空紀と覆面会員を除けば、客は六人。三人で仲良く座っている組と、机に足を乗せ船を漕ぐ男が一人、男女のペアが一組である。
三人組は互いに面識があるのだろう、信頼の置けるパーティの結成は冒険者の関門だ。実力の程は不明だが、腰の剣は体格に合っていないのではないか。
寝息を吐く男は防具の類を身に着けておらず、冒険者人生の第一歩を踏み出すやる気が無い。
男女ペアは知り合いではなさそうだ、男が一方的に話し続け女は無言である。会話が成立していないが、話しかけている男は全く気にした様子が無かった。
暇が出来たので、さっき買った水筒を鞄から取り出す。店の人に使い方は聞いたが、一応動作を確認しておく。青い入れ物だがそこだけ色が濃い底面に指を添え、体内魔力を注ぎ込んだ。無駄が出ないよう、操作には細心の注意を払う。内側に露出している水の魔石から、水が溢れ出した。正常である。、水の確保は冒険者以前に人として当然の配慮だ。少しでも魔法鞄の重量を抑える為、出した水は飲み干し鞄に仕舞った。
ふと、鞄から抜いた手を飾る指輪に目が行った。屋敷でも何度か外しているが、内側に文字が彫られている。内容は個人の名と愛の言葉。木を探すなら森、人を探すなら首都だ。一つの名前しか手掛かりがないので、返却は難しいだろう。だが『風』はその可能性を上げてくれた。何時でも頭の隅には置いておき、いつか返せたらと思っている。
「〝ジョクラトル〟入会希望者諸君」
魔法が発動していなければ、彼らと同じ表情をしていただろう。酒場で店主が立つようなカウンターの中に、気配を消した男がいた。ナニカの警告音が無ければ、『風』を展開していようと反応出来なかったかもしれない。
能ある鷹は爪を隠すと言うが、ここまで波を点てないと実力の見定めが怪しい。存在を掴ませない技術は、空紀の短い冒険者人生で断トツである。
色素の薄い髪を肩上で揺らし、酒場を見渡す。男は一人の誰かを凝視した事を隠し、背筋を伸ばした。
「副ギルド長のフィルドク・アーランです。入会試験の受験を希望する者しか居ない事を前提として進めます、もし誤って入店した者は立ち去りなさい」
三人組はあり得ないといった顔で笑い、話し続けていた男は不敵に微笑んだ。話し掛けられていた女は全身の強張りを強くする。監視員の目が鋭くなった。
「……分かりました、では試験の内容を確認します。試験はパーティを組んでも、単身でも構いません。こちらから提示する依頼を受諾、ギルド会員の監視の下適切に対処して下さい。一つ目は今渡しますが、その依頼の達成報告からは隣の本部の依頼受付より指示を貰って下さい。それでは、受験人数を決めた者から全員で私に報告を。質問は?」
「あの、合格基準は?」
「言えません、他には?」
「はい!監視のギルド会員を指名出来ますか!」
「出来ません、他には?」
気になった事気にもしなかった事まで、三人組が聞いてくれる。身内びいきの可能性がある指名なんて考えもしなかった。
「美しいお嬢さん!」
誰に話し掛けているのかと思ったが、男の目の前には空紀しかいなかった。驚く事に。
片手で撥ね上げた濃い金糸から、薔薇の香りがした気がする。
「私の名はアペンサー、この身を賭けて貴方を守ると誓おう。どうか、私と共に冒険の旅に出ていただけませんか?」
大袈裟な礼。劇の一幕を間近で見たような気分だ。重装備の金属鎧と、金で揃った髪と瞳が現実感を遠ざける。気品を漂わせる姿は、あの騎士と通ずるものが在った。
落ち着こう、アレを思い出して冷静さを失いたくはない、落ち着こう。
「えーっと、お連れ様は?」
「勿論!彼女と貴方の命は、我が身に変えても守り通します!首都一番のギルドの入会試験で、これ程美しい方に二人も出会えるとは!まさに運命としか思えない!」
運命と言われたもう一人は、裾に模様のある青いローブの女。フードを被り知らぬ存ぜぬの態度、本当にパーティの誘いを受けたんだろうか。背を丸め口元くらいしか見えない。『風』で性別に気付けたが、アペンサーはどうやって分かったのか。聞くのが怖い。
「お誘いは嬉しいけど、一人でやってみたいと思ってるから……」
「そうですか……心変わりがありましたら、何時でも声を掛けて下さい。お待ちしています!」
「あ、有難う、ございます」
軽装の男が副ギルド長に近寄り、依頼の紙を受け取る。客席からは見えないようにして、数秒で終わった。紙を一瞥すると、特に何も問わず出口へ足を向ける。続く三人組には副ギルド長が激励の言葉を述べた。あの男と副ギルド長の間には何かある、周りに隠したい関係とはなんだ。
疑問に思われない程度に注視しながら、依頼の紙を貰う。
