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竜皇と魔王と獣王の話  作者: YY
ギルドと仲間と逃亡の章
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26/71

第二十五話

投稿します。

 



 カチリ、と。規則正しく時を刻む、秒針の無い数字板。四方に顔を持ち、水の被害が来ない上方に立てかけられている。時計を支える柱部分、無作為に空けられたような穴から水が噴き出ていた。腰掛にもなっている水の受け皿から溢れないという事は、底に排水口が有るのだろう。

 水中には魚が見えた。鯉かどうかは問題ではなく、排水口に流れていかないのだろうか。よく感知すると、この魚は実体ではなかった。柱内部に刻まれた魔法陣による映像だ。なので動きに規則性があり、見ていれば誰でも気付く。


「くっそこの魚掴めねえ!顔入れねえと無理か?」


 魔法国家のパフォーマンスに騙された豪狼を見る周囲の目が、とても生暖かい。顔を突っ込んだらその時点でコイツとは他人になろう。肉団子に腹が満たされそこまで魚が欲しくなかったようだ、顔は入れなかった。腹が空いていたらやったのだろうか。

 様々な店舗が並ぶ通りに繋がった噴水広場、待ち合わせ場所にもされている。ここで別れても問題は無さそうだ。


「それじゃ、私行くから」

「……え?」

「ちょい待て、肉団子思ったより高かった。金くれ」

「ふざけんな、とっととギルドでも何でも行けばいいじゃん」

「ちぇ。矢背!頼むわ、銀貨一枚でいいからよ!」


 肩を組み丸っきり不良の頼み方をする豪狼。好きにすればいいが、どっかの騎士みたいに正義感満載の奴に倒されるやられ役のようにはならないことだ。

 踵を返す空紀の上着が強く掴まれた。予想していたが、避けも振りほどきもしない。乱暴な対応を控えようと思う程度には、情が在った。


「なに?」


 肩を不良に組まれながらも逃げられず、縋る様に裾を取った矢背。数秒、三人の間には雑多な音だけが通過した。


「…………僕、も……連れて行って……ください……!」

「何処に?宿ならさっき聞いてたでしょ、まあ他にも良いトコあるだろうしその辺の人に聞いてみれば?」


 〝春の貴婦人〟という宿は首都に入る前にリンリーから聞いた、おすすめの宿である。面倒見のいい女将が切り盛りしていて、特に女冒険者に優しいそうだ。なので宿賃が中堅に掠る、新人にはちょっとお高い。こっそり貰った紹介状に期待である。


 頭を振り否定を示す、ようやく上がった顔はまるで親から剥がされる子供だった。経緯と状況を鑑みるとあながち間違いではないが、この男の親などとうの前から異世界(ここ)にいない。

 態度だけで伝えようとする、甘ったれた根性に腹が立った。


「言っとくけど私は一人で竜を探す、アンタと組むつもりは無い。分かったら離して」

「何で!?ぼ……僕だって、きっと役に……」

「…………なにそれ、奴隷?」

「え……?」


 何も考えていない表情に、今度こそ手を無理矢理解いた。手を一度振り、歩き出す。


「ま!待って!!お願い、つれ、連れていってください!!」


 まるで捨てられた恋人だ。柄の良くない冒険者らしき通りすがりが、口笛を吹いて煽る。聞こえないフリをすればこの人口密度、あっという間に互いを見失った。

 首都に入ってまだ三時間と経っていない。早送りで進む出会いと別れ、この速度が首都の情報量による空紀の脳内状況と酷似していた。

 生きたいなら、周りに追いつかなければ。休む暇は無い。



 別に女性専用の宿ではない、出て来た若い男性とすれ違うように〝春の貴婦人〟の看板下を通った。

 清掃が行き届いた明るい色調の内装、正面の受付には花瓶の花を飾る貴婦人、


「いらっしゃい!宿泊かい?」


 とは言いづらい恰幅のある女性。高貴さは無く、親しみやすさが売りの女将である。貴婦人、とはどこから来たのか。


「お邪魔します。良い宿を探していたらここを紹介されました、コレを」

「この字は……やっぱり!!あんたリンリーの友達かい!?」


 何が書かれていたのか、元々微塵しかなかった遠慮が消える。快活な声が顔面に当たった。


「えっと、詳しくは聞いてないんですが」

「そんな縮こまんなくていいよ!ウチは一泊銀貨一枚、食事付きなら一日二食で銅貨二十枚だよ!酒は別にもらうけど、お嬢ちゃんはいける口かい?」

「いえ、いけない口です。とりあえず二泊、食事は今日の夜と多分明日の朝と夜もお願いします」

「あら残念!いけるようになったらまた来な、良い酒出してあげるよ!今日の夕食分はお姉さんが奢ってあげる!!」


 お姉さんに突っ込まないのが、この宿の鉄則だ。そうに違いない。

 部屋の鍵と食事券を受け取って、二階に上がる。昼前なので他の部屋の客がいない。間違えないように、三度鍵の番号と扉の番号を見比べた。


「おお!」


 悪い方を想像し胸の奥では期待が在ったが、期待の方に沿った部屋である。薄茶色のシーツは皺の無い、十分な大きさのベット。簡易な洗面台とクローゼットは、一人部屋なら申し分ない物だ。陽光を部屋一杯取り込む窓には、ちゃんと除き防止のカーテンが付いている。

 家具の要所に敷かれた毛皮のマットが地味に嬉しかった。ずっと北に歩いてきたので、首都は昼も上着が要る。足元の冷えは、女性にとって死活問題だった。

 早速ベットに寝ころべば、体が沈む柔らかさ。一息ついた、と『風』を止めた。

 数秒ももたず、『風』が広がる。旅の最中一度もやめなかったせいか、呼吸をしていないような苦しさを覚えた。精度を低くすれば首都を覆っても、魔力の消費が回復速度を上回りはしない。

 難儀な癖が付いたものだ。


 不快な視線を無視すると決めれば、五感を放棄し『風』に集中できた。

 緩やかに魔力の吸収を受けながら、深く思考を潜らせていく。色々と試してみたが、『風』との共感度を高める事で他者の魔力感知を欺けるらしい。()()()は相変わらず分からないが、ナニカに成りきるつもりで魔力を操作する。

 時に静かに時に激しく、ナニカは様子を変えて存在した。冷静さを持ち続けなければ、心が引きずられかねない。戦闘中やただ歩いているだけでも、行動中は範囲を狭める必要がある。

 隠密を考えれば魔法の難度は跳ね上がった、しかしその問題を解決した価値が在る魔法だ。集中し気付かれなければ、遠くの物の音や会話まで聞き取れる。秘め事も真っ青な、超諜報向け魔法なのだ。

 実はバンハット商会長の交渉も聞こえていた。例の素材の相場を調べ複数の候補を作る、魔信球でアポイントを取りそれぞれと直接取引する約束をした。より買値が高い取引先に沢山売りたいが、長い目で見るとよろしくない。下手に他と張り合って破産されても困るのはお互い様だ。幾つかはある程度赤字でも売り捌き、本命にメインディッシュを据えるらしい。

 金持ちの祭典、オークションだ。商人の多くが貴族や金持ちと懇意にしている、商人に商品が渡ればそれは情報と共にそちらへ流れる。商品がその金持ちのお眼鏡に敵えば、より良い商品を欲してオークションがさらに賑やかになる、という魂胆だ。

 情報戦に生き生きとする会長を、横からゼルキンが真剣に見ていた。本格的に商人を目指すらしい。

 頑張ってお父さんみたいになりなよ。


 ベットから起きた、五分程度だがスッキリした気がする。魔法鞄(マジックバッグ)を担ぎ直し、部屋を出た。

 昼時になって通りの人は増すばかり、空紀の目当ては飲食店ではないので早足に歩く。良くない気配が向けられていると分かれば、その発生源を避けるように進んで行った。

 人の密度が減っていき、目的地付近では腕を広げられる。商品の倉庫や鍛冶の作業場になっている区画で、人より物の数が何倍もあった。昼時とあって仕事中の影はない。

 此処だ。鉈と同じモノがある。


 ガコンガコンガコン。


 古びた鍛冶場の扉をノックする、魔法国家でもインターホンは無いらしい。応答せず、目的の人物は作業中だ。

 高熱になった鉄を槌で叩く。それだけの為に息をして、目で見て肌で知る。無心だ。心は弾ける火花に宿り、全身で打ち続けていた。

 これが自分の全てだと、『風』を通って叫んでいた。

 音に細心の注意を払い、扉を開ける。多少の音では見向きもしないが、気持ちの問題だ。適当な壁際に立って、空紀は待った。一時間、一時間半。二時間になる前には、作業が一区切りつく。槌を置き、細長いガラスの瓶の水を飲み干した。絶やされない窯の熱に、手汗がにじむ。


「……んで、何の用だ」


 ずっと黙っていたので咄嗟に声が出ず、無言で鞄から鉈を出した。水分の減った喉が張り付く、唾液を飲み込んで目を光らせた鍛冶師に差し見せる。


「女性を殺した、ゴブリンの武器です。しばらく使っていましたが、人は一度も斬ってません」


 そうだ、山賊をのした時は鉈の峰を、村人を襲った連中は薬で眠らせただけ。髪一筋の傷も作っていないが、鉈からの怨念とも言える気配は収まらない。

 〝ディフェリーブ〟のヴィブや橘美希子親衛隊を想起させる図体の鍛冶師は、黒茶色のタンクトップに止めどなく汗を吸わせている。頭のゴーグルを首に掛け、神妙な表情で鉈を取った。

 染みついた血痕と刃こぼれ、扱いが乱暴だと言われればそれまでだ。前と今の使い手のどっちが付けた傷か、判別するのは不可能だろう。鍛冶師が鉈を返す。

 背を向けると、此処に来ようと決めた気配の下へ行った。


「こいつはそいつと一緒さ……、使い手の斬りたいモンに最後まで付き合わされて、ご覧の有様よ。ここまできちゃあ打ち直しても、おさまりゃしないだろう。焼くか、くたばるまで使うか。それ以外にどうしようもない……」