ランクE、清掃会社出張依頼だ。要請のあった清掃会社の仕事を手伝う、日時の指定は無いが完了には依頼主の判子が必要とある。いつまで手伝えばいいか不明な部分に不安を覚えなくもない。
紙の裏に清掃会社の場所が描かれていた。直ぐに『風』が情報を収集し始める。最早癖だ、盗み聞きがデフォルトにならないようにしなくては。
さて、冒険者見習い第二弾である。
首都三日目、一つ目の入会試験依頼終了。
ギルド〝ジョクラトル〟は常時依頼を受ける引き換えに、お得意様になっている店や商会が複数あった。外壁や国の建築物を主に清掃する、今回の会社もその一つだ。ギルド本部を割引価格で月一清掃してもらっているらしい。上手くできた契約である。
外壁の清掃は楽しかった。壁の上の通路に滑車を設置、片方のロープに人を吊るして磨かせる。吊るされた人を支えるのも、反対側のロープを持った同じく人だ。初参加の冒険者や新入社員のおっかなびっくりが、事故を起こしそうで怖かった。
自分の体が地面と平行に立っている、慣れると壁が地面に代わっていた。重力を軽減しているので、負担も少ない。へばる同じ立場の数人を横目に、ひたすら壁を磨いていた。
落ちかけても腰の縄を掴めば平気だと、魔法の練習をさせてもらう。重覚魔法は自身に掛かる重さを軽減出来る、練度に合わせて限界重量は上がった。問題は操作する重量とタイミングである。
例えば相手に殴りかかる時、重力を相殺すれば速度は上がる。しかし殴った拳と接触した箇所にまで効果が及んでしまうと、拳打の威力まで下がってしまうのだ。拳そのものが負う重力だけを消し、威力は殺さないように操作しなければいけない。才能の能力向上による効果範囲拡大も良し悪しである。
三通りの解決方法を考えたが、どれを取っても魔法操作の技術的上達はプラスになるのだ。現状お金の調達は急務、ならば冒険者としてやっていく為の能力特訓は依頼の合間で実行すべきである。
依頼達成報告で〝ジョクラトル〟本部にお邪魔する。建物内も外観に倣った、立派なものだった。最上階までの吹き抜けが内部全体を明るくしている。カウンターが複数あるが、目的によって違うのは調査済みだ。
監視が本部に入ったのを確認してから、受付へ向かう。並ぼうとしたその時、大股で左に避ければ空紀を払おうとした手が空ぶった。表情から察するに、並ぼうとした受験生を無理矢理退かせて反応を窺う算段だったのだろう。試験の一部だったのか、避けない方が良かったのかも。
髪一筋も接触が無かった相手にどう喧嘩を売ればいいのか考えているが、こちらから切っ掛けを与える理由は無い。面倒事の対処が試験の必須かは不明だが、もしそうなら何もしなくても声が投げられるだろう。
受付まで何事もなく列に並べた。二つ目はランクE、以下のリストから最低三種類三キロ以上の薬草採取、である。三キロというのは付着した土なども含めた総重量だろうか。魔法鞄の中身を整理した方が良いかもしれない。
宿は今朝早く延長を申し出た。即決で許可が出たが、このままでは借金待った無しである。
飛び込んだのは、一発屋。意味深だが危ない店ではない、簡単に言えば金になる話しを売っている店だ。店内には床以外の壁や天井に賞金首のリストが貼られ、気持ち悪い笑いを常に浮かべた店主が一人で管理している。
ガタイのある男の群れを避けながら、手配書を見渡す。別に手練れの仲間入りをしていると自惚れてはいない。手配書の中には人だけでなく、金額が高騰していても欲しい物探している人物等。必ず戦闘力を必要とする手配ばかりではないのだ。
気になる手配書を見付けた。
フーベルトゥス・スカリゲルの情報求む、報酬は内容で応相談。
この名前は何度かギルド本部内で聞いていた。首都のギルドの大半は国家主体の冒険者組合に名を連ね、依頼を請ける事もある。その冒険者組合への多額の寄付をする貴族筆頭が、確かそんな名前だった。
額の高さから組合は勿論、所属するギルドは頭が上がらない。フーベルトゥスとは領主その人であり、魔法古典学に於いても名を知らしめている。冒険者増加に目を付け寄付を惜しまず、政権にも城下にも手を広げた先見の持ち主。その破格の進撃を面白く思わない者が居る、そういう依頼なのだろう。
依頼主との渡りは店主とだけ、存在を隠したい意図が見て取れた。対抗心を燃やす敵対貴族か、進撃の被害者複数か。依頼主が何処までの報復を描いているのかで、情報を精査しなければ。自分が首都に居る時に内戦なんて、真っ平ごめんである。
「店主、この依頼の情報ですが」
たむろする客に聞かれないよう、耳打ちする。店主の目が丸くなった。
第一に保身、第二にお金だ。慎重に行こう。
閲覧有難う御座いました。