 では何故その剣を置いているのだろう。

 飾り気のない、武骨な両刃剣。切れ味にしか特徴を見出せない、この鉈と同じ。

 命を殺した武器だ。

 誰が使用していたのだろうか。他人が所有していた武器に対し、あれほど感情を目に込められるものだろうか。

 焼くか、使うか。希望を口にする、叶うかどうかは専門家の判断次第だ。


「剣を一本、打っていただけませんか?名前も分からない、会話すら真面に出来なかった人を斬った、この鉈を使って」


 馬鹿なお願いだと自覚している。それでもこの心に圧し掛かる思い出は、決して離してはいけないと思ったのだ。旅が冒険が楽しいと、そう思えた原点にはあの地獄がある。忘れない為にも、形は必要だ。


「代金を即払い出来る保証も無ければ、信用も無いと承知しています。けれど、これと同じ凶器を武器として扱っている、貴方に頼みたい」

「一度使われた刃が、元の刃に戻る事はねえ」

「では剣でなくても構いません!違う形に成っても、染みついた憎悪は変わらないでしょう。お願いします!」

「……そんな細腕で俺の剣が振れるのか」

「この武器を振り回していただけでは不足ですか?」


 後退し、鉈を上段から降ろした。床の塵を払うように横に振って、もう一度鍛冶師に差し出す。

 考えながら鉈を受け取った。『風』では気付けないものを、武器越しに見る。機能に大差は無いのに、まるで違う視界を持っているようだ。

 頭を下げたまま待つ。


「……得物に注文は有るか?」

「折れない剣を」

「そんなもん剣打つ奴全員が思ってる」

「斬れなくても硬くなくても、重くてもいい。竜の鱗すら砕く剣を……」


 鳩が豆鉄砲、より間抜けではないが全く予想外な注文だったらしい。女神を斬れる剣、というよりは現実的だと思うのだが。

 鍛冶場の壁が軋む音を立てる程、大声で笑いだした。腹筋も相当あるらしい、耳鳴りが頭蓋骨に響く。


「がっはっはっはっはっはっはっ!!!はあああ、あーーー!!あの大馬鹿野郎と同じ事言う奴が、まだその辺に居たとはなあ!!がっはっはっはあ!!」

「大馬鹿野郎?」

「その依頼、この〝鍛冶屋リュウメツ〟のギィーガンが請け負ったあ!!待ってろ、見本を持って来る!大体の形やデカさは決めとかないとな!!」


 いきなりノリノリになった、何がそれほどお気に召したのか。


「よ、宜しく、お願いします……」


 安易に宜しくするんじゃなかった。

 隣の部屋から様々な武器を抱え何度も往復、物騒な山が二つ出来た。その全てが違う形状をしている。白い歯を見せて笑う鍛冶師-ギィーガンは、依頼主が武器を試すのを待っていた。


「……これ、全部?」

「早くせんか!」





「お帰り、遅かったねえ!」

「はい……すいません……」


 後片付けの時間に帰ってきた客を、笑顔で出迎え心配してくれた女将。旦那と食べるつもりだったという賄いを貰った。美味しい。遅くなった理由を話すと、やはり笑いながらも聞いてくれた。


 職人ギィーガン。古参の冒険者ならほとんど知っている名で、良い意味でもあるが逆の意味も込められている。

 仕事を途中で投げ出すくらいなら死ぬと言いだす職人気質で、信頼はピカイチ。こだわりが先行し過ぎて期限を気にしないのが傷だが、完成品の満足度評価は高い。客を選び、決めた相手にしか使えない武器を作る。

 見本の山を全て試した。持ち、握り、振り、仕分ける。五分の一にまで減らすと、腕や手・指の長さまで確認し棍棒を持って来た。筋力を計る用らしく、持てる重さではなく使い熟せる重さを調べる。

 ここが一番問題だった。基本は〝重覚魔法〟を使用するのだが、元々の筋力が知りたいと言い出したのだ。どう計っても有り過ぎる力の差に、いつまでも悩むギィーガンを見かねて二本目を提案。何をこだわってか、一つの剣で補いたいと言い張り拒否する。終わりの見えない討論の結果、十四日経っても一本に絞れなければ二本目を、という事になった。

 鉈は剣を作る時になんとかするそうだ。体力とその何倍も精神を消耗していた空紀は、深く聞くのを諦めた。


「そういえば、アンタの仲間だって奴が来たよ!」


 食器の片づけだけでもと手伝っていると、思い出したように告げられる。訪問者に心当たりがあった。


「変な態度だったよ!妙にはっきりしないし声は小さいしで、だから知らないって言っといたよ!安心しな。私の目の届く場所であんな不審者好きにさせないからさ!!」


 どれだけ人見知りなんだ。これだけ親切な対応の人にまで言わていたら、他の宿や店にも行けないのではないか。

 しかしあれ程の魔力保有量、ギルドは当然として魔法研究が進んだこの首都なら、引く手数多だろう。


 空紀は空紀の事だけ心配していよう。


「女将さん、竜って一番最近見たのは何時ですか?」





閲覧有難う御座いました。

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